夢を見た。

「やめて・・・・やめてよ!そいつに触らないで・・・・!」
オルタは地面に座り込んだまま一心不乱に叫んでいた。その目の前には、真っ黒な人型をした者が俺にそっくりな『何か』の首を掴んでいた。その何かは、今にも消え入りそうな声で「オルタ・・・・」と虚ろな目で彼女の名前を呼び、それを聞いた彼女は更に苦しそうに表情を歪めて唇を噛み締めていた。


「私はどうなってもいい!だから、そいつだけは!そいつだけは・・・・!」
体が動かないのか、その場から一歩も動かないまま、手だけを一生懸命前へ伸ばした彼女は必死にそう叫んでいた。
そんな言葉は虚しく、俺と同じ『何か』の首は切られ、まるで現実かと思ぐらい、激しく血しぶきが舞い散った・・・・・。いくら自分でないとはいえ、自分にそっくりな者が殺される場面を目の前で見たが、俺の心は何も動かなかった。そんなことよりも、そんなもののせいで心を痛めている彼女の姿を見て俺の胸はきつく締め付けられた。

やめてくれ、彼女にこんな顔をさせないでくれ・・・・・。これ以上彼女を傷つけないでくれ・・・・。そう願っていても、夢の中の彼女は苦しみ続けていた。すぐに抱きしめてあげたかった。大丈夫。だと言ってあげたかった。だけど、夢の中での俺はただの傍観者で、動くことも声を発することもできなかった。
体を震わせながら悲鳴を上げる彼女を見て、何もできない自分に腹が立った。
右手をぐっと握り締めた瞬間、その夢から覚めた。握り締めたその手は現実だったようで、掌からは少し血が出ていた。
右手に書かれた令呪を見つめながら、俺が無力だから・・・俺が彼女のマスターとして何もできないからこんな夢を見るんだ。と悔しくなった。そんな時、急に自室のドアが開いた。


「あっ、おはよう。オルタ」
なんだか難しそうな表情をしている彼女の名を呼ぶと、彼女の眉間の皺が少しだけ薄くなった。さっき変な夢を見たばかりだから目の前の彼女を見ていると不思議な気分になった。あれはただの夢なのに・・・・・。


「朝から来てくれるなんて珍しいね。何かあった?」
ベットから起きた俺は今だに部屋の中へ入って来ようとしない彼女の元へと近づいた。今までこんな朝早くに彼女が俺の部屋へ来たことなんて一度もなかったから正直驚いた。何も返事をしない彼女に首を傾げると、どこかほっとしたような表情に変わり「ふんっ!別になんでもないわよ」と言って部屋から出て行ってしまった。
その日一日どこか彼女の様子がおかしかったが俺には理由がわからなかった。


そして、その晩も昨日と同じ夢を見た。


同じように彼女は地面に座り込んで真っ黒な者が掴む俺とそっくりな『何か』に向かって懇願をしていた。その痛々しい姿から俺は目を逸らした。あんな彼女の姿を見るのは辛すぎる。俺のためにそんな顔をしないでくれ、俺のためにそんな辛そうな声をださないでくれ、俺のために苦しまないでくれ・・・・・お願いだ、早くこんな夢から覚ましてくれ。


「はぁ・・・・・」
起きた瞬間ため息が漏れ、両手が顔を覆った。なんで・・・・なんでこんな夢を・・・・。しばらくその体制のまま動けずにいると、コンコンっとドアをノックする音が聞こえ、誰だろう?と急いで飛び起きた俺はドアを開いて驚いた。


「オルタ?今日も来てくれたんだね。しかも、ノックするなんて珍しい。何かあった?」
俺が声をかけると、オルタははっとしたように顔を上げた。今まで彼女が俺の部屋をノックしたことなんて一度もなかったから、一体どうしたのだろう。と驚いた。昨日といい、今日といい、一体何があったのだろう。と聞いてしまいたかったが「べ、別に何もないわよ。ノックしたい気分だっただけだし、ここに来たのだって気まぐれよ」と言って、そっぽを向いた彼女を見て、理由を聞くのはやめて朝食に誘った。


その次の日もその次の日も毎日毎日毎日毎日・・・・同じ夢を見続けた。その夢を見るたびにオルタが毎朝俺の所にやってきた。どうしたのか。と聞いても彼女が答えてくれることはなく、なんだかまるで生存確認をしに来ているような気がした。


「はぁ・・・・・」


「ため息なんかついてどうかしたんですか?」
報告書を作成している最中、思わずため息をついた俺に立香くんが心配そうに声をかけた。しまった。つい、口から漏れてしまった・・・・・


「ごめん。なんでもないんだ」


「なんでもなくは・・・・なさそうですけど。ここ最近ずっと名無しさんの顔色悪いし、何かあったんですか?」


「いや、最近毎日変な夢見ちゃって、あんまり眠れなくて・・・・・」


「変な夢ですか?あぁ、俺もために見ますよ。サーヴァントが見る夢をマスターも共有しちゃうなんてほんと不思議ですよね」


「えっ?そんなことあるの?」


「はい。結構頻繁にあって、この前はモーさんの夢に入り込んじゃって・・・・」


「そんなことがあるんだ・・・・」
そんなこと初めて聞いた。・・・となると、今まで見ていたあの夢は、もしかして、俺の夢じゃなくてオルタの夢という可能性があるのか?どおりであの夢を見始めてからオルタが毎朝俺の部屋に来るようになったわけだ。じゃあ、毎晩苦しんでいるあのオルタは俺の夢のオルタじゃなくて本人ってことか?
もし、彼女の夢なら助けてあげたいけど、一体どうすればいいんだ。何か対策を・・・・と考えてはみたものの、自分の夢ならまだしも、人の夢への対策なんてすぐには思いつかずそのまま眠ってしまった。


・・・・だが、その日は何の夢も見ず、毎朝部屋に来ていたオルタも姿を現すことがなかった。そして、その後あの夢を見ることはなくなった・・・・。一体あれは何だったのだろう。やはり、あれは俺の夢だったのだろうか。と疑問に思いながら図書館で資料集めをしていると、「あの・・・・」と控えめな声で突然話しかけられた。本を抱えながら後ろを振り向くと、そこには紫式部さんが立っていた。


「どうかしましたか?」
たまに俺から本を探すのに声をかけることはあっても彼女から声をかけられたことはなかったため、とても驚いた。あ、もしかして、俺の手に持ってる本が貸し出し禁止の本だったのだろうか。と心配していると「最近、夜中によくジャンヌ・オルタ様のお姿をお見かけするのですが、何かありましたか?」と言われた。オルタが夜中に?しかも、図書館に?たしかに彼女は勤勉でよく本を読んでいるが、そんな夜中に本を借りに来るほど夢中になっていたなんて知らなかった。でも、その時間に起きているということは、彼女は一体いつ眠っているのだろう。と考えていると、ある可能性に気づいてしまった。

そして、その晩、俺は彼女の部屋を訪れた。
ノックをして「オルタ、起きてる?」と声をかけると、部屋の中から、ガタガタっ!と音がして、すぐにドアが開いた。


「・・・・こんな時間にどうしたのよ。まさか、夜這い?」
まったく驚いた様子を見せず、いつもの余裕を感じる笑みを浮かべながら言われた言葉に、「えーと、これってそうなっちゃうのかな?」と戸惑いながら返事をすると「は?」と言った彼女の顔がみるみる内に赤くなった。雪よりも白いのではないか。と勘違いする程真っ白な肌もどんどん赤みを帯びていき、その様子を見て自分がとんでもないことを言ってしまったことに気づいた。


「あ!全然いやらしい意味じゃないから!そういうのじゃないから!」
顔に熱が集まるのを感じながら手をぶんぶんと横に振って否定した。


「ごめんね、突然来て。なんだか最近様子がおかしかったから何かあったんじゃないかな。って思って」
きっと俺が突然部屋に来て驚いただろう。と思い、事情を説明すると、「とりあえず入りなさいよ」と部屋の中に入れてもらった。


「寝てないだろ?最近、よく図書館で夜中にオルタのことを見かけるって紫式部さんから聞いた」
俺は、ベットの上に座った彼女の正面に立ちすぐに本題を口にした。


「・・・・・何言ってんのよ。寝てるに決まってるでしょ?図書館に行ったのだって、たまたま一回行っただけだし、大体、サーヴァントは人間と違って眠らなくていいんだから、寝てなくたって何の問題もないじゃない」


「そうだけど。最近オルタの様子がおかしい原因なんじゃないかと思って」
たしかに彼女の言っていることは正論だ。本来サーヴァントは食事を取る必要もなければ、睡眠を取る必要もない。だけど、今まではそれをしていたのに、あの夢が原因でしなくなってしまったのなら、それは、なんとか解決したい。
君が一人で苦しむなら、俺は、そんな君を救いたい。そう思って、彼女の前にしゃがみ彼女の手を握りしめた。


「俺じゃ、やっぱり頼りないかな?」
何も言わない彼女に不安な気持ちをそのままぶつけると、一瞬、驚いた顔をした後に、はぁー。と深くため息をついた。


「嫌な夢を見るのよ、毎晩。それがうっとおしくて寝てなかったの。それだけよ」
そう言ってそっぽ向いた、彼女を俺はじっと見つめた。じゃあ、あれは本当にオルタの見ていた夢だったのか。そう再認識すると、心臓がぎゅっと締め付けられた。


「何よ。もし、子供っぽいとか思ってるなら燃やすわよ?」


「いや、そうじゃなくて、理由を話してくれると思ってなかったから、嬉しくて」
何も言わない俺に嫌悪感を抱いたのか、眉間に皺を寄せながら言われた言葉に、俺は慌てて言葉を返した。きっと、オルタの夢を俺も見ていたことは言わない方がいいだろう。彼女はそういうことを嫌がりそうだ。ましてやあんな夢、見られたくないだろう。

さて、あれがオルタの夢だということはわかったが、対策はどうしたら・・・・・


「そうだ!」
俺はあることを思いつき、オルタのベットの上によじ登った。そんな俺にオルタは「何してんの?」と嫌悪感を含んだ声をぶつけた。
たしか、前に読んだ本に・・・・・


「オルタ、おいで」
ベットの上に仰向けに横たわった俺はオルタに向かって両手を広げた。
・・・・だが、そんな俺をオルタは眉間に皺を寄せながら見つめた。


「もしかして、母親のまねごとでもしようとしてるの?」


「はははっ。そんなつもりはなかったんだけど、昔、本で心臓の音を聞きながら眠るとよく寝れるって聞いたことがあるから、どうかな?って思って」
俺には、こんなことしかできないけど、それでもし少しでも君を救うことができるなら、俺は何だってしたい。そう思ってオルタを見つめ続けると、目線を右往左往させてどこか落ち着かないように体をもぞもぞと動かし始めた後、「あー、もう!」という声が聞えてくる勢いで俺の胸に飛び込んできた。
ほぼ頭突きのその衝撃に思わず、うっ。と声が漏れそうになったが、そのまま何も言わず、ただただ俺の心臓に耳を寄せて目を閉じるオルタの頭を俺はそっと優しく抱きかかえた。


「おやすみ、オルタ」


どうか君の安息の時間を俺が守れますように・・・・・


その晩、何も夢を見なかった・・・・・。もしかして、上手くいったのか?と思い、目線を下に下げると、安らかな表情でオルタが眠っていた。そんな彼女を見て安心していると、「ん」と、声が聞えて、彼女が目を覚ました。


「おはよう、オルタ。気分はどう?」
寝ぼけ眼の彼女に「悪い夢は見た?」と聞くと、目を擦りながら、「全然・・・・はっ!いいえ!見たわ!悪夢を見たわ!」と何とも元気のよい返事が返ってきた。
全然って最初に言っていたし、俺の夢にも出てきてないってことは、悪夢は見なかったのだろう。と安心していたが、そのことを彼女に告げるわけにはいかないため、「これじゃダメだったか」と言いながら笑うと、何故か俺の顔を見て、はっとした後に「あー!でも、随分マシにはなりました!えぇ。だいぶマシにはなったわ!これなら寝れなくもないです!」と早口で伝えて、勢いよく俺の胸元に飛び込んできた。顔は、俺の体に隠れているが、髪の隙間から見えた耳が赤く染まっているのが見えて、照れ隠しだということがすぐにわかった。


「ははっ。そっか。じゃあ、これからも一緒に寝た方がいいかな?」


「そうね、そうした方がいいわ」


その後、毎朝のように「まだ悪夢を見る、でも、前よりはマシになったからまだ一緒に寝た方がいい」という彼女は、もう悪夢を見てないことを俺が知っていることを知らない。


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