「大変、遅刻しちゃう!」
慌てて家を飛び出した私は必死に目的地に向かって走った。


「さすがに遅刻なんてしたら王逆くん怒るだろうな・・・・」
今私が必死に向かっている先は、市民体育館。そこでは本日剣道の地区大会が行われていて、王逆くんが出場しているわけなのだが・・・・・それは、それは、大変な経緯があり、そんな中私が試合に間に合わず見れなかったと言った日には、いくらマスターとサーヴァントの関係といえど殺されるかもしれない。


たしか、ここを通れば近道になっていたはず。と横にある、あまり人が踏み入れた形跡がない森を見つめた。ちょっと怖いけど、遅刻して怒られるよりはまし!と思い切って私は森の中へと足を踏み入れた。


「うわっ」
所々、隆起している木の根があり、そこに足を取られながらも必死に前に進んだ。
しかし、何故私がこんな遅刻をしかけているかというと、それは、家を出る前に綾瀬さんと電話をしていたからだ。思ったよりも長話をしてしまったようで、時計を見たときはビックリした。出発予定時刻を30分も過ぎていたのだから・・・・・。
話の内容は、先日行った洞窟の件と礼装の件の説明。洞窟から無事に帰還した私たちはその足でまっすぐダヴィンチさんの元へと向かった・・・・


「おや、無事に帰ってきたようだね。礼装は?早く見せておくれよぉ〜」
ダヴィンチさんは私たちの姿を見ると、まるではじめから私たちがあの洞窟から帰ってこれるのがわかっていたかのように明るい表情を見せた。


「ほら、これがその礼装だ」
見せてくれと催促するダヴィンチさんに王逆くんはめんどくさそうに手にもっている礼装を見せた。


「ん?なんだいこれは?」
宝石のような石を手にダヴィンチさんは首を傾げた。


「これが、礼装なんだとよ。これを守ってたクソ魔術師が言ってたぜ」


「魔術師?」


「はい。マーリンというキャスターのサーヴァントがその礼装を守るために召喚されたそうで、その後ずっとその礼装に見合う者が現れるのを待っていたそうです」
洞窟にいたサーヴァントのことを伝えると、ダヴィンチさんは「ま、マーリンだって?!」と驚きに声をあげた。その様子見てそんなに有名なサーヴァントなのだろうか?と首を傾げた。


「アーサー王のことは知っているだろう?」


「はい」
王逆くんがモードレッドだということを知った日に、モードレッドと関係する話をさらっとだけだが読んだ。もちろん、その中にはアーサー王のことも記載されており、とてつもなくカリスマ性を持った王様だということと、アーサー王は認めなかったが、モードレッドの父親だ。ということだけは知っている。


「彼は、そのアーサー王を王へと導いた伝説の魔術師さ。現在も語り継がれている伝説は数知れず、まぁ、いいのもあれば、悪いのもあるけど・・・・」
後半何故か心底嫌そうな顔をしたダヴィンチさんを見て、何かを察した私は同じ表情をした。


「っけ。あのクソ魔術師がなんだってんだ。ただの女好きのクズだぞ」
イライラしたように椅子へとドカっと座った王逆くんは、眉間に皺を寄せながら吐き捨てるようにマーリンさんを貶した。私が読んだ中には、モードレッドとマーリンの関係についての記載はなかったが、この様子からするとこの2人の間にも何かあったのかもしれない・・・・


「まぁ、彼の事はおいといて。せっかくだ。礼装を使ってみておくれよ」
そう言ってダヴィンチさんは、私の手の上に礼装を乗せた。使ってみておくれよ。と言われても・・・・一体どうすればいいのだろう。魔力を込めるにしても私の魔力は微々たるものだからちょっと力を込めるとかでは無理だし・・・・仕方ない。


「ちょっとお借りしますね」
私は、机の上にあった刃物を手に取った。王逆くんはすぐに何かを察したのか、「おい」と言ってその場を立ち上がったが、私はその言葉を無視して、自分の指先を切った。


「いたっ」
一瞬でもためらったらできなくなる。と思い、勢いよくいったせいか結構深く切れてしまったようで、血がすぐにボタボタと垂れ流れた。


「なにしてやがんだ!」
すぐに私の元へと近づいてきた王逆くんは私の手を掴んで傷の様子を見て、机の上においてあったティッシュで傷口を押さえた。


「ご、ごめん。なんか思ってたよりも深く切れちゃった」


「ったく、おめーはな!」
王逆くんが傷口を押さえながら怒りの表情で私を睨みつけた、その時・・・・


「「「っ?!」」」
礼装の宝石から真っ白な光が現れてたのだ・・・・・
その様子に全員が驚いて固まっていると、なんだか、自分の身体が少し寒いことに気がつき、下に目線を向けた。


「えぇ!!!」


「うわっ!なんて格好してんだ!」


「おおお!」
自分の異変に気づいた私が一番先に驚きの声をあげ、その声に気づき私の姿を見た王逆くんは私の傷口を押さえていた手を思わず離してしまう程驚き、何故かダヴィンチちゃんは関心するように私の姿を見ていた。


「きゃあ!」
パンツ以外なんの衣類も見につけていない自分の身体を隠すように両腕を前でクロスさせると、宝石から現れた真っ白な光が私の身体を包み込んだ。


そして・・・・・


「えっ・・・・なにこれ・・・・」
私は再び自分の姿を見て驚いた・・・・・。なんだこれは・・・・。先程、光に包まれた私の体は、真っ白なドレスを身にまとっていた・・・・

肩には何の布もなく鎖骨が、がばっと開いており、身体にフィットするように背中をリボンで編みこんでおり、膝丈まである裾は何故か片足だけ太ももの位置で切られており、その裾にはフリフリのレースが施されていた・・・・・


「どれどれ」
信じられない状況に困惑したまま固まった私の手をダヴィンチさんは掴み、先程切った指先を口に含んだ。


「なるほどね。君の魔力は全部“ここ”にあるということか」
うんうん。と縦に首を振りながら、何か納得しているダヴィンチさんは「それにしてもすごいねぇ。こんな礼装みたことないよ」と興奮した様子で、触っていた。


「ぜってぇあいつの趣味だ!!!」
何故か、真っ赤な顔でふらっと机に倒れていた王逆くんは、建物中に響き渡る声で叫んだ。


その後、探究心丸出しで私の礼装をくまなく調べようとするダヴィンチさんに私が悲鳴をあげ、顔を真っ赤にさせた王逆くんがダヴィンチさんを怒鳴りながら止めてくれたおかげで私たちは無事に帰宅することができた。


綾瀬さんには学校で報告しようとしたのだが、洞窟を出た後に報告の連絡をしたら、これから数日間研究のためにしばらく家に引きこもる。と返信がきて、その後連絡が取れなくなった。しかし、先程、研究が終わったと、電話がかかってきて、今までの経緯を全て話していたら随分と時間が経ってしまっていた。


「はぁ・・・・・はぁ・・・・」
息絶え絶えに隙間なく生い茂った木の間を根に足を取られながらも必死に進み続けた。ようやく半分ぐらいは歩いたかな。と額を流れる汗を手で拭いながら、早足で歩いていると・・・・


「うわっ!」
何か硬いものに躓いて地面に倒れこんだ。


「いったぁ・・・・」
ちゃんと下を見ながら走っていたはずなのにうっかりしてしまった・・・・と転んだ体を起こして、躓いた物を確認して驚いた・・・・・


「えっ・・・・足・・・・・?!」
思わず、ひいいいぃと悲鳴を上げそうになったのを、ぐっとこらえて、そこに倒れている人の下へとすぐにかけよった。小さな木の中に突っ込むように体が入っているため、顔が見えなかったが、その服装には見覚えがあり、もしかして・・・という思いで、体の回りにある枝を払うと、そこには・・・・・


「ら、ライダー?!」
目をぐるぐると回し、まるで頭の上にぴよぴよとひよこが飛んでいるのではないか。と見間違うぐらい、戦闘不能状態のライダーが倒れていた。一体何が・・・・


「ちょ、ちょっとライダー。起きて、起きて!」
私は、今だに気絶しているライダーの頬をペチペチと叩くと、ライダーは「はっ!」と言う声と共に目を覚ました。


「大丈夫?」


「君は・・・・セイバーのマスター?!あっちゃー・・・・こんなところで会っちゃうなんて・・・・」
私の顔を見たライダーは驚いた後、完全にやらかしてしまったという表情をして、片手で自分の頭を押さえた。


「ここに倒れてたけど、一体何があったの?」


「マスターに頼まれて、キャスターの行動を追ってたら返り討ちにあってこの通りさ。あーぁ。ただでさえその事でマスターに怒られちゃうのに、ここで君にまで会っちゃったなんて知ったらマスターもっと怒っちゃうよー」
あーぁ、今日のボクとことんついてないなー。と嘆くライダーに、私は鞄から小瓶を取り出して、カプセルを一つ渡した。


「えっ?何?毒?」


「違うよ、それは私の血液が入ったカプセル。ごめんね、私、ちゃんとした魔術師じゃないから、こういうの使わないと貴方のその傷を治してあげられないの」
驚いた顔で小首を傾げるライダーに私は申し訳ない。と伝えた。きっと私が一流の魔術師だったら、きっと、手をかざしただけで傷を治せたりするのだろうけど、今の私には到底不可能だ。


「あ、嫌なら飲まなくて大丈夫だから!というか、急にこんなの渡されても困るよね!ごめっ!あっ!」
しばらく黙ったまま手に持っているカプセルを見つめていたライダーに、きっと飲みたくないのだろう。と思い、言葉をかけると、ライダーはカプセルを口に含んで噛み砕いた。その瞬間、じわじわと傷が治っていった・・・・


「わぉ、すごい・・・・」
その様子をライダー自身も驚いていた。


「よかった。じゃあ、私はもう行くね」
そう言って立ち上がり、膝についている土を払っていると、「なんで?」と問いかけられた。なんで・・・・とは・・・・?と思い、「ん?」と私は首を傾げた。


「なんで、ボクのこと助けたの?ここで倒せばよかったのに」


「だって、あの時、貴方たちは私たちを助けてくれたじゃない」


「あれは、元々ボクたちがあの場にバーサーカーを連れて行っちゃったから・・・・」


「そうだったとしても、あの場から助けてくれたのも貴方たちで間違いない。だから、ありがとう。これじゃ、恩を返しきれてはいないだろうけど、今は、あの時のお礼をさせて」
そう言ってライダーに笑いかけると、ライダーは、はっとした顔をした後に、「そっか、そっかぁ!」と言って満面の笑みを浮かべた。


「じゃあ、私急いでるからまたね」


「あ、待って!」


「えっ?」
ライダーの元気そうな様子を見て安心し、その場を去ろうと体を反転させた瞬間、ぐいっと後ろに手を引っ張られてバランスを崩したが、後ろから身体を支えられた。


「ライダー?」
腕を引っ張った張本人へと視線を向けて首を傾げると、「えへへ〜」と言いながらニコニコしていた。ビクとも動かない腕を見て、やっぱりサーヴァントは女の子でも力が強いんだな。と考えていると、頬に、ちゅっ。と柔らかい感触がして、私は目を見開いた。


「えっ?!」
掴まれているのとは反対の手で頬を押さえながらライダーを見ると、何故か、頬がピンク色に染まっていた。された私が照れるのはわかるが、何故、ライダーがそんな顔を・・・・


「ボク、君のこと好きみたい」
そう言って満面の笑みを浮かべたライダーに「あ、ありがとう・・・・」とだいぶ動揺しながら返事をした。その時、ブーブーと、鞄の中から音が聞えてきて、私はすぐに、やばい!と慌てて、力が緩まった隙に逃げるように「ごめんね。本当に急いでるから!じゃあ、また!」と言って逃げるようにその場から去った。


走りながら、鞄の中から携帯を取り出すと、案の定、王逆くんから着信と「今どこにいる」と書かれた、メッセージが届いていた。「もうすぐ着くから!」と急いで入力し、私は会場に向かって走った。しかし、先程は本当に驚いた。まさか、女の子からキスされるとは・・・・いや、男の子だったらいいわけでは決してないし、頬だったからまだよいのだけど、さすがに驚いた。ライダーは外国人っぽいし、挨拶みたいなものなのだろうか・・・・と思考を巡らせていると、森を抜けて会場前へと到着した。


「おっせーな!一体どこほっつき歩いてた!」


「ご、ごめんなさい」
会場前に到着すると、私のことを待っていてくれたのか、手に持っている携帯を睨むように見つめた後、キョロキョロと周りを見渡す王逆くんがいた。


「1試合目とっくに終わったぞ!」


「そうですよね。すみません」


「ったく。次も勝たなきゃいけねぇじゃねぇかよ!」


「いや、勝てるなら勝った方がいいじゃ・・・・」
遅刻した後ろめたさがあるからか自然と敬語で話してしまう私は、若干ビクビクしながら、怒っている王逆くんの話を聞いていた。


「大体、お前が俺の剣道してる所を見たいっつーから、わざわざ大会なんざに出てやってんのに、遅刻するったぁ、どーいう・・・・・おい、お前ケガしてんじゃねぇかよ」
王逆くんは怒りながらも、私の膝にできた怪我を発見したようで、すぐにしゃがみこんでケガの具合を確認した。


「あ、さっき転んじゃって・・・・」
あの時ライダーの足に引っかかって転んじゃった時にできたのか。じわっと血が滲む程度にしかケガをしていないため今の今まで気づかなかった。


「ったく、何してんだよ」


「ごめん・・・・」
何から何まですみません。という気持ちで謝ると、「他にケガした所はねぇか?」と聞かれ、首を縦に振ると、「そうか。なら、早く治療しに行くぞ」と私の手を引いた。


あの後、私の治療をしてくれた王逆くんは、試合があるから。とその場から去って行った。観客席から王逆くんの姿を探していると、見知った顔を見つけた。


「阿部君!」


「あ、名無さんじゃん。今着いたの?」


「うん。色々あって遅刻しちゃった」


「もう、名無さんが来るの遅いから、王逆がイライラして大変だったんだから」


「ご、ごめん」


「冗談だよ。そもそも、名無さんが王逆に、試合してる所を見たい。って言ってくれなきゃ、大会にすら出てなかったんだから、感謝しかないよ」


「あの時みんなすごく困ってたもんね」
あの時のことを思い出しながら苦笑いを浮かべれば、阿部くんも同じような表情をした。
一昨日、廊下で何やら王逆くんが「でねぇっつーの!」「しつけぇぞ!」と大声で怒鳴ってるのが聞こえ覗き込んでみると、王逆くんの前に、剣道部の顧問の先生と部員のみんなが立っていた。どうしたのか。問いかけてみると、今度ある大会に王逆くんの申し込みをしたはいいものの、本人が出ないの一点張りで困っているという話だった。王逆くんの顔を覗き込んでみると、完全にブチ切れモードに入っており、聞く耳を持ちません!という感じだった。
そんな様子を見ていると、何やら阿部くんが、私に向かってジェスチャーをしている。え?なに?私に何か言えってこと?いや、この状況で私が何を言っても無駄だと思うけど・・・・・でも、とりあえず・・・・・


「でも、あの時はまさか、私が『王逆くんの剣道してる姿見てみたい』と言っただけで、承諾してくれるとは思わなかったよ」
あの時のことを思い出しながら、横にいる阿部くんに話しかけると、阿部くんは、「そうかな?」と言いながら首を傾げた。


「俺は、名無さんの一言があれば、どうにかなるって最初からわかってたよ」


「えっ?」


「ねぇねぇ。2人ってどこまで進んだの?」


「えっ?!わ、私たちそういう関係じゃないから!」
阿部くんからの問いかけに私は、両手をぶんぶん横に振って否定した。その誤解まだ解けてなかったんだ。やっぱり傍から見ると私たちってそんな風に見えるのだろうか。


「えー。ほんとは付き合ってるんでしょ?じゃなきゃ、王逆があんなに名無さんのこと意識したりしないでしょ」
そう言って阿部くんはにやにやした顔を近づけてきた。ち、近い。私は、距離を離れるために横へと少しずつずれたが、その度に阿部くんも近づいてきた。王逆くんが私によくしてくれるのは、あくまでサーヴァントとマスターの関係だからであって、それを阿部くんに説明するのは・・・・と頭を悩ませていると、私が大きく横にずれて瞬間に、私と阿部くんの間を何かすごい速さのものがビュンっ!と飛んできた。


「「っ?!」」
バンっ!という大きな音が壁から聞え、私たちの間を通り過ぎた何かに目を向ければ、そこには竹刀が落ちていた・・・・まさか・・・・と思っていると下から「てめぇ!阿部!名無しに近づいてんじゃねぇ!殺すぞ!」という怒鳴り声が聞えてきた。


「わー!やっぱ付き合ってんじゃんー!」


「だから、付き合ってないから!」
王逆くんの怒鳴り声を聞いて、怯えた顔で私の方を向いた阿部君に、私は否定の言葉をはっきりと伝えた。