「うわぁっ!」
レイシフト直後、急速に落下し始めたことに驚き、声を上げたエレシュキガルは、落ち着け。落ち着け私。この状況は頭の中で何度もシュミレーションしたはず。大丈夫。ここは、名無が「エレシュキガル!着地任せた!」って言って、私が華麗に名無を助けるのよね。大丈夫。完璧にこなしてみせるのだわ!と自分に言い聞かせていると、名無に「エレシュキガル!」と呼ばれた。よし、きたわ。


「まかせ・・・・っ?!」
急に肩を抱き寄せられて、膝裏に手を回されたエレシュキガルは、「な、何?!」と、驚きを隠せずにいた。


「あとは、これを引けば・・・・よしっ!上手く開いたな」


「へっ?」
名無がエレシュキガルをお姫様抱っこした状態で、何かの紐を引っ張ると、さっきまで急降下していた体がふわっと一瞬止まり、緩やかに落下をし始めた。


「な、なんなのこれは!」


「えっ、何って、パラシュートだけど」


「ぱ、パラシュート?!」


「あぁ、この前の経験を生かして、今回はその対策でこれを作ってきたんだ。中々便利だろ?まぁ、景色が殺風景なのが少し残念だけどな」


「貴方、こんなものまで自分で作れるのね。それに・・・・景色は殺風景かもしれなけれど、空から見る景色も案外悪くないわね。冥界にいた時はただ空を眺めていただけだったから」
自由に天を翔る自分の半身のことを思い、エレシュキガルは、地上に広がる景色をぼんやりと眺めていた。


「空を飛びたいならいつかそういうのも作ってやるよ」


「えっ、本当に?作れるの?」
そう言って、自分のことを抱えている名無の顔を見た瞬間、その近さに驚き、「ふわぁ!」と声をあげながら片手を名無と自分の顔の間に差し入れて、顔を逸らした。その様子に名無は首を傾げたが、いつもおどおどしているエレシュキガルを知っているため、特に不思議に思わなかった。その後、無事地面に着地し、カルデアとの通信を繋いだ。


「2人とも無事かい?」


「あぁ、昨日完成したからぶっつけ本番にはなったが、パラシュートも上手く開いたし、問題ない」


「君、あの忙しい中いつの間にそんなものを・・・・まぁ、いい。で、魔力リソースの方はどうだい?」


「今のところ反応はない。一応、他に何かないか、見てくる。一回通信切るぞ」


「あぁ、調査まかせたよ」
手に持っている機械の波形を見て魔力反応がないことを確認した名無は他の場所の調査も行うため、一度通信を切った。


「少し歩くけど大丈夫か?」


「えぇ、平気よ。貴方こそ大丈夫?ここら辺砂まみれで足場が随分悪そうだけど」
辺り一面サハラ砂漠状態の景色を見てエレシュキガルは心配そうに名無に声をかけた。


「あぁ、大丈夫だ。上から見た時にあっち側に町が見えた。あっちに向かって歩くぞ」


「わかったわ」


その後二人は無言のまま砂漠の道を歩き続けた。名無は元々自分から人に話しかけるような性格ではないため、無言の空間で歩き続けていても何も気にしていなかったが、エレシュキガルは無言の空間を少し気まずく感じ、何か話そうと何度か口を開きかけたが、気の利いた話題が何も思いつかず、口を閉じる度に落ち込んでいた。


「お、町が見えたぞ」


「ほんと?」


「あぁ。これ、かぶってくれ」


「え?これ?」
名無がリュックから取り出した布を受け取ったエレシュキガルは、目の前でその布を広げた。


「大きな布ね。これをかぶるの?」


「この格好じゃお互い目立つからな。あまり目立つ格好をしてると、警戒されて襲われたりするんだ。・・・・そういえば、その服どうしたんだ?」
エレシュキガルの黒いワンピースのような格好を見ながら、名無は首をかしげた。


「えっ、あっ、これは!今回用に新調した礼服。地上に出かける用の普段着なのだわ。こういうの着慣れないのだけど……似合っていたら嬉しいわ」
名無とのレイシフトのためにわざわざ服を替えてきたエレシュキガルはそのことに気づかれて慌てた。


「似合ってるが・・・・いつも黒いんだな」
いつもの、肌の露出が少し多く赤いマントを羽織っている姿しか見たことがなかった名無には今日のエレシュキガルの格好が新鮮に見えたが、着替えても黒いその格好を見て、気になってしまった。


「この色の方が落ち着くのだわ」


「そうか。もっと明るい色の方も似合うと思うけどな。例えば、・・・・・赤とか」


「赤?いつものマントはたしかに赤いけれど、服では・・・・そんな派手な色私に似合うのかしら・・・・?」
脳内で赤色の服を着た自分を想像したエレシュキガルは、不安そうに首を傾げた。


「とりあえず、中に入ったらすぐに服を調達するぞ」


「調達って言っても、貴方この町のお金持ってないじゃない。・・・・もしかして、盗む気じゃないわよね?」
ここで使えるお金を持っていないはずの名無がどうやって服を調達するというのだろう。と疑問に思ったエレシュキガルは、まさか・・・・と思い、それを口にした。


「そんなことするわけないだろ。盗むぐらいなら、ください。って頼んだ方が確実だ」


「そ、そう・・・・それならいいのだわ。・・・・で、お金はどうするのかしら?」
笑顔で「ください」と言った名無の顔面の破壊力に一瞬脳内がくらっとしたエレシュキガルは、たどたどしく言葉を繋いだ。


「あぁ、これを換金する」
そう言って名無は自分のポケットから宝石を取り出した。


「宝石?!貴方、これどこで手に入れたの?」


「レイシフト先。イシュタルが『宝石、宝石!』ってうるさいから、たまに採掘して持って帰ってやってるんだよ。これはそのあまりだ」


「・・・・イシュタルと仲がいいのね」
エレシュキガルは、自分の半身と仲がよさげな名無のことを、むーっと頬を膨らませながら見つめた。


「たまにこういうのやらないとあいつすぐにとんでもないこと考えだして、立香に迷惑かけるからな。仕方なくだ」
名無は「なにが、イシュタルカップだ。ふざけやがって」と過去の経験を思い出して眉間に皺を寄せた。


「なんだ、そういうこと・・・・」
イシュタルの反逆?行為を抑えるためのものだと知ったエレシュキガルは、安堵したように、ふぅ・・・・と息をもらした。自分の半身ながら、貢物をしないと反逆されると恐れられていると思うと、呆れてものも言えなかった。


「どこに行っても宝石なら価値がそんなに変わらないからな。安心して換金できる」


「たしかに。どの時代でも美しいものにはそれなりの値がつくものね」


町に入った名無とエレシュキガルはすぐに宝石を換金してこの町の民族衣装を手に入れて着替えた。


「エレシュキガル。着替え終わったか?」


「えぇ、・・・・・どうかしら?」
民族衣装に着替え終わったエレシュキガルは、心配そうにおずおずと姿を現した。似合っているかが心配なのか、名無と一切目を合わせず、おろおろと目線をさまよわせていた。


「やっぱ赤色似合うじゃねぇか。いつも黒い服ばっかりだけど、たまにはそういう明るい色もいいな」


「っ?!う、ウルクの民族衣装に少し似ているわね!あ、あれよりも少し華やかだけれども」
いつもは着ないような赤色の服を名無に似合うと褒められて、赤く染まった頬を隠すように、腰に巻かさった赤色の布をひるがえして、くるっと一周回った。


「たしかにそうだな。ウルクか・・・・懐かしいな。あの時はエレシュキガルにたくさん助けられたな」


「貴方は無茶ばかりするんだもの。見張り番している時に魔獣と戦っているのを見た時は驚きすぎて口から心臓が飛び出るかと思ったのだわ」
エレシュキガルの言葉を聞いて、名無は困ったように眉を下げた。
メソポタミアでの野営の時は、名無が立香と数時間交代で見張り番を行っていた。ちょうど名無が見張り番をしている時に、遠くにいる魔獣がこちらに向かって接近してきていることに気づき、疲労困憊のみんなを起こさないように。と、一人で魔獣退治を行おうとした、しかし、最初2体だったはずの魔獣がどこからか突如何体も現れ、襲われかけていた所を、イシュタルの身体を借りたエレシュキガルに助けられた。


「あの時はまだイシュタルのふりしてたもんな、エレシュキガル」


「あ、あれは・・・・・その・・・・まさか、貴方にバレてただなんて思わなかったから・・・・」


「数体しかいない魔獣に鬼の形相で宝具ぶっぱなしてたからめちゃくちゃ驚いた。結局その音でみんな起きちまったし」


「仕方ないじゃない!貴方が襲われてたんだもの、手加減できるわけないじゃない!」
そう言って、真っ赤な顔をぐいっと近づけてきたエレシュキガルに驚いた名無は一瞬、目を見開いたが、すぐに、顔を緩めて、エレシュキガルの頭にぽんぽんと手を置いた。すると、少し冷静になったエレシュキガルは距離が近いことに気づき、「きゃぁ!」と声を上げながら、後ろへと下がった。


「ありがとな。頼りにしてるぞ女神様」


「えぇ、まかせてちょうだい!魔獣なんて出てこようものなら冥界まで連れて行ってあげるのだわ」
名無に頼られて嬉しそうにしているエレシュキガルを、まあ、魔獣なんてものが出てきたら即立香行きの案件だけどな。と思いながら、名無は見ていた。


「小さな町だけど、結構栄えているのね」
目の前に広がる活気づいた市場を見て、エレシュキガルは目をキラキラと光らせていた。


「迷子にならないようにな」


「こ、子供じゃないのだから、そんなことにはならないのだわ!」
その言葉を、はいはい。と聞きながら、自分の姿を見て色めきだした女達から身を隠すように首に巻いていたストールで顔半分を覆った。耳に入ってくる鬱陶しい声を遮断し、何か食事ができる所を探すか。と、名無は先を歩いていった。


「嬢ちゃん!そこの綺麗な嬢ちゃん!嬢ちゃん!嬢ちゃんだよ!そこの赤い服を着た!」


「えっ?わ、私?!」
歩いていると、手に果物を持った男にエレシュキガルは突然声をかけられた。何かしら?とそちらへ近づいて行くと、「これ、一口食べてみな」と、赤い実を差し出された。


「せっかく声をかけてくれたのは山々だけれど、私、お金を持っていないのだわ・・・・」
さっき換金したお金は全部名無が持っていることを思い出した、エレシュキガルは、残念そうに男を見つめた。


「そんなのいいってことよ。嬢ちゃん可愛いからサービスだよ、サービス」


「えっ。もらっていいのかしら?」


「美人がそんなこと気にしなくていいんだよ。ほら、食べな」
そう言って、男から差し出された赤い実を手に取り、じっと見つめた後、一口食べた。


「っ!とっても甘くて美味しいのだわ」
口に入れた瞬間、果物特有のさっぱりとした甘みが口一杯に広がり、そのことに驚いたエレシュキガルは目を見開いた。


「だろ?よかったよかった」


「ありがとう」
赤い実をくれた男にエレシュキガルは笑顔を向けた。すると、横から、「この人、まーた女の子に声かけてる」という、呆れたような声が聞えてきた。


「また。ってなんだ、仕方ないだろ。この町に綺麗な女の子が来てくれるなんざそうないんだから」


「あんたはいつもそう。奥さんに言いつけるよ!」


「そ、それだけは・・・・」
男女が言い合いを始めた中、エレシュキガルの目には、あるものが止まっていた。


「綺麗な髪飾りね」
果物屋の隣には、装飾品のお店があり、そこには色とりどりの首飾りや髪飾りや指輪がたくさん並んでいた、その中で、直径5cmほどの大きさで金色の模様が入っているガラス玉が真ん中についており、その回りを黄色の花が囲うように咲いている、煌びやかな髪飾りをエレシュキガルはじっと見つめていた。


「えっ?あぁ、それかい。昨日出来上がったばかりでね。少し値段は張るんだけど、いいものだよ。お嬢さんに似合いそうだね。ためしに着けてみようか」


「あ、でも、お金がないから買えないのだわ・・・・」


「お嬢さんぐらい綺麗な子だったら、そこら辺の男たちが買ってくれるよ」
冗談なのか、本気なのか、嬉しそうに笑いながら言う女性店員に、「そんな人いないのだわ」と言い、ふと、横を見て気づいた。名無がいない・・・・


「大変!」
つい先程、迷子にならないと言ったばかりなのに、早々に迷子になってしまったことに焦ったエレシュキガルは、見失った名無を追いかけるために、人ごみの中を走り出した。すると・・・・


「きゃあ!」
何かにぶつかって、尻餅をついた・・・・・


「いってぇな・・・・何しやがんだてめぇ」


「貴方こそ一体どこを見ているのだわ!」
転んだ状態のまま上を見上げると、そこには、柄の悪そうな男がエレシュキガルのことを睨みつけていた。そして、最悪なことにその男の服には、エレシュキガルが手に持っていた赤い実がぐちゃりと潰れた状態でついていた・・・・・やってしまったのだわー!


「ご、ごめんなさい、前をちゃんと見てなくて、服は洗って「あぁん?代わりの服なんざいらねぇから、お前、今から俺の相手しろよ」」
汚してしまった服に手を伸ばしたエレシュキガルの腕を男はがしっと掴んだ。


「この手を離しなさい。さもなくば」


「さもなくばなんだよ!あぁ?言ってみろよ!」
エレシュキガルの目が冷たいものに変わったのを見て、男は挑発するように「どうすんだ?どうすんだ?」と囃し立てた。その様子を見て、エレシュキガルが力を使おうとした瞬間、後ろから、ガシっという大きな音と共に男の頭が掴まれた。


「殺すって言ってんだよ」
男の後ろから現れた名無は、怖いぐらい綺麗な笑みを浮かべながら、掴んだ男の頭を持ち上げた。


「いだだだだだあぁぁ!は、離せ!は、離せぇぇ!」
名無に持ち上げられた状態で暴れている男を見て、はぁ・・・・と一回ため息をついてから、ガンっ!と地面にその体を叩きつけた。


「新しい服を買う金はこれで足りるだろ。さっさとどっか行け」
叩き付けた男の体に硬貨を数枚散るように置いた名無は、親指で向こう側を指せば、「ひいぃぃぃ!」と声を上げて男は逃げていった。


「大丈夫か?エレシュキガル」
ぼーっと立ったまま何も声を発さないエレシュキガルにかけより、転んだ時に付いたであろう砂を、さっさとほろった。


「ごめんなさい。迷子になったあげく、迷惑をかけたのだわ」
飼い主に怒られた小動物のように、しょぼん。と落ち込んでいる、エレシュキガルの頭に名無は、ぽんぽんと手を乗っけた。


「俺こそ、離れた時にすぐ気づいてやれなくて悪かったな。これで、おあいこだ。メシ食いに行くぞ」
目線を地面に下げたまま、一歩も動こうとしないエレシュキガルの手を取り、強引に引っ張って歩いたが、エレシュキガルの落ち込みはその後も続いた・・・・・



※一番くじ「Fate/Grand Order‐絶対魔獣戦線バビロニア‐」描き下ろしイラストのエレシュキガルの民族衣装の服が可愛かったので、それをイメージして書いております。