「名無し。ついでにアンタも携帯替えに行くわよ」
「えっ?」


ぺこぺこ頭を下げながら電話をしている伊地知を見た1年生たちがそのことを指摘したことから始まった電話している時の癖についての話から、突然、伊地知が1年生全員に肩で電話を挟んで、『ながら通話』ができるか。と質問し、1人ずつチャレンジした結果、1人だけ見事に失敗して(名無しはチャレンジするまでもなく伏黒に止められた)スマホの画面をバキバキに割った釘崎がその足で携帯ショップに行って修理に出す。と言った後名無しに声をかけた。


「だから、アンタのそのがきんちょ携帯、これを機にいい加減替えなさいって言ってるの」
「でも、これまだ使えますし」


名無しは少し困った顔をしながらまだまだ使える。と手に持ったキッズ携帯を野薔薇に見せた。


「使える使えないの問題じゃなくて義務教育が終わったんだから、そんながきんちょ携帯は卒業しなさい。その携帯じゃアプリもおとせないじゃない」
「でも、ボタンがない携帯電話を使いこなす自信が・・・・」
「そんなの私が一から教えてあげるわよ」


まだ買い替えてもいないのに想像しただけで死にそうな顔をしている名無しに野薔薇は手をヒラヒラと動かしながら大丈夫だ。と伝えたが、名無しの浮かない顔が晴れることはなかった。


「どうかした?」
「あっ・・・その・・・この携帯電話には悟さんとの思い出が詰まってるので、いざ使えなくなると思うと寂しくなってしまって・・・・」
「いや、そんな携帯電話早く買い替えた方がいいわよ」


名無しのその言葉を聞いて、先日連絡先を交換する際に見た待ち受け画面の決め顔をしている五条の顔と、satorukundaisuki〜のメアドを思い出した釘崎は心底嫌そうな顔をした。


「釘崎。名無しが替えたくねぇって言ってるなら無理強いはするな」
「でた。名無しのモンペ」
「モンペじゃねぇよ、教育係だ」
「モンペよ!モンペ!名無しと話してる時にいちいち口だしてきて!」
「出してねぇだろ」
「出してるわよ!」


携帯電話を替えることにあまり乗り気ではない名無しを見た伏黒が助け舟を出すと、いつも名無しと話している時に口を出されている釘崎はめんどくさそうな顔でそれをモンペだ。と指摘した。自分のせいで急に言い合いを始めた2人を見て、名無しは両手を前に出しながらおろおろと二人の顔を交互に見つめた。


「あ、あのっ・・・・」
「なぁ、名無し。その携帯電話っていつから使ってんの?」
「えっと、この携帯電話は7歳の時に悟さんからいただきました。私が悟さんの婚約者になって誰かから嫌がらせをされたり、命を狙われたりしたらすぐに連絡が取れるように。と。待ち受け画面の写真もSDカードに保存していたのですが、去年携帯電話を落とした時に割れてしまってもう残ってないんです」


名無しの携帯電話は名無しが婚約者になった時に、何かあればすぐに連絡が取れるように。と五条が渡したものだが、結果、名無しから五条に電話をしたことは一度もないし、いただいたものを壊したら大変だ。という理由で厳重に箱の中にしまわれて部屋の隅に保管されていたため、実際にこの携帯電話が使われるようになったのは高専に入ってからだ。連絡先を交換する人達は名無しの携帯電話を開いた瞬間に嫌な顔をするが、名無しにとっては自分のことを守ってくれた五条との大事な思い出が詰まった携帯電話なのだ。だから、たとえ手元にこれが残るとしても普段使用する携帯がこれではなくなってしまうことを寂しい。と感じていた。

少し悲しそうな顔をしながら虎杖の質問に答える名無しを見て、この中で唯一名無しの過去を知っている伏黒はあの時期の名無しの心を少しでもこの携帯電話が救っていたのか。と思うと、あの五条悟の我欲満載の携帯電話でも役に立ってたんだな。と思った。あの時のことを思い出したのか自然と不安そうに両手を胸の前で握っている名無しの手を釘崎はそっと優しく掴んだ。


「名無し。私はこれからアンタともっとたくさん思い出を共有したい」
「野薔薇さん・・・・」
「アンタの携帯でもたくさん写真を撮って思い出を残したいし、一緒にでかけた時に撮った写真をすぐにアンタに送りたい。それに、LIMEとか使ってもっとたくさんやりとりがしたいし・・・・スマホに替えて欲しい理由ってこれだけじゃダメ?」
「っ!・・・・・私、スマホに替えます!」


野薔薇の言葉を聞いた名無しは少し泣きそうな顔をしながら自分の手を握っている野薔薇の手を上からガシっと握った。


「釘崎〜。悪い顔してるぞ〜」
「意外とあっさりだったな」
「まぁ、いくら婚約者でも女の友情には勝てなかったってことだろ」


こうして名無しは無事キッズ携帯を卒業し、スマホデビューすることとなった。
しかし、本当に大変だったのは買い替えたあとだった・・・・


「伏黒さん!大変です!画面が真っ暗なまま動きません!」
「ここの横に付いてる電源ボタンを押すと操作できるようになる」
「あ、出てきました!ありがとうございます!」
「名無し、おすすめのカメラアプリは、これとこれとこれ。こっちは撮った写真を自動で小顔にしてくれて、こっちは可愛いフィルターとかつけれるの、あと・・・・」
「釘崎、そういうのよりさ、まずはLIMEのアプリ入れた方がよくね?」
「ほんっとわかってないわね。女子はなによりもカメラアプリが大事なのよ!これだからオシャレなものに無頓着な男子は嫌なのよ」


午後の任務を終えて高専に戻ってきた4人は、昨日スマホに替えたばかりの名無しに操作を教えるため教室に集まって基本的な操作方法やオススメのアプリを教えていた。未だにロック画面を表示させることすらできない名無しに操作を教えるため伏黒がマンツーマンの状態で優しく丁寧に教えている横で、自分が一から操作方法を教えるから大丈夫だ。と言っていたはずの釘崎は完全に伏黒に丸投げし、自分のスマホに入っているオススメのアプリを名無しに見せていた。そして、そんな釘崎に虎杖はそういうのは後にしてまずは日常的に使うアプリを入れた方が。と口を挟んでいた。


「こ、これはどうすれば・・・・」
「貸せよ、俺が代わりに打ってやる」


LIMEのアプリを落とした後に表示された画面を見て、眉間に皺を寄せて困惑した表情を浮かべる名無しの手からすぐに伏黒はスマホを受け取った。


「名無し。アイコンにつかう写真決めなきゃいけねぇけど、どうする?」
「普通は皆さんどうしてるんですか?」
「こういうのは大抵自分の好きな物の画像だろう」
「好きなもの・・・・じゃあ、皆さんの写真がいいです」


好きなものと聞いて一番最初に名無しの頭に浮かんだのは1年生3人の顔だった。その名無しの言葉を聞いて3人は名無しの顔をじっと見つめた。3人からの視線を一気に浴びた名無しは自分の発言に少し照れて、えへへ。と頬を赤くさせて笑うと「そういうことなら仕方ないわね」と釘崎が名無しのスマホを伏黒の手から奪った。


「やっぱりこの角度が一番可愛く映るわね」
「それだと釘崎しか映らねぇだろ」
「釘崎、もっと右に上げれねぇの?」
「はぁ?あんたたちが隙間に入ってこればいいでしょうが!」


写真を撮ろうとしてくれている3人の姿を見て名無しが嬉しそうに、ニコニコと笑顔を浮かべながらその光景を見ていると「名無し、なにしてんのよ」と釘崎が名無しに声をかけた。


「えっ?」
「そこじゃ名無し映らねぇじゃん」
「でも・・・・」
「『みんな』なんだろ?お前が入らねぇと『みんな』じゃねぇだろ」
「そういうこと」
「皆さん・・・・」


伏黒に腕を引かれカメラの映る位置に入った名無しは、釘崎が持つスマホの画面に自分が入っているかどうかがわからずその場でうろうろしていると、「名無し。もっと伏黒に寄って」と言われ、その言葉の通り伏黒の顔の横に自分の顔を寄せると、名無しと一瞬目が合った伏黒は少し頬を赤くさせて視線を外にずらした。その瞬間、カシャ!というシャッター音が鳴り、釘崎以外は「えっ?!」と声をあげた。


「よし、撮れたわね」
「釘崎、撮る時はちゃんと撮るって言えよ」
「そうだそうだ!俺、絶対半目だったんだけど」
「私と名無しが可愛く映ってればアンタたちの表情なんてどーだっていいのよ。あ、ほんとだ虎杖半目じゃん」
「えー、撮り直そうぜー」
「いやよ。今のが私のベストショットだったんだから。伏黒はあんたどこ見てんのよ・・・・」
「・・・・どこだっていいだろ」
「皆さん、ありがとうございます。宝物にします」


3人が言い争っている中、一人幸せそうな顔で笑う名無しの笑顔を見て、3人は、ふっと笑い「どういたしまして」と返事をした。
撮った写真は無事LIMEのアイコンと名無しのスマホの待ち受け画面に野薔薇が設定し、スマホに替えたこととLIMEのIDの連絡は名無しの代わりに伏黒が各所に行った。
自室に戻ってきた名無しは「うーん・・・・」と頭を悩ませながらスマホの操作の復習をし、神様はそんな名無しの横で「なにそれ?」といった様子でぬいぐるみをふよふよと浮かせて様子を伺っていた。そんな時・・・・・


「名無し〜!スマホに替えたってほんと?!」
「さ、悟さん?!」


窓から突然五条が入ってきた・・・・。


「ほんとにスマホに替えたの?突然どうしたの?反抗期?遅れてきた厄介な反抗期?悪いお友達と付き合って不良になっちゃったの?」
「ち、違います!」


座っていたベットから立ち上がり、ぐいぐいと詰め寄って言葉を続けてくる五条の前に自分の両手を出した名無しはとりあえず落ち着いて。と、ジェスチャーをした。ただ携帯電話を買い替えただけで決して反抗期なわけではない。あと、貴方が言っている『悪いお友達』とは貴方が大変可愛がっている生徒のことを言っているのだろうか?と名無しは疑問に思った。そして、もう一つ疑問に思っていることがあった。


「あれ、悟さんお帰りは明日じゃなかったでしたっけ?」


九州に長期出張に行っていた五条の帰りは明日だ。と今日伊地知から聞いていた名無しは何故今ここにいるの?と疑問に思っていた。


「うん、そう。でも、名無しからスマホに替えたって連絡きたから急いで帰ってきた」
「そ、そんなことで?!」


相変わらずこの人の行動原理はよくわからない。と、名無しが少しだけ驚いていると、五条はベットの上に置いてある名無しのスマホを手に取った。


「野薔薇さんの携帯電話が壊れてしまって、修理に出しに行くついでに私の携帯電話も買い替えよう。ということになって」
「それで悟くんからの愛情がたくさん詰まったあのキッズ携帯を買い替えたって言うの?」


名無しがスマホに買い替えた理由を五条に説明すると、五条のおふざけスイッチが入ってしまい(いや、ここに来た時からすでに入っていたが・・・・)。握り締めた両手を口元に当てて、ひどいわっ!というようなポーズで名無しのことを見た。


「悟さんからいただいたあの携帯電話を使えなくなってしまうのは悲しかったのですが・・・・その・・・・いい加減、私も現代の機械に慣れた方が良いかと思い!」


本当は野薔薇にゴリ押しされたのが理由だが、名無しはそのことを口にせず、それっぽいことを理由にした。名無しの言葉を聞いた五条は何かを察したのか。「ふーん」とだけ言うと、また視線を名無しのスマホの画面に戻した。


「そうだ。名無し!メアドも替えてたよね?!」
「はい。あのメアドは・・・・その・・・・皆さん登録する時にすごく・・・・なんというか・・・・嫌な顔をされるので・・・・」


メアドを替えた理由を説明しながら名無しの頭の中には、今まであのメアドを登録する時に死んだ魚のような目をしていた人達の顔が次々と浮かんできた。


「ohagidaisuki〜ってセンスなさすぎ。satorukundaisuki〜の方が断然いいじゃん!ねぇ、こっちに戻そうよ」
「それだけはご勘弁を・・・・」


もう皆さんのあんな顔は見たくない。と、名無しはその場で瞬時に土下座をした。「え〜」と不満を漏らしながらも、五条はまだ名無しのスマホを触っていたが、ぱっとその操作をしていた指を止めた。その様子を土下座のポーズから上半身を起こした名無しが首を傾げながら見ていると。


「いい写真だね!」
「えっ?」


五条は目隠しをした状態でもわかるぐらい楽しそうに笑っていた。五条の言葉から名無しはすぐに今日1枚だけ撮った写真の話をしているのだろう。ということがわかった。


「いいね〜。これぞ若人の青春!って感じだね」
「野薔薇さんが撮ってくださったんです」
「だろうね。これ野薔薇、ちゃんと合図言わなかったでしょ?キメキメなの野薔薇だけじゃん。悠仁は半目だし恵はどっか見てるし・・・・ん?なんで恵、少し顔赤いの?・・・・あぁ、そういうことね。恵は相変わらずウブだねぇ」
「ん?」


待ち受けに設定した今日撮ったばかりの写真を見て、その場の状況を理解したかのように、うんうん。と頷く五条を名無しは首を傾げながら見た。


「名無し、おいで」
「はい」


突然五条に手招きされた名無しは、ベットの上に座っている五条の隣に腰を下ろそうとすると、「違う違う」と言われた。ここじゃなければ一体どこに?と、考えていると、五条は、「ここ」と言って、自分の片足をぽんぽんっ。と叩いた。


「えっ!」
「いいから、早く」
「は、はい・・・・」


本当にこんな所に座ってもいいものなのだろうか?と、恐る恐る五条の太ももの位置に名無しがお尻を乗せると、五条は「じゃあ、撮るよー!」と、名無しのスマホを顔の上にかまえた。


「へっ!悟さんとですか?」
「うん。そういえば今まで2人で撮ったことなかったな。と思って」
「そうですね」


婚約者。とは名ばかりで、ここに来るまでは、年に1、2回。多くても片手で数えれる程度にしか会っていなかった名無したちは、付き合いの長さと反比例して共有している思い出は少なかった。もちろん二人で写真を撮る機会もなく、お互いの携帯電話の中に入っているのは、五条が自分で撮った写真と名無しの中学校の入学式の朝に撮影した画像の1枚ずつだけだ。だから、こうやって2人で並んで写真を撮ることなどしたことはなく。その初めての状況に名無しの心臓は大きく高鳴った。目隠しを取ったことで現れた五条の白いまつげや青空を切り取ったような綺麗な瞳を間近で見た名無しは時が止まったようにその瞳を見続けた。


「ん?なに?五条悟があまりにも美しすぎて見とれた?」
「はい。とっても綺麗です・・・・」


五条が、じっと自分のことを見ている名無しをからかうように声をかけると、まるで夢見心地のような声で名無しは思ったことをそのまま口にした。


「・・・・照れるなぁ。まぁ、言われ慣れてるけど」
「っは!すみません、急に」
「いいよ。いいよ。僕に見とれるなんてよくあることだから、ほら、さっさと撮るよ〜。はい、チーズ!」


五条の合図に合わせてスマホのカメラを見ると、画面には今撮った写真の画像が映っていた。ウインクをした決め顔の五条の隣で、幸せそうに笑う名無しの姿が映ったその写真はすぐに五条がロック画面の画像に設定した。


「はい。できたよ」


設定を終えて名無しに渡すと、名無しはとても嬉しそうな顔でそのスマホを受け取った。元々あのキッズ携帯を買い替えていない理由の一つに、もうあの待ち受け画面を日常的に見ることができない。というのがあったため、こんな予期せぬ形で新しいスマホでも写真が見れるようになるとは思っていなかった。


「ありがとうございます。大切にします!」


新しく五条の写真を手に入れただけではなく2人で初めて写真を撮ったことも相まって嬉しさが倍増した名無しは、スマホを握り締めた両手を口元にあてて少し赤らめた頬を隠しながら幸せそうに笑い、その顔を見た五条は一瞬目を見開いた。


「ねぇ、名無し・・・・」


名無しの名前を呼びながら五条が名無しに手を伸ばすと、その手は瞬時にバシッ!と払いのけられた。くまのぬいぐるみの手によって・・・・


「か、神様?!」
「何?このタイミングで邪魔しないで欲しいんだけど」


五条がくまのぬいぐるみを持ちながら殺気を込めた瞳で自分のことを見下ろしている神様に視線を向けると、神様は更にくまのぬいぐるみでバシバシと五条のことを殴った。無下限呪術のおかげでその攻撃が五条に当たることはないが、明らかに追い出そうとしているその動きに名無しはオロオロと両手を前に出しながら右往左往していた。


「はいはい。わかりましたよ。用は済んだしもう帰るよ」
「あ、悟さん、ありがとうございました」
「いいよ。あ、これお土産ね。明日1年生のみんなで食べて」
「っ!博多通りもん!」


五条から紙袋を受け取った名無しはその中に入っているお菓子を見て歓喜の声をあげた。そこには名無しの大好物の博多通りもんが入っていたのだ。


「悟さん!ありがとうございます!」


今日一番の嬉しそうな顔を見せる名無しに五条は内心複雑な気持ちを抱えながらも「どういたしまして」と伝えた。


「あ、そうだ」
「ん?」
「名無し。さっき撮った画像、僕にLIMEで送ってね」
「えっ?」
「僕のID友達登録しておいたから」
「えっ?」
「明日中に送ってね」
「えっ?」
「あ、もちろん、恵とかにやり方聞いちゃダメだよ」
「えっ?!あ、ちょ、ちょっと、悟さん!」


伝えることだけ伝えてさっさと窓から出て行ってしまった五条を見て名無しは、やっぱりあの人は通り雨のような人だ。と思った。


次の日、朝から死にそうな顔で頭を悩ましている名無しにいち早く気づいた伏黒が無理矢理事情を聞きだし、心底嫌そうな顔をしながら五条に画像を送ったのだった。



PREVTOPNEXT