*直接的な言葉が出てくるため、念のためR12です。
年齢が満たない方は自己責任でお読みください。



結婚式を終えた2人は今夜宿泊する宿に移動した。今まで結婚式を挙げた夫婦以外に襲われた被害者はいないが、もしものことを考え他に宿泊客がいない森の中にポツンと一軒だけ建っているコテージに泊まることになった。

「襲われた夫婦の死亡推定時刻はおよそ22時から0時頃と報告があがっております。なので、もし呪霊が現れるとすれば恐らく同じ頃だと思います。それまで五条さんと名無しさんはゆっくり休んでいてください。2階にちょうど部屋が2つあるのでお二人で使ってください。私は1階で待機していますので何かあれば声をかけてください」
「はい、わかりました」

小山原の言葉にお辞儀をしながら丁寧に返事をする名無しとは反対に五条は小山原の言葉を聞く前に2階へと上がっていった。そんな五条を追いかけるように階段をあがっていった名無しは「あの、悟さん!」と声をかけた。

「ん?どうかした?」
「あの・・・・呪霊はちゃんと現れるでしょうか?私のせいで現れなかったらどうしようかと思って・・・・」

バージンロードで盛大に転び散らかしたり、式の最中もあたふたしていた自分を思い出した名無しは自分のせいで呪霊が現れなかったらどうしよう。と思い、不安気に胸の前で両手を握り締めて床を見つめた。

「まぁ、たしかにあれはひどかったね」

笑いながら五条が言った言葉を聞いて名無しはビクっと、大きく肩を動かした。今日しでかした数々のドジを走馬灯のように思い出し、肩を落として落ち込んでいると・・・・・

「でも、まぁ・・・・・」

ポンっ。と名無しの頭の上に手が置かれた。

「誰がどう見てもちゃんと『花嫁』だったんじゃない?」
「えっ、本当ですか?」
「まぁ、及第点って所だけどね」

明らかに落ち込んでいる名無しを少しでも励まそうとしたのか、視線を外しながらではあるものの優しい言葉をかけた五条に名無しはずっと床を見つめていた顔を上げた。
そんな五条に名無しは何か伝えようとしたが、名無しが口を開くよりも先に五条は「じゃあ、呪霊は僕にまかせて名無しはよだれ垂らして、ぐーすか。いびきでもかいて寝てていいよ」と言って部屋に入って行ってしまった。

「よ、よだれ?!ちょっと待ってください。私、いびきかいてるんですか?!」

今まで気づかなかった衝撃の事実だ。と思い、慌てて五条に聞き返したが、部屋の中に入った五条から返事が返ってくることはなく、名無しは大人しく自分にあてがわれた部屋に入って就寝の準備をした。ベットの上には寝間着として浴衣が置かれており、着慣れた浴衣に袖を通して前を合わせると、明らかに前が締まりきっておらず胸の谷間が見えている状態を見て、名無しは「あ」と声を出した。
胸とお尻以外華奢な名無しの体形に合う服は市販ではなかなか売られておらず、どちらかに寄せるとぶかぶかになったり入らなかったりと、服一つ探すのにも大変だ。高専に住むようになってからはずっと五条が名無しが着るものを用意しており、毎年新年会に着ていく名無しの着物を用意して贈っているせいか、名無しの身体のサイズを把握している五条はジャストサイズの服を贈ることができた。
浴衣に収まりきらなかった自分の谷間を見つめながら名無しはみっともない恰好だが、五条と小山原と会わなければ大丈夫だろう。と思いベットの中に潜り込んだ。

「あ、そういえば、返し忘れちゃった」

自分の左手の薬指にはまったままの指輪を見た名無しは結婚式のあとバタバタしていて五条に返し忘れてしまったことを思い出した。各部屋にシャワーがついているため先ほど名無しも入ってきたが、考え事をしていたせいかその時は全く気がつかなかった。今からでも返しに行った方がいいだろうか?と思ったが、今行くと邪魔をしてしまうかもしれない。と思い明日の朝一で返そう。とベットに横になった。
死亡推定時刻である22時から0時まではあと1〜3時間。いつもならこの時間には眠っているが、ちゃんと呪霊が現れるか気になって眠ることができなかった。
壁にかかっている時計が動く様子を見つめたままあっという間に3時間が過ぎた。五条がいる隣の部屋からは物音が聞こえず、呪霊の気配も感じなかった。まだ0時になったばかりだからもう少し時間が経てば現れるかもしれない。そう思い数十分また時計を見つめていたが、呪霊は現れなかった。
布団から名無しが体を起こしたのと同時に名無しの部屋のドアをコンコンと叩く音が聞えた。

「悟さん?」
「いえ、小山原です。夜分遅くにすみません。入ってもよろしいですか?」
「はい、どうぞ。今開けますね」

ドアに小走りで近づいた名無しはドアノブを握った。

「どうなさいました?」
「あっ、おやすみのところすみません。現状報告をしに参りました。」

名無しの姿を見た小山原は少し顔を赤らめて視線を右往左往させながら言葉を発した。その様子を見て名無しは首を傾げたが、報告を続ける小山原の言葉にしっかりと耳を傾けた。

「今のところ呪霊は現れていないようです」
「・・・・そうですか、任務は失敗ということでしょうか?」
「まだもう少し様子を見てみますが、もしかしたらそうなるかもしれません」
「すみません。私のせいです」
「いえ、名無しさんは何も知らずに連れてこられたのに立派に自分の仕事をなさっていたと思います」
「でも、私のせいです」

自分のせいで呪霊が現れなかったと落ち込む名無しを小山原はすかさずフォローしたが、それでも名無しは納得できなかった。愛する人と幸せな日々を過ごすはずだった被害者たちの無念を1日では早く晴らしてあげたかった。たくさんの人たちを幸せにするために営業の再開を願っている結婚式場の人たちのためにも。そして、いつも自分のことを助けて守ってくれる五条の役に立ちたかった。と名無しはやりきれない気持ちでいっぱいになった。家から疎まれて、理不尽に悪口を言われて、見ず知らずの子供たちから泥団子を投げつけられるだけだった名無しの手引いて明るい世界に連れ出したのは間違いなく五条悟だ。たしかに、五条悟の婚約者になったからといって、悪口は陰口になっただけだし、泥団子は鋭い視線にかわっただけではあるが、それでも、ひどく冷え切った幼い名無しを五条悟はたしかに温めた。名無しは、五条にいつか恩返しがしたいとずっと思っていたが、『最強』の五条悟はいつでも助けを必要としない。たまに無理難題を人に吹っかけることはあるが、それは五条悟を助けるためのものではない。だから、今回の任務を知った時、最初は突然のことで驚きはしたが、初めて五条の役に立てるかもしれない。と名無しはひそかに気合を入れていたのだ。しかし、結局、恩返しどころか足を引っ張ってしまった。
任務失敗となると悟や五条家にも迷惑がかかる。日頃から好き勝手に振舞っている五条悟が上層部から文句や嫌味を言われながらも最終的にその行動が認められているのは、彼の強さと任務遂行能力からだ。今回の任務失敗の件が上層部の耳に入れば、これ見よがしにそのことでつつかれることになるだろう。これ以上の死者が増えれば尚更だ。それは非常にまずい。次々に名無しの中で負の感情が湧き出してる中、小山原は「条件は全部満たしてるはずなんだけどな・・・・・あっ」と口にした。

「もしかして、やっぱりあれが条件なのか?」
「あれとは?」
「い、いえ、なんでもないんです」

何か思い出したかのように口元に手をあててぼそっと呟いた小山原の言葉を聞いた名無しはいち早くそれに反応した。

「小山原さん、何か知っているなら教えてください。何か呪霊の発生条件を満たしていないものがあるんですか?」
「いえ、俺が勝手に共通点だと思っているだけで、確証はなくて・・・・。それに、もしそれが間違いだった場合、名無しさんになんとお詫びしていいかわかりません」
「それでもいいです、教えてください!悟さんのお役に立ちたいんです」
「でも、これはあまりにも・・・・あ、俺、伊知地さんに連絡しなきゃ!森の中のせいかここら辺は電波がつながりにくいので少し離れます。五条さんとも後で話して明日以降の予定を決めておくので、名無しさんはもう休んでください。では」
「あ、小山原さん!」

逃げるように名無しの目の前から去っていった小山原がワイシャツ姿だったのを思い出した名無しは外は寒いだろう。と部屋にあったブランケットを持って外まで追いかけたがすでに遠くに行ってしまったのか見つけることができなかった。仕方ない。と家の中に戻ると、1階の机の上に小山原の仕事道具がたくさん残っていた。その中に「本件の共通点」と書かれたメモを見つけた名無しはその文字に目を通した・・・・・・


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コンコンッ

「はい」
「悟さん、名無しです。入ってもいいですか?」
「いいよ」

失礼します。と名無しがドアを開けると、窓枠に腰かけていた五条は手に持っているタブレットから少し目を外して名無しのことを見た。

「こんな遅くにどうしたのさ。てっきりよだれ垂らしていびきかいて寝てると思ってたのに」
「呪霊、現れなかったですね」
「まぁ、そういうこともあるでしょ。等級が高い呪霊にはよくあることだよ。発生条件をもう一度洗い出して色々試してみるよ」

「このまま待ってても今日は現れないだろうし、もう寝るかな」とベットに腰を下ろした五条に名無しはゆっくりと近づいた。

「ん?どうしたの?もしかして枕が変わると寝れないタイプ?しょうがないから五条さんが添い寝でもしてあげようか?」

茶化すように言葉を続ける五条に名無しは不安気な表情を向けた。明らかに様子がおかしい名無しを見て、五条はふっと笑った。

「冗談だよ。何?もしかして、呪霊が現れなかったこと気にしてるの?別に名無しのせいじゃないよ。こういうことはよくあるから」
「・・・・悟さん、実は、呪霊に襲われたご夫婦にはもう一つだけ共通点があったそうです」
「へぇ、どんなこと?報告書には書かれてなかったけど、小山原から聞いたの?」
「いえ、机にメモがあってそこに書かれてました」
「そうなんだ。メモにはなんて書かれてたの?」

観察眼が優れている小山原は今回のような呪霊の発生条件が難しい案件では役に立つと有名な補助監督だ。今回もその能力をかわれて担当に指名されたのだろう。しかし、その小山原が他の条件に気づいていながら、五条にそのことを報告していない。それはつまり報告できない何かがあるからだ。その何かとは一体。と五条が考えていると、目の前にいる名無しが大きく息を吸って吐き出した。

「悟さん、嫌だったら私を殴ってでも避けてください」

少し震えた声で告げられた言葉を聞いて、五条は、殴ってでも止めてください?最強の五条悟に向かって何を言っているんだ?と内心首を傾げた。

「名無し、一体なに考えてっ」

ぎゅっと目を閉じた名無しの顔がゆっくりと自分の顔に近づいてくるのを見て、今まで人生で何度も経験してきたその行為に気づいた五条は自然と術式を解いていた。避けることなく優しく触れた唇はお互いの体温をほんの少し移した後すぐに離れた。小山原のメモには「互いの唾液が唇から検出されている。死ぬ直前に濃厚な接触の可能性あり」と書かれていた。

「す、すみませんっ!嫌でしたよね?!本当にごめんなさい!すぐに拭きます!きゃっ!」

慌てて唇を離した名無しは五条の唇をすぐにでも除菌しなければ。と後ろにある机の上からウエットティッシュを取ってこようと背を向けた。てっきりグーパンチか平手打ちかそれ以上のことをされると思っていたのに、あっさり受け入れられたことに名無しは心底驚いた。言葉にすると決心が揺らいでしまうと思い、行動に移してしまったが、やはり先に何をするか伝えればよかったと名無しは後悔した。
机の方に一歩踏み出そうとした瞬間、名無しの腕はガシッと掴まれて勢いよくベットの上に倒された。

「あ、あのっ、悟さん、私、拭くものを」
「名無し、僕のこと好きなの?」
「えっ?」

ベットの上に押し倒しされて、逃げられないように顔の横に手を置かれた名無しは五条に覆いかぶさられ状態でその質問をされて固まった。悟さんのことを好き?それはもちろん・・・・・

「はい、好きです」
「それは恋愛対象としてってこと?」
「恋愛かどうかは正直わかりません。考えたことがなかったので」
「そっか」

五条のことは好きだが、それが恋愛の意味かどうか聞かれると、違うと思った。親戚のような、兄のような距離でずっとそばにいてくれた五条のことを名無しは正直一度もそういう風に見たことがなかった。

「小山原さんのメモに書かれていたんです。被害者の唇に夫婦の互いの唾液が付着していた。濃厚な接触の可能性がある。と。それでっ」
「それで、僕にキスしたってこと?」
「はい。そのことが条件なのではないかと思って」
「好きでもないのに?」
「急にこんなことをしてしまって本当にすみません。でも、先に口にしたら、結婚式の時みたいにできないと思って」

名無しがそう答えると、目の前のサングラスの奥に映る五条の目が少しだけ揺らめいた。

「すみません、悟さん怒ってますよね」

五条の態度を見て怒っているのだと思った名無しは本当に申し訳ない。という表情で謝罪したが、五条はすぐに、ははっ。と笑った。

「怒る?なんで?」
「えっ、だって、私突然悟さんにキスをしてしまいましたし怒られて当然だと・・・・」
「怒ってないよ。むしろ、僕はすごく嬉しいよ」
「えっ?」
「名無しが任務のためなら好きでもない男にキスできるぐらい立派な呪術師になったことが」
「あの、悟さん?」

嬉しいという割には、表情は一切笑っておらず、むしろ、怒っていると言われた方が納得できる表情なのに不自然に言葉だけで笑う五条に名無しは少し恐怖を感じた。

「悟さん、すみませんっ」
「なんで謝るの?名無しは任務遂行のために仕方なくやったんでしょ?何も悪くないでしょ」
「いえ、でもっ」
「ねぇ、名無し。濃厚な接触ってどういう意味かわかってる?」
「えっ?」

そういえば、メモの一番下に黒く塗りつぶして消された文字があったような。と名無しが思っていると、突然、五条は名無しの着ている浴衣の襟に手をかけて、がっ!と大きく開いた。

「きゃあ!」

名無しは慌てて自分の両胸を腕で覆うように隠した。頂はかろうじて見えていないが、上半分が露わになった胸を見て、名無しは顔を赤くして慌てて襟を元に戻そうとしたが、その手を五条に掴まれた。

「何してるの」
「さ、悟さん、見えちゃいますから!隠さないと、見えちゃいます!」

だから手を放して。と伝えたものの五条は離すどころか自分の手に絡ませるように名無しの手を握り直してベットに縫い付けた。

「悟さん!」

さすがにやりすぎなのではないか。と怒った名無しが声をあげると、「大体さ」と五条は言葉を続けた。

「男の部屋に来るのに、下着付けてこないとか何考えてるの?警戒心なさすぎでしょ。まさか、その状態で小山原に会ったりしてないよね?」
「え、その・・・・」
「ずっと山奥に住んでたからそういうことに疎いのは仕方ないけど、今は環境が違うんだから、そろそろ警戒心持ってよね。じゃなきゃ、オオカミに喰われちゃうよ。こんな風に・・・・」
「ひゃっ!」

襟元が開いて胸に顔を近づけた五条が、がぶっ。と歯を立てた状態で唇を落とすと、名無しは悲鳴を上げた。

「悟さん、何してるんですか?!」
「何って名無しと同じことだけど」
「えっ?」
「共通点。被害者の夫婦は全員・・・・

『こういうこと』をしてたんだよ。と、耳元でささやかれた名無しは、やっと五条が何をしようとしているのか理解した。

「さ、悟さんダメです!そんなことっ!」
「なんで?任務のためだよ?」

そう言って五条は自分のうなじに手を回して着ているロングTシャツの襟を掴み一気に服を脱いだ。「きゃあ!」と悲鳴をあげた名無しは五条の裸体が視界に入らないようにぎゅっと目を閉じたまま言葉を続けた。

「でもっ!」
「大丈夫。最後まではしないから」

神様のために処女のままでいなければいけない名無しがそのことを気にしていると思っているのか、それとも、気にしているのはそのことではないことをわかっていて言っているのかわからないが、名無しの言葉に聞く耳をもたない五条に名無しはされるがままだった。五条は邪魔だと言わんばかりに乱暴に取ったサングラスを床に投げた。

「悟さんっ!」
「しゃべったままだと舌噛むよ」

言葉を紡ぐ唇を塞ぐように重ねられた唇は、先ほどよりも長い時間触れ合っていた。その唇は名無しの身体に触れたまま、段々と下に降りていき、首すじに辿りついた時に舌で軽く撫でた。

「あっ」

思わず口から漏れた自分の甘い声を聞いて、名無しは恥ずかしさのあまり、両手で顔を隠したかったが、五条の手によってベットに縫い付けられているためそれは叶わなかった。

「へぇ、そんな可愛い声出すんだね」
「悟さんっ!んっ」

止めるために五条の名前を呼ぶが、気持ちのいい所を唇で撫でられて名無しは抵抗できず甘い声を出すことしかできなかった。しゅるっという布がこすれる音と共に、ウエストのあたりが緩んだのを感じた名無しが下に視線を向けると、いつの間にか、片手で五条が名無しの浴衣の帯を抜き取っていた。
帯を失った浴衣は、合わせ目がはだけていき大事なところだけを隠した状態になった。

「名無し・・・・」

瞼に口づけられた名無しが薄く目を開けると、晴天を切り取ったような美しい瞳と目が合い、名無しの心臓は大きく高鳴った。思わず視線を少しだけ下に移すと、程よく筋肉がついた美しい五条の肉体が目に入り名無しは更に顔を赤くさせた。

「あっ!」

乱れた合わせ目から差し込まれた手が名無しの脇腹を撫でてゆっくりと下に降りていった。そして、五条は親指に名無しのパンツのゴムを引っかけたまま太ももに沿って更に下におろした。まるで最後の砦といわんばかりに大事なところ守っている布が剥がされた瞬間、焦りや初めて与えられた快楽に頭の処理がが追い付かなくなり名無しの脳内はパニックを起こした。その結果・・・・・

「悟さん・・・・私、もうダメです・・・・」

その言葉を残して、顔を真っ赤に染めた名無しが荒い呼吸を繰り返したまま、くたっと意識を失った。

「・・・・名無し?おーい、名無し?」

五条は意識を失った名無しの頬を軽くぺちっと叩いたが、名無しは意識を失ったまま目を開かなかった。

「あー・・・ちょっと、やりすぎちゃったか。・・・・まぁ、そのおかげでようやくおでましだ」

五条は、素早く名無しを抱きしめてベットから降りると、天井から髪の長い薄汚い着物をきた女の姿をした呪霊が現れた。よく見ると、両目が何かで切られたように横一線の傷がついていた。

「わたしのりゅうのすけにさわるな!ゆるさない・・・・わたしをうらぎって・・・・そのおんなとそいとげるなんてゆるさない・・・・ゆるさない・・・・」

長く垂れた髪が名無しに向かって伸びてきたが、五条の術式によりそれが名無しに届くことはなかった。

「やっぱりお前だったか。商店街であの土地の噂を聞いた時から怪しいと思ってたんだ」

五条は、商店街で食べ歩きしていた時に結婚式場がある土地についての聞き込みもしていた。すると、たまたま出会った団子屋のおばあさんからあの場所にまつわる妙な噂を耳にした。
昔、あの土地には遊郭があり、そこで起きたある事件がきっかけで去年までずっと立ち入り禁止区域になっていたという。その事件とは、遡ること江戸時代。遊郭のある店に希花という遊女がいた。希花には店に足しげく通う馴染みの客がおり、その客は大層見目麗しい男で、歌舞伎役者をしており街中の女を夢中にさせていた。名前は龍之介という。遊郭には武士と偽って出入りしていた龍之介だったが希花にだけは本当の身分を明かしていた。希花もまたその信頼に応えるように指を切って龍之介に渡した。ある日龍之介は希花と約束をした。自分が希花を身請するから夫婦になろう。と。希花はようやくこの地獄から解放されて愛する者と一緒になれる。と、希望に胸を高鳴らせていた。しかし、数週間後、突然龍之介はぱったり店に顔を出さなくなった。その後、希花が待てど暮らせど、龍之介が希花の前に姿を現すことはなかった。
次第に遊女の間では、捨てられた。と噂され、希花は心を痛めていた。そんなある日、乱暴な客に心身共にボロボロにされた希花は限界を迎え、龍之介を探すため遊郭を抜け出した。
歌舞伎役者をしている龍之介の居場所を探すのにそれほど時間はかからなかった。しかし、探し出した龍之介の隣には女がいた。誰かなんて聞かなくても見ればわかる。龍之介の妻だ。名を呼びながら丁寧に優しく女を抱いている姿を見た希花は、自分との扱いの違いを目のあたりにして嫉妬心から衣服を何も身に着けていない龍之介に詰め寄り問い詰めた。何故会いに来てくれないのか、私との約束はどうなったのか。と、すると、龍之介は妻に希花との関係を知られることが怖かったのか、希花に護身用に家に置いていた刀を向けた。妻に知らない女だ。付きまとわれて困っている。と言い、希花の目を刀で切った。その後、追ってきた店の者が希花を捕らえ、折檻中に遊郭で死亡した。その日を境に遊郭はまるで呪いがかかったかのように客足が遠のき、数少ない客が遊女と共に翌朝謎の死を遂げている事件が数件起きたことからその土地自体閉鎖された。この何百年かの間にあの土地にいくつもの建物が建てられたが住人や従業員が原因不明の死を迎えたことから、呪いの土地と呼ばれ半永久的に閉鎖されていた。
数百年経ち、その噂が人々の記憶から薄らいだ頃、あの土地が買われ結婚式場ができたというわけだ。
そして、目の前にいる呪霊は恐らく希花だ。

「残念ながら僕は龍之介じゃないよ。君を捨てた彼はもうこの世にはいないよ」
「りゅうのすけ!りゅうのすけ!」

乱れた着物を身に着けた人型の呪霊は、ボサボサの髪の毛を伸ばし部屋中を覆い五条たちに向けて無数の髪の毛を一気に飛ばしたが全て術式によってはじかれた。何百年も龍之介を探し続けたが目が見えないため容姿が整ってると言われた男にマーキングをして、自分以外と肌を重ねている女を嫉妬心から殺していたのだろう。被害者の女性の方が重傷だったのはそのせいだろう。式場の従業員からも今回死んだ被害者の男は皆容姿が整っていたという情報は聞いている。この推測で間違いないだろう。と五条は冷静に考えていた。

「うわあぁぁぁぁぁ!りゅうのすけ・・・・!そんなおんなよりもわたしのほうがおまえのことをこんなにおもっているのに!」

五条は無数に降りかかってくる攻撃を名無しを抱えながら払いのけ呪霊に近づいた。

「そんなに想ってるのに声も覚えてないの?ほんとに彼のこと好きなの?」
「うわあぁぁぁ」

自分は龍之介ではないと何度も伝えているが、お前は龍之介だ。と聞く耳をもたない呪霊に五条は少し呆れた様子で問いかけたが、再度無数の髪の毛を伸ばしてきた呪霊にその声は届かなかった。

「龍之介はもう死んだ。彼の幻影をいつまでも追い続けても無駄だ。」
「しね!わたしのものにならないならおまえもしね!」
「はぁ、全然話が通じないね」
「あぁぁぁぁ!」

ボロボロになった爪を五条の首元に向けて伸ばした呪霊の手を五条は掴んで引き寄せた。その手には小指がなかった。

「あーぁ。指まで贈って心を離さないようにしたのに逃げられて可哀想だね」
「うわあぁぁぁ!」
「耳は残ってるんだからさすがにこの距離なら聞こえるでしょ。もう一度言う、僕は君が探してる龍之介じゃない。龍之介はもう死んだ」
「うそだ!おまえはりゅうのすけだ!」
「あのさ、今でも想ってるなんて言ってるけど、本当はもう彼の姿すら覚えてないんでしょ」

五条は確信を持って呪霊に問いかけた。容姿が整っているという情報だけで龍之介と決めつけて殺していたのは目が見えないから。だけではない。呪霊になって彼がすでに存在しない世界で彼を探し続けた数百年という長い年月は希花の記憶から龍之介の情報をじわじわと消していったのだ。最初は覚えていたはずの温もりも自分に触れた手の感触も自分の名を呼ぶ声も美しく笑う姿も今の希花の記憶には何一つ残ってはいない。残っているのは自分の男を奪った女への嫉妬心と約束を破り自分を捨てた男への復讐心だけだった。

「あ・・・・」

五条の言葉を聞いた呪霊は明らかに動揺した様子で腕や声を振るわせて動きを止めた。

「それでよく今でも想ってるなんて言うね。さすがに笑うよ。」
「ちがう・・・・ちがう・・・・わたしはいまでも・・・・」
「いい加減認めなよ。本当に心から想ってるなら、たとえ目が見えなくても、まるで昨日会ったかのように姿は鮮明に覚えているし、声や話し方、足音でだってわかる。君のそれは、地獄から自分のことを救ってくれると勝手に期待して生まれた、ただの依存だ」
「りゅうのすけ・・・・りゅう・・・・」
「お前の復讐なんかどうでもいい。ただその復讐のせいで死んでいった人たちのためにもお前はここで祓う」

五条は目の前にいる呪霊に向けて腕を伸ばして人差し指を立てた。

「最後にいいことを教えてあげるよ。生きてる時にどれだけ心を通わせようとも、死ぬときはみんな独りだよ。君も龍之介もね。・・・・術式反転『赫』!」

五条が術式を発動させた瞬間、呪霊は建物の壁をぶち破り凄まじい勢いで外へ飛んでいった。

「ふぅ・・・・あーぁ、部屋がボロボロだ」

呪霊の気配が完全に消失したのを確認した五条は、壁一面が完全に無くなった光景を見て、困ったような声を出したが、2秒後には、まぁいっか。と開き直った。
愛ほど歪んだ呪いはない。これはずっと五条が思っていることだ。愛は人を簡単に狂わせる。それは良くも悪くもだ。事実、生前の愛の呪いによって死後もその幻影を追い続ける呪霊は少なくない。愛とは非常に危険な感情なのだ。だが、それが危険な感情だと頭でわかっていても理性で抑えれるものでもない。

「本当にやっかいな『呪い』だよ」

五条は腕に抱えている名無しを見つめながら、ぼそっとつぶやいていると、「五条さん!」と勢いよくドアを開けて小山原が入ってきた。

「今、呪霊の気配が!」
「あぁ、もう祓ったよ」
「あの呪霊が現れたんですか?!」
「うん。名無しの協力のおかげでね。なんかお前が書いた発生条件のメモ見たって部屋に来たよ」
「メモって・・・・えっ?!」

そう言って五条が気絶したままの名無しをベットの上に寝かせて上から隠すように毛布をかけると、一瞬だけ見えた名無しの様子を見て、小山原は何かを察したかのように顔を真っ赤にした。五条が床に落ちている服を拾い腕を通していると小山原は「あのっ」と口を開いた。

「五条さん、もしかしてっ、そのっ、名無しさんと」
「なに、急にもごもごしゃべって」
「いやっ、だからっ、そのっ、名無しさんと・・・・したんですか・・・・?」
「内緒」

床に落ちていたサングラスをかけながら五条は小山原に悪戯な笑顔を向けると、どこまで勘違いをしたのか、小山原は真っ青な顔で後ろに倒れていった。

「あ、そんなところで寝ないでよ。邪魔だから」

ゲシゲシと五条に蹴り飛ばされながらも、小山原は報告書に一体なんて書けばいいのだろうとその後数日間頭を悩ませるのだった。





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