「王逆くん、車内販売きたよ。何食べる?あ、駅弁売ってるって!」
私はカートを押しながら車内販売をしに来たお姉さんを見て、さっきまで読んでいた車内パンフレットから目を離して声を上げた。


「はぁー・・・・落ち着け。俺らは、遊びに来たわけじゃねぇんだぞ。礼装を取りに行くって大事な使命があるんだからな」
一人で盛り上がっている私にため息をつきながら少し困った顔をした王逆くんは改めて私たちの今回の目的を口にした。


「そうなんだけど、初めて新幹線に乗ったから楽しくって」


「中学の修学旅行で乗らなかったのかよ」


「修学旅行はインフルエンザで参加できなくて、家族旅行とかもしたことないから、これが初めてなの」
今までの人生で風邪をひいたことなど数回しかないぐらい元気な体なのに何故か中学の修学旅行の時に人生初めてのインフルエンザにかかり旅行に行くことができなかった。その後、数週間、みんなは修学旅行の思い出話に花を咲かせているのに、自分だけその会話に入ることができず、すごく寂しい思いをしたことは今でも覚えている。


「ちょっとはしゃぎすぎだよね。ごめん」
いくらなんでも、高校生にもなって少しはしゃぎすぎたかな。と思い、私は苦笑いを浮かべながら横に座っている王逆くんに謝った。


「・・・・・どれ食いてぇんだよ」
王逆くんは私の机の上に置いてあった車内販売の紙を開いて私に見せた。


「えっ?・・・えっとね、四季折々弁当かなー。あ、海の幸丼もいいなー。和牛ハンバーグ弁当も美味しそうー。うーん・・・・」


「じゃあ、3つとも買ってお前が食べれる分だけ食べろよ。残りは俺が食うから」
どれを食べるか決めかねている私に王逆くんはまるで子供に向けるような優しい表情を向けながら神の一声をかけてくれた。


「王逆くん・・・・!!すみません、四季折々弁当と海の幸丼と和牛ハンバーグ弁当下さい」


遡ること2週間前・・・・・


「魔術礼装?」


「そう、魔術礼装。きっと君は聞いたことないだろうから、軽く説明だけさせてもらうよ。魔術礼装って言うのは、魔術を使った道具や魔術を使うための道具のことで、機能は大きく二系統に分類されている。一つは、魔術師の魔術行使を増幅・補充し、魔術師本人が行う魔術そのものを強化する「増幅機能」、もう一つは、それ自体が高度な魔術理論を帯び、魔術師の魔力を動力源として起動して定められた神秘を実行する「限定機能」。 前者の機能を主に発揮する礼装を「補助礼装」、後者を「限定礼装」と呼ぶよ。聖杯も礼装の一つさ」


「なるほど」


「で、本題はここからさ。魔術礼装の中には、サーヴァントの支援ができる服がある」


「サーヴァントの支援ができる服?!」


「そう。噂によると、その魔術礼装はここから300キロ程離れた洞窟に隠されているらしい」


「要はそれを俺らに取ってこいってことだな」


「そうなるね」


「ちょっと待って、その洞窟って」


「お、さすがに魔術師の間では噂になっているようだね」


「当たり前じゃない!だってその洞窟は、死の洞窟よ!」


「「死の洞窟?!」」


「そう、強力な魔術礼装が隠されてると噂になって、数多くの魔術師たちがそこへ行ったわ。だけど、それ以外何も情報がないの」


「なんで?」


「・・・・・帰ってきた人が一人もいないから」


「「っ?!」」


「帰ってきた人がいないって・・・・」


「そのままの意味よ。帰ってきた人がいないの。だから、その洞窟に関する情報は何一つないし、いつしか誰もそこへは近づかなくなったわ」


「そんな危険な所に私たちが・・・・」


「あくまで今までその洞窟へ訪れたのはただの魔術師たちさ。サーヴァントならなんとかなるだろう。まぁ、こんな危険な所、もちろん無理強いはしない。私はただ情報を教えただけさ」


「・・・・・それは、俺一人で中に入ってもいいんだよな」


「もちろん。あくまで洞窟に隠されてるものを取ってくることが目的だからね」


「じゃあ、行くぞ」


「えっ!行くの?!死の洞窟だよ?!王逆くん!」


「大丈夫だ。俺なら秒でぶっ壊してやる」


「えー・・・・・」


という訳で、私たちは魔術礼装を取りに死の洞窟へと向かった。不安な気持ちはもちろんあるけど、大丈夫だ。と繰り返し言う王逆くんの言葉を聞くと少しだけその気持ちは和らいだ。


「王逆くん、このハンバーグとっても美味しいよ」


「お、マジか!」


「はい、あーん」
私は箸で一口大にハンバーグを切り王逆くんの口元へと運べば、王逆くんはぎょっとした顔をした。


「はぁ?!そ、それぐらい自分で食える!」
突然顔を赤くさせた王逆くんはそう言いながら自分の持っているお弁当を私に差し出した。


「あ、ごめん。はい、どーぞ」


「ほら、こっちの弁当のも美味いから食えよ」
箸で掴んでいたハンバーグをそのお弁当の中へと置くと、王逆くんも、自分のお弁当に中に入っているおかずを私のお弁当の中に置いた。


「うん。ありがとう」


きっと心配性の私がこんなに穏やかな気持ちでいられるのは、隣で王逆くんがずっと一緒に笑ってくれているからだろう。これから危険な目にあうのがわかっているのに、私に不安を与えないように振舞ってくれる彼を見て、胸の奥が少しだけ温かくなった。

新幹線で目的地付近の駅に着いてからは、バスで更に近くまで行ってそこからは山道を登った。


「はぁ・・・・・はぁ・・・・ほんとにこんな山奥にあるのかな?全然人が踏み入れた形跡が見当たらないけど・・・・」
長期間まったく人が踏み入れてない為か、足跡など一つも見つからず、草が膝の高さまで生え揃っており、普通に歩くだけでも困難な道を更に険しいものにしていた。


「あいつからもらった地図だとこっちなんだろ?なら大丈夫だろ。それに、人が踏み入れてない所にそういうのはあんだよ」


「そっか・・・・はぁ・・・・でも、さすがに疲れてきちゃったな・・・・」
普段山道を登りなれていない私のこの体で2時間歩きっぱなしはさすがに疲れてしまった。


「一回休憩するか?」


「うん・・・・少しだけ休みたいな」


「ほら、そこに座れそうな岩があるから少し座って休め」
5m程離れた場所に腰ぐらいの高さがある岩山があり、そこを指さした。


「ありがとう」


「水も飲め」
岩山へと腰をかけた私に王逆くんは鞄からペットボトルを取り出し私に差し出した。


「うん。ありがとう。ふぅ・・・山道なんて登ったことなかったから身体が全然ついていかないや」


「そりゃそうだろ。普通の山道でさえ登るの大変だってのに、この獣道じゃ倍以上疲れるだろうな」
王逆くんが歩きずらそうにしている私を気にかけて私が歩きやすいように足元の草を踏み潰しながら歩いてくれたり、少し急な坂道では手を引いてくれたりしていたから少しは歩きやすくはなっていたが、元々がとんでもない獣道だったから疲労困憊だ。


「でも、王逆くんは全然平気そうだね」


「俺はそこら辺の奴らとは身体のつくりが違ぇからな。これぐらいは平気だ」


「ほんとすごいなー」
私と比べて全然汗をかいていない王逆くんの涼しげな顔を見てやっぱりすごいな。と思い下を向いた。


「近くに洞窟があるかもしれねぇから、この辺少し散策してくる。お前はここで待ってろ」


「うん、わかった」
青空綺麗だなー。空気も美味しいし。あんな所に大きな滝も流れてて自然豊かだなー。と滝が流れている方に体を向けて水の流れをじっと見ていると何かに気づいた。


「ん?あれ、なんだろう・・・・」
水の流れによってたまに薄い水の層ができた時に後ろの方にちらちら見える黒い影が気になった。もしかして・・・・


「王逆くん!あそこの滝の裏に何か見えるけど、あれ洞窟かな?」
散策するために少しだけ離れた場所にいた王逆くんを大きな声で呼び止めた。


「ほんとか?!」


「うん!あれ!あの滝の裏!」
私は岩山から腰を降ろして滝の近くへ王逆くんと一緒に近づいていった。


「あ、ほんとだな。あそこに行くには・・・・・そこの崖を降りるしかねぇか」
周りを見渡したが下に通じる道が一切見つからなかった。下には崖に沿って約2mの幅の岩場があるだけだった。


「えぇ?!この崖を降りるの?!無理だよ!」
ほぼ直角になっている崖を見つめながらここから降りるのは無理だと感じて私は首を横に振った。降りるというか落ちるしかなくなってしまう。


「サーヴァント化すればいけんだろ」
そう言って王逆くんは空に向かって手をかざしながら「赤雷よ!」と言うと、空から赤雷が降りモードレッドの姿へと変わった。


「ほら、いくぞ」


「えっ!ほんとにここから行くの?!」
手をひかれて崖のギリギリの所まで近づいて下を見たが、恐らく地面まで約100mの距離はあるだろう。死ぬ。死んでしまう。

「ここしかねぇだろ。さっさといくぞ」


「えっ!きゃあ!」
立ったままの私の膝裏と背中に手を添えたセイバーはそのまま軽々と私をお姫様抱っこした。


「ほんとに無理!ここからは無理!」
あまりの高さと急な角度の崖に私はセイバーのことを見つめながらぶんぶん首を横に振った。


「お前は俺にしがみつてりゃいいんだよ。いくぞ」


「怖い!怖い!・・・・きゃあああああ」
何の迷いもなく崖から飛び降りたセイバーの首に私は死ぬ思いでしがみついた。全身に風を感じて震えが止まらないし、一気に血の気が引いた。あ、無理。死ぬ。と思って目を閉じていると、凄まじい音と共に体に重力を感じた。


「ほら、着いたぞ。大丈夫か?」
そう言って、ぐっと首にしがみついている私の顔をセイバーが覗き込んだ。


「し、死ぬかと思った・・・・」
恐怖から自然と出てきた涙が頬を伝ったのを見て、セイバーは「げっ」と困ったような声を出した。


「こ、これぐらい大丈夫だろ!なんで泣くんだよ」


「うん。ごめん・・・・」
一度出てくると次から次へと止めどなく溢れてくる涙を自分では止めることができなくて、その涙を拭いたかったが、腕の震えが止まらず、セイバーの首から手を外すことができなかった。


「悪かった。お前が泣くぐらい怖がると思わなかったんだよ」
そう言ってセイバーは地面に私を下ろしながら、座り込んで立ち上がれずにいる私の目線に合わせてしゃがみこみ、私の頬を伝う涙を拭った。


「セイバー・・・・」


「いいか。俺がいれば大丈夫だ。お前のことは絶対に死なせねぇ。だから、何があっても安心しろ」


「うん。ありがとう」
何度も言われているその言葉を聞いて安心した私の目からは涙が止まりセイバーの顔を見つめれば、セイバーはふわっと笑った。


「ほら、立てるか?いくぞ」


「うん」
私の手を掴んだセイバーは力を入れて引っ張り上げ、その手を掴んだまま滝の裏へと歩いて行った。


「これが・・・・死の洞窟・・・・・」
洞窟の入り口は急な角度で斜めになっているようで、真正面から見ても中の様子がまったくわからなかった。この先にどんな危険なことが待ち受けているのか予想もつかない。


「あぁ、じゃあ、ちょっくら礼装取ってきてやるからお前はここで待ってろ」


「うん。気をつけてね」


「あぁ、何かあったらすぐに令呪を使って俺を呼べ。いいな?」


「うん、わかった」


「よし、じゃあな!」
そう言って洞窟の中へと入ろうとするセイバーの姿を見つめていると、急に足元がもぞもぞした。え、なんだろう。と思い下を向くと、そこにはグレーの小さな生き物が私の足を登ろうとしていた。


「きゃあああ!セイバー!ねずみ!」
急なねずみの出現に驚いた私は目の前にいるセイバーに思い切り抱きついた。


「はぁ?!うおっ!」


「へっ?!」
ふい打ちで突然私に抱きつかれたセイバーは自分の体を支えきることができず、前のめりに倒れていった。


「「うあああああああ!!」」


そして、そのまま私たちは洞窟の中へと落ちていった・・・・・