「これは驚きです。クレープの種類がこんなにもたくさんあるとは・・・」


「ここからここがノーマルで、これにプラスしてアイスが乗っているものがここで、甘いものが苦手な人でも食べれるようなメニューがここになります」
驚いた表情をしてメニュー一覧を眺めているガウェインさんに指で大まかにメニューの区分を教えた。


「なるほど。これは迷いますね」


「うーん。初めてでしたら、チョコバナナがオススメですが、どうでしょうか?」


「いいですね。ではそれにしましょう。名無しさんは決まりましたか?」


「はい。私はこのクレームブリュレにします」
テレビや雑誌で紹介されていて、実際に食べた友達が美味しいといっていたから、ずっと食べてみたいと思っていたのだ。ここのクレープ店は大人気なのだが、いつも転々と場所を移動しながら営業しているから中々出会える機会がなくて、いつか食べれたらなー。とは思っていたけれど、こんなにも早く食べる機会がくるとは・・・・


「すみません。クレームブリュレとチョコバナナを一つずつ」
注文し終えたガウェインさんが鞄に手を入れるのを制止するように、私はガウェインさんの手を握った。


「ここは私に払わせてください!」


「えっ?!いえ、そのようなことは!」
突然私に手を握り締められたガウェインさんは驚いた表情で私を見て私の申し出を断ったが、そんなわけにはいかない。


「いーえ!ダメです!さっきご馳走になったので、ここは払わせてください!」


「女性に払っていただくなんて・・・第一、ご飯にお誘いしたのは私なので、私が支払うのは当然の義務です。なので・・・」


「いいんです!」
私はガウェインさんの言葉をさえぎって自分の財布からお札を取り出して店員さんに渡した


「あ、名無しさん!」


「さっきのお礼です。それじゃダメですか?」
お金を返そうとしているのか、自分の鞄の中に手を入れたガウェインさんに、少し首を傾げながらそう伝えると、何故か、頬を少し赤らめて、「いや、その・・・・あの・・・・」とうろたえ始めた。何故そんなに動揺するんだ。それにさっきガウェインさんに払ってもらったお金に比べたら微々たるもので、むしろこれはお礼に含んでもいいのだろうか・・・・?
少しその場で待っていると、すぐに2人分のクレープが手渡された。


「立って食べるのは行儀が悪いのであっちで食べましょうか」
少し離れた所にあるベンチを指差しながらそちらに向かって歩いていると、「あのっ!」と慌てた様子でガウェインさんが近づいてきた。


「今度このお礼をさせてください!」


「お礼?」


「はい!10倍、いえ、100倍でお返しいたします!」


「えっ?!いや・・・・あの・・・・あー・・・・じゃあ、いつか機会があれば」
お礼?と思ったが、きっとこれも大人特有のリップサービスだろう。ここでまた反論すればまた押し問答が始まりそうだし、ここは乗っかって返事をしておこう。と思って軽い気持ちで返事をしたけど、それを聞いたガウェインさんはとても嬉しそうな顔をしていた。ただの小娘相手にそんな表情までしてくれるだなんて・・・・。と思いながらベンチに座った私は早速手に持っているクレープを一口食べた。


「お、美味しい!」
これは一口、口にしただけで破顔するほどの美味しさだ。クレープの生地はもちもち柔らかくて中のクリームも味が濃すぎずほどよく甘い、そして、上のバーナーで焼かれたカラメルがまたパリパリとしていて、一言でまとめると、最高!生きててよかった。


「っむ!これは美味しいですね!」
私が一口食べたのを見てから自分のクレープを口に運んだガウェインさんもその美味しさに驚いた顔をしていた。


「美味しいですよね!こっちの味はここのお店でしか食べれないので、こっちも一口どうですか?」
そう言って自分の食べていたクレープをガウェインさんに差し出した。食べてない方を向けてあげなきゃと、持っている手をくるっと回そうとすると、「では、いただきます」と言ったガウェインさんにその手を掴まれた。そして・・・


「あっ」
私が口を付けた部分にがぶりとかじりついた。
その様子を驚いた顔で見ていると、クレープにかじりついたままのガウェインさんが私を見つめた。


「っ?!」
その瞳の奥に一瞬炎が揺らめいたように見えた気がした私は目を見開いてその目を見つめていたが、その顔はすぐに「こちらも大変美味しいですね」と笑顔に変わった。今のは一体・・・・・と思ったが、一瞬だったしきっと私の気のせいだろう。その後の口の端についたクリームを舐める仕草がいやらしく見えたのもきっと私の目の錯覚だ。


「名無しさんもこちら召し上がりますか?」
そう言ってチョコバナナのクレープをこちらに差し出したが、さっきの一瞬の表情が頭にちらつき「いえ、大丈夫です」と断った。そこから、ガウェインさんが「そうですか」と言ったきり、お互い食べ終わるまで「美味しい」以外の言葉を発さなかった。
食べ終わり、余韻に浸るように空を眺めていると、突然ガウェインさんが、ふふっ。と手で口元を隠すように笑い始めた。


「どうかしましたか?」


「いえ、あんなに見たかった貴女の笑顔がこんなにも簡単に見ることができたなんて。と思ってしまって」


「えっ?」


「今日はお会いしてからずっと緊張した表情しか見れていなかったので、ここに来て貴女の笑顔をたくさんみることが出来て嬉しいんです」
ガウェインさんのその言葉を聞いて、車に乗っている時も食事をしている時も自分があまり笑っていなかったことに気がついた。ガウェインさんはずっとそのことを気にかけていてくれたんだ。きっとここに寄ってくれたのだって、私が全然楽しそうじゃなかったから、それを気にして・・・・。なんでこんなただの女子高生にここまで優しくしてくれるんだろう・・・・ただ忘れ物を拾って届けただけなのに・・・・


「ごめんなさい。せっかくあんな素敵なお店に連れて行ってもらったのに・・・・。私ずっと緊張してて、正直、料理の味よりも雰囲気にのまれてそれどころじゃなくて、マナーとかも全然知らないから変な事しちゃったらどうしよう。ってずっと考えてて・・・・ごめんなさい」
きっと大人の女性なら上手くエスコートしてもらって、今日連れて行ってもらったような素敵なお店に行ってもスマートに対応できるのだろうけど、私みたいなただの女子高生じゃ、あんな素敵なおもてなしをしてもらっても・・・・・。申し訳ない気持ちでいっぱいになり顔が自然と下を向いた。


「そうでしたか。それは、私の配慮が足りてませんでした」


「なんでガウェインさんが謝るんですか!謝らなきゃいけないのは私の方で・・・・」


「いつもだったらそういった人の心情を読み取るのが上手い方なのですが、今日の私は随分浮かれていたようです」
そう言って少し困ったように笑うガウェインさんを見つめていると、自分の両膝の上に置いていた手の上にガウェインさんの手が重なるように置かれた。


「今度からは貴女のことをもっと教えてくれませんか?これは嫌だとか、やりすぎだ。とか・・・・・貴女のことをもっと知りたいんです」
真剣な表情で伝えられたその言葉にどう返事をしていいかわからず、ただただ私は首を縦に振った。そのままお互いに見つめあっていると、ガウェインさんは、ふっと笑みを浮かべた。


「少し肌寒くなってきましたね。そろそろご家族の方が心配されますので、帰りましょうか」


「はい」
差し出されたガウェインさんの手を握って私たちは車まで戻った。車内に戻った後は、ガウェインさんが自分の学生時代の話を話してくれた。さぞ学生時代もモテていたのだろう。と思っていると、まさかの小・中・高と男子校で寮生活を送っており、大学まで男の顔しか見ずに過ごしてきて窮屈だったという話しを聞かせてくれ、その話に興味津々の私は、男子校とはどんな所なのかを詳しく聞いている内に私の家の前に辿り着いた。


「名無しさん、失礼ながら連絡先をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「私のですか?」
私の連絡先なんて知ってどうするのだろう?と小首を傾げた。


「はい。クレープのお礼をしたいので。あと、次回はぜひ名無しさんの普段行くお店にご一緒させていただけたらと思いまして」


「なるほど。メッセージアプリでいいですか?」
クレープはガウェインさんにご馳走になったお礼なのに・・・・と思いながらも、もう帰るのにここでまた押し問答をしても時間の無駄だ。それにガウェインさんはただリップサービスで言ってくれてるだけなのに、それに対して真剣に答える必要もないだろう。


「では、私のQRコードをお教えいたしますね」


「はい。・・・・あ、きました。じゃあ、次は私のですね」
そう言って、私のQRコードが表示された画面をガウェインさんに見せて読み取ってもらった。


「ありがとうございます!近々連絡させていただきますね」


「はい」
リップサービス。リップサービス。この笑顔は大人の対応。真面目に受け取らない。と自分の頭で唱えながら返事をした。


「じゃあ、これで・・・・。今日はご馳走様でした。スマホを届けただけなのにこんなに良くしてもらって、ありがとうございました」


「いえ、こんなのでは足りないぐらい感謝しています・・・・。今日、俺は生きている中で一番楽しかったです。名無しさんは少しでも楽しかったですか?」


「ガウェインさん程ではないですが・・・・その・・・・楽しかったです」
生きている中で一番ってそんなおおげさな・・・・と。思いながらも、ここでガウェインさんに合わせて私がリップサービスをしても仕方がない。と正直に言うと、ガウェインさんは「そうですか。楽しんでいただけてよかったです」と嬉しそうに笑った。「今、ドアをお開けしますね」と言って外に出たガウェインさんを見ながら、学校の男子たちに爪の垢を煎じて飲ませたい。と考え、私は自分の鞄から茶封筒を取り出して運転席へと置いた。後ろからガシャンっという小さい音が聞こえ後ろを見ると、ガウェインさんは何故かトランクを開けて何かを取り出してから私の方のドアを開けた。何か荷物預けてたっけ?と思いながらも、「ありがとうございます」と言って車を降りた。


「名無しさん。今日はありがとうございました。これは、私の気持ちです」
車を降りてすぐガウェインさんは背中に隠していた何かを私に差し出した。その大きさに圧倒されながらもその何かをまじまじと見つめた。


「えっ、これは・・・・薔薇ですか・・・・?」
夜の暗闇の中でもそこだけスポットライトが当たっているのではないか。と錯覚するぐらい白い輝きを放った花束が目の前にあった。


「はい。白薔薇です。本当はカサブランカをお渡ししたかったのですが、今の気持ちを表現するには、いささか足りなくて・・・・」


「こんなにたくさん・・・・・一体何本あるんですか?」


「101本です」


「101?!」
今まで見たことがないぐらい大きな花束だとは思ったがまさか101本もあるとは・・・・もらえて嬉しいというよりは、驚きの方が勝りすぎて言葉が・・・・・しかも、なんで100本じゃなくて、101本なの?


「もしかして、またやりすぎてしまいましたか?」
何も言葉を発さない私を心配に思ったのか、眉を下げながらガウェインさんは私の顔を見た。大人の世界はこれが普通なの・・・・・?これはどう対応すればいいのか・・・・。そう考えていると、ふと、さっき公園でガウェインさんに言われた言葉が頭をよぎった。


「ありがとうございます。でも、少しやりすぎです」


「そうですか・・・・。私はまた・・・・」
私の言葉を聞いて明らかに肩を落としたガウェインさんを見て、私は少し笑った。


「これは、子供の私には、ちょっと早すぎます。そうですね・・・・私はこれぐらいが嬉しいです」
そう言って私は大きな花束から薔薇を一本だけ抜き取った。


「えっ」


「さっき私のこともっと知りたいって言ってくださいましたよね?なので、私は『これ』が嬉しいです」
手に持った一本の白薔薇を顔の前に持ちながらガウェインさんに笑顔を見せると、一瞬驚いた表情をしたガウェインさんに顔は安堵の表情に変わり、「そうですか」と口にした。


「大人って大変なんですね。高級料理のお店に連れていったり、お金を出したり、こんな素敵な車で送迎までしてくれて、最後にこんな大きな花束までくれて、なんだかお姫様になった気分でした」
ほんとにまだまだ子供の私には夢のような時間だった。と今日起きた出来事を思い返していた。


「貴女だけです」


「えっ?」


「貴女だからしたいと思ったんです」
私だから・・・・?それって一体・・・・・と口にしようと思っていると、玄関に明かりがついてのが外から見えて、まずい。と思い、「あ、今日は本当にありがとうございました!じゃあ、これで」と一礼をしてから、慌てて家の中へと入っていった。両親にこんな現場目撃されたら根掘り葉掘り聞かれてめんどくさいことになるに決まってる。後ろから「名無しさん!連絡しますね!」と言われたが、慌てている私は大した返事もせずに、もう一度一礼だけして家の中へと入った。
家の中に入るとリビングから出てきた母親と遭遇し、慌てて家の中に入ってきた私を見て、何かあったのか。と聞いてきたが、「何も」と答えると、手に握り締めている花について聞かれ、慌てて「そこで女の人からもらった!」と嘘をついた。「白薔薇・・・・随分素敵な花をもらったのね」と言って、たしか花瓶があったはず。と物置に花瓶を探しにいった。事前に友達とご飯を食べてくる。と、連絡していたからか、まったく詮索されずに済み、ほっとした私はそのままスマホを見ることなく、お風呂に入って眠りについた。こんな夢のような時間がおとずれることは二度とないだろう・・・と思いながら・・・・