「今日、取引先から映画のチケットを2枚頂いたのですが、一緒に見に行っていただけませんか?」
突然そんなメッセージが届いたのは、2人で食事に行った数日後のことだった。あのあとガウェインさんは本当に私に連絡をしてくれた。てっきりリップサービスや社交辞令だと思っていた私はそれはそれは驚いた。普段友人ともそんなにメッセージのやり取りをしない為、ガウェインさんからきたメッセージに対して返信をすることはあっても、私から何か話題を出すことはない。だけど、コミュニケーション能力が非常に高いガウェインさんはそんな私にも毎日色んな話題でメッセージを送ってくれた。そんなある日の出来事だった。
突然の誘いに一瞬戸惑い、返信を迷っていると、「実は恋愛映画でして、友人と行こうにも男二人で見に行くのも・・・・と思い」というメッセージが届き、「行きます」と返事を送った。


ガウェインさんの横に並んで歩いて恥ずかしい思いをさせないように。どの服を着ていこうか悩みに悩み、曾おばあちゃんの白寿のお祝いの時に両親に買ってもらった一張羅の白のワンピースを着ていくことにした。普段まったく化粧をしないが、雑誌等と見て少し勉強して苦戦しながらも何とか少しでも大人っぽくなるように。とメイクをした。髪も巻いてみようか・・・・と考えたが、慣れないことをやってひどくなったら大変だ。と諦めた。何度も何度も鏡を見て変な所がないか確認していると、「着きました」とメッセージが届き、急いで外に出た。


「おはようございます。名無しさん」
外に出ると、助手席のドアの前に立っているガウェインさんが嬉しそうな笑顔で私に声をかけた。


「おはようございます。すみません、迎えに来てもらって」
私が乗る為に助手席のドアを開けてくれたガウェインさんに会釈をしながら、車に乗り込んだ。頭をぶつけないようになのか、さりげなく頭上に手を添えてくれる動作があまりにもスマートすぎてそれを見ているだけでも一瞬ドキッとした。


「急なお誘いにも関わらずお付き合いくださりありがとうございます」
運転席に乗り込んだガウェインさんはシートベルトを締めた後、私に軽く頭を下げながらにこっと笑った。


「いえ、話題の人気映画をこんなに早く見れると思ってなかったので、嬉しかったです」
ガウェインさんが見に行こうと誘ってくれた映画は、公開する前からメディアで話題になっていた、大人気恋愛小説の実写映画だった。恋愛ものの作品は普段全く見る事はないが、小説を読んだ友人たちが面白い・切ない・キュンキュンするとあまりにも騒いでいたため、一度見ていたいと思っていた。しかし、公開したばかりということもあり、連日どの時間でも座席が空いておらず、半ば諦めていた所、ガウェインさんからのお誘いがあったわけだ。


「でも、よくこんな人気作のチケットもらえましたね」


「あぁ、映画会社の方からいただいたんです。ぜひ、彼女さんと。と言われていただいたので名無しさんをお誘いしました」
なるほど。映画会社の人からもらったなら納得だ。ん?彼女さんとって言われたから私に声をかけた?何故?と思い、無言のままガウェインさんを見つめていると、赤信号で停止した時に目が合い、「あ、すみません。『まだ』でしたね。先走ってしまいました」とまったく悪びれた様子のない顔で謝罪された。あぁ、いつもの冗談か。と思った私は「いえ」と一言だけ言って窓の外を見つめた。


「今日は一段とお美しいですね。お召し物とても似合っていて素敵です」


「その・・・・ガウェインさんの隣を歩くので少しでも大人っぽくなるようにと試行錯誤を・・・・」
突然褒められたことに照れた私はしどろもどろになりながら、自分なりに努力をしてみたことを伝えた。その時にちらっと覗き見るようにガウェインさんを頭のてっぺんから足元まで見たが、私服のガウェインさんは、カジュアルというよりは、セミフォーマルな格好で『The大人』という格好だった。一張羅を出してきて本当によかった。と少しだけ安心している。


「そんなこと気にしなくて大丈夫ですよ。貴女はどんな格好をしていても世界で・・・・いえ、宇宙で一番美しいですから」


「あ、ありがとうございます」
過剰すぎる程のリップサービスをもらった私は軽くお腹一杯な気持ちになり、言葉だけで感謝の気持ちを伝えた。


家からだいぶ離れた、『大人』がよく行くような高級デパート等が立ち並ぶ煌びやかな街にたどり着いた私たちはその中でも一際大きなビルに入り最上階へとエレベーターで向かった。入り口の前に立っている従業員さんにガウェインさんが黒いカードを見せると、従業員さんは会釈をし、中へと案内した。本当にここは映画館?と疑いたくなるような、簡素な空間に首を傾げていると、ガウェインさんからお手洗いの場所を教えられ、私はそのままお手洗いへと向かった。出てくるとガウェインさんは座席の書かれたチケットを手に持っており、「さぁ、行きましょうか」と声をかけた。


「えっ?あ・・・・えっと・・・・」
ポップコーンとか飲み物とか買わないのだろうか・・・・と思って戸惑っていると、ガウェインさんはそんな私様子を見て首を傾げた。


「どうしましたか?」


「いえ、なんでもないです・・・・」
もう一度周りを見てみたが、チケット売り場のような所やパンフレット等のグッズを売っているような場所はあるが、飲食物を扱っているような場所はなかった。もしかして、大人は飲み物とか食べ物を食べないで映画を見るのが普通なのかもしれない・・・・と思い、恥をかかないために口を閉じた。ふと、会場の入り口前にある電光掲示板を見ると、上映時間の30分前だった。中に入るの早すぎはしないだろうか?と思ったが、ガウェインさんが先に進んで行ったため、一緒に中に入った。


「っ?!」
中に入ると、2人がけのソファーがいくつも置いてあり、えっ?ここ何?と驚いていると、チケットを見ながら歩いているガウェインさんが「名無しさんここです」とソファーを指差した。もはや戸惑いながらも彼の言う事を聞き、座席に座ると、目の前に大きなスクリーンが広がっていた。スクリーンがあるってことは、ここで映画見るので間違いないんだよね・・・・と自問自答をしていると、「名無しさん、どれにしますか?」とガウェインさんに声をかけられた。意識が違う所に行っていた私は「えっ?」と驚きながらガウェインさんの方を見ると、彼は手にメニュー表を持っていた。そこには、よく映画館で見かけるおなじみのメニューが書かれていた。ポップコーン・チュロス・ホットドック・コーラ等々、の文字を見て、あ、食べ物あったんだ。と、ようやく脳が認識した。


「よければ、ポップコーンを半分こしませんか?フレーバーは塩バターとキャラメルの半々でよろしいでしょうか?」


「あ、はい。私、お茶で・・・・・」
と小声で伝えると、ガウェインさんはいつの間にか私たちの座席の横に立っていた従業員に注文をした。注文を聞いた従業員さんは「かしこまりました」と言って立ち去った。なんだここは・・・・王室御用達の映画館か何かか?そんなことを考えてしまう程、今まで私が知っている映画館とはかけ離れた場所だった。


「名無しさんどうしました?」
完全に挙動不審になっている私を見て不思議に思ったガウェインさんは心配そうな顔で声をかけた。


「ガウェインさん・・・・あの・・・・緊張してます・・・・」
正直に言おうか少し悩みながらもたどたどしく伝えると、ガウェインさんはその言葉を聞いて「あっ」と気づいたように声を出した。


「すみません。少し堅苦しい場所でしたよね。貴女のことを考えずに場所を選んでしまいました」


「いいえ、大丈夫です。ただあまりにもいつも行く映画館と違うので、戸惑ってます」
こんな映画館一つでも自分とガウェインさんの世界の違いを感じてしまい、その気持ちを誤解を与えずにどう伝えていいかわからず下に視線を向けて黙ってしまった。


「私、チケットをいただいた時にすぐに貴女の顔が浮かんだんです」


「えっ」


「恋愛映画だから男二人では見に行きにくい。なんてただの言い訳で、最初から、貴女と見に行くことしか考えてなかったんです。若い女性に特に人気の作品だと聞いて、誘ったら喜んでもらえるだろうか。と」
私の顔をじっと見つめながら優しく微笑むガウェインさんの言葉を私は何も言わず聞き続けた。


「貴女に行くと言っていただいた日にすぐにこの映画の小説を買って、毎晩遅くまで読んで予習して自分でも信じないぐらい浮かれてました。あっ、もしかして、毎朝お会いした時に浮かれてるな。って気づいてましたか?」


「いえ、それは全然・・・・・」
出会った次の日からガウェインさんは毎朝今までのように座席には座らず、電車の入り口付近にいるようになった。そして、私が乗り込んだのを見ると、「おはようございます」と笑顔で話しかけてくれるようになった。メッセージのやり取りのように世間話をすることもあれば、たまに小テストがある日に私がノートや単語帳を持っていると、覚え方や出そうな所を教えくれる。しかも、それがどんぴしゃで当たるものだから本当に助かっている。そんな彼からは、浮かれている様子等微塵も感じていなかったため、今そんなことを言われて正直驚いた。


「よかった。毎日貴女のことばかり考えているんです。だから、それが顔に出ていたらどうしようかと思いました」


「ガウェインさん・・・・・」
愛おしそうな優しい表情で私を見つめる彼に私の心はきゅっと何か締め付けられるような感覚がした。ガウェインさんなら私なんかよりももっと素敵な女性とこういう所にこれるのに、なんで私なんかを・・・・・と思うのと同時に、温かい気持ちが込み上げてきた。


「今日、一緒に見に来れて私も嬉しいです。誘ってくれてありがとうございます」
私のことを考えてくれてありがとう。私のことを想ってくれてありがとう。その気持ちを込めて満面の笑みをガウェインさんに向けると、ガウェインさんは頬を赤く染めて目を見開いた後、嬉しそうに笑った。すると、「失礼します」と先程注文を聞きにきた従業員さんがポップコーンと飲み物を届けに来てくれた。ガウェインさんは私の飲み物を横に備え付けられているテーブルに置きながら、「それに」と言葉を続けた。


「ここだと、名無しさんの横に知らない男が座ることもないですし、こんなに接近して座れますし」
今日一番の満面の笑みで言われたその言葉にどう答えていいかわからず、私は、ただただ苦笑いを浮かべた。


その後すぐに、映画が始まった。映画の内容は、花子という名の女の子に片思いをする太郎という名の男の子の話だ。太郎は花子のことを何年も一途に思い続け、いつも花子が困っている時に手を差し伸べ、献身的にそばで彼女を支え続けた。だけど、彼女は別の男の人のことが好きだった。彼女もまたその男の人のことを何年も何年も思い続けていて、片思いの状況に苦しんでいた。何度も思いを伝えようと口を開くが、その度に、やっぱりやめよう。と諦めてしまっていた。そんな時、その男の人が事故で亡くなってしまった。花子はショックのあまり引きこもり家から一歩も出てこなくなってしまった。太郎はそんな花子を心配し、毎日毎日彼女の元を訪れた。そんなある日、彼女が自殺未遂をしている所に遭遇してしまう。一命を取り留めた花子に今までずっと育ててきた自分の思いを伝え、俺と一緒に生きよう。という太郎の手を取り、花子は太郎と結ばれた。自分の思いをようやく伝えられた太郎とそれを受け取った花子は燃え上がり、濃厚なキスからベットに押し倒す描写が映った瞬間、私は両手で目を覆った。全年齢対象の作品のため、すぐにその描写が終わるかと思いきや、何故か、二人の繋いだ手を映したまま音声だけは流れ続けており、あんっ。という女の人の声が聞えてきて急に全身が熱くなった。早く終わってくれと思いながらも、ちらっとガウェインさんを覗き見ると・・・・


「っ?!」
ガウェインさんは、頬杖をつきながら優しい笑顔を浮かべて私のことをじっと見ていた。一瞬目が合った私は、もう一度両手で目を覆い、ガウェインさんがいるのとは反対方向をぐるんっと向いた。すると、隣から「っふふ」という、小さな笑い声が聞えてきた・・・・勘弁して欲しい。
その後、2人は結婚し、子供が生まれ、幸せな家庭を築いて物語はハッピーエンドで終わった。


「小説では読んでいましたが、映像で見るとまた違った風に見えて面白かったです。名無しさんはどうでしたか?」


「えっと・・・・面白かったです・・・・」
正直、最後ら辺にあった情事のシーンがあまりにもインパクトがありすぎて、他の部分の記憶が薄れていた。あの時のガウェインさんの表情はなんだったんだろう。


「この後、お食事でもいかがですか?前に言っていた名無しさんのよく行くお店をぜひ紹介していただきたいのですが」


「私の普段行くようなお店ですか・・・・何度も言いますけど、ガウェインさんが気に入るようなお店じゃないと思いますが、本当にいいんですか?」
私が普段いくファミレスやファストフードのお店が、普段高級料理のお店ばかり行ってそうなガウェインさんの口に合うとどうしても思えなかった。


「もちろんです。行きましょう!まだ先日のクレープのお礼もできていませんし」


「いや、あれは、もう十分すぎるぐらいその前にお礼してもらってるので!」


「それに、名無しさんからタクシー代のお釣りもいただいてしまってますし。まさか、運転席に置いて帰るとは・・・・」
あの日、車から降りる時にタクシー代のお釣りを置いて帰ると、ガウェインさんからあーだこーだが書かれた文章が送られてきて、そこでも一悶着あったのだ。最終的には、じゃあ、今度もしお会いすることがあればその時に何かご馳走してください。と私が言ってやり取りは終わった。これはまためんどくさいやりとりが始める。と察した私は、「じゃあ、今日のファミレスのお金はお願いします」というと、ガウェインさんは嬉しそうに笑った。お金を払わされるというのに、何故そんなに嬉しそうな顔をするんだ。


「なんか、ガウェインさんといると普通の男の人と付き合えなくなりそうで怖いです」
率直に思ったことを笑いながら伝え、ガウェインさんの前を歩いていると、急に腕をがっと掴まれた。


「いいんです」


「えっ?」


「いいんです。他の男となんて付き合わなくて」


「ガウェインさん・・・・・?」
腕を掴まれたまま真剣な表情で言われたその言葉を私は驚きながら聞いていた。冗談・・・・だよね?本気で言ってないよね?そんなことを自問自答していると、ガウェインさんは、ふっと笑った。


「すみません。ご飯食べに行きましょう」


「・・・・はい」
今の表情は一体・・・・と思ったが、何故かその表情の理由を聞いてはいけない気がした私はそのことに触れなかった。


その後、私のよく行くファミレスへ行った私たちは、美味しくご飯を食べて帰った。思ったよりもガウェインさんに喜んでもらえたのは嬉しい誤算だった。メニューを隅から隅までみて、コストパフォーマンスの高さに終始感心していた。初めてのドリンクバーも未知との遭遇だったようで、裏技の複数種類の飲み物を混ぜたスペシャルドリンクを作ってあげたら大変喜ばれた。ジュースの中にいたずら半分でちょっとだけお茶を混ぜたのは内緒だ。


「ねぇ、名無しさん。もし、貴女が花子だったら、好きだった男の人に思いを伝えましたか?」
帰りの車の中で突然された質問に私は一瞬黙った。正直、今まで大して恋愛らしい恋愛をしたことがない。自分がするというよりも周りの友達の話を聞いていることの方が圧倒的に多かった。だけど・・・・


「・・・・いいえ。伝えないです。ずっとそばにいたいから。ずっとそばで一番に支え続けたいから」
私はある人のことを思い、ガウェインさんの質問に答えた。


「好きな人が・・・・いるんですか・・・・?」
少し戸惑ったように言葉を紡いだガウェインさんのハンドルを握る手に少し力が入ったのが見えた。なんでそんな反応を・・・・。


「はい。います。大好きな人が」


「それは・・・・同じ学校の人ですか?」


「そうです。1年ずっとその人のことだけを思ってます」


「そうですか・・・・」
その後、ガウェインさんは一言も発することなく、私を家に送り届けた。どこか上の空なまま私に別れの言葉と一緒に「また明日」と告げたあと、今日のお礼のメッセージが届いたが、その返信以降ガウェインさんから何か送られてくることはなかった。次の日の朝、電車にガウェインさんはいなかった。体調でも悪いのだろうか?メッセージでも送ってみようか。と悩みながら学校にたどり着くと、校門の前がやけに騒がしかった。何事だろう。と見ていると、ある人物がいるのを見つけた。


「えっ?ガウェインさん?!」


「・・・・名無しさん」
私に声をかけられたガウェインさんは一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐに眉を下に下げて困ったように笑った。


「どうしたんですか?なんでこんな所に?」


「すみません。貴女の想い人がどうしても気になってしまって」


「だからって学校に来るだなんて」
私の想い人が誰か気になったから学校にまで来るだなんてそんなのまるで私のことが・・・・


「名無し?どうしたんだ?」
ガウェインさんと二人で話していると、急に後ろから声をかけられた。


「っ?!ロマニ先生!」
後ろを振り向くと保健医のロマニ先生が立っていた。ドキっと大きく高鳴る鼓動と一気に緩み始めた頬に力を入れて、なんとか抑えた。


「おはよう。名無し。校門前がやけに騒がしいから何かと思って来てみたら、君だったんだね。彼は君の知り合いかい?」


「えっ、あ、はい」
ロマニ先生の問いかけに戸惑いながらも、緩んだ頬で嬉しそうに答える私を、視界の端でガウェインさんが衝撃的な表情で見つめていた。その表情を見て、私はガウェインさんに気付かれたことを察した。


「貴方がなぜ・・・・なぜまた私の邪魔を・・・・」
ガウェインはあまりにも衝撃的だったのか、たどたどしくそう言いながら、半歩ずつ後ろに下がっていった。ガウェインさんのその口ぶりから、もしかして、二人は知り合いなのだろうか?と首を傾げていると、がしっとロマニ先生に両肩を掴まれた。


「名無し。今日、君日直じゃなかったかい?早く日誌を取りに行かないと。このままだったら、会議が始まって職員室に入れなくなってしまうよ?」


「あ!そうでした。ありがとうございます。失礼します。ガウェインさんも・・・・・また」
2人にそれぞれ声をかけた私は後ろ髪を引かれる思いでその場を離れた。一体あの二人の関係はなんなんだろうか。