普段村の外どころか家の外に出る機会すら少ない私が唯一村の外に出る用事は、毎年、加茂家所有のお屋敷で行われる新年会だけだ。毎年そこで開かれる新年会には御三家の人間だけではなく数多くの呪術師の一族が参加するため、大変広いお屋敷にも関わらず視線を動かす度に視界にたくさんの人が映った。慣れない環境に戸惑い呼吸が浅くなる感覚がするが、その感覚に気づくたびに息を大きく吸って呼吸を整えた。5歳になり新年会の参加も3回目となったこの日、いつものように祖母とお屋敷を訪れると、ちょうど同じタイミングで黒塗りの大きな車が玄関前に止まった。恐らく御三家のどなたかだろう。と、挨拶をする準備をしていると、そこから立派なひげをたくわえた男性が降りてきて慌てて頭を下げた。えっと・・・・たしか、禪院家の御当主の直・・・・直・・・・なんだっけ。と、頭を悩ましていると、隣を歩いている祖母は頭を下げるどころかあからさまに嫌な顔をしてその様子を見ていた。


「明けましておめでとうございます」
「ん?名無しの所の娘か。それに、本家から追い出された側室もいたか」
「おや、まぁ、禪院家の御当主様。ご存命でなによりです」
「それはこちらの台詞だ。老体に鞭打って毎年参加するなんて精が出るな」
「その言葉そのままお返しします」


お互い笑顔なのに何故か火花が散っているように見えるのは気のせいだろうか?と2人の様子をじっと見ていると、遠くで私と歳が変わらない子が大きな声で挨拶しているのが聞えてきた。私よりも小さな子たちがすらすらと敬語を話せているのを見て、私も早くちゃんと言えるようにならないと。という気持ちが強くなった。いつも「明けましておめでとうございます」しか挨拶ができず、その後、会話を続けられれば何も答えられず小さな声で「はい」と返事をすることしかできない。相手も私との会話を望んでいないのは百も承知だが、せめて気を使ってお話ししていただいた時にちゃんと答えられるようになりたいと思っている。しかし、普段全く敬語を耳にする機会がない環境に身を置いているため、どうしても他の子たちよりも敬語を話せるようになるスピードが遅かった。一体いつになったら私も他の子たちのようにすらすらと敬語が話せるようになるのだろうか。と、考えていると、突然背後から「名無しの嬢ちゃん」と声をかけられた。声のする方へ視線を向けると、毛先だけ黒い金色の髪をした耳にたくさん装飾品をつけたお兄さんが笑顔で立っていた。


「明けましておめでとうございます」
「おめでとう。まだ死んでなかったんか。こんな地味でどんくさくて才能もなさそうな子しか残ってへん張りぼての一族のくせに。はよ撤退しろや。いつまでがんばるん?」


挨拶の後に会話を続けられたことに驚いてしまった。しかも結構長文だ。なんかたくさん言われた気がするけど何から答えればいいのだろう。どうしよう、なんて言ってたか思い出せない。なんか難しい言葉を言ってた気がする。とにかく早く返事をしなきゃ。敬語で。しっかり。返事を・・・・


「ご老体でなによりです」
「・・・・・あ゛?」
「えっ?」


先ほどおばあちゃんと禪院家の御当主が話している時に聞えてきた敬語を使うと目の前の男の人は怒った表情になってしまった。どうしよう。間違った敬語を使ってしまったかもしれない・・・・とにかく謝らないと。と思い「すみません!」と頭を思い切り下げて謝った。すると、ポンっ。と頭に軽く手を乗せられた。その手に導かれるように顔を上げると、先ほどの怒った表情は消えており、お兄さんは満面の笑みを浮かべていた。よかった。怒ってないようだ。と、安堵していると・・・・


「なんや、敬語もまともに使えへんのか。子宮から出直してきや。・・・あぁ、そういえば、母親殺されとったんやな。これはすまんすまん」


言葉の内容とは裏腹に柔らかい声で言われたその言葉は、本当なら私が傷つくような内容なのかもしれないが笑顔で言われたせいか、はたまた、母親の記憶すらないせいか、いつも影で私に向かって言葉をぶつけてくる人達よりも言われた後に嫌な気持ちにはならなかった。その初めての感覚に感情が追いつかなかったのと、返事に使える敬語を頭の中で考えている間に、私への興味がなくなったお兄さんは前をスタスタと歩いていってしまった。

その翌年、祖母が『和の会』に参加しているのを待っている間、いつもの人通りの少ない庭に向かって歩いていると、なにやら子供のにぎやかな声が聞えてきた。いつもは人気のない場所のはずなのになんでだろう?と恐る恐る庭に向かって歩いていると、4人の子供が何かを取り囲むように円になっているのが見えた。一体何をしているのだろう?と、物陰に隠れながらじっと見ていると、円の中心から「みゃー」という、か細い鳴き声が聞えてきた。猫だ。それも小さい子猫だ。その子猫を取り囲んでいる子供たちはあろうことか子猫に向けて呪力を込めた石をぶつけていた。それを見た瞬間私は駆け出していた。


「や、やめて!」


私は草履も履かずに足袋のまま庭に降り子猫に石をぶつけている子達に向けて精一杯の大声を出した。しかし・・・


「あ゛?・・・なんだ、名無し家の出来損ないじゃねーかよ」
「コイツ、使用人との間にできた子なんだってよ」
「聞いた聞いた。つーか、名無し家って人殺しの一族だろ。御天道様の下で堂々と歩いてんじゃねぇよ」
「ははっ!さっさと死んじまえよ」


自分に向けて嫌な言葉を放つ子たちの顔をよく見ると、いつも庭に座っている私に嫌な言葉をかけてきたり泥団子をぶつけてくる子とは違う子たちだった。ふと、視線を感じて廊下の方を見ると、いつも見かける子達が小さく悲鳴を上げながら逃げていくのが見えた。恐らくいつも私に泥団子をぶつけにくる子たちよりも目の前にいる子たちの『家』の方が優秀なのだろう。とすぐに察した。世の中には様々なカースト制度が存在するが、特に呪術界のカースト制度は顕著なものだ。一族の歴史の長さ、力の強さ、富。それらによってカーストは決められ、後は弱肉強食だ。少し前までは名無し家も数百年歴史が続いていることから、カーストの上位に身を置いていたが、今となっては周りから「堕ちた名家」と蔑まれるようになった。恐らくカーストで言えば下位に位置するだろう。
いつも自分に向けて放たれる言葉はどれも難しいものばかりでほとんど意味を理解していないが、気分の良くない笑い声と一緒に放たれるその言葉を聞く度にいつも心臓がくっと掴まれる感覚がした。今も子猫を守るために踏み出した足が思わず後ろに下がってしまいそうになったが、私は勇気を振り絞ってもう一歩前に足を踏み出した。


「その子に痛いことしないで」


震える両手をぐっと胸の前で握りながら震える声でお願いをしたがその言葉は気分の良くない笑い声によってかき消された。


「じゃあ、お前がコイツの代わりになるか?」
「えっ?」
「痛いのは嫌だろ?なら、さっさとどっかいけよグズ」


そう言って一人の男の子が震えている子猫にまた石を投げつけた。腕にその石が当たった子猫がまた「みゃー」と小さく悲鳴をあげたのを聞いて、私は居ても立っても居られなくなった。


「あのっ、私が代わりになるからその子にはやめてください」


私が代わりになる。と、男の子たちに申し出ると、男の子たちは、にやっと笑ってさっきよりも大きな石を手に取った。


「へー。じゃあ、遠慮なくいくぜ!」
「いたっ!」


大きく振りかぶった男の子の腕から放たれた石が腕に当たった。着物の上から当たったというのに呪力が込められたそれは普通の石よりもずっと痛かった。間髪入れず、肩や足にも石を当てられバランスを崩した私は地面に倒れた。すると・・・・


「もっと大きい石投げようぜ!」


一人の男の子が庭の奥からさっきよりもずっと大きな石を持ってきた。あんなの当たったら骨が折れる。と私は焦ったが抵抗する術を持っていないため、当たっても骨が折れないように願うしかなかった。石を持って振りかぶった男の子の姿を見た私は衝撃に備えて身構えた。すると・・・・


「なにしてんねん」


今まで子供の声しか聞えていなかった空間に突然大人の声が混ざったことに驚き顔を上げると、私と男の子たちの間に袴を着た金髪の男性が立っていた。その見覚えのある姿に私がはっとなっていると、私よりも先にその人物に気づいた男の子たちはすぐに「禪院直哉さん・・・・」と怯えた声で名前を口にした。お兄さんの身体から何故か不機嫌なオーラが出ているように見え、全身から冷や汗が出た。


「術式もろくに使えんガキが調子乗んなや」
「「「「申し訳ございません!」」」」


さっきまで楽しそうに私に石をぶつけていた男の子たちが突然悲鳴をあげて逃げていく様子を見て私は目を見開いた。私からはこちらに背を向けている禪院のお兄さんの顔はよく見えないが、一体どんな表情をしていたのだろうか?と疑問に思いながら、倒れた状態のままお兄さんを見つめていると、「いつまでそないなとこで寝とるんや、ザコ」と、呆れた顔でこちらを向いた。私は慌てて体を起こして立ち上がった。


「あのっ」
「勘違いすんなや。別に名無しの嬢ちゃんを助けたわけちゃう。あのガキ共が前から気に食わんかっただけや」


お礼を伝えようと口を開いたが、その言葉は禪院のお兄さんの言葉によってかき消されてしまった。お礼を言いそびれてしまった私はその場から中々立ち去ろうとしないお兄さんを見て、何と声をかけていいかわからず困惑した。


「・・・・あ、明けましておめでとうございます」
「さっきも挨拶したやろが。もう覚えとらんのか、この鳥頭」
「申し訳ございません」


あれ?挨拶したっけ?と、さっきまでの記憶を遡ったが、挨拶をした人数が多すぎて全く思い出すことができなかった。


「まぁ、ええ。便所に行くのにたまたま通りかかっただけや。用は済んだからもう行くで、ほなさいなら」


わざわざ大広間から一番離れたこの場所までお手洗いをしに来たんだ。と思いながらも、それを伝える勇気もないため、「はい、さようなら」と深々と頭を下げて挨拶をした。禪院のお兄さんがこの場から去っていくのを見て、さっきの子猫はどこに行ったのだろう。とキョロキョロと視線を動かして探していると、「みゃー」という小さな声が上から聞えてきた。どこにいるんだろう。とそのまま姿を探していると木の上にいるのを発見した。きっと逃げた時に木に登って降りられなくなってしまったのだろう。とすぐに察した。


「私が受け止めるから降りておいで」


私は子猫がいる枝の下で両手を広げて声をかけたが、子猫は「みゃー」と、助けを呼ぶように鳴くだけで、体を震わせたままそこから一歩も動かなかった。


「そうだよね。そこから飛ぶのは怖いよね。ちょっと待ってて!」


私は周りに何かないだろうか?と視線を動かしたが、礼儀を重んじる加茂家所有の屋敷ということもあり、いくら大広間から一番離れた場所にある庭といえど、景観を損ねるような無駄なものがそこら辺に落ちているはずもなく、子猫の救出に使えそうなものは何もなかった。どうしよう。と頭を悩ませたが、不安げに「みゃー」と鳴き続ける子猫の声を聞いて私は決心した。


「今、私がそっちに行くから待ってて」


そう言って私は着物の裾を膝上までベロっと捲り上げた。庭に飛び出した時に草履を履きそびれたため足袋のまま木に登ろうと足をひっかけたが、木登りの経験など一切ない私は一向に木に掴まることすらできなかった。


「なにしてんねん」


後ろから声が聞えたため顔をちらっとそっちに向けると、禪院のお兄さんが縁側の壁に体を預けて両腕の袖口に手を入れて気だるそうにこちらを見ていた。敬語をろくに使えない私は、この状況をなんて説明したらいいかがわからず、失礼だとわかっていながらも無言でお兄さんのことを見ていると「なんや、じっとこっち見て金とるで」と言われ、はっ!とした私は慌てて頭を下げて「申し訳ございません」と謝罪した。


「そんな足晒しよって、ほんまみっともな」
「っ!」


木に登ろうと着物の裾を膝上まで捲りあげて足をひっかけた格好のままだったため、私は慌てて足を地面に下ろして着物の裾を整えた。その間も上からずっと子猫の鳴き声が聞えており、私は顔を上げて木の上にいる子猫の様子を確認した。


「なんや、さっきの猫か」
「はい、降りれなくなっちゃった・・・です」


明けましておめでとうございます。以外の敬語をまだろくに話すことができない私は語尾をあやふやにさせながら話すしかなかった。不自然にはなるが、思い切りタメ口で話すよりはマシだろう。と自分に言い聞かせた。


「放っておいたらええやろ。その内自分で降りてくるで」
「えっ?」


きっとあの猫はこのまま自分の力で下に降りてくることはできない。だから、今も心細そうに鳴き続けている子猫を放置しておくことは私にはできなかった。


「あの猫さっき嬢ちゃんが身代わりになった時、嬢ちゃんのこと見捨てて逃げよったやろ。助けたとこで何の得も価値もないで。ましてや感謝されるわけでもないやろし。今は弱々しい声で助けを乞うとるけど、降りた途端助けてもろた恩忘れて掌返して尻尾巻いて逃げよるで。人間と一緒や。あんなん助ける価値もない。どうせ助けるならもっと利用価値のあるやつにせえ」


たしかにさっきあの子猫は私が石をぶつけられている間に逃げたし、助けたとしても私に何か得があるわけでも、いい事が起きるわけでもないだろう。お兄さんの言うとおり、きっと助けた所で猫はすぐにどこかへ走って行くだろう。でも・・・


「それはできない・・・です」


得するとか感謝されるとかそんなものは必要ない。今はただあの子猫を助けてあげたいと思う気持ちしかない。


「助けてあげたい・・・・です」
「この偽善者が」


私はみっともない姿だとわかっていながらも着物の裾を捲り上げて、もう一度木に手をかけた。すると・・・・


「そんなんで登るのは無理やろ。はぁ・・・・まぁ、嬢ちゃんが土下座してお願いすんなら俺が代わりにあの猫助けてやってもええよ」
「はい、わかった・・・・です」
「は?」


いつの間にか隣に立っていたお兄さんがため息混じりに言った言葉を聞いて、私はすぐに腰をかがめて地面に膝をつけた。その瞬間、着物越しに腕を掴まれた。


「ほんまにすんなや。プライドとかないんか」
「?」


プライド?と首を傾げながらお兄さんの顔を見つめると、お兄さんはまたため息をついた。


「はぁ・・・・しゃーないから今回は特別にタダで助けたるわ」
「?」


話の展開についていけない私は首を傾げてお兄さんのことを見ていると、お兄さんは木の方に手を伸ばしたがその手をすぐに下ろした。一体どうしたのだろう。とそのままお兄さんのことを見ていると、お兄さんは少しだけ腰をかがめてその場で垂直に飛び上がったのだ。普通のジャンプ力では決して飛ぶことのできない高さを飛ぶ姿を見て、私は目を見開いた。


「ほら、これでええんやろ?」


あっという間に木の枝にいた子猫を片手で掴んで地面に降りたお兄さんは、子猫を掴んでいる手をずいっ!と私に差し出した。それを見た私は・・・・


「す、すごい!わぁ!すごいっ!」


歓声をあげながら尊敬のまなざしをお兄さんに向けて拍手を繰り返すと、お兄さんは一瞬目を見開いた後、そっぽを向いて地面に子猫を置いた。みゃー。と、一鳴きした子猫はこちらを一度も振り返ることなく一目散にこの場から走り去っていった。


「ほら、逃げてったで。言うたやろ、助けたって何の得も価値もないって。これに懲りたら二度とあんな雑魚助けようと思うな」
「また降りられなくなったらいつでも呼んでね〜!」
「話し聞いとったかこのアホ!こういう時は『二度と木に登んな。』って言うんや」


遠くに走り去っていく子猫に手を振りながら私が大きな声で言った言葉を聞いてお兄さんは怒った。


「ありがとうございました」
「はぁ・・・・。ほんま疲れた。もう二度とせぇへんからな」


疲れた。と言いながら私の前を歩くお兄さんは屋敷の中に戻るため、履いていた草履を脱いで縁側に足をかけた。私も同じように沓脱石に足を乗せようとした時・・・・


「ひゃあ!」


先ほど木を登ろうとした時に着物を捲くったせいで裾が足に絡まった私はそのまま倒れた。しかし・・・・。横から伸びてきた腕によって上半身を引っ張られ床に体をぶつけずにすんだ。


「なにしてんねん。ほんまどんくさ」
「すみません・・・・」


いつの間にか縁側から降りて私の胸の下に腕を差し入れて支えたお兄さんは呆れた顔で私のことを見た。お兄さんは草履をすでに脱いでいたため、足袋が汚れてしまった。そのことに気づき私が気にしていると、「後で新しいのに履き替えるからええ」と言った。


「にしても、ガキのくせに発育ええな」
「えっ?」
「なんでもあらへん」


沓脱石の上で草履を脱ごうとしていると、一人言のようにお兄さんが何かぼそっと言ったのが聞こえたが、草履を脱ぐことに気を取られていた私は何を言っていたのかまで聞きとることができなかった。


「ほんま、名無しの嬢ちゃんは3歩どころか100歩後ろ歩くようなどんくさい子やな。どんくさすぎて呆れるわ」
「すみません・・・・」
「おまけに地味やし鳥頭やし礼儀知らずやし嫁の貰い手なんてなさそうや」
「すみません・・・・」
「・・・・しゃーないから、俺の50番目の側室にしたるわ」
「えっ?」
「子作りするぐらいしか会いにいかへんけどな」


どういうことだろう?まったく意味も状況も理解できていない私はただただ首を傾げた。するとその時・・・・みゃー。と猫の鳴き声が聞えてきた。お兄さんと2人で猫の鳴き声がする方に顔を向けると、そこには先ほどの子猫が何かを咥えて座っていた。


「なんだろう・・・・」


私は子猫の前にしゃがみ口の前に手を出すと、少し首を下げた子猫は口の中のものを吐き出すように私の手の上に赤い花を置いた。


「お花?・・・・これなんて花だろう?」
「ほんまに無知やな。女のくせに花の一つも知らんのか」
「すみません」
「それは、椿や」
「椿」
「ほんまに猫か?赤い椿なんて・・・・」
「?」


子猫からの贈り物を見たお兄さんは感心していたかと思うと、急に嫌そうな顔をした。赤い椿。何かあるのだろうか。と、疑問に思いながらも、赤い椿をくれた子猫の頭を撫でて「ありがとう」と伝えた。私の手に頭をすりすりする子猫を見て私は「くすぐったい」と笑った。


「良い事あった・・・・です」


猫を助けたって何の得も価値もない。と言っていたお兄さんにもらった花を見せると、お兄さんは先ほどよりも嫌そうな表情でそっぽを向いた。


「はっ、この偽善者が。いつか痛い目みても知らんからな」
「はい」


そのまま屋敷の中へと消えて行ったお兄さんを見送った私はしばらく子猫とその場で遊んでいると、和の会を終えた祖母が迎えにきた。


「ねぇ、おばあちゃん」
「ん?」
「赤い椿の花言葉ってなに?」
「控えめな素晴らしさ。気取らない優美さ。謙虚な美徳」


すらすらと祖母の口から出た花言葉はどれも難しいものばかりで私には理解することができず首を傾げた。


「日本のバラって呼ばれててプロポーズに使われたりするんだよ」
「そうなんだ」


プロポーズってなんだろう?よくわからないけど、きっと良い事な気がする。と思った私は、ふと手に持っている赤い椿を見つめながら、お兄さんはなんで嫌な顔をしていたのだろう。と首を傾げた。


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