〜百鬼夜行の1時間前〜

「ねぇ、それってツッコんだ方がいい?」
「何が?」
「それ」

吹かしていたタバコを地面に捨てた男は靴でそれを踏みつぶしながら五条に声をかけた。それ。と言われ指をさした先には五条の右腕があり、『それ』と言うのは腕につけている名無しからもらったブレスレットのことだと気づいた。

「あぁ、これ?」

そう言って右腕を少し上に上げた五条を見て、男は「あぁ」と頷いた。

「そういうの煩わしくて付けない奴だと思ってたけど」
「あぁ、プレゼントでもらったんだよ」
「へえー、女性?」
「大切な人」
「似合わねえ言葉」

五条に対して不誠実なイメージを持っている男は、からかうように少し笑いながら五条の顔を見た。

「で、ツッコんだ方がいいって何のこと」
「あぁ、それ。付いてる石が全部君には不必要なものばかりだから、ツッコんでもらいたくてわざと付けてんのかと思ってさ」
「あー、なんか、金運がどうとか、病気がどうとかってやつ?たしかにどれもパーフェクトグッドルッキングガイの五条悟には必要ないね」
「そういうの自分で言っちゃうあたり流石だな」
「てか、なんでお前はわかんの?」
「そりゃ、姫さんたちがそういうの好きだからに決まってるだろ。意味とか覚えておけば会話も弾む」
「宵宮は相変わらずだね」
「女性はみんな宝だからな。たくさん笑って生きて欲しいんだよ」

宵宮と呼ばれた男は、さも当たり前だ。というように笑って話した。この男は、水商売が盛んに行われている地域や風俗街の地区を専属担当している呪術師だ。これらの地区は呪いが集まりやすい場所であるが、場所が場所なだけに、特殊な呪霊が発生しやすいことから担当をやりたがらない呪術師が多いため、宵宮が一人でこの地区の担当をしている。普段、こういった招集には参加しないものの、新宿で起きたためしぶしぶ参加したというわけだ。

「しっかし、人間は全員女性の子宮から産まれてるっつーのに、呪術師はどいつもこいつも女性に対して尊敬の欠片もねぇ!ほんと信じられねぇよ」
「はいはい」

男尊女卑の風潮がもっとも強い呪術界に日頃から不満を持っている宵宮がこの話をし始めると終わらないため五条は早々に切り上げた。ちなみに先ほどの『姫さん』というのも、水商売をしている女性や風俗嬢のことを言っている。宵宮自身進んでそういった地域を担当する程、女性に対して日頃から感謝の気持ちや尊敬の気持ちを持って呪術師として呪いを祓い続けている。これから大戦が始めるというのに相変わらずな宵宮を見て、こいつはちゃんとわかってるのかと五条は疑問に思った。まぁ、これが宵宮だから仕方ない。

「あ!もしかしてさ、大切な子って噂のおひいさんのこと?」
「おひいさん?」
「そう!名無しのおひいさん!俺まだ会ったことねぇんだよなー」
「へぇ、なら一生話しかけないで、ばったり会ってもその少ない脳みそから記憶を消して」
「辛辣!ひでぇな・・・・。俺も噂のおひいさんを一目見たいだけだっつーのに」
「お前のことだ、一目見ただけじゃ終わらねぇだろ」

日頃から女を見れば手当たり次第声をかけてデレデレと鼻の下を伸ばしている宵宮の姿を思い出した五条は名無しにもそんな様子で話しかけるのではないか。極度の人見知りである彼女にそんなことをしないで欲しい。と怪訝そうに眉をひそめた。

「なぁなぁ、おひいさんとはどこまで進んだんだ?」
「下世話な話とかやめてくんない?」

ニヤニヤとからかうような表情で話す宵宮に五条は片手をさっさと払い、あっち行け。というように追い払った。

「えー。なんでだよ。年齢的には手出したらアウトだけど、親公認の許嫁なら法にも触れてないから問題ねぇじゃん」
「法に触れてなくてもモラルの問題があるでしょ」
「うっわぁ。似合わねぇ言葉・・・・・」

そんなことを言いつつ、先日の名無しとのことを思い出した五条は、あれはモラルの問題でいうとアウトか。と思ったが、宵宮がそのことを知ることは一生ないからいいか。と開き直った。

「まぁ、ラブラブみたいでよかったな。最初おひいさんが君の婚約者だって聞いた時は意外すぎてびっくりしたけど」
「余計なお世話。僕が誰を選ぼうと関係ないでしょ」

名無しを婚約者に選んだことで今まで散々周囲からロリコンだの、流石天才様は少し変わった性癖をしていらっしゃるだの、だからどんな美人が近づいてもなびかなかったかだの色々と不本意な嫌味を言われてきた五条は今更宵宮に何か言われた所で特別何も感じはしないが、いい気分はしないため早々に話を切り上げた。

「でもまぁ、ちゃんと愛されててよかったな」
「全人類が五条悟を愛しているのは当たり前じゃん」
「え、嫌われてるの間違いじゃね・・・・」

宵宮は五条悟のことを好きな人など、五条の外見しか知らない女性だけだろ。と、顔をしかめた。

「なんか言った?」
「いや、別に・・・・。一応聞くけどその石がどういう意味なのかちゃんとわかってて付けてるか?」
「どの石だよ」
「その一番でかい青い石」
「知らないけど」
「なんだ、意味もわからずつけてたのかよ。ウケる」

少しだけ顔をしかめる五条を心の底から面白い。といった様子でお腹を抱えながら笑った宵宮はひとしきり笑った後口を開いた。

「それ、ラピスラズリっていって、最強の幸運を引き寄せる聖石なんだよ」
「これが?」
「そう。それ。特段でっけぇやつ。健康とかさ金運とかさ色々盛りだくさんで願われてるけど、おひいさんの一番の願いは『それ』なんだよ」
「・・・・・。」

五条は自分の腕で光続ける青い石を見つめ続けた後、「幸運ね・・・・」と、つぶやき優しく抱きしめるようにブレスレットを手で包み込んだ。

「へぇ、最強様もそんな顔するんだな・・・・」
「いつまでいるのさ。さっさと持ち場に戻んなよ」
「はいはい」

宵宮はそんな五条を見て満足気に笑ったあと、「じゃ、戻るわ!」と軽く手を上げ五条に背を向けて歩いていった。しかし、すぐに足を止めて、後ろを振り向いた。

「なに。まだなんか用なの?」
「用っていうか・・・・。まあ、一人でもお前の幸せを願ってる人が待っててくれてんだから、元気な姿で戻ってやれよ!じゃあな!」

きっと宵宮が一番伝えたかったことはこのことだったのだろう。と五条はすぐに察した。五条の2個上の宵宮は学生時代の五条と夏油のことを知っている。今、複雑な思いであろう五条のことを思い、開戦前にわざわざダル絡みのような形で声をかけてきたのだろう。

「宵宮の癖に。ほんと余計なお世話」

気を利かせたつもりの宵宮に向かって五条は礼を言うどころか先輩ぶるなと不満を吐き捨てた。今も手の中で握りしめているブレスレットにもう一度視線を向けた五条は一番大きな青い石を指でいじった。

「わざわざ石に込めなくたってちゃんと伝わってるよ」

石に願いを込めなくても名無しの気持ちはわかっている。大戦を前に五条の心が少しだけ穏やかになる中・・・・

『好きです』

あの日ブレスレットと一緒に贈られた言葉が脳内で再生された。

名無しはまだ恋も愛も知らない。好き。嫌い。の大きなカテゴリーでは感情を認識しているが、それらを細分化できていない。だから、あの日贈られた『好き』という言葉も大きなカテゴリーで当てはまる言葉を選んだだけで、正しく細分化すれば『親愛』に当てはまるだろう。そこに恋愛感情は含まれてはいない。五条は冷静に名無しから言われたあの言葉を受け取っている。それでもいい。今はそれでいい。いずれゆっくりと知っていけばいい。あの言葉もキスも触れた体も全て望んでいた形ではなかったが、点と点を線で繋ぐように未来に繋がっていけばいい。



夏油一派が動き始めたことにより百鬼夜行が始まった。
そんな中、五条はふと1時間前に宵宮と話したことを思い出した。そのせいか、腕に付けているブレスレットが微かに揺れた気がした。

「?」

気のせいで流せるぐらい微かな動きではあったが、五条はそのことがとても気になった。それと同時に嫌な予感がした。名無しは安全のため高専に残してきているし、人一倍他人の心配をするため、今回の百鬼夜行の件も名無しの耳に入れないように高専関係者全員が気を付けながら行動していた。だから、名無しは今日の大戦のことを知らない。高専周辺の行動は認めているが、それ以外の無断外出は許可していない。名無しが伏黒の家に行った時に手助けをした星名という補助監督にも注意をした。だから、名無しは今も高専の中で無事に過ごしているはずだ。何も心配することはない・・・・だが・・・・夏油がいないことや伊地知からの情報を聞いた五条は察した・・・・

「パンダ!棘!」

二人(正式には1人と1匹)の首根っこを掴んだ五条は驚く様子を見せる二人の言葉を質問禁止!と拒否し、半強制的に高専へと送ることにした。

「夏油は今高専にいる。絶対、多分、間違いない」
「どっちだよ!」
「勘が当たれば最悪憂太と真希二人死ぬ!恐らく名無しも・・・・」

夏油が名無しに憑いている神様のことを知っているかわからないが、もし、情報を知っていて悪用しようとした場合、憂太と同じように憑りつかれている側の人間を殺すことを考えるだろう。と五条は思った。そうなれば、無力な名無しは確実に死ぬ。奥の手を出したとしてもだ。

「僕もあの異人を片付けたらすぐ行く。三人を守れ。悪いが死守だ!」
「応!/しゃけ!」



暗闇の中から一筋の光が差し込んだ。これは名無しが意識を取り戻したという合図だ。名無しの意識と繋がっている妾は名無しの意識が戻らないかぎり顕現することができない。逆に言えば、妾が顕現したということは名無しの意識が戻ったということだ。
妾は、すぐに近くにいるはずの名無しを探すと、名無しは自室のベットの上に横たわり、ゆっくりと目を開けた。脳が追い付いていないのか、天井を見つめたまま、ぼーっとしている名無しの元に妾はすぐに駆け寄った。しかし、名無しは天井を見つめたままこちらを見なかった。すぐに、いつものぬいぐるみを探したが、どこにいったのか見つけることができなかった。
名無しから妾が見えないとわかっているが、ベットの淵に腰をかけ名無しの様子を見続けていると、ようやく脳が現状を理解したのか、がばっと勢いよく半身を起こし、「神様!神様!」と妾のことを探し始めた。
妾はすぐに名無しの目の前に顔を出し名無しの顔を見つめたが、名無しは頭を大きく動かしながら懸命に「神様!」と妾のことを探し続けた。名無しの瞳には妾の姿は映っていない。
次第に名無しの瞳にはじわじわと涙が浮かび、両手で顔を覆って泣き始めた。

「ごめんなさい。ごめんなさい。守れなくてごめんなさい」

名無しは繰り返し謝罪の言葉を口にした。それを目の前で聞いている妾は慰めるように名無しの頭を撫で続けた。

「弱くてごめんなさい。何もできなくてごめんなさい」

嗚咽混じりに謝罪を繰り返す名無しを宥めるように今度は抱きしめて背中をぽんぽんとリズムよく叩き続けたが、妾のことが見えない名無しにとっては無意味な行為だった。
汝が守ってくれたおかげで妾はここにいる。一番その言葉を伝えたいのに、伝えることができなかった。

『こんなに近くにいるのに苦しいと思う日が来るとは思わなかった』

耳元で囁いた言葉も名無しには届かない。

『不幸にし続けて後悔しているのは妾の方だな・・・・』

いつか名無しに一緒にいればいずれ後悔すると伝えたことがある。しかし、先に後悔したのは妾の方だった。
『不幸』が身に起こるたびに名無しは何でもないといった様子でへらへらと笑う。小さな怪我であろうと、大きな怪我であろうと、悲しいことであろうと、苦しいことであろうと。それを妾に感じさせないように笑顔を向ける。全ては妾のせいだというのにそれを感じさせないために笑い続けた。今もきっと妾が目の前にいることがわかればいつものようになんでもないといった様子で笑うだろう。

『そろそろ潮時だな・・・・』

妾は名無しの首にまだくっきりと残っている紐の痕をそっと撫でた。
あの男のように今後妾を狙うものが現れるかもしれない。そうすれば、今回のように名無しは命がけで無茶をするだろう。次は命を落としかねない。そうなる前に離れよう。妾たちの間に縛りはない。妾の気持ち一つで名無しから離れることができる。名無しを不幸から解放することができる。離れた瞬間瘴気に呑まれて消滅するかもしれない。それでもいい。そう思えるほど汝と過ごした日々は幸せだったのだから・・・・・

「いつか神社におかえしするって約束したのに・・・・」

涙を流しながら懸命に言葉を紡ぐ名無しの声を聞いて、妾は天を見上げて深いため息をついた。今決意したばかりだというのに一瞬でそれが揺らいだ。

「私は神様との約束を守りたかった・・・・一緒にいたかった・・・・」

あぁ、ほんとうに汝は困った女子(おなご)じゃ。
いつも妾が一番欲しい言葉をくれる。妾の存在理由をくれる。こんなことを言われれば離れられないではないか・・・・

「はぁ・・・・こんなにも想っているというのに何故目の前にいる妾が見えんのだ」

妾は人差し指で名無しの頭を小突いた後、その体を思い切り抱きしめた。何も感じなくてもよい。見えずともよい。それが愛する汝の願いならば汝が飽きるまでそばにいてやろう。

神様は、両手で目を押さえて泣いている名無しのおでこに口づけを落とした。

その時・・・・・

「やっほー!お寝坊さん目は覚めた?!」

ノックなしで勢いよく開いたドアから暢気な空気の読めない声と共に自称グッドルッキングガイ五条悟が入って来た。

「え、なに?泣いてるの?どっか痛いの?」

名無しの上にいる神様を押しのける形でベットの上に腰かけた五条は目を真っ赤に腫らして泣いている名無しを見て、いつもの明るい調子で声をかけた。

「悟さんっ!私っ!私っ!神様のことを守れなくて!神様がいなくなってしまって!」

名無しは嗚咽混じりに涙の理由を五条に説明すると、五条は「え、目の前にいるけど」とあっけらかんとした声で自分の後ろを親指で指した。

「えっ?」

それには流石の名無しもあっけにとられ様子で、口をぽかーんと開けて固まった。

「ははっ。もしかして、神様が消されたと思ったの?」
「はい・・・・。いつもならすぐにぬいぐるみを持って現れてくれるのに、いなかったので・・・・」
「あぁ、そういえば、汚れてたからこれクリーニングに出しておいたよ」

そう言って五条は、手に持っていた紙袋からくまのぬいぐるみを取り出し、ぽーんと神様に向かって投げた。それを受け取った神様は「お前、わざとだろう」という恨みを込めて、殺気を放ちながら睨みつけたが、「神様!」とやっと神様がいることがわかった名無しが嬉しそうにあげた声を聞いて、ぬいぐるみを持って名無しの周りをふよふよと浮いた。

「ご無事でよかったです」

泣いた痕を隠すように手の甲で何度も目を摩る名無しにずっと見ていたから知っているぞ。という気持ちを込めながら、頭を何度も撫でた。

「コイツは何とも無さそうだから安心して」
「そうですか。よかったです」

視えない名無しの代わりに五条が神様の状態を伝えると名無しは胸を撫でおろした。

「名無しは?体は大丈夫?硝子に治療してもらったけど、それだけじゃ全部は治らないから」
「はい。私は大丈夫です」

名無しに手を伸ばした五条は、まだ青紫色に線が残っている首に触れた。

「ほんと、自分で首絞めるとかよくやるよ」
「すみません。緊急事態だったのでつい・・・・」

痕は二筋付いており、色濃く付いた痕を見て、位置的に誰かに絞められたわけではなく名無しが自分で絞めたものだとすぐに気づいた五条は、名無しが神様を夏油から守るためにわざとやったのだとすぐにわかった。しかし、痕はもう一筋付いており、それは確実に気絶させられる場所に当たるように付いていた。名無しが絞めた位置で首を絞め続けていれば確実に名無しは窒息死していた。まるで、それから守るように付けられた痕を五条は何も言わずそっと撫でた。名無しは五条の口ぶりからあの時の状況をわかっているのだと思い、自分の口から詳しく説明はしなかった。

「名無しはまだまだ弱いんだからさ。あんま無茶しないようにね。じゃないとすぐに死にそうだ」
「すみません。善処します」
「そう言ってすぐ無理する癖に」

五条の言葉を聞いて困ったように苦笑いをした名無しはあることを思い出し口を開いた。

「あの、悟さんの方は大丈夫だったんですか?」
「うん、大丈夫。全部終わったよ」
「そうですか・・・・。百鬼夜行の件・・・・いえ、なんでもないです」

夏油が言っていた百鬼夜行のことを五条に聞こうとした名無しだったが、一瞬空気が変わったように感じ、不自然な形で口を閉じた。
そんな名無しを見て名無しが何か察したことに気づいた五条は話題をそらすように「そういえば」とポケットからあるものを取りだした。

「これ」
「あ」
「気ぃ失いながら大事に握ってたけど何?」

五条の手に乗った小さな花の飾りが付いた髪飾りを見た名無しは少し驚いた表情でゆっくりとそれを手に取った。
夏油を始末した後、倒れている名無しを見つけた五条は正直心臓が止まるかと思った。夏油が理由なく若い術師を殺すとは思わなかったが、神様の件もあるから万が一・・・・ということも最悪の結末として考えていた。小さく呼吸しながらも、たしかに生きている名無しを見つけた時は本当にほっとした。生きているとわかり名無しの細かな様子に目をくばれるようになった時、真っ先に名無しの頬に涙の跡が残っているのを見つけた。夏油との戦いのせいかと思ったが、手に大事に握られているものを見てすぐにこれのせいだ。とわかった。

「大事な方との約束のものなんです」
「・・・・約束?」
「はい。今度会う時まで預かっていてくださいとお渡ししたものなんです」
「へぇ。で、そいつに会えたの?」
「いえ、その方には会えませんでした。でも、その方が飼っていた呪霊が・・・・あ、物を自由自在に出し入れできる呪霊なのですが、その子がこれを持っていたんです」

呪霊の特徴を聞いた五条は、数年前の記憶からある呪霊のことを思い出した。

『最期に言い残すことはあるか?』
『・・・・ねぇよ。・・・・・2、3年もしたら俺のガキが禪院家に売られる。好きにしろ・・・・あぁ・・・・あのガキの髪留め返し忘れたな・・・・まぁいいか・・・・』

そして、その呪霊の元の持ち主のことも・・・・
名無しが幼い頃に父親の本妻の家族に攫われた時の話も流れるように思い出した五条は、現場に残穢が一切残っていなかった理由がわかり、やっと全てのことが一本の線で繋がった感覚がした。まさか、名無しと繋がりがあったとは微塵も思わなかった。と五条は驚きと同時に腹の奥で笑いそうになった。

「どうしても、もう一度お会いしたくて・・・・約束が欲しくて無理矢理お渡ししたものだったので、まだ持っていてくださっていたことが嬉しくて・・・・」
「そっか・・・・」
「いつかまたお会いしたいとずっと願っているんです」

名無しは髪飾りを優しく両手で握った後、そっと唇にその手を当てて、目を閉じた。その姿を見た五条は確信した・・・・

いつか名無しが恋や愛を知った時、きっと君は『今と同じ表情』をするのだろう・・・・・。と。




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