「っく!いった・・・・・」
何度もバウンドするように体を床へ叩きつけられた俺は、痛みに顔をしかめた。最初に床へぶつけた左足に激痛を感じているものの、宝具を当てられたのに思ったよりもダメージが少ないことに疑問を抱きながら爆風がおさまるのを待った。頭の中が段々冷静になってきて、ふと、自分が頭から抱きかかえられていることに気づいて目を開いた。


「っ?!オルタ?!」
俺を守るように抱きしめているオルタに声をかけると、痛みで気絶していたのか、眉間に皺を寄せながらオルタは目を開いた。


「アンタ・・・・無事・・・・?」


「オルタは?!・・・・・その傷!!」
俺はすぐにオルタを抱えたまま上半身を起こし、肩口から彼女の背中を覗き込めば、服が燃え焼けて背中が焼け焦げていた。床には、そこから流れた血で水溜りができており、相当な深手を負っていることがわかった。彼女の顔を見れば苦痛に顔を歪ませていて、額から流れた汗が顎を伝って俺の手に落ちた。


「俺をかばってこんな・・・・!」


「ごほっ・・・このぐらい・・・・平気よ・・・・それよりもアンタはケガない?」
そう言ってオルタは、血を吐きながら俺の頬に手を伸ばして優しく微笑んだ。その手にも血がたくさんついていて、俺はその手に自分の手を重ねた。俺を守るためにオルタが・・・・


「おやおやおや、まさかあの距離で間に合うだなんて思いませんでしたよぉ。せっかく巻き込まれないように。と気を利かせて引き離した意味がなくなったじゃないですかぁ」


「メフィスト・・・・・」
俺達の姿を見て不服そうな顔をしながら近づいてきたメフィストを俺は睨みつけた。常にオルタから距離を取って攻撃していたのも、一見オルタの攻撃から逃げているように見えたあの動きも全て俺に攻撃するためだったのか・・・・・


「メフィスト!名無しさんに攻撃するなんて!何考えてるんだ!」


「あれぇ?ルールにはマスターを攻撃してはダメとはなかったはずですがぁ」


「ルールになくたって普通はこんなことしないだろ!」
立香くんは激怒しながらこっちに向かって走ってきた。その様子が視界の端に映っていたが、床に広がり続ける血の海を見て冷静ではいられなくなっていた。心臓がバクバクと速く鳴っているのがわかる。頭に血が昇っているのか視界も狭くなってオルタの顔が少し霞んで見える。呼吸もだんだん速くなって上手く息が吸えない・・・ドクンッ!と一瞬、心臓が今までよりも大きく高鳴って『カチッ』という音が聞えた。その瞬間、身体中をかけ巡るように暖かい空気が流れた。


「お前っ・・・・・今、こいつのこと本気で殺そうとしたでしょ!」
オルタは口から血を流しながら血走った目でメフィストのことを睨みつけた。


「ウヒッ!殺そうとはしてしてませんよぉ。だって、死なないでしょ?その、バケモノ」


「アンタねっ!!」


「『応急手当』」
血まみれの身体のまま今にも飛び掛っていきそうだったオルタを抱きしめてそうつぶやけば、彼女の身体を緑色の光が包んだ。


「アンタ・・・・・まさか『解除』されたの?!」
オルタはその様子を見て驚いた顔をして俺の体を確認するように胸に両手を置いて心臓の辺りに耳をつけた。


「やだっ!心拍が速い・・・・・!」
俺の心音を聞いて焦った顔に変わったオルタの身体は、まるで恐ろしいものと遭遇したかのようにブルブル震えており、震えのとまらない手を自分でぎゅっと握り締めていた。


「オルタ、大丈夫だよ」
そんな彼女を安心させる為に笑顔を浮かべると、焦った顔のままのオルタは、はっとしたように顔を上に上げた。そんな彼女をもう一度抱きしめながら魔力を送り続けると、「ちょっと!」と言いながら、両肩を押された。


「大丈夫なわけないでしょ!それが『解除』されたってことはアンタの身体は今っ!とにかく!今すぐ魔力を使うのをやめなさい!」


「あはは。オルタは、心配性だな」
胸倉を掴んで懇願してくる彼女の手をそっと掴みながら、はははっと笑いかけたが、彼女の険しい表情は変わらなかった。彼女がこれだけ心配する理由はわかってる。だけど、前回とは明らかに身体の状態が違っていた。前は、魔力が枯渇していくような感覚だったが、今は、長期間溜め込まれた魔力を放出している感覚で、『解除』された今、身体から自然と魔力が触れ出ている状態だった。


「アンタそれで一回倒れてるのよ?!心臓だって・・・・・!私は・・・・・・名無しがいなくなるなんて嫌よっ!」
傷が癒えていくのと比例してどんどん浮かない顔で下を向いていく彼女の額に俺はそっと口付ければ、下を向いていた顔がはっとしたように上を向いた。


「こ、こんな時に何してるのよ!」
目を見開いて顔を真っ赤にさせたオルタは自分の額を両手で押さえながら、先ほどとは違う理由で身体をプルプルと震わせていた。


「あはは。目の前に可愛い額があったから」


「な、何言ってるのよ!」


「ごめん。でも、俺、大切な人を傷つけられて平気でいられるような人間じゃないよ。俺は君のことが大好きだから」
そう言って笑いながらオルタの頭の上に手を乗せて優しく撫でれば、彼女は一瞬目を見開いた後、口を尖らせて赤く染まった頬を膨らませながら俺を見つめた。


「アンタってほんとずるいわよね!いい?少しでも無茶したら私がアンタを殺すからね!」
オルタは俺を軽く睨みながら片手で俺の頬を引っ張った。イライラしているのか頬がちぎれるんじゃないか。と思うぐらいの痛みがきて、笑いながらさりげなく彼女の手を握って頬から離した。


「あはは!わかった。無茶はしないよ。約束する」
そんなオルタを見ながらも背中に手を回せば先程まで流れていた血は止まっていた。左腕の傷も治ったようだし魔力はちゃんと送られたようだ。


「アハハハハ!やっと魔力を使いましたかぁ!もっとバケモノらしい所を見せてくださいよぉ!アヒャヒャヒャヒャ!」
少し離れたところにいたメフィストが笑いながら俺達に声をかけてきた。俺を殺したいというよりも、俺が魔力を使うところが見たいというわけか。なるほど。それなら・・・・


「・・・・・オルタ。悪いけど、もう少しだけ戦える?」
俺は、彼女の手を握りながら真剣なまなざしで彼女の目を見つめると、彼女は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑った。


「っふん。誰に言ってんのよ。私はアンタのサーヴァントよ。命令されればどこへだって行くし、誰とだって戦うわよ!」
そう言って彼女は旗を握って立ち上がり腰から引き抜いた剣をメフィストに向けた。


「ははっ!俺はやっぱり運がいいや。こんな『最強』のサーヴァントを引き当てたんだから!・・・・行くよオルタ!『魔力放出』!」
オルタに向けて手をかざし魔術を使用すれば、彼女の体を包むように光が現れた。


「いいわねぇ。この感じ!さすが私のマスターよ!」
オルタも自分のかけられた魔術を感じて満足そうな表情をしたあと、すぐに旗を握り直してメフィストに向かって突っ込んで行った。


「ハァァ!まだ動けましたかぁ!おもしろい!」
メフィストは瞬時に対応できず、オルタに押されたまま遠くへと飛ばされていった。すぐにメフィストは手に持っている大きなハサミをオルタに向かって振り下ろしたが・・・・


「『緊急回避』!」
その攻撃がオルタに当たることはなかった・・・・・


「イヒヒヒヒ!じゃあ、これはどうですかぁ!」
そう言ってメフィストは先程と同じように逃げながら爆弾を出し始めた。


「オルタ!そのまま突っ込んでいいよ!『多重防壁』!」
オルタに腕を向けながら魔術を使うと、彼女を包むように何重にも膜のような壁が張られた。宝具を防げる気はしないが、あの威力の爆弾なら十分防げるだろう。


「なにぃ!」


無敵状態になった彼女は爆弾に突っ込んでいきながら、最短でメフィスト接近することができた。どんどん距離を詰めて来るオルタの姿を見てメフィストの表情はみるみる歪んでいった。


「喰らえ!全ての邪悪をここに!」
メフィストを捕らえたオルタは、旗を振り上げて宝具を使用しようとすれば、それをみたメフィストは、爆弾をまた出そうとした。しかし・・・・・


「『ガンド』!」
俺はすかさずメフィストに魔術を使用し、動きを封じた。


「動きが!!」


「オルタ!」
動けなくなったメフィストを見て俺はすかさずオルタの名を呼んだ。


「わかってるわ!」


「『瞬間強化』!」
オルタの宝具に合わせて俺はさらに魔術を重ねて使用した。


「メフィスト!『緊急回避』!」
オルタの宝具の使用に気づいた立香くんは急いでメフィストに回避スキルを使用した。しかし・・・・


「ごめん、立香くん。メフィスト。『無敵貫通』!」


「っ!」


「これは憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮……! 『 吼え立てよ、我が憤怒 (ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)』 !」
俺の魔術に合わせてオルタが宝具を放った瞬間、メフィストに向かって巨大な炎が現れその身を焦がし、下から現れた数本の槍がその身を突き刺した。


「ふふふはははっ死は終わりではない死は消滅ではない死はぁーーー」
そう叫びながらメフィストは倒れていった。焦げた姿のまま動かなくなった彼の姿を見て、オルタの元へと向かおうとしたが、久しぶりに魔力を大量に消費した影響で、首に激痛が走り立っているのがやっとの状態だった。


「アンタ無理しすぎなのよ」
膝に手を付いている俺の腕を掴んで自分の肩に回したオルタは怒ったような困ったような表情をしながら俺の顔を覗き込んだ。


「ごめん。でも、大好きな君をこれ以上傷つけさせるわけにはいかないからさ」


「アンタってほんと恥ずかしげもなくそういうこと言うわよね」
言葉と口調はとても迷惑そうなのに、表情を少し呆れたような笑顔を浮かべた。


「名無しさん大丈夫?」
走りよってきた立香くんはすぐにオルタが支えてくれているのとは反対側の腕を自分の肩に回して支えてくれた。


「心配かけてごめん。調子に乗って魔力を使いすぎたみたいだ」
自業自得でなってしまったこの状態のせいで迷惑をかけてしまい申し訳なく思い、困ったように笑いかければ、立香くんは首をかしげた。


「あの、名無しさんって魔術礼装着てましたっけ?」


「えっ、着てないけど」
自分の服をちらっと見ながら立香くんの問いに答えれば驚いた表情へと変わった。


「え、じゃあ、さっきのって・・・・・」


「ん?普通に魔術を使っただけだけど・・・・・?」
なんでそんなことを複雑そうな顔をして聞いてくるんだろう?と思いながら立香くんの顔を見つめると、「やっぱ他の魔術師ってそうなんだ・・・・」と頭をうな垂れていた。
倒れているメフィストを見て早く医務室に連れて行かなきゃ。と思い近づけば、意識はあったようで「うひっ」と笑い声を出していた。


「メフィスト大丈夫?」


「マスター様!わたくし、最強ですからこれぐらいのことでは生きてますよ」
立香くんの問いかけにメフィストは元気に答えた。さすがにオルタの宝具を受けたばかりだから起き上がれはしないようだが、なんとか生きてたようだ。よかった。


「アンタ今私に倒されたばっかりなんだけど」
倒れながらも元気にしゃべるメフィストを見て、オルタはげんなりした顔をしていた。


「アハハハハ!やっとアナタの力を見ることができましたぁ!」


「「っ?」」
メフィストの言葉を聞いて俺の両隣にいる2人は首を傾げながら顔を見合わせていた。


「最初から、俺の力を見ることが目的だったんだろ?」
2人から手を離した俺はメフィストの前でしゃがみこんで嬉しそうに笑い続けているメフィストにそう問いかければ、一体どういうことだ。という雰囲気に包まれた。


「俺の力が見たくてわざと俺とオルタを挑発して戦闘に誘い込んで、俺達をこの場に引っ張りこんだ。そして、俺に攻撃をして無理矢理魔力を使わざるおえない状況を作り出してその力を見ようとした。だろ?まぁ、オルタが俺のことを守りにきたのは想定外だったみたいようだけど」
最初にメフィストに話しかけられた時や戦闘中に度々違和感を覚えた様子を思い出しながら俺はその違和感の正体を推測してメフィストに伝えた。


「アハハハハハ!さすがです!正解ですよ!最初からアナタが目的だったんですよ!ヒャアアアハッハ!!」


「最初から君に違和感を感じていたんだ。最初にオルタにシミュレーションの相手を断られた時はすんなり受け入れた癖に、俺が現れてからは異様に俺とオルタを挑発する行動をしていた。最初から俺が目的だったとしたら全部の行動が一致するんだよ」


「メフィスト。今の話本当なの?!」
立香くんは信じられないような顔でメフィストのことを見つめた。


「マスター様。残念ながら本当です。大きな成功の為には大なり小なり犠牲は必要なのですよぉ!」


「でも、なんで急に俺の力が見たいだなんて思ったんだ?俺なんて何の能力もないのに」
そもそもメフィストはなんでこんなことをしようと思ったのか疑問に思った俺はそのままメフィストに尋ねた。一応俺も魔術師ではあるが、メフィストの前では一度も魔術を使用した所を見せた覚えはない。そんな俺の能力に何故目を向けたのか疑問だった。


「フフフフフ!何もないだなんてよく言いますよぉ。そんなバケモノ並の魔力を隠し持っておいて」
面白そうに笑いながらそう話すメフィストの口を俺は片手で塞いだ。


「その言葉を使うのは止めてくれ。俺は何とも思わないけど、彼女が怒るから」
そう言いながら塞いでいるのとは反対の手で自分の口元に人差し指を立てて笑いながら、後ろに視線を向ければ案の定オルタは激怒した様子で腰から剣を引き抜こうとしていた。その様子を見て、口を塞がれたままのメフィストはいつものように笑っていた。


「まぁ、理由がどうであれ俺に興味を持ってくれることは嬉しいけど、悪いが、今後はこういう事は控えて欲しい。普段、俺は魔力を使用できないんだ」
俺がメフィストにそう説明すると、後ろで立香くんが「そういえば」と声を出した。


「ダヴィンチちゃんに魔力の使用を制御されてて使えないって言ってたけど・・・・・」


「それは・・・・・」
俺が経緯を説明しようと口を開いた瞬間、入り口の方から「名無しくん!」というダヴィンチちゃんの声が聞えてきた。


「あ、ダヴィンチちゃん」
焦った様子で救護班のスタッフを数人連れてシミュレーションルームにダヴィンチちゃんが入ってきた。「一体何があったんだい!」と聞かれたが、簡単に説明できないな。と思い、「えっと・・・・」と言葉を詰まらせていると、「とりあえず、すぐに医務室へ行くよ」と言われ、深く追求をされることなく、すぐにダヴィンチちゃんと一緒にやってきた救護班のスタッフさんたちによって俺は医務室へと強制連行された。あーぁ、これは怒られちゃうなー。と苦笑いしていた。あっ!


「メフィストも一緒に医務室へお願いします!」


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