「お断りします」


廊下を歩いていると突然オルタの声が聞えてきて俺は足を止めた。一体誰と話しているんだろう?と声のする方に顔を覗かせれば、オルタと立香くんの姿があった。またレイシフトの編成に誘われたのだろうか?それとも別なことを頼まれたのだろうか?断られた立香くんは、「そうだよなー」と言いながら少し困った顔をしていた。話を聞こうとそっちへ足を踏み出せば角に隠れて見えていなかったもう一人の声が聞えてきた。


「うひぃ!マスター様、誘う相手を間違ってますよ。うふふ。そんな小物では私の能力を引き出すまでもなく終わってしまいます」
メフィストは口元を手で隠してまるでオルタをバカにしたように笑いながら話し始めた。


「なんですって!」


「ちょっとメフィスト!」
それを聞いて当然のように激怒したオルタは殴りかかろうと拳を振り上げ、立香くんは挑発するように話し始めたメフィストを止めようとしていた。


「私が小物ですって?!ふざけんじゃないわよ!アンタみたいな弱小サーヴァントなんて一発で倒してやるんだから!」


「オルタ、落ちついて」


「名無しさん!」
本当に殴りかかりにいきそうなオルタの肩を掴みながら声をかければ、俺の登場にその場にいた全員が驚いた。


「これはこれはもう一人のマスター様じゃないですか。うひひぃ!」
俺の姿をみたメフィストは何か悪いことを企んでいるかのような顔を一瞬見せた後に嬉しそうに笑い始めた。


「このアホマスターがこの弱小サーヴァントの手合わせに付き合って欲しいって言ってきたから断ったら、こいつが私のこと小物扱いしてきたのよ!」
なるほど。最近立香くんのサーヴァントになったメフィストの力を知るために戦闘シミュレーションの相手を探していたということか。


「なかなか相手になってくれる人が見つからなくてたまたま廊下を歩いてたオルタに声をかけてみたんだけど、ダメだったんだ」
立香くんは困ったように笑いながらオルタに声をかけた経緯を話してくれた。たしかに、メフィストの戦い方はあまり好かれるような戦い方ではないから相手を探すのも大変そうだな。オルタは、真正面から相手に向かっていく素直な戦いをするタイプだからきっとメフィストとの相性も悪そうだな・・・・・


「ごめんね、足止めしちゃって。他の相手を探すから大丈夫だよ!」
そう言って立香くんはメフィストを連れてその場から去ろうと俺達に背を向けたが、メフィストは何故かその場を動こうとしなかった。


「メフィスト?」
そんなメフィストに立香くんが声をかければ、彼は、突然「くふふっ」と笑いだした。


「残念ですねぇ。せっかくその半壊して使い物にならないマスター様が参加してくださるなら楽しいことになったでしょうに。くふふっ」


「アンタ今なんて言った?!」
俺に肩を掴まれていたオルタはメフィストの言葉を聞いてすぐに俺の手を振り払って殴りかかりに行こうとしたが、寸でのところで、彼女の腕を掴んで止めた。


「メフィスト!なんてこと言うんだ!」


「おや、マスター様。そんなに怒ってどうされましたかぁ?私は本当のことを言っただけですよ」
立香くんは激怒した表情でメフィストを睨みつけたが、メフィストはそんな表情を見ても何ともないといった反応を見せた。


「メフィスト。残念だけど俺はきっと君が楽しめるような存在じゃないよ」
『半壊』か。たしかに今の俺にはその言葉がぴったりだな。と、俺は笑顔でメフィストに声をかけた。隣にいるオルタは怒った顔のまま俺の顔を見つめていたが、そんな彼女に笑いかければ、彼女は俺から目線をそらしてまたメフィストを睨みつけた。


「くははっ!面白い!実に面白い!アヒャヒャハアアアア!!」


「「「っ!」」」
突然盛大に笑いだしたメフィストは俺に向かって高速移動で近づいてきた。俺の隣にいるオルタは瞬時に反応して剣を抜いて応戦しようとしたが、俺はそんな彼女を守るように前に出た。


「十分楽しめるに決まってるじゃないですかぁ!この傷!まるでバケモノじゃないですかぁ!」
そう言ってメフィストは俺の首の部分の服を思い切りひっぱって火傷の痕を面白そうな表情で見つめた。俺がその手を思い切り払った瞬間、目の前にいたメフィストが消え、壁から破壊されたような大きな音が聞えた。


「殺す!殺してやる!」
音のした方へ目を向ければ、オルタがメフィストの首を腕で壁に押さえつけていた。


「オルタ!!」
メフィストを押さえつけているのとは逆の腕が剣にかかったのを見て俺はすぐにオルタを止めた。


「アンタいい加減にしなさいよ!誰が半壊してるですって?!誰がバケモノですって?!」
肩や腕を掴んでも止めようとしたが力が暴走ぎみになっているオルタのことを止めることができなかった。


「あれぇ聞えませんでしたぁ?アナタのマスターですよ!バ・ケ・モ・ノは!」
後ろの壁が破壊されるような力で首を押さえつけられているというのにメフィストはまるで何ともないように言葉を発した。


「っく!その言葉!二度と言えないように今ここで殺してやるわよ!」
そう言って握った剣をメフィストの首へと突き刺そうとしたオルタの右腕を俺は掴んだ。


「オルタ!だめだ!」
彼女の両目を塞ぐように左手で覆って、後頭部に額をつけながら抱きしめれば、さっきまでの力が嘘だったかのようにすんなり動きを止めた。そのまま後ろへとその体を引けば、首に当てられていた腕がなくなりメフィストの拘束はとれた。


「メフィスト!これ以上名無しさんのこと侮辱するなら令呪を使って止める!」
オルタと同じぐらい激怒した様子の立香くんは俺達とメフィストの間に立ち自分の令呪をメフィストの目の前へ突き出した。


「はぁ。わかりましたよ。マスター様」
メフィストは立香くんのその様子を見てやれやれ。といった様子で壁から体を離した。


「名無しさんほんとにごめん!」


「大丈夫だよ、立香くん。本当のことだし、俺は傷ついてないよ」
申し訳なさそうに頭を深々と下げて謝る立香くんに俺は笑いかけた。


「なんで否定しないのよ!」
俺に抱きしめられていたオルタは体を反転させて俺の服を掴んだ。否定も何も・・・・


「俺もそう思ってるから。自分が『半壊してる』って。『バケモノ』みたいだって」
目の前のオルタに笑顔でそう伝えると彼女は驚いた顔をしたまま固まり、俺の服を掴んでいた手が下へと落ちていった。奥では立香くんが必死に「違う!」と否定し続けていた。でも、俺も自分でずっと今のマスターとして使い物にならない自分について考え続けていた。そして、メフィストに言われた『半壊してる』って言葉がぴったりだと思った。それだけなんだよ。


「いいわ。手合わせ受けてやるわよ」


「「えっ?」」
オルタが突然発した言葉に俺と立香くんは驚いて顔を見合わせた。


「だから!そいつの相手してやるって言ってんのよ!そいつをボコボコにするまで帰れないわよ!」


「オルタ・・・・・・」


「私のマスターにこんなこと言わせた責任ちゃんと、とらせてやるんだから」
そう言ってオルタがメフィストを睨みつければ、メフィストはただただ楽しそうに笑っていた。



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