「やめて・・・・やめなさい!そいつに触らないで・・・・!」


目の前で名無しの首を掴んでいる真っ黒な何かに向かって私は懇願するように叫んだ。その間ずっと名無しは消え入りそうな声で「オルタ・・・・」と虚ろな目で私の名を呼んでいた。ちっとも動かない自分の体に苛立ち唇を噛み締めた。


「私はどうなってもいい!だから、そいつだけは!そいつだけは・・・・!」
そう言って決して届きはしない手を伸ばした瞬間、血しぶきが舞い、ゴロンっと何かが床へと落ちた。それを見た瞬間体が冷たくなりガタガタと震え始めた。震える唇に手を這わせながらやっと絞り出たように「あっ・・・・・」と、もれた声にはっとした後、自分の口から聞いたことのないような悲鳴が飛び出た。


「っ!」
自分の悲鳴に驚きそのまま飛び起きた私はすぐに周りを見渡し、自室であることを確認した後、両手で顔を覆った。


「夢でよかった・・・・・」
夢だとわかった今でもさっきのことを思い出すと手が震えた。


「情けないったらありゃしない。この私がこんなことで怖がるだなんて・・・・まったく・・・・」
ベットから降りた私はその足であいつの部屋へと向かった。夢だとわかってるし、無事だってわかってる。だけど、この目で見て安心したかった。
ノックもせずに突然ドアを開けると、今起きたばかりなのか、ベットの上に横たわったまま何故か令呪がかかれている手を上に上げてその手をじっと見つめていた。


「あっ、おはよう。オルタ」
私の存在に気づいた名無しはすぐに体を起こして、私に近づいてきた。


「朝から来てくれるなんて珍しいね。何かあった?」
いつものヘラヘラした顔で私のことを見つめて首を傾げた。その顔を見て、どこかほっとした私は、「ふんっ!別になんでもないわよ」と言って部屋を出て行った。


その次の日も同じ夢を見た。


確実にそれが夢だとわかっているのに、私の口からは「やめて・・・・」と言葉が漏れていた。お願いだからあいつに何もしないで。私から奪わないで。こんな悪夢私に見せないでよ。

そして、また私の懇願も虚しく名無しの首が切り落とされた所で目を覚ました。


「オルタ?今日も来てくれたんだね。しかも、ノックするなんて珍しい。何かあった?」
気づけば、またあいつの部屋に来ていた。しかも、ぼーっと歩いていたせいか、ドアをわざわざノックしていた。


「べ、別に何もないわよ。ノックしたい気分だっただけだし、ここに来たのだって気まぐれよ」


「そっか・・・・。朝食食べに行こうか」


その次の日もその次の日も毎日毎日毎日毎日・・・・同じ夢を見続けてその度にあいつの元へと向かった。いつ行っても私が何も言わなくてもいつものヘラヘラした表情を見せるあいつを見て、胸がぐっと苦しくなった。


その内眠るのが怖くなって一日中起きているようになった。今までは、どういうわけか眠ると少しだけ気持ちが楽になるから睡眠をとっていただけだった。あとは、単なる暇つぶしの為。元々サーヴァントは睡眠を取る必要も食事をする必要もないから、眠らなくなっても何も問題はなかった。


そんなある日、ベットの上に座っていると、コンコンッと、ドアをノックする音が聞えてきた。こんな時間に一体誰よ。まさか、奇襲?あー・・・・思い当たる奴がいすぎてまったく誰かわからないわ。
とりあえず立ち上がり、旗を手に取ろうとした瞬間、「オルタ、起きてる?」という声がドアの向こうから聞えてきた。
は?なんであいつがここに?!私は、足早にドアへと向かった。


「・・・・こんな時間にどうしたのよ。まさか、夜這い?」
内心慌てているのを隠すように、にやっと笑いながら冗談をいうと、「えーと、これってそうなっちゃうのかな?」と照れた顔で返された。


「は?」
その思わぬ返答に、驚きの声が口から漏れた。い、今こいつ夜這いするって言った?!言ったわよね?!そう認識した途端、体がぶわーっと一気に熱くなった。


「あ!全然いやらしい意味じゃないから!そういうのじゃないから!」
私の反応を見て慌てた名無しは顔を真っ赤にして、手をぶんぶんと横に振った。はぁ?別にあんたならやらしい意味でだって・・・・って、私は何を考えてるのよ!
思考が一瞬おかしくなった私は、振り払うように頭を振った。


「ごめんね、突然来て。なんだか最近様子がおかしかったから何かあったんじゃないかな。って思って」
心配そうに見つめる名無しの目を見て、さっき一瞬現れた邪の気持ちはすぐに消えた。


「とりあえず入りなさいよ」
いつまでも入り口で話すことでもない。と思い、部屋の中へと招き入れた。


「寝てないだろ?最近、よく図書館で夜中にオルタのことを見かけるって紫式部さんから聞いた」


「・・・・・何言ってんのよ。寝てるに決まってるでしょ?図書館に行ったのだって、たまたま一回行っただけだし、大体、サーヴァントは人間と違って眠らなくていいんだから、寝てなくたって何の問題もないじゃない」
まさかあの女がこいつにそんなことを話してるなんても思いもしなかった。というか、あいつこそ1日中見かけるけど寝てないんじゃないの?!


「そうだけど。最近オルタの様子がおかしい原因なんじゃないかと思って」
ベットに座る私の顔を覗き込むようにしゃがみこみ体を支えるように後ろに置いていた手を握られた。なんでこいつはいつも私に優しくするのよ。放っておけばいいものを・・・・・


「俺じゃ、やっぱり頼りないかな?」
中々口を開かない私を見て、話す気がない。と感じたのか、少し困ったように笑った。そんなわけないじゃない、はぁ・・・・そんな顔するんじゃないわよ、まったく・・・・


「嫌な夢を見るのよ、毎晩。それがうっとおしくて寝てなかったの。それだけよ」
正直に理由を話すと、目の前の名無しは何も言わずにぽかんと口を開けていた。


「何よ。もし、子供っぽいとか思ってるなら燃やすわよ?」


「いや、そうじゃなくて、理由を話してくれると思ってなかったから、嬉しくて」
そう言ってヘラヘラと笑うこいつに「あっそ」とだけ返した。まあ、こいつに理由を話したところで何も解決はされないし。さて、今日は何して暇をつぶそうかしら。と考えていると、突然名無しが「そうだ!」と何か思いついたように声を出した。そして、何を思ったのか、ベットによじ登ってきた。


「何してんの?」
ベットの上に仰向けに横たわった名無しに疑問をぶつけると、「オルタ、おいで」と両手を広げた。


「もしかして、母親のまねごとでもしようとしてるの?」


「はははっ。そんなつもりはなかったんだけど、昔、本で心臓の音を聞きながら眠るとよく寝れるって聞いたことがあるから、どうかな?って思って」
こいつはたまに突然、『恥じらい』どこに捨ててきた!ってことを平気でしてくることがある。だけど、それをする時は必ずと言っていいほど私が関わってて、そんなこいつだから私は・・・・・あー!もうっ!私だって多少は恥じらいとかあるんだけどね!という気持ちを押し殺して、思い切りその胸に飛び込んだ。温かい。布団なんかよりもずっと温かい。その温もりにすがりつき、心臓のあたりに耳を当てるとドクドクと心臓の音が聞えてきた。生きてる。ちゃんと生きてる。そう思って安心していると、名無しは優しく私の頭を抱きかかえた。


「おやすみ、オルタ」


その声を最後に私はすぐに眠りの世界へと落ちていった。
ずっと見ていた悪夢は一切現れることなく、気づいたら朝になっていた。


「おはよう、オルタ。気分はどう?」
目を覚ますと、上から名無しの声が聞えてきた。そうだ、こいつの腕の中で寝てたんだった。まぁ、多少ゴツゴツしてる所はあるけど、寝心地が悪いわけではないわね。


「悪い夢は見た?」


「全然・・・・はっ!いいえ!見たわ!悪夢を見たわ!」
寝ぼけながら正直に返事をしようとした瞬間、頭上でヘラヘラと笑う顔が目に入り、脳が覚醒した。まるでこいつのおかげで見なくなったって言ってるようなものじゃない!それはなんだか癇にさわるわ。
「これじゃダメだったか」と困ったように笑う名無しの顔を見て「あー!でも、随分マシにはなりました!えぇ。だいぶマシにはなったわ!これなら寝れなくもないわね!」と矢継ぎ早に伝えて、赤くなった顔を隠すために、胸元に頭を戻した。


「ははっ。そっか。じゃあ、これからも一緒に寝た方がいいかな?」


「そ、そうね、そうした方がいいわ」


――――――――――――――――――


「名無しさん起きれる?ごめんね、昨日夜遅くまで作業して・・・・っうわ!」


「ん?立香くん?おはよう。どうしたの?」


「いや!どうしたの!って、えっ!?ここ名無しさんの部屋だよね?!」


「あーもう、うるさいわね」


「あ、オルタおはよう」


「なんでジャンヌ・オルタがここに?!」


「なんでって、そんなの決まってるでしょ?こういう仲だからよ」
そう言って上半身を起こした名無しの胸元に擦り寄ってにやっと笑えば、ぶわっ!と顔を真っ赤にさせた藤丸立香は倒れそうになっていた。


「オルタ。からかわないの」


「ふんっ!人がせっかく気持ちよく寝てたのに邪魔した罰よ」


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