「ふぁ〜」
今日も今日とて微小特異点の調査で呼び出された名無は盛大なあくびをしながら廊下を歩いていた。あの後、微小特異点の調査で呼び出される度にエレシュキガルを一緒に連れて行こうとカルデア内を探したが、彼女の姿を見る事はなかった。そのことに疑問を感じてはいたが、特別、いなくても調査に困ることはなかったため、数日経つとそのことも名無の頭からは抜け落ちていた。
そんな中、レイシフトルームへと向かっていると・・・・曲がり角から、ちらちらと金色と黒色のものが見えたり見えなくなったりを繰り返しているのが目に入った。何してんだ、あれ。という疑問を抱えながら近づいていくと、なにやら、ぶつぶつとつぶやく声が聞えてきた。


「さっき名無が呼び出されてたから、きっとここを通るはず・・・・でも、どうしましょう・・・・一体なんて言えばいいのかしら・・・・こほんっ。今日も微小特異点の調査に行くそうね。冥界の女主人であるこの私が一緒に行ってあげてもいいわよ。で、いいのかしら・・・・。それとも、一人で調査に行くのは大変でしょう?この私が手伝ってあげましょうか?の方がいいのかしら・・・・あー・・・・もう。まさか、前回のあれで1週間も寝込むことになるだなんて・・・・不覚なのだわ・・・・うわっ!」
一人でぶつぶつと考え込んでいたら、突然、髪を、ちょんっ。と引っ張られて、そのことに驚いたエレシュキガルは悲鳴をあげた。


「何、一人でしゃべってんだ。ちょうどいい、これから調査に行くから暇なら来るか?」
エレシュキガルの髪を一束掴んだ名無は、その髪をくるくると自分の指に巻きつけながら尋ねた。


「名無?!・・・・こほん。ば、ばかを言わないでちょうだい。私は女神なのだから、暇だなんてことあるわけないじゃない」
突然の名無の登場に焦りに焦ったエレシュキガルは、明らかに動揺した顔をしていたが、そんな様子にまったく気づいていない名無は、あっさり「そうか、じゃあ、また今度な」と言ってその場を去ろうとした。


「あああああ!きょ、今日はたまたま、そう、たまたま、少し時間があるのだわ。だから、付き合ってあげてもいいわよ」
立ち去ろうとしていた名無の服の裾を掴んだエレシュキガルは、一生懸命彼女なりに現在暇であることを伝えた。


「そうか。じゃあ、行くぞ」
そうして2人は、レイシフトルームへと行き、なにやら、にやにやとそんな2人を見つめる、ダヴィンチを横目に見ながら、無事に新しい微小特異点に辿り着いた・・・・


「今回は、空から落ちなかったわね」
目の前にある川を見つめながら、少しがっかりしたような声でエレシュキガルは隣にいる名無に声をかけた。


「そんな毎度毎度空から落ちてたら身がもたない。なんだ、そんなに空から落ちたかったのか?」


「い、いえ、別にそういうわけじゃ!ただ、貴方がこの前、えっと、パラシュート?でしたっけ?で、見せてくれた景色が綺麗だったから」


「そうか。そんなに空が見たいなら、今度いいもの作ってやるよ」


「えっ?!ほんとに?!作ってくれるの?」
エレシュキガルは、キラキラと目を輝かせながら、両手を合わせてぎゅっと握り締めた。


「あぁ。まぁ、時間は少しかかるけどな」
この前作成したパラシュートを応用すれば、作るのはそんなに大変じゃないだろう。と考えながら名無は答えた。


「それでもいいのだわ。待っている時間も楽しいもの」


「じゃあ、まずはここの調査終わらせないとな。魔力の反応は・・・・ここにはなさそうだな。ダヴィンチ、魔力はここには無さそうだ。一応、もう何箇所か確認してくる」


『了解した。調査よろしくねー』
名無からの報告を聞いたダヴィンチは、名無と一言会話を交わした後、通信を切った。


その後、名無たちは、川の近くにある町に向かって歩いた。


「今回は、現地で服を調達しないのかしら?」
宝石を換金した名無が服屋とは関係ない所ばかりを物色していることに気づいたエレシュキガルはすぐに疑問を口にした。


「ここは前のとこみたいに服装が全然違うわけでもなさそうだからな。エレシュキガルのその服でも全然浮かなさそうだし、俺も、マントを着てても平気そうだからな」
町に入り周りを歩いている住人たちに目を向ければ、中世ヨーロッパ頃の時代なのか、町を歩く分には、それほど目立つような服装をしていないため、今回は服を買わなかった。


「ん」
突然、手を出してきた名無をエレシュキガルは?を頭に浮かべながら見つめた。


「私、何か貴方から預かっていたかしら?」
覚えはないが、もしかして、自分が何かまかされていたのではないか。と思ったエレシュキガルは、不安そうに名無の顔を見つめた。


「そうじゃなくて、ほら」
そう言って名無は、エレシュキガルの手を掴んでぎゅっと握った。


「へっ!」
そのことにエレシュキガルは驚きの声をあげたが、名無はすぐに「離れないように。な?」と伝えた。前科持ちの彼女は、心当たりがあるため、あぁ・・・・と納得した。


「ここにも魔力反応は無さそうだな・・・・」
洋菓子店で売っていた、パウンドケーキのような焼き菓子をエレシュキガルと食べながら、手に持っている魔力を測る機械に目を向けた。


「そう。それは残念だったわね。でも、こんなに美味しいお菓子を食べれたし・・・・はっ!ちゃ、ちゃんと、調査のことも忘れてないのだわ!」
ただ遊びについてきているだけだと思われたらどうしよう。と思ったエレシュキガルは、慌てて訂正しようとしたが、目の前にいる名無は、片手を前に出し掌を上に向けていた。


「雨だ」
掌にポツポツと落ちている雨粒を見て、名無はエレシュキガルの手を掴み、近くの飲食店の中に入った。店の中に入った途端、土砂降りになった雨を見て、「止むまでここにいよう」と2人は椅子に座ってお茶を飲んでいた。


「雨、止みそうにないわね」


「あぁ、そうだな。後、一箇所ぐらいは調べに行きたかったんだけどな」
止むどころか、どんどん風がついて威力が増していってる外の様子を見て、名無は困ったように眉を寄せた。今回は、最初に辿り着いた場所から、町までの距離があまりにも近すぎたため、もしものことを考えてもう少し離れた場所の測定もしておきたかったのだ。このまま止まなかったらどうするかな。と考えていると、店のドアが開き、慌てた様子の女性が中に入ってきた。


「大変なの!うちの子が山に山菜を取りに行ったまま、まだ帰って来なくて!」


「なんだって?!ジェームズが?!もし、こんな天気の中まだ山にいるなら大変なことに!」


「早く見つけに行かないと!ジェームズはまだ小さいから、きっとこの強風で飛ばされちゃうわ!」


「すぐに行きましょう!」


「それはどこの山だ?」
先程店内に入ってきた女性と店員が困った様子会話している中、名無は声ををかけた。


「君は一体・・・・?」
突然自分たちに声をかけてきた男にさっきまで会話していた人たちは一斉に視線を向けた。


「俺は、ただの旅人だ。で、どこの山だ?」


「えっ、あっちにある山よ・・・・」
行方不明の少年を探している母親は、窓の外に見える山を指差した。それは、建物越しからでも見えるほど大きな山だった。


「わかった。俺がその子を探しに行く」


「えっ!でも、あの子がどの辺りにいるかもわからないし・・・・」


「山がどこにあるかだけわかればいい」
椅子から立ち上がった名無は、椅子の上に置いていたリュックを背負いドアに向かって歩き始めた。


「こんな天気の中行くって言うのか?!いくらなんでも危険すぎる!山はここよりも風が強い!大人でも飛ばされちまうかもしれないぞ!」


「そんな危ない中、子供が一人でいるかもしれないなら、俺は行く。必ず助ける」
今まで顔を隠すようにかぶっていたフードを外し、安心させるように名無が微笑めば、店内にいた者たちは、わずかに頬を染めた。


「エレシュキガル。悪いが、ここに残っててくれるか?」
名無は椅子に座ったままのエレシュキガルに声をかけ、外に出るためにドアに手をかけた。


「何を言っているの?貴方を一人で行かせるわけないじゃない。私も行くわ」
椅子から立ち上がったエレシュキガルは、名無を追うようにドアに向かって歩いた。


「いいのか?」


「えぇ、こういう時のために一緒に来てるんだし、2人で探した方が早く見つかるでしょ?」


「あぁ、頼む」
そうして2人はすぐに教えられた山に向かった。店員の言葉通り、山にたどり着いた途端、先ほどよりも強い風が2人を襲った。大人でも体が持っていかれてしまいそうなのに、子供の体でこんな所にいて無事だろうか。と名無は気が気じゃなかった。


「エレシュキガル、二手に分かれて探すぞ!俺はこっちに行く!」


「えぇ、わかったのだわ。・・・・くれぐれもケガをしないようにね」


「あぁ」
エレシュキガルと分かれた名無は、ジェームズの名前を叫びながら懸命に山を登り続けた。地面が雨でぬかるみ、服も雨を吸い取って重くなり、普通に登る何倍もの負荷が名無の体にかかった。


「ジェームズどこだ!どこにいる?!」
強風で飛んでくる木の枝や葉っぱを避けながら、山の中腹にたどり着くと、山菜がばらばらと散らばっているのが目に入った。それはまるで、落とし主の所まで繋がっているかのように一本線になっており、名無はそれに従って歩いた。


「ジェームズ!いるのか?」
散らばっていた山菜が最後の1つになった辺りで名無はもう一度ジェームズの名前を呼んだ。すると・・・・「助けて・・・・だれか・・・・助けて・・・」と言うか細い声が遠くから聞えてきた。


「ジェームズ!」
木にしがみついている男の子を発見した名無は、彼の元に向かって走った。


「大丈夫か?!助けに来たぞ!」


「・・・・お兄ちゃん、だれ?」
自分に駆け寄ってくる名無を、男の子は怯えた目で見つめた。


「お前の母親からお前がこの山に山菜を採りに行ったまま戻ってこない。って聞いて探しに来たんだ」
名無は、リュックから濡れていないマントを取り出して、寒さにぶるぶると震えているジェームズにそっとかけた。


「よく一人で持ちこたえたな。偉いぞ」


「お兄ちゃん、どうしてぼくがここにいるってわかったの?」


「お前が拾った山菜がここまで導いてくれたんだよ。こんな強風で吹き飛ばされずに地面に落ちてたなんて、お前ももしかしたら神様に助けられたのかもな」
そう言って名無はジェームズの頭を優しく撫でると、ジェームズは安心したのか、ぎゅっと名無のお腹に抱きついた。


「さっさと母さんの所に戻るか」
そんなジェームズの頭をもう一度優しく撫でて、リュックのチャックを閉めるために名無は一瞬後ろを向いた。


「あ、袋があんな所に」


「・・・っ?!ジェームズ!そっちに行くな!」
ジェームズは、少し離れた所に落ちている山菜を入れていた袋に向かって歩き始め、それに気づいた名無は大声で止めた。


「えっ?」
ジェームズが袋を掴んだ瞬間、地面が崩れ、その小さな体は落下して行った・・・・


「ジェームズ!」
名無はジェームズを追いかけるように崖から自分の体を落下させ、手を伸ばして彼の腕を掴んだ。


「はぁ!」
重力や強風でバランスを崩しながら名無は魔力で強化した指先で岩に穴を開け、足場が全くない状態で2人分の体重を支えた。


「っく!ジェームズ、大丈夫か?」


「怖いよー!お兄ちゃん怖いよ!」
下に何もない景色を見て、ここから落ちれば即死することを悟ったジェームズは、恐怖から体をバタバタと暴れさせた。


「っく!・・・・大丈夫だ!絶対に助けてやるからな!」
名無は、岩に突き刺した指先に力を込めて、二人分の体を上に持ち上げようとした。だが・・・・


ガラッ!


「「っ?!」」
2人分の体重+強風のせいで、指を突き刺していた岩が砕けた・・・・・。突然、掴むものが何もなくなった名無は、もう一度、違う場所に指を突き刺そうと手を伸ばしたが、2人分の重力に従って、崖から遠ざかるように落下していった・・・・。俺はどうなったっていい。せめて、この子だけでも!と思った名無は全魔力を腕に込めて、ジェームズを崖の上へと投げようとした。少し、ケガはさせてしまうかもしれないが、死ぬよりはマシだろう。


「ジェームズ、悪い!」
ジェームズの手を掴んでいる方の腕を大きく振りかぶった瞬間・・・・・


「「っ?!」」
2人の体を赤い光が縛り付けるように巻き付いた。この光は・・・・と、崖の上を見ると、エレシュキガルが両手をこちらに向け、一生懸命、力を込めていた。


「エレシュキガル!」


「ま、間に合ってよかったのだわ」


「助かった。ありがとな」
少しずつ崖の上へと近づいていく自分たちの体を見て、名無は安堵のため息をついた。もうすぐで辿りつく。そう安心していた矢先・・・・


「きゃあ!」
突然、葉がついた太い木の枝がエレシュキガルの顔面めがけて飛んできた。そのことにより・・・・


「「っ?!」」
2人の体を引き上げていた赤い光が消え、再び2人の体は落下し始めた。


「やばっ!」
名無は、すぐに岩に手を伸ばしたが、寸での所で掴むことができなかった。空を切るその手を伸ばし続けていると、ぱしっと、何かがその手を掴んだ。


「エレシュキガル!」


「っぐ・・・・・名無!」
名無の手を掴んだエレシュキガルは、両手で懸命に2人の身体を引っ張った。


「うわぁ!怖いよぉ!落ちちゃうよぉ!」
少し上に持ち上がりそう。と思った所で、再度落下した恐怖からジェームズがまた暴れ始めた。


「っは!・・・・っぐ・・・・うっ・・・・」
一瞬、がくっと下に落ちそうになった2人の身体をエレシュキガルは一生懸命支え続けた。


「ジェームズ、落ち着け!お前だけでも必ず助けてやるから!エレシュキガル!今そっちにジェームズを投げるから受け取ってくれ!」
このままではエレシュキガルも一緒に落ちてしまう。と思った名無は、せめて、ジェームズだけでも、と。思い、エレシュキガルに声をかけた。


「な、何言ってるの?それじゃあ貴方が・・・・」


「俺はどうなってもいい。この子だけでも!」


「・・・・・・・。」


「えっ?」
エレシュキガルが何か言ったように聞えたが、何を言ったかまでは聞き取れなかった名無は問いかけた。


「馬鹿なこと言わないで欲しいのだわ!」


「エレシュキガル・・・・」
激怒しているエレシュキガルの表情を見て、名無は困惑した。


「2人とも助けるわ!必ず助けて見せるんだから!・・・・うっ・・・・・っぐ・・・・このっ!女神を舐めるなー!」
徐々に2人の体を引き上げたエレシュキガルは、最後の力を振り絞って一気に上に引っ張った。


「うわっ!」
投げられるように崖の上に辿り着いた名無は、ジェームズを守るように抱きかかえ地面に体を打ちつけた。


「・・・っく!ジェームズ大丈夫か?!」
安否を確かめる為に抱きかかえているジェームズに声をかけると、「大丈夫・・・・」と返事が返ってきた。


「はぁ・・・・2人共・・・・無事のようね・・・・・よかったの・・・・だわ・・・」
両膝に手をついたエレシュキガルは、安心した表情で2人のことを見つめた。


「エレシュキガル。ありがとな。助けてくれて・・・・」
起き上がった名無はエレシュキガルに駆け寄り、その体をぎゅっと抱きしめた。一瞬、エレシュキガルの体は石のように硬くなったが、すぐに力が抜け、名無の背に手を添えて抱きしめ返した。


「私は女神なのだから当然のことなのだわ」


その後、少年を背負って下山した名無とエレシュキガルは、少年を無事母親の元へと届けた。この微小特異点にも魔力リソースが存在しないことを確認した2人は、帰還の為、ダヴィンチたちと連絡を取り、帰還の準備までもう少し時間がかかると聞き、近くの川に向かって歩いていた。


「あの子、エレシュキガルが女神だって知って大興奮だったな」


「えぇ、人の子と話すなんてとても貴重な経験だったのだわ」
エレシュキガルが女神だと知ったジェームズは、下山して町に着くまでの道中、ずっとキラキラした目でエレシュキガルにたくさん質問をしていた。最初はたじたじで名無を挟みながらじゃないと会話できなかったエレシュキガルだったが、子供の愛らしさに徐々に緊張が解け、最後は1対1でも笑顔でスムーズに会話をしていた。


「将来、お嫁にもらってくれるってよ。よかったな、女神様」
別れ際に、ジェームズがエレシュキガルに「将来、ボクのお嫁さんになって!」と言っていたのを思い出して、名無はくすくすと笑いながらエレシュキガルのことを見つめた。


「そ、それは困るのだわ!私はもう約束をっ!」
そこまで言ったエレシュキガルは慌てた様子で自分の口を両手で押さえた。その様子を見た名無は、もしかしてエレシュキガルは既婚者だったか?と、記憶を辿ったが。既婚者ならいずれ、旦那もサーヴァントとして召還されたりするのかな。ぐらいにしか考えていなかった。


「今日はありがとうな。助かった。エレシュキガルがいなかったら、俺もあの子もどうなってたかわからない」


「め、女神として当然のことをしただけなのだわ!」
エレシュキガルは、照れくさいのか、頬を赤く染めながら腕を組んでそっぽを向いた。


「そうか。・・・・しかし、エレシュキガルって結構力持ちなんだな」
感心するように、顎に手を当てながらうんうん。と名無は頷いた。


「へっ?!」


「いや、だって、俺ら二人分の体重+強風で相当負荷がかかっていたはずなのにこんな細腕で持ち上げるなんてな・・・・やっぱり、サーヴァントはすごいな」
エレシュキガルが来る前まで自分もその負荷を体感していた名無は、サーヴァントと言えど、あれを一人で持ち上げたとは。と、エレシュキガルの筋力に驚いていた。


「あ、あれは、その!咄嗟に!貴方に何かあったらどうしようかと思ったから・・・・」
視線を右往左往させながら不安げに両手を擦り合わせ、段々エレシュキガルの言葉は尻すぼみしていった。


「まぁ、これからもよろしくな女神様」
名無は自分の顔の横に片手を持ち上げてエレシュキガルのことを見つめた。


「っ!・・・・えぇ、もちろん!」
その手を見たエレシュキガルは嬉しそうにその手に自分の手を重ねた。


【微小特異点探索隊 第一微小特異点探索終了】


*エレシュキガルのプロフィールの『筋力A』の情報を見てこの話を書こうと思いました。意外と力強いんだな。と。