【絆レベルが3の時の話】


あぁつまらない。ほんとにつまらない。サーヴァントは戦うために召喚されるものでしょ?私がここに召喚されてからしたことといえば、サーヴァントにはまったく必要のない食べること、寝ること、後はたまにあのバカと種火集め。それだって、片手で数えれるぐらいしか行ってない。それとあのくっだらない交換日記ね。我ながらなんであんなことに今でも付き合ってるのか不思議で仕方ない。今だって、わざわざ書いた日記をあいつの部屋まで届けに来てやったっていうのに、あいつは、部屋にもどこにもいなかった。昨日も一昨日も探したのにいなかった。まったく、なんであんな奴の召喚になんて応じちゃったのかしら、ほんとばっかみたい・・・・。あいつの部屋から自分の部屋の間にある外の景色が見える大きな窓の縁に腰掛けて吹雪いたまま一向に何も見えない景色を眺め続けた。
はぁ・・・・。と大きなため息を付けば、そんな私の目の前に、何かがずいっと差し出された。


「は?」
視界の端に映ったものを見るために首を動かせば、そこには、飲み物が入ったコーヒーカップを持ったあいつが隣に立っていた。


「眠れないの?」
数日ぶりに顔を合わせたというのに、目の前のこいつはそんなの何でもなかったかのようにいつもの笑顔で私の顔を見た。もっと何か私に言う事はないわけ?!数日間会いにいけなくてごめん。とか、放っておいてごめん。とか!なんかもっと言う事あるんじゃないの!そんな気持ちを込めながら一瞬睨みつけた後すぐに視線を窓の外へと戻した。


「せっかくこんなに大きな窓があるのにずっと吹雪いてるから何も見えなくて寂しいよね」


「別に。景色を楽しもうと思ってここにいるわけじゃないから」
真っ白な景色だけを映し出す窓を見続ける私の肩をふわっと暖かいものが包んだ。


「何よこれ」
肩にかかった布を掴み、怪訝な顔をしながらあいつを睨めば、あいつはいつものようにへらへらと笑っていた。


「ここは寒いからそんな薄着じゃ風邪ひいちゃうよ」


「風邪なんかひかないわよ。人間じゃないんだから」
こんなことされてもちっとも嬉しくなんかない。不快よ!不快!と思いながらも何故か肩にかかった布を振り払えなかった私は、布を掴んでいた手を離して目の前にいる男の顔をじっと見つめた。


「はい。眠れないのかと思ってホットミルクを入れて持ってきたんだ。特別にはちみつ入りだよ」
そう言って肩から離した私の手を掴んでコーヒーカップの持ち手を握らせた。温かい。元々血が通ってないんじゃないかと思うぐらい冷たい私の手にじわじわと温度が伝わってきた。温かさを感じたのは手だけのはずなのに、不思議と身体の奥が発熱したように熱くなった。慣れない熱に少しだけ浮かされた私は何も言葉を発することができないまま、また、じっと男の顔を見つめた。「少しぐらい星が見えたらいいのにね」と言いながら、体を窓に近づけて見えるはずのない星を中腰になって探し始めた。こんなに近くにいるんだから星なんか探してないで少しぐらい私を見たっていいのに。「うーん」と言いながらも腰をかがめて必死に星を探す姿に、むっとした私は、目の前にある男の首元を引っ張った。


「うわっ」
中腰の力が入らない状態で、急に身体を引っ張られた男はバランスを崩して引っ張った私の方に倒れこんできたが、寸でのところで腕を伸ばして私の後ろにある壁に手をついて、自分の身体を支えた。


「びっくりしたー。どうかした?」
顔がぶつかるんじゃないか。と思うぐらい近い距離にいる私に心底驚いた。という表情を向けた男は、こんなにも近い距離にいるのに私など気にせず、すぐに「わぁ!ホットミルク大丈夫だった?かかってない?大丈夫?」と私の手に握られているコーヒーカップの心配をしていた。ちょっとはなんかこうっ!色々思ったりしないわけっ?!まぁ、どうせ私は田舎娘だし、魅力なんてないだろうけど!ほんっと、つまらない男。


「ねぇ、ずっと気になってたんだけど、その傷なんなの?」
首元の布をひっぱったせいで、いつもは覆われて隠れている部分が見えた私は、ずっと気になっていたことを尋ねた。首元は完全に覆われているが、顔にも少しだけ侵食しているその火傷のような傷は、隠していてもいつも少しだけ見えていた。


「あー。これは、昔ちょっとドジってケガしちゃったんだ。あはは」
目の前の男は壁から手を離してさりげなく襟首を伸ばしてまた傷を隠して数歩後ろに下がった。


「ドジって?」


「大したことじゃないよ」
まるでそれ以上深入りするな。というように、私の頭に手を置いて優しく撫でた。さっきまで全然私のことなんて見なかったくせに、今度は笑顔でじっと私を見つめている。普段見えている部分ではわからなかったけど、あの傷は明らかにちょっとそこら辺の火で炙りました。ってレベルの火傷ではない。もしかして・・・・


「サーヴァント?」
私が一つの可能性を口にした瞬間、一瞬大きく目を見開いた。正解ってことね。


「ふふっ。ざまーないわね。いっつも変なことに首つっこんでるからそうなるのよ。いい気味だわ。そのサーヴァントに感謝しなきゃ」
そうよ。こいつは本当にいつも変なことに首をつっこみたがる。みんながやりたがらない事を自ら手を挙げて率先してやるような奴だ。いっつも『大丈夫』と言いながらへらへら笑って、貧乏くじを引いて。その一つが私だ。こんな愛想のない、口を開けば傷つけることしか言わない女なんて放っておけばいいのに、今だって、私なんて放ってそのまま部屋に帰ればいいだけだったのに、わざわざキッチンに行って温かい飲み物を持って、自分の上着まで貸して、私なんかと会話している。


「そうかもしれない。だけど、俺は、たとえ一生消えない傷を負ったとしても、やれることをやらないで後悔するのは嫌いなんだ」
そう言って私を見つめるその顔は、いつものヘラヘラした表情なんかじゃなくて、何か強い覚悟を持っている者の目をしていた。一瞬息を呑んで何か言おうと口を開いたけど、何も言葉が出てこなかった。


「あ、もしかして日記を届けに来てくれてたの?」
少しの沈黙が私たちを包んだあと、いつものようにヘラヘラとした表情に戻った男は私の背中の後ろに立てかけてある日記に気づき尋ねた。


「そうよ。わざわざ書いたっていうのに、届けに行ったって全然いないんだもん・・・・」
背中から取り出した日記を少し乱暴に渡せば、「いつも、ありがとう」と言いながら笑顔で受け取った。


「ごめんね。ここ3日間ずっとダヴィンチちゃんお手伝いでデータの作成をしてて、作業部屋に籠りっぱなしだったから」


「あっそ。じゃあ、さっさと寝なさい」


「うん。そうするよ。あ、日記はすぐに書くから」


「いいわよ別に。全然待ってないし」
さっさと行け。というように、窓に視線を向けて手を払えば、「おやすみ」という言葉と一緒に頭を撫でられた。足音が段々と聞えなくなっていき、あいつが消えた後、少し冷めたコーヒーカップの中身を空にして、私はとある部屋へと向かった。どうせあの女(男?どっちでもいいわ)のことだから起きているだろう。ノックもせずにドアを開ければ、案の定、勝手に部屋に入ってきた私を見て、「おや?君が来るなんて珍しいね」なんて、のんきな声を出した。


「ちょっと、人使い荒いんじゃないの?一応、私のマスターなんだけど」
盛大に不服だという顔をしながら、女か男かわからないそいつのことを睨みつけた。


「それ、本人にも言ってあげたらどうだい?きっと喜ぶよ」


「嫌に決まってるでしょ!」
こっちは怒っているというのに、相手はそんなの気にしてない。というように、ニヤニヤと笑っている。ほんっとこいつと話すのは不愉快!


「それに、無理矢理お願いしたわけじゃないよ。名無しくんから手伝うって言ってくれたんだ」


「そんなのわかってるわよ。だから、それを止めろって言ってるのよ!」
そんなことは百も承知だ。だってあいつはそういう奴なんだから。ただ単に私を放っておいて、こいつとずっと一緒にいたと思うと腹が立つだけだ。


「止めたって聞かないのは君が一番わかってるだろ?それより、名無しくんと会ったのかい?あの今にもぶっ倒れそうなふらふらな身体で無事部屋には辿り着けていたかい?」


「は?」
今にもぶっ倒れそうなふらふらな身体?こいつは何言っているのだろう。あいつは普通に歩いてたけど?間違ってもふらふらなんて表現とは無縁なぐらいに。


「顔も真っ青だったから、そりゃ心配になって殴りこみにもくるよね。たしかに、3徹はさすがにまずかったかな。とは思っているよ。でも、名無しくんが早く仕事を終わらせて、君に会いに行きたいっていうから、情熱に負けてついね」
真っ青?3徹?私に会いに?今の一瞬で色んな情報が私の頭の中に一気に入ってきて、軽くめまいを起こしそうになった。
自称天才の女が、何も言葉を発さず、ぼーっと突っ立っている私の顔を覗き込んで「どうしたんだい?」と声をかけてきたが、そんなことはどうでもよかった。私はすぐに部屋を飛び出して走り出した。誰もいない廊下には、私の靴の音だけが盛大に鳴り響いた。

そんなにふらふらだったなら早く部屋に戻ればよかったじゃない!

そんなに眠いなら私なんて放って早く寝ればよかったじゃない!

そんなに限界だったなら、あんなに優しくしないでよ!

色んな感情が一気に胸の奥で蠢いてあふれ出しそうになった。

あいつの部屋の前にたどり着いた私はノックもせずにドアを開けた。すぐにベットを見たが、そこにはあいつの姿がなかった。もしかして、シャワーを浴びてる?と部屋に備え付けてあるシャワー室へと足を向けようとしたが、左に視線を向けると、机の照明が付いていることに気づいた。そして、その下に横たわっている姿を見て私は慌てて駆け寄った。息はしている・・・・大丈夫だ。椅子から落ちたのか、少し『く』の字に丸まって眠っているその姿に疑問を覚えた。こいつ、まだ仕事でもする気だったのかしら。さっさと寝ればいいのに。眠っているくせに、右手に握り締めているペンを抜き取ろうとしてもなかなか抜けなくて、半ば強引に抜き取った。これでも起きないなんて相当眠かったのね。ペンを置こうと机の上を見ると、そこには1冊の本が開かさっていた。交換日記だ。これを書くために今にも倒れそうな身体を無理矢理起こしてたっていうの?


「まったく何してんのよ・・・・・なにこれ?」
日記の横にあるメモ帳を見つけて単なる好奇心でそこに書かれている文字を読んだ。そのメモ帳は、所々、黒くペンで塗りつぶされていて、塗りつぶされた下には、「寂しい思いをさせたね」「放って置いてしまってごめん」という言葉が書かれていた。これは一体なに?と思いながら、前のページを開けば、長文が書かれていた。だけど、それも所々黒く塗りつぶされていて、その下の文字を読むと、「もっと一緒にいられたら」「君のことをもっとたくさん教えて欲しい」という言葉が書かれていた。塗り潰されていない部分だけを読んでいくと、その文には覚えがあった。その前のページを開くと、同じように所々黒く塗りつぶされていたが、同じように塗りつぶされていない箇所だけ読んでいくと、その文も見たことがあるものだった。その前のページもその前の前のページも全部そうだった。

私のことなんて考えてないと思ってた。

私のことなんて見ていないと思ってた。

だけど、全然違った・・・・・


「わざわざ下書きしてから書いてたなんて」
私なんてめんどうくさくて、ただ単に思いついたことをそのまま日記に書き記しているだけだ。それも、気分によっては3行ぐらいで終わることもあった。それなのにこいつは、いつも長文で書いてくれて、いつも最後には「困ったことがあればすぐに教えて」「何かあったら話してね」と書いていた。

この塗りつぶされている言葉は、私に伝えたかったけど伝えられなかった言葉たちで、どうして伝えるのをやめてしまったかはわからないけど、きっと悪い意味ではないだろう。ということだけはわかった。私が「うざい」とか「勘違いしてるんじゃないわよ」とか言うとでも思ったのかもしれない。こいつは、変に自己評価が低い所があって、自分に自信がなさすぎる。そんな風にしてしまっている理由は私かもしれないけど・・・・・


「こういうことはちゃんと直接言いなさいよね」
未だに床で寝ている男の額に一発デコピンをすると、一瞬「うっ」と眉間に皺を寄せたが、起きることはなかった。

仕方ない、特別に少しの間だけ甘やかしてあげましょうか。目を覚ましたあんたが私の膝枕に気づいて飛び起きるまでは・・・・・


机の上のメモ帳には、所々赤ペンで文字が追加されていた。
黒く塗りつぶされた言葉の上に、『寂しい思いをさせないで』『そばにいて』『私も』『もっと話したい』
口では決して素直に伝えられない言葉を文字に記した。

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