「立香くん!次のレイシフトのことで相談があるんだけど」

「立香くん!新しくきたサーヴァントのこと詳しく教えてもらいたいんだけど」

「立香くん!この前のレイシフトのこと聞きたいんだけどちょっといい?」


「あ!ちょっと待ってください。えっと、次は、礼装のことで呼ばれてたんだっけ」


「立香くん大変そうだね。俺にも何か手伝えることがあったらいいんだけど、どれも立香くんじゃなくきゃわからなさそうだね・・・・ごめんね」
色んな職員さんから一気に声をかけられて忙しくしている立香くんを助けてあげることができず、俺は申し訳ない気持ちで謝罪をすることしかできなかった。


「いいんです!いいんです!名無しさんも他の職員さんから頼まれてることあるし、そっちをやってあげてください」


「うん・・・。そうするよ。ありがとう」
忙しそうに去っていった立香くんの後ろ姿を申し訳ない気持ちで見つめた俺は職員さんから頼まれている調べ物をしに図書室へと入った。


「はぁ・・・・・」
マスターとしてまったく役に立たない自分に嫌気がさして思わずため息がこぼれた。そもそも争いを恐れて自分からマスター候補を辞退した癖にこんなことを思う方が間違ってるんだ。俺にはそんなこと思う資格もないのに・・・・・


「まぁ、こんな所でお会いするなんて珍しいこともあるのですね」


「あ、不夜城キャスターさん。こんにちは。ちょっと調べ物があってお邪魔してます」
図書室へと入ってきた不夜城キャスターさんに軽く会釈をして本棚から抜き取った本を持って椅子に座った。


「お疲れのようですね。働きすぎると過労死してしまいますよ」
俺の前の席に座ったキャスターさんはとても心配そうな表情で俺を見つめた。


「いや、俺なんて立香くんに比べたら全然・・・・・」
俺なんかよりもずっと忙しく働き続けている立香くんのことを想い苦笑することしかできなかった。


「そうですね。マスターは過労死の危険性が常に高いので心配です・・・・」


「ごめんね」


「何故、名無しさんが謝るのですか?」
俺の突然の謝罪に意味がわかっていないキャスターさんは首をかしげた。


「俺が役立たずだから、立香くんのこと何も助けてあげれなくて」
言葉にしながら自分の無力さを実感して上手く笑うことができなかった。元Aチームのみんなのように戦いにも前向きで、何でも要領よくこなせればきっと立香くんの手助けができたんだろうけど・・・・・俺には・・・・・段々顔を上に上げることすらできなくなった俺は机の上に置いてある本の表紙をじっと見つめた。


「そんなことありません」


「えっ?」
そんな俺にキャスターさんはいつもよりも強い声で否定を口にした。顔を上に上げれば、少しだけ怒ったようにも見える表情が目に入った。


「貴方はいつも影ながら私たちをたくさん助けてくださってます。だから、マスターも職員の方々も頑張れるのです。あの時だって私は貴方に・・・・」


「あの時?」
キャスターさんの言うあの時とは一体どのことを言っているのだろう?と色々と過去を思い返してみたが、自分がキャスターさんに感謝されるようなことをした記憶が見つからなかった。


「・・・・・いえ、なんでもありません。気分が落ちてしまうのは、きっとお疲れのせいでしょう。気晴らしに何か物語でもお話ししましょうか?」


「え、ほんとに?」
語り手のプロの方にお話を聞かせてもらえるなんて、それはとても貴重で贅沢な話だ。キャスターさんから申し出てくれたとはいえ、本当にいいのか思わず確認してしまった。


「えぇ。それしか私にはできませんから。どんな話がよろしいですか?」


「えっと・・・・じゃあ、何にもできない男が何か一つでも成し遂げることができた話とかあったりする?」


「・・・・どうしてそれを?」


「ははっ。ちょっと元気が欲しくて・・・・。俺みたいな、なにもできない男でもいつか何か一つでも成し遂げられることがあるかな?って」
自分で言葉にしながら自傷的な笑みがこぼれた。お話でいいから俺は未来の自分に勇気が欲しかった。いつか誰かの役に立てるかもしれない。という勇気が。


「貴方はもう十分大儀を成し遂げていると思いますが・・・・」


「えっ、俺大儀なんて成し遂げたかな?」
キャスターさんの言う大儀がまったく思いつかなくて首を大きく傾げながら上を見上げた。大儀?なんだろう・・・・。


「あのような獰猛なサーヴァントを従えることなんて常人では到底不可能です」


「獰猛なサーヴァント?誰のことだろう・・・・」
獰猛なサーヴァントに当てはまる人物が思い浮かばず俺は更に首を傾げた。従えたってことは俺のサーヴァントってことだよな・・・・。あ・・・・。


「もしかして、オルタのこと?」
獰猛という言葉と従えたという表現が合っているのかは甚だ疑問ではあるが、とりあえず一人だけ頭に浮かんだサーヴァントの名前を口にすれば、キャスターさんは首を縦に振った。


「えぇ。あれほど恐ろしいサーヴァントは見たことがありません」


「ははっ。オルタはすごく優しいよ。表現が少し苦手なだけで。きっとキャスターさんももっと話してみたらわかると思う」


「話す前に殺気で死んでしまいます・・・・」


「そんなことないと思うけどな」
オルタはとても気が利くし優しいと思っている。この前もナーサリーちゃんとジャックちゃんが遊んでいた時に上に飛ばしてしまい挟まってしまったボールを文句を言いながらも取ってあげている姿を見て心がすごく温かくなった。俺はそんなオルタの優しい所がすごく大好きだ。


「誰が獰猛なサーヴァントですって?」


「あ、オルタ。こんな所で会うなんて偶然だね」
突然ドアの方から聞えてきたオルタの声を聞いて俺はその方へと振り向いた。オルタが図書室へ来るなんて珍しいな。と思いながら近づいてくる彼女の姿を見ると、彼女はいつものように鼻で軽く笑った。


「職員からアンタがここで調べ物してるって聞いたのよ。で、誰が獰猛なサーヴァントですって?」
オルタは俺の横の椅子に座りながら目の前にいるキャスターさんへと声をかけた。あ、オルタの右の髪の毛少しはねちゃってるな、直してあげよう。とその髪へ手を伸ばせば、突然机と椅子がガタガタ揺れ始めた。


「あ、地震だ!オルタ!早く机の下に隠れて!キャスターさんも・・・・えっ?!キャスターさん?!」
すごい勢いで揺れるその様子を見て大きな地震がきたと思い、早く避難するようにオルタとキャスターさんに声をかけたが、目の前に震源地を発見した。


「死んでしまいます・・・・・死んでしまいます・・・・・」
突然体をガタガタ震えさせたキャスターさんの振動はとても大きく床までも揺れる勢いだった。


「あ!キャスターさん!大丈夫だから!大丈夫だから落ち着いて!土下座なんてしなくていいから!」


「無礼な発言をしてしまい大変申し訳ございません。どうかお許しください・・・・殺さないでください・・・・」
秒の速さで椅子から降り、床におでこをつけた完璧な土下座を披露しているキャスターさんを俺は立ち上がりながら慌てて止めたが、彼女は決して土下座をやめようとはしなかった。以前、日本には土下座という究極の降伏があるそうですね。命乞いの時に使えそうです。と彼女は話していたが、本来土下座は首を差し出すという意味もあるため、命乞いどころか命を差し出してでも謝りたい・頼みたいという場合の作法だということは、彼女の更なる混乱をまねくだけだから内緒にしておこう。


「っふん。何?アンタは仕事放ってこの女から『お話』でも聞こうとしてたわけ?」
隣にいるオルタはそんなキャスターさんを見向きもせずに隣にいる俺に話しかけてきた。


「あ、うん。キャスターさんが俺の好きな話を聞かせてくれるって言うからお願いしてた」


「ふーん。どんな話よ」
俺の話しを聞いたオルタはようやくキャスターさんの方を見て声をかけたが・・・・


「あ、キャスターさん!大丈夫だから!今のはオルタが普通に質問しただけだから!」
またガタガタと体を震わせ始めたキャスターさんを見て俺は慌てて立ち上がった。


「ふんっ。」


「あー。何にもできない男が何か一つでも成し遂げることができた話が聞きたいと思って・・・・」
殺さないでください。としか言わなくなってしまったキャスターさんの代わりに俺はオルタに話しの内容を説明した。


「なんでそんなつまらなさそうな話頼むのよ。どうせなら聖女様をぶっ潰す話とか頼みなさいよ」


「ははっ・・・・。それは遠慮しようかな・・・・」


「『何もできない男』だなんて・・・・。わかった。私が代わりに物語話してやるわよ」


「「えっ?」」
オルタの突然の申し出に俺とキャスターさんは思わず声を上げた。キャスターさんも驚きすぎて顔を上げてオルタのことを見つめている。


「オルタが?」
俺は確認するようにオルタに声をかければ、「えぇ」という返事が帰ってきた。


「私だって一つぐらい話せるわよ」


「それは・・・・どんな話ですか?」
キャスターさんも内容が気になったのか恐る恐るオルタに質問をした。


「世界一優しくて世界一強くて世界一かっこいいよくて世界一運のいい平凡な英雄の話よ」
やけに世界一という単語が多いけど、それに当てはまる英雄って・・・・カルデアにはたくさんいそうで誰のことなのか皆目検討がつかなかった。


「一体どの英雄の話でしょうか?」
キャスターさんも同じ事を思ったのか、はたまた違うことを思ったのか、オルタに疑問をぶつければ、オルタはにやりと嬉しそうに笑った。


「そんなの私のマスターに決まってるじゃない」


「えっ・・・・・。ははっ。オルタ。それは買いかぶりすぎだよ」
オルタが嬉しそうに口にした言葉に俺の思考は一瞬停止したが、あまりにも俺には当てはまらないその言葉に苦笑いを浮かべた。


「何言ってるのよ。この言葉が似合うのなんて、アンタぐらいしかいないわよ。私が召喚に応じた時点でアンタは世界一のマスターなんだから、自信持ちなさい」
そう言ってオルタは優しい笑顔を向けながら俺の右手を軽く握った。


「オルタ・・・・・」
オルタの言葉を聞いてさっきまで感じていたはずの劣等感や悩みが一気に消えていった。普段なら、世界一だなんて大それた言葉が俺に似合うなんて到底思えないけれど、オルタがそう信じてくれるなら、少しだけそんな自分に自信が持てた。


「この物語しか私は話せないけど、この物語なら私はアンタが満足するまで永遠に話し続けてあげられるから」


「オルタ、ありがとう。今度ゆっくり聞かせてもらっていい?」


「えぇ、いいわ。千夜でも一万夜でもその先もずっと聞かせてやるわよ」


世界一優しくもないし、世界一強くもないし、もちろん世界一かっこよくもないけれど、こんな素敵なサーヴァントを召喚した俺は、世界一運のいいマスターだと心から思う。


「ってことで、アンタは用なしだから」


「え、それはつまり・・・・死ぬということでしょうか?」


「あ、違うよ!そういう意味じゃないから!大丈夫だからキャスターさん落ち着いて!」


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「あぁ・・・・私が死にたくないと願ったばかりにこんな無茶を・・・・」


「ははっ。不夜城キャスターさんのせいじゃないよ。貴女がレースを無事に終えれるようにおまじないをかけただけだから」


「でも、そのせいで倒れてしまいました・・・・・死んでしまったら・・・・私・・・・・」


「こんなことで死なせないわよ」


「あ・・・・・」


「あ、キャスターさん!大丈夫だから!オルタは怖くないから!そんなにガクガク震えないで!ほら、机の上のコップとか落ちちゃうから!」


「あ、すみません・・・・・死の気配を感じるとどうしても・・・・」


「そんなに殺して欲しいならいつでも殺してあげるけど」


「お、オルタ?!あ、キャスターさん!大丈夫だから!冗談だから!オルタの冗談だから!ガクガク震え、あ、コップが・・・・・!」


「あんたも、こんな女放っておけばよかったのに」


「だって、立香くんのためにもレースを頑張ろうとしてるのに放っておけないよ。気をつけて頑張ってきてね。短期間だけどちゃんと防護のおまじないは効くと思うから安心して」


「はい。感謝いたします」


「あ、土下座しなくて大丈夫だから!あ、オルタ!どさくさに紛れて踏もうとしないであげて!」



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