【まだジャンヌオルタが召喚されたばかりの時の話】


「オルタ。いる?」
部屋のドアを突然ノックする音が聞えてきて、私の眉間には皺が寄った。私の部屋にわざわざ尋ねてくるなんてあいつしかいない。


「いません。お帰りください」
めんどくさいから堂々と居留守を使ってやろうと思いドアに向かってそう伝えれば、「あ、いたんだ。ごめんね、ちょっと開けてもらっていいかな?」という声が聞えてきた。いないって言ってるのにしつこいわね。


「何ですか?夜這いならお断りですけど」
仕方なくドアを開けば案の定ニコニコと胡散臭い笑顔を浮かべた男が立っていた。あーめんどくさい。


「実は、オルタにお願いがあって」


「お断りします」
笑顔のままのこいつの言葉を瞬時に断れば少しだけ困った表情へと変わった。何でかこいつのこの表情に私は少しだけ弱い。


「うーん・・・・。じゃあ、どうしようかな」
完全に困った表情へと変わったこいつの顔を見て、私はなんて情けないマスターの元へ来てしまったのだろうか。と後悔した。


「あー!もうさっさと言いなさいよ!」
困ったままどうしようかと悩んでいるこいつに怒鳴り声を出せば、こいつは「話、聞いてくれるの?」と最初の明るい表情に戻った。ほんと単純なやつ。


「実は、オルタと交換日記をしたいと思って」
そう言ってこいつは1冊の本を目の前に差し出してきた。交換日記・・・・?なにそれ。


「交換日記ってなによ」


「あ、交換日記っていうのは、こういうノートにその日あった出来事とかをお互いに書きあって書き終わったらそのノートを相手に渡して、渡された相手がまた日記を書いてっていうのを繰り返すもので」


「めんどくさいです。やりません」
内容を聞いて心底めんどくさい。と感じた私はすぐに断った。サーヴァントは戦うためだけの存在で、こんなことをするための存在じゃないわ。


「そう言わずに一回だけやってみない?オルタの好きな時にやめていいから」


「ふーん。それならいいわよ」
それならもらった次の日にやめてやるわよ。せいぜい私を誘ったことを後悔すればいいわ。


「じゃあ、早速日記書いてきたから、次はオルタの番ね。書くのはいつでもいいから」
そう言って満面の笑みを浮かべたこいつの手からノートと呼ばれる本を奪いとってすぐにドアを閉めた。日記ってあいつどんなこと書いたのかしら。キモいことでも書いてたら燃やしてやりましょ。そう思って1枚目をめくれば、意外にも内容はシンプルなものだった。私が最近カルデアに召喚されて嬉しかった。ということと、わからないことがあればここに気軽に書いて渡して欲しい。ということだけが書かれていた。何よ、結構短いじゃない。あー。このまま放置しましょ。その内書けって催促してくるだろうけど、あんなの書くわけないじゃないって言ってやりましょう。そう思ってそのノートを机の上に放置して数日が経った。数日経てば一回ぐらい催促してくると思っていたのに、予想に反して、あいつは毎日私と会っているというのに交換日記のことについて1言も話してくることはなかった。さすがにあまりにもあいつの口からその単語が出てこなさ過ぎて、もしかしてあいつ忘れてるんじゃないでしょうね。という疑問が生まれてきた。そうよ。きっとそうに決まってるわ。気まぐれでこんなこと始めたりするからそうなるのよ。そう思って私は机の上に放置したままだったノートを手に取って廊下に出た。


「オルタ。こんな所でどうしたの?」
廊下をしばらく歩いていれば、人類最後のマスターだかなんだかの男が話しかけてきた。


「気安く話しかけないでください。汚らわしい」
吐き捨てるようにそれだけ伝えてさっさとこの場から立ち去ろうと足を進めた。


「あ、日記書いてるの?」
私の手元にあるノートを見てこの男はまた話しかけてきた。あいつといい、こいつといい、なんで話しかけてくるな。って言ってるのに話しかけてくるのかしら。ほんと頭が悪い。


「こんなの書くわけないじゃない。あいつの見えるところに捨ててやろうと思って廊下のゴミ箱を探してたのよ」


「そっか・・・・」
私の言葉を聞いて困ったように笑ったこいつの表情を見て少しだけ気分が悪くなった。


「なんです。何か文句でも?」
何か言いたげなその表情に文句があるならいいなさいよ。と伝えれば、目の前の男は首をゆっくりと横に振った。


「いや、オルタがそうしたいならそうしたらいいよ。どうせ名無しさんのことだから、オルタがやめたい時にやめてもいいよ。って言ってたんでしょ?」


「そうよ。こんなこと、始める前から私はしたくなかったのよ。だから、捨てるの」
そうよ。やりたくないって言ってる私に無理矢理あいつが押し付けてきたのよ。だから、私は悪くないわ。このまま話してても気分が悪くなるだけだわ。さっさと行きましょう。と足を前へ進めた。


「・・・・ねぇ、オルタ。名無しさんが何で交換日記しよう。って言い始めたと思う?」


「はぁ?何よ、ご機嫌取りのためとでも言いたいわけ?それとも嫌がらせかしら?」
その場から立ち去ろうとした私にまだ話しかけてくるこの男にイラっとした私は思い切り機嫌の悪い表情を向けた。


「いや、違うよ。この前さ、セイバーオルタからジャンヌオルタが召喚される前に字の練習をしてたって話を聞いてさ、それで、せっかく練習したなら忘れないように定期的に文字を書ける環境があった方がいいね。きっと現界してまだ間もないし、わからないことだらけだろうから、日記を通してオルタがわからないことを気軽に聞いてくれたらいいな。って。そう考えて名無しさんは交換日記をしようってオルタにお願いしたんだよ」


「・・・・・私のために?」


「そうだよ」


「こんなことしたってあいつにメリットなんてないじゃない!何よ!私のご機嫌でも取りたいわけ?!」
そうよ。あいつにメリットなんてないじゃない。それに、なんであいつはちゃんと私に理由を話さないのよ。今こいつからそのことを聞かなかったら私知らなかったじゃない・・・・


「違うよ。名無しさんはただオルタのことが好きなんだよ」


「そんなこと言われたって信じられるわけ・・・・私なんかを・・・・・好きなわけ・・・・」
こんな捻くれ者で可愛くない私のことなんて誰かが好きになってくれるはずない。ここには愛想がいいサーヴァントなんて吐き捨てる程たくさんいるわ。その中で私なんかを・・・・・


「まあ、オルタがこれを聞いてもまだそのノートを捨てようと思うなら、俺はもう止めない。オルタの好きにしたらいいよ」


「・・・・・いいわよ。そこまで言うなら一回ぐらい付き合ってやるわよ!」
速足で部屋に戻った私は羽ペンとインクを取り出して握り締めた。そうよ、一回書いて渡しちゃえばいいんだわ。私のために始めたなんて信じられないもの。きっとすぐあっちからやめてくるに決まってる。だからそれまで・・・・・それまでよ。


「はい。これ」
交換日記というめんどくさいことをやらされた愚痴を綴ったノートをあいつの前に差し出せば、あいつはすごく驚いた顔をした。ほら、やっぱり忘れてたんじゃ・・・・


「えっ!オルタ書いてくれたの?!ありがとう!」
椅子から立ち上がったあいつは今にも泣き出しそうなぐらい顔くしゃくしゃにさせて私が差し出したノートを大事そうに握りしめた。こんな私が日記を書いただけでこんなに喜ぶだなんて・・・・。正直こいつの頭はおかしいのかもしれないと思った・・・・でも・・・・


「わぁ、嬉しいな・・・・・。あ、すぐに返事書くね!ありがとう」
そう言っていつもの満面の笑みを浮かべたその表情を見て正直少しも悪い気はしなかった。


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「オルタ。何か考え事?」
羽ペンを持ったままボーっとしていた私の顔を覗き込みながら名無しが話しかけてきた。あの時と変わらないその気の抜けたような顔を見て、ムカつくけど少しだけ安心した。


「別に。ただ交換日記を始めた頃のことを思い出してたのよ」


「そっか。懐かしいなー。もうこのノートも一杯になっちゃったね。新しいの買おうか」
書けるページが残り数枚になったノートを見て名無しは嬉しそうに笑った。


「そうね。次はもっと厚いのにしましょう。鈍器になりそうなぐらいの」


「鈍器になりそうなぐらいかー。すごい厚いのになりそうだね」
名無しは鈍器になりそうなノートを頭の中で想像したのか、「うーん。オルタが持ち運ぶ時に重くないかな?」と心配していた。サーヴァントがノート如きで重いなんて感じるはずないじゃない。と思いつつも、こいつの過剰すぎる程の気遣いに優しさを感じた。


「それが終わるまでに死んだりなんかしたら許さないから」


「ははっ。これは、相当先まで死ねなさそうだ」
そう言って嬉しそうに笑う名無しを見て私の頬も少しだけ緩んだ。
私がやめたい。と思うまでずっと続けるって約束したんだから、アンタが先にやめるなんて絶対に許さないから。


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