セイバーに投げ飛ばされた後、痛む身体に鞭を打ってすぐに立ち上がり、壁に手を付きながら下を覗きこめば、大蛇とセイバーの姿は見えなかったが、大蛇の苦しそうな鳴き声だけが耳に届いた。元々あった地面が割れたことで、今、下はどれだけの深さがあるのか上からでは確認できない状態で、こんな所にセイバーが落ちたりなんてしたら本当に死んでしまう。と思い、私はすぐに「令呪をもって命ずる!セイバー死なないで!」と叫んだが、手の令呪は何の変化も見せず、その後も何も起きることはなかった。


「なんで!なんでよ!令呪をもって命ずる!お願い!セイバー死なないで!ここに来て!」
私は、何の変化も見せない右手を床に叩きつけて何度も何度も叫んだ。だけど、遂には大蛇の鳴き声さえも聞えなくなり、その場には自分の荒い呼吸だけが響き渡った・・・・。考えたくはなかったが、令呪を使用しても何も起きないこの状況を見て、原因が一つだけしか思い浮かばなかった・・・・


「私を助けたから・・・・セイバーが・・・・」
床に叩きつけたせいで熱を持った右手を冷ますかのように水滴が零れ落ちた。きっと、セイバーのマスターが私じゃなくて他の魔術師だったらこんなことにならなかったのに・・・・聖杯戦争のことを知って・・・・貴女のマスターが私だと知ってすぐに思ったことだったのに・・・・


「やっぱり、あの時セイバーは私の元へ戻ってくるべきじゃなかった・・・・」
悔やんでも悔やみきれないこの思いを癒してくれる貴女も今はここにはいない・・・・いつも私を守ってくれて・・・・いつも私を支えてくれて・・・・いつも私の手を引いてくれる貴女はもう・・・・


「うっ・・・うぁっ・・・・・」
床にどんどんと黒い染みができていくのを滲む視界で見つめ続けた。嗚咽が溢れて、身体に力が入らなくなり、この場から立ち上がることができなかった。


「セイバー・・・・セイバー・・・・王逆くん・・・・会いたい・・・・会いたいよ・・・・」
令呪を左手で握り締めながら祈るように何度も何度も呟いた。会いたい・・・・もう一度会いたい・・・・肘に伝った涙が床に新しい染みを作った瞬間、令呪が一瞬だけ熱くなった気がした。そのことに、はっとした私はすぐに右手の令呪を確認したが、2画のままなんの変化もしていなかった。今のは気のせいだったのか。と思ったが、


「令呪が消えていない・・・・」
以前、すみれちゃんから特例じゃない限り、サーヴァントを失ったマスターの手からは令呪が消える。と聞いたことがある。その特例が私に当てはまるとは思えない。つまり、私の手から消えていないということは・・・・セイバーはまだ生きている。
さっきまで身体に力が入らなかったのが嘘のように、すっと立ち上がり、私はもう一度下を覗きこんだ。下の景色は闇に包まれたままだが、きっとあそこでセイバーは生きてる。どうすれば、下までいけるだろう。と周りを見渡したが、行く方法は来た時にセイバーが私を抱えたまま張って昇ってくれたあの壁から出ている突起だけだった・・・・あれに・・・・と怖気づいたが、ここにはいつも助けてくれるセイバーはいない。もしかしたら、下でケガをして動けずにいるのかもしれない。そう思うと、覚悟を決めるしかなかった。さっきの大蛇の攻撃でどこか壁が壊れているかもしれないけれど、そんなこと気にしている余裕はなかった。とにかく下に行くことだけを考えた。


「ふぅ・・・・あっ・・・」
一つ目の足場へ体重をかけると頼りない足場に身体がぐらぐらと揺れそうになったが、私は、壁に寄りかかるように全体重をかけた。ちょっとでも後ろに体重がかかればそのまま落ちていってしまう。手にはじんわりと汗をかき、下を見ると怖いから目をつぶりたいが、そうすると足場が見えなくなるため、恐怖と戦いながら足を止めることなく進め続けた。時々、足場の端が崩れたり、身体が後ろにいきそうになったが、なんとか、中間部までたどり着くことができた。まだまだ先は長い、下に近づいているはずなのに暗闇が一向に晴れることがなかった。上から見た時は、距離が遠すぎてただ下が見えなかったのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。あの空間は一体・・・・と目を凝らして見つめていると、その事に集中しすぎたせいで、ぐらっと身体が後ろへと傾いた。しまった!と気づいた時にはすでに遅く、足場からは身体が完全に離れ、真っ逆さまに落ちて行った・・・・


「きゃー!!」
重力に従って身体は暗闇へ飲み込まれていき、自分の死を確信した私の頭は完全に真っ白になった。せめてセイバーだけは助けたかった。そんな事だけを考えて目を閉じた。


「おやおや、随分無茶をしたね」
その言葉がどこかから聞こえてきたのと同時に、私の身体は誰かに抱きしめられた。えっ、とすぐに目を開いたが、お姫様抱っこをされた私の視界には、白いふわふわな何か。しか映らなかった。周りの景色が段々と下へ下がっていることから、私を抱えたまま下へと降りていることだけはわかった。今のこの状況に戸惑いを隠しきれずにいると、「ケガはないかい?」と白いふわふわから顔が現れ、私に微笑みながらたずねた。「はい」と素直に答えると、「それはよかった。女の子がケガするなんてよくないからね」と言い地面に足を付けた。空中を飛ぶなんて普通の人間にできるはずがない。ましてや、こんな危険な洞窟内にいるはずがない。ということは、この人は、魔術師か?・・・・・・いや、違う!


「さ、サーヴァント!?」
人並み外れた綺麗な容姿を見て、そう悟った私は抱きしめられたままの状態で大きな声を出した。しかし、そんな私の驚きとは反対に、その人は、「うん。そうだよ」とさらっと笑顔で答えた。しまった。まさか、この洞窟内に敵のサーヴァントがいただなんて!と慌てたが、同時に、そのサーヴァントが何故私を助けたのだろう?という疑問が生まれた。もしかして、味方?


「あー。人間の女の子なんて久しぶりに触ったから、なんだか気持ちが昂ぶるよ」
そう言いながら、少しいやらしく笑った彼は、肩を支えていた手をずらし、その手が私の胸へと伸びた。前言撤回。完全に敵だ!


「きゃー!」
私は瞬時に目の前にある顔を平手で叩いた。あまりにもその威力が強かったのか、サーヴァントは「ぐほっ」という声を上げながら、私から手を離した。そのことで自動的に支えを失った私は、「うわっ!」お尻から地面へと落ちて行った。


「いたた・・・・」
少しでもダメージを減らそうと地面へと伸ばした手がそのまま擦れて、小さな擦り傷ができていた。


「君、結構乱暴なんだね」
私が叩いた頬を痛そうに擦りながら、地面に座ったままの私に近づいてきた。先程のことがあったから身構えて胸の前で腕をクロスさせると、「あーあ」と言いながら、サーヴァントは私の手を掴んだ。


「ほら、ケガしてしまったじゃないか」
擦り傷ができた私の手を見ながら眉間に皺を寄せたサーヴァントは、あろうことか、ペロっとその傷を舐めた。


「きゃー!」
再度悲鳴を上げた私は掴まれているのとは反対の手でサーヴァントを殴ろうとしたが、その手も掴まれてしまった。


「そう何度も殴られたりしないさ」
私に殴られて、てっきり怒るかと思っていたが、そんな様子を微塵も感じさせないぐらいの微笑みを向けられ、私の頭の中は混乱した。


「危ない所を助けられた女子は、お礼にその身を差し出すものだと思っていたが、君は違うようだね?」


「そんな子いません!助けてくださったことは感謝してます。ありがとうございます。でも、それとこれとは違います!第一、敵の私を助けたりなんかして、マスターに怒られるんじゃないですか?」
サーヴァントということは、マスターがいるはず、何か策があって私を助けさせたのだろうか?と疑問を持ちながら、周囲に視線を動かし注意した。


「私にマスターはいないよ」


「えっ?」


「私は今回の聖杯戦争よりもずっと昔に召喚されたサーヴァントだからね」


「それって・・・・どういうことですか?」
聖杯戦争によってサーヴァントが召喚されることは聞いていたが、聖杯戦争とは関係なく召喚されたサーヴァントがいるだなんて知らなかった。


「あるものを守る。という目的のためだけに何かの力によって召喚されたんだ。自分でもその力が何なのかはわからない。聖杯の力なのか、魔術師の力なのか、それともサーヴァントの力なのか。ただ、それを守らなければいけない。という使命があることだけは、召喚された時から理解をしていた」


「それってもしかして、礼装ですか・・・・?」
この洞窟で守られているものといえば私にはそれしか思いつかなかった。


「あぁ、そうだよ。君もその礼装のことを知って取りに来たんだろ?」
サーヴァントのその言葉を聞いて、私たちが探していた礼装がこのサーヴァントが守っているものだ。ということがわかった。


「ごめんなさい。その礼装がサーヴァントの補助をできるものだと知って、欲しくてここに来ました。貴方が大事に守っているものだと知らなくて」


「まぁいいさ。君が取りに来たこと自体は問題ないさ。むしろ、来てくれてよかった」


「えっ?」
来てくれてよかった?自分の守っている物を奪いに来た者にかける言葉にしては優しすぎるその言葉を聞いて私は首を傾げた。


「この礼装がある限り、私はずっとこの地にいなければいけないからね。君のおかげでやっと自由の身になれるかもしれない」


「えっ?」
これは一体どういうことだ。と脳が再度混乱していた。自分が昔からずっと大事に守っていたものをこうもあっさり小娘に渡すものなのだろうか?それにこの洞窟は・・・・


「そんなに早く手放して自由の身になりたかったなら、私よりも前にここへ来た人たちに渡したらよかったじゃないですか」
そうだ。そもそも私よりも前に何人もの魔術師たちがこの洞窟に来ているはずだ。なのに何故その人たちは・・・・・


「あぁ、彼らね。あれは人間としても魔術師としてもひどい連中だった。欲にまみれて、その欲に溺れて、ひどいものだったよ。いくら早く手放して自由の身になりたい。と言っても、そんな奴らに渡すなんて絶対にありえない」
そう言って過去にここに訪れた魔術師たちのことを思い出したのか、嫌悪の表情をにじませた。そうか。今まできた魔術師たちは渡すに値しないと判断したから・・・・ちょっと待って・・・・


「今までここにきた魔術師って一体どこへ」


「彼らなら全員死んだよ」
まるで何でもない事のようにあっさりとそう告げた彼に一瞬身震いをした。


「ここまでたどり着ける人は中々いないんだ。その前にみんな死んでしまうから」
そういえば、ここにくる道中巨大な岩が転がってきたり、ゴーレムが現れたり、他にも色んな化物が現れたりしていたことを思い出した。やはり、戻ってこなかった魔術師は皆ここで・・・・


「そんな顔しないで。君が気に病むことはないさ、さっきも言った通り、彼らは欲にまみれて、欲に溺れただけだからね。さぁ、最終試練だよ。こっちへおいで」


「最終試験?」
最終試験ということは、今までの道中に起きてきたことも全部礼装を受け取るための試練だった。ということだろうか?


「そうだ。この洞窟は礼装にふさわしい者を選定するために私が作ったものだからね」


「えっ?」
私が作った?!元々存在していたのではなく、このサーヴァントがこの洞窟を?!そんなことができるだなんて、ほんとにサーヴァントの力は計り知れない。


「これに合格したら君に礼装を渡すよ。がんばってくれ」
そう言ってサーヴァントは私に向かってウインクをした。


「あの、ここにさっき人が落ちてきませんでしたか?!私、その人を助けに来たんです!」
最終試験よりも前にセイバーを探さなければ。と声を上げれば、サーヴァントは、「それもこっちにいるよ」とだけ言い奥へと進んでいった。仕方ないので彼の後を追って歩を進めれば、キラキラと輝く大きな池があった。周りにはたくさんの花畑があり、今まで歩いてきた洞窟の道はどこも石や土でできていたから、そこだけ異空間のように思えた。


「綺麗な場所・・・・」


「さぁ、ここに入ってくれ」
私があまりにも美しいこの景色に見とれていると、サーヴァントは、池へと近づき、その中に入るように促した。


「この中って、水の中ですか?!」


「そうだよ。これが、最終試験だ」
水の中に入るだなんて。いくら底がみえるぐらいの深さだったとしても、抵抗がある。どうしよう。と考えていれば、池の奥に先程見た大蛇の姿があった。ということは、一緒に落ちたセイバーも近くにいるはず。と目をこらして見ると、ぷかぷかと浮いている人影を発見した。その姿は私がずっと探していたもので、思わず「セイバー!」と叫んだ。しかし、その声は届いていないのか、セイバーの身体は動くことはなかった。もしかして動けない程のケガを負っているのでは!と思った私は、池の中へと飛び込む勢いで足を踏み入れた。「待つんだ!まだ説明が終わってない!」という言葉を聞く前に・・・・・