手当てを終えた伏黒は先ほど見つけた北欧雑貨の店に名無しを連れて行こうと思いその店に向かって歩いていると、隣を歩いていた名無しが急に足を止めた。


「どうした、名無し」
「ふ、伏黒さん!ゲームセンターです!」


急に興奮した様子で横にあるゲームセンターの建物を指さす名無しを見て伏黒は、それがどうした?と思いながら軽く首を傾げた。だが、そんな伏黒とは対照的に未だに興奮が冷め止まない名無しはキラキラした目でゲームセンターの中を見つめていた。散々伏黒から注意されたせいか勝手に一人で店内に入っていこうとせず、伏黒の隣に立ったまま店内を覗き見ている名無しをまるで主人からの許可待ちをしている犬みたいだ。と思いながら伏黒は見ていた。


「ゲームセンター見るの初めてか?」
「はい!」
「興味あるのか?」
「はい!」
「・・・・中に入りてぇか?」
「はい!」
「はぁ・・・・わかった。じゃあ、入るぞ」
「はい!」


伏黒の問いかけに元気よく返事をする名無しを見て、これは中に入らざるおえない。と察した伏黒はしぶしぶゲームセンターの中に足を進めた。
中に入る前からすでに大興奮だった名無しは、中に入ってからもその興奮はおさまらず、目に映るものを指差しては伏黒に「あれはなんですか?」と、聞き続けていた。


「これが噂のクレーンゲームですか・・・・どうやってやるんですか?」
「あのアームをこのボタンで動かしてそこに落ちてる商品を掴んであの穴に入れるんだ」
「なるほど。難しそうですね」
「コツさえ掴めばそうでもねぇ。やってみるか?」
「はい!」


初心者がやるには一番取りやすい形をしたぬいぐるみがポツンと一つだけ中に入っているマシンを見つけ、これならやったことがない名無しでも上手くいけば取れるかもしれない。と思い、伏黒が名無しに声をかけると、両手をぐっと握り締めて気合を入れた名無しは財布から小銭を取り出して投入口にいれた。


「ど、どうすればいいのでしょうか!」
「まずはこっちの『1』のボタンを押して横の位置を決める」


キョロキョロと視線を忙しなく動かして戸惑っている名無しに、伏黒は光っている『1』と書かれたボタンを指さして教えた。


「このボタンですね・・・・う、動きました!」
「当たり前だろ。何に驚いてんだ」


アームが動いたのを見て驚く名無しに伏黒は小さくため息をついた。


「行きすぎだ」
「えっ!?まだ左だと思ったのですが・・・・」


ケースの中には一つしか商品が入ってないというのに明らかにアームを左に動かしすぎている名無しに伏黒が指摘をすると、距離感がまるでわかっていない名無しはまだ動かし足りないと思っていた。と驚いた。少し左に行き過ぎてはいるが、縦移動さえちゃんとすれば上手くアームにひっかかるかもしれない。と伏黒は見守っていたが、距離感がつかめていない名無しがそんな上手く操作できるはずもなく取れずに終わった。


「やっぱり私には難しかったです」
「初心者ならあんなもんだろ」


一度プレイしただけでもこれは自分に向いていない。とすぐにわかった名無しは早々にぬいぐるみを取るのを諦めて、他にもあるマシンを見て回った。そして、その中の一つに気になるものを発見した名無しは「あ」と声を出して立ち止まった。


「どうした?」
「このぬいぐるみとっても可愛いです」
「・・・・可愛いか?」


所謂、ブサカワという部類に属す犬なのか猫なのか狸なのかわからない動物の顔をした胴体がやけに細長いぬいぐるみを見て伏黒は顔を歪ませた。あれを可愛いと思う名無しの感性が理解できない。と思う中、立ち止まったままじっとぬいぐるみを見つめ続ける名無しに伏黒は「欲しいのか?」と声をかけた。


「えっ、はい・・・・。でも、すごく難しそうです」
「たしかにお前が取るのは無理そうだな」
「そうですよね。あれを抱き枕にすればちゃんと眠れるかと思ったのですが・・・・っ!」


名無しが、突然慌てたように自分の口を両手で押さえたのを見て、伏黒は首を傾げたが、その後、名無しはそっとその手を口から外して、にっこりと微笑んで「なんでもないです」伏黒に向かって言った。今の名無しの言動から、名無しがぼーっとしていた原因がなんとなくわかった伏黒はブサカワなぬいぐるみが入っているマシンにお金を投入した。


「えっ?伏黒さんやるんですか?」
「欲しいんだろ?」
「はい。でも、難しいのでは?」
「初心者にはな」


そう言って、慣れた様子でボタンを押してアームを操作した伏黒は、名無しが驚きの声をあげる間もなく一発でぬいぐるみを穴に落とした。


「わぁ、伏黒さんすごいです!本当に取れました!」
「ほら、やる」
「え、いただいていいんですか?!」
「俺がそのぬいぐるみ持ってても仕方ねぇだろ」
「ありがとうございます」


名無しは嬉しそうに伏黒が取ったブサカワのぬいぐるみをぎゅーっと抱きしめた。いつもの人を安心させるような優しい笑顔とは違い、年齢相応の無邪気な笑顔を浮かべる名無しの顔を見た伏黒は、胸のつかえがとれたような気がした。


「伏黒さん、あれはなんですか?」
「あれはガンシューティングゲームっていって、目の前に現れる敵をあの銃で打ち倒していくゲームだ」
「楽しそうですね、やってみたいです!」


笑顔を浮かべる名無しが遠慮がちに伏黒の服の袖を掴んで軽くひっぱると、伏黒は小さくため息をついて「わかった」と、諦めたように返事をして名無しに連れられて歩いた。


「これはどうすれば?」
「まず銃を構えて、ここの引き金を引いて弾を撃つ。あとは、敵が出てきたら撃ちまくる。それだけだ」
「わかりました」


名無しが初めて握るゲームの銃に夢中になっている中、伏黒は、さっと2人分のお金を入れて勝手にeasyモードを選択した。easyモードならいくら不器用な名無しでもさすがにちゃんと敵を倒してゲームをクリアできるだろう。と思ったからだ。しかし、名無し名無しという人物はそんなに甘くはなかった・・・・


「ひゃあ!ふわぁ!ぴぃ!」
「・・・・・・。」


奇声を発しながら銃を撃ちまくる名無しとは反対に無言で銃を撃っている伏黒は自分の前から現れてくる敵を倒しながら、未だに一発も敵に弾を当てられていない名無しの代わりに名無しの前から現れてくる敵も倒し続けていた。なんで俺だけhardモードでプレイしてるんだ。と疑問に思っていたが、そのことを一切口にしなかった。なぜなら・・・・


「わぁ、当たりました!」
「よかったな」
「はい!」


名無しはちゃんと自分で敵を倒していると思っているからだ・・・・。銃から伸びているレーザーが確実に画面の上に向かっているというのに、何故これで敵に当たっていると思えるだろうか。と、伏黒は疑問に思ったが、そんなことは今に始まったことではないため、名無しが完全に画面から目を離して嬉しそうに笑っている間も伏黒は名無しの敵を倒し続けていた。

伏黒のおかげで無傷のままボス戦まで進むことができた2人だったが、ここで問題が発生した。名無しの敵まで伏黒が倒していたため、伏黒の銃にはあと4発しか弾が残っていなかった。一番ダメージが大きい頭を狙うのは絶対条件だとしても、この弾数でいけるか伏黒は自信がなかった。ちらっと名無しの方の画面を見ると、名無しはまだ10発弾が残っていた。名無しが敵に弾を当てられるかは別として、この弾数なら大丈夫だろう。と思いながら、伏黒は確実に敵の頭に弾を当て続けた。だが、やはり4発では弾が足りず、後は名無しに託すしかない。と名無しの画面を見ると、さっきまで10発残っていた弾が何故か1発しか残っていなかった・・・・。もちろん敵には一発も名無しの弾は当たっていない。この短時間でどれだけ無駄撃ちしたんだ。と伏黒は頭を抱えたが、今まで敵に弾を当てられていない名無しがその1発を敵に当てられる可能性は限りなく低いため、伏黒はすでにクリアを諦めた。しかし、その時、伏黒たちの後ろを通りかかった男性が伏黒たちがプレイしている画面を見て、ぼそっと「あー。あと一発で倒せるのにな」と言ったのを聞き、伏黒は、はぁ。と一つため息をつき自分の銃を置いて動いた。


「ふわっ!ふ、伏黒さん?!」


突然後ろから伏黒に抱きしめられるような形で銃を握っている手に手を重ねられた名無しは驚きの声をあげて肩の上にある伏黒の顔を見た。名無しは思わず銃を手から離してしまいそうになったが、咄嗟に伏黒は反対の手も名無しの手の上から重ねて銃を支えた。状況が全く理解できてない名無しは完全に画面から目を離して戸惑っていると、伏黒は名無しの手の上から銃を握り直し名無しに声をかけた。


「よそ見すんな。最後の1発絶対に当てて倒すぞ」
「は、はい!」


伏黒の言葉を聞いた名無しは慌てて視線を画面に戻して銃を握る手に集中した。伏黒は慎重にレーザーを敵の頭に合わせていき、眉間にレーザーが合わさった瞬間、引き金を引いた。見事弾が頭に当たった敵はズルズルと下に沈んでいき完全に画面から消えた後、CLEARの文字が画面に出てきた。それを見た伏黒がほっと息をつくと、画面に視線を戻していた名無しがまた、ばっと伏黒の顔を見つめた。そして・・・・


「伏黒さん、クリアできました!」
「あぁ、そうだな」
「わぁ、すごいっ!すごいですよ!」
「よくやった・・・・」


銃から手を離した名無しが両手をあげてその場でぴょんぴょん飛んで喜ぶ中、伏黒は喜びの気持ちよりも疲労感の方が遥かに大きかったため、銃を置きながら小さくため息をついた。そんな伏黒を労うように先ほどから2人のことを見ていた男性が、「兄ちゃん、彼女の分も敵を倒してすごかったな!」と声をかけたが、それを聞いた名無しはただただ首を傾げていた。


そうこうしている内にあっという間に2時間が経ち名無しはパンケーキ屋に向かった。再度名無しは伏黒を誘ったが、伏黒は、やはりあの女性だらけの店内に入るのが嫌だったため、別の場所で食べるから。と断り、1時間後にパンケーキのお店の前で合流することになった。近くまで伏黒に送り届けてもらった名無しは無くさないように。と大事にクリアファイルの中にしまっていた整理券を取り出して店内に入った。すると・・・・


「えぇ!整理券なんて配られてたの?!そんなの知らない!」
「菜々子、ちゃんと調べなかったの?」
「し、調べたもん。でも、そんな整理券がどうとかまでは・・・・」
「誠に申し訳ございません」
「はぁ・・・・今日は諦めてまた今度来ようよ」
「でも、ほうじ茶味のパンケーキは今日までで!どうしてもあの方に食べて欲しくて・・・・美々子だって食べて欲しいでしょ?!」
「食べて欲しいけど・・・・。でも、整理券がないと入れないなら仕方ないでしょ」


名無しが店のドアを開けると、ドアのすぐ近くで店員さんと制服を着た女の子2人が立って話していた。話を聞く限り、どうやらこの子達はパンケーキを食べに店に来たが整理券を持っていないため店内に入ることができないようだ。と、すぐにわかった。どうしてもほうじ茶味のパンケーキを食べさせたい。と、諦めきれない様子の女の子を見て、名無しは自分の手に持っているものを見つめた。そして・・・・


「あの、これどうぞ」
「えっ?」


名無しが駄々をこねている女の子に自分が持っている整理券を差し出すと、女の子は驚いた顔で名無しの顔と整理券を交互に見た。


「よければこの券使ってください」
「でも、これ貴女のでしょ?」
「はい。でも、お困りのようなので。それに、大事な人と一緒に美味しいものを食べたい。という気持ちはすごくわかるので」


満面の笑みを浮かべる名無しの言葉を聞いて、制服を着た女の子2人はお互いの顔を見合わせて、どうする?と悩んでいたが・・・・


「・・・・本当にもらっていいの?」
「はい!」
「後から返してって言っても返さないからね」
「はい、もちろんです」
「・・・・ありがとう」
「どういたしまして」
「よかったね、菜々子」
「うん。これでここのパンケーキ食べてもらえる」


名無しから整理券を受け取った女の子が嬉しそうに笑っているのを見て、名無しは「では」と頭を下げて店から出た。


店から出て数歩歩いた所で名無しは、ドンっ!と、誰かにぶつかってしまった。


「す、すみません」
「いや、こちらこそすまない。怪我はないかい?」
「は、はい。大丈夫です」


名無しが慌てて顔をあげると、そこには袈裟を着た男性がおり、名無しは驚いて一瞬目を見開いたが、都会には色んな格好をした人がいるため、こういう格好で街中を歩いているのも普通なのかもしれない。と、すぐに思った。


「急いでいたもので、すまなかった」
「いえ、こちらこそ前方不注意ですみません・・・・」


名無しが会釈をしてその場を去ろうとした瞬間、名無しとぶつかった男は自分の体の中がざわつくのを感じて目を見開いたが、それも一瞬のことですぐにそのざわつきはおさまった。


「どこかで見たことがあるような・・・・まぁいいか」


男は足早に去っていく名無しの後ろ姿をじっと見ていたが、すぐに思い出せないということは大した存在ではないということだろう。とすぐに店の中へと入って行った。

人助けのために整理券を渡したもののわざわざこのために長い時間付き合ってくれた伏黒に申し訳ない。という気持ちでいっぱいになり、名無しは少し肩を落としながら、伏黒との待ち合わせまでどうしよう。と考えていると、後ろから「名無し?」と声をかけられた。


「伏黒さん?!」


てっきり伏黒はどこかでご飯を食べていると思っていた名無しはまさかこんなにも早く伏黒に遭遇するとは思っておらず、スポーツブランドの店から出てきた伏黒を驚いた顔で見つめた。


「どうしてここに?」
「靴下が安く売られてたから買ってた」


そう言って伏黒が指差した所には『3足500円』の文字が書かれており、名無しは納得した。


「お前こそ、パンケーキはどうしたんだ?」
「えっ、あのっ、その・・・・・」


伏黒の問いかけに視線を宙にさまよわせて言葉を詰まらせる名無しを伏黒は首を傾げて見つめた。


「えっと・・・・整理券をどこかで落としてしまったようで・・・・」
「・・・・・そうか」
「ここまで付き合っていただいたのにすみません」
「俺のことは気にするな」


視線を地面に向けて不安気に両手を握り締める名無しを見て伏黒はすぐに名無しが嘘をついていることに気づいたが、何があった。と深く追求はしなかった。整理券を受け取った後名無しが失くさないように。と、ちゃんとクリアファイルに挟んでリュックにしまっていたのを伏黒は見ていたし、店に向かう前にもちゃんと整理券があるか確認をしていたのも見た。店の前まで送り届けたが、その間でどこかに落とした様子もなかった。いくら不幸体質の彼女でもそこまで対策をして失くすことはないだろう。つまり、店内に入ってから何かあったのだろう。名無しのことだから、きっとまた人助けのために整理券をあげたりしたのだろう。と伏黒は察した。


「俺はこれからラーメン食いに行くけどお前も行くか?」
「行きたいです!」


その後、ラーメン屋に行き親子丼を注文して伏黒を驚かせた名無しは無事高専に戻り家入の治療を終えようやく自室へと帰ってきた。


「ただいま」


部屋に入った名無しが留守番をしていた神様に声をかけると、神様はぬいぐるみを持って名無しの近くまで駆け寄った。おかえり。と言うように名無しの顔の近くでぬいぐるみを動かした後、ワンピースの裾が赤く染まっているのを見て、どうしたの?と、言うように、ぬいぐるみの手で裾をポンポンと触った。


「少し転んでしまって・・・・。でも、硝子さんに治していただいたので、もう大丈夫です」


安心させるように名無しが笑顔で大丈夫。と伝えると、神様は何かに気づき、名無しが手に持っている袋を覗き込んだ。


「あ、今日お友達が増えました」


そう言って名無しが袋から取り出したブサカワなぬいぐるみをベットに置いた瞬間、それを見た神様は、ひゃああああ!と心の中で悲鳴を上げて、バシバシ!と持っているぬいぐるみを使って、ブサカワなぬいぐるみを叩いたが、名無しにはそれがじゃれあっているようにしか見えなかったため、「神様にも喜んでいただけてよかったです」と笑った。必要最低限の家具と簡易的な社しかない殺風景な部屋に少し生活感がでた。と喜ぶ名無しとは対照的に、これから留守番の時にこの気持ち悪いぬいぐるみと一緒にいなければいけないのか!と、絶望感に満ち溢れた神様は一生懸命名無しに抗議しようとしたが、刺激的な1日を過ごしたせいか突然激しい眠気が襲われた名無しは着替える気力もなくそのままベットに倒れこみ伏黒が取ってくれたぬいぐるみを抱えたまま眠った。すると、不思議と悪夢を一切見ることもなく、ぐっすりと眠ることができ、その日を境に名無しの不眠は解消されたのだった。




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