「今日こそおまえを監獄に放り込んでやるよ」
モノクル越しの目を睨みつけながら宣言する。
「やれるもんならやってみな」
キッドが不敵にニヤリと笑う。
いつも通りの夜だった。
犯行後のキッドを屋上で待伏せて、攻防戦を繰り広げる。
お互いの武器は知り尽くしていた。マジックの小道具のようなトランプ銃を、時計型麻酔銃とサッカーボールで迎え撃つ。それは毎回同じなのだから、今日こそキッドを捕まえようと思ったら、当然頭を使うしかなかった。
膨らませたサッカーボールを蹴り出したら、ゲームスタートだ。
「いきなり物騒だな」
一発目はあっさり避けられて文句を言われた。
「ちょっとは話くらいしとかねぇ?」
お返しとばかりに大量のトランプが飛んでくる。俺の動きを制限するために。傷つけようとしている訳じゃない。彼は多少の例外を除けば人を傷つけることはない。
「オメーと話すことなんてねぇよ」
「俺はいろいろあるけどなぁ」
「なんだよ」
余裕を窺わせる口調に苛立って、刺のある声を返した。
「最近、探偵くんの妨害が激しくなってんのはどうしてか、とかさ」
「おまえの腕が落ちたんじゃねぇか?」
ここのところ、キッドの顔を見ると腹が立つ。一挙手一投足が気になって、仮面のような笑みを向けられるたび、思い切り蹴り飛ばしてやりたくなる。
八つ当たりのように警察へ匿名で助言をして、全く効果がないことを見て取れば尚更苛々する。
捕まえるとか、それ以前に。ポーカーフェイスとこの笑みを引きはがしたかった。
その為にシンプルな作戦をたてた。非常に簡単だ。ただ、キッドの弱みを突けばいい。
理由や根拠があった訳じゃない。ただ、何となく気付いてしまった。それが事実かどうか確かめようと思った。
キッドは相変わらずトランプ銃の引き金にかけた指を外さない。容赦がないと思うよりも、何処からそんなにトランプがわいてくるのだと、そっちの方が余程気になっていた。
とりあえず、やってみるなら今だろう。
次の攻撃に狙いを定め、降り注ぐトランプをうっかり避け損ねた、という振りをした。
「…つ、」
瞬間、走った微かな痛みに声が洩れる。
トランプのカードが服を裂いて、腕に浅い切り傷を作った。
「…っ…!」
視界の端、驚いたような顔をしてキッドが固まる。
キッドは人を傷つけない。
その優しさが弱みだった。
この男は、俺が傷つくと動揺する、つまり隙ができる。それを利用して麻酔銃を撃つなりなんなりすればいい。そう思っていたのに。
実際は全く動けない。動けるはずがない。
こちらへまっすぐ向けられる、心配そうな瞳が痛いと思った。
己の作戦の汚さに今更、嫌気がさしてくるほどだ。
この作戦は失敗だった。本当に知りたかったこともわからない。
キッドは何も言わないまま俺を見る。わざとやったことは気付かれている。そんな目をしていた。悲しげに、それでいて責めるように。黙ってこちらを見つめている。
これでは俺が、傷つけたみたいだ。
誰が傷ついてもそんな顔をするのか?それとも。
「……わりぃ…」
キッドは黙って頷いた。
「…もう、しねぇよ」
もう一度頷いた優しすぎる男は、何処から出したのやら小さな救急箱を差し出して、バンソーコーが入ってるよと小さな声で言った。
END
2011.1.17
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