何か硬いものの上に体が乗っていることに気づいた私はゆっくりと目を開けた。


「なんで玄関に・・・・?」
見渡すと見慣れた我が家の玄関が目の前に広がっていて、何故自分がこんなところに倒れているのか。と考えていれば、下から「うっ」という呻き声が聞えてきた。


「えっ?」
そういえば、今体を起こした時に『何か』の上に手を置いたような・・・・と恐る恐る下を見れば、王逆くんが私の下でうつ伏せの状態で倒れていた。


「お、王逆くん?!」
私は急いで体を横によけて下敷きにしていた王逆くんの肩を揺すれば、またうめき声が聞えてきた。


「王逆くん!起きて!」
顔を覗き込みながら肩をさっきよりも強く揺すれば、少しだけ目を開いて私のことを一瞬見たがすぐに目を閉じた。


「悪い。もう少し寝かせてくれ」
目を閉じたまま言われた言葉を聞いて、これ以上無理に起こすのは止めようと手を止めた。私の記憶はアーチャーの宝具が放たれてその爆風でライダーの鳥が大きく揺れてセイバーが私を抱きしめて守ってくれたところで止まっていたから、どうしてこんな所にいるのか、どうやってここに辿り着いたのか、あの後何があったのかを聞きたかったけど、昨日の戦いを思い出して、あれだけ無理をしたから起き上がれないのも仕方ないと思い、硬い床の上だけどもう少しゆっくり寝てもらうことにした。何か上に掛けるものでも持ってきてあげよう。と二階へと上がり部屋にある布団を持ち上げた時に腕が痛み、腕を捲ってケガを見ればアーチャーのマスターのおかげでぱっくり切れていた腕は瘡蓋は残っているが綺麗にくっついていた。階段を上がった時に痛んだ両足もケガした当初は肉が見えてる状態だったが、今は薄く皮膚が覆われていた。切り傷等は魔術のおかげでどうにかなったようだが、打撲のダメージはまだ体に残っており、お尻が筋肉痛みたいに痛かった。


「きっと王逆くんがここまで運んでくれたんだね。ありがとう」
玄関で眠ったままの王逆くんの上に布団を掛けながら感謝の気持ちを伝えた。あの体制だったということはきっと私を背負ってここまで運んできてくれたに違いない。王逆くんもボロボロだったはずなのに・・・・・。
セイバーの姿から王逆くんの姿に戻ったのは間違いなく私のせいだ。私の魔力がもっとちゃんとセイバーに供給されていれば、あんな結末を迎えずにずんだだろう。


「あ、そうだ。先生から綾瀬さんにプリントを届けるの頼まれてたんだった・・・・」


――――――――――


昨日放課後に部室の鍵を借りに職員室へと入ろうとすれば、部屋の前で隣のクラスの先生が女の子たちに何か紙を持ちながら「お願いだ。届けに行ってくれ」と言っていた。一体なんだろう?と疑問に思いながらもその横を通りすぎれば、「でも、私たち綾瀬さんの友達じゃないし」という言葉が耳に入ってきた。少し様子を伺うためにそのまま足を止めて会話を聞けば、どうやら、綾瀬さんが学校を休んでいる間に配られたプリントをクラスの女の子たちに家まで届けに言ってくれとお願いしていたようだった。


「あの、先生。私でよければ届けにいきますよ?」
押し付け合いをしているように見えたから、よかれと思い声をかければ、女の子たちは恐ろしいものを見る目で私を見つめた。綾瀬さんと同じクラスの子たちからよくされるその視線はだいぶ慣れてきたもので、その目で見られる理由もわかっているため、そちらには目を向けずに先生のことだけを見つめた。


「おぉ、名無!いいのか?」


「はい。住所さえ教えてもらえれば明日は土曜日ですし届けにいきますよ」
先生の手からプリントを受け取り笑顔で答えれば、「まさか、仕返ししにいくんじゃ・・・・」と何とも聞き捨てならない言葉が聞えてきたが、恐らく私がここで弁解した所でいい方向に話が進むとは思えなかったため、聞えないフリをした。


――――――――――


「先生からもらった住所だとここのはずなんだけど・・・・あ、紙家に忘れてきちゃった」
あの後すぐにシャワーを浴びて王逆くんのご飯を作った私は、王逆くんを起こさないようにそっと玄関のドアを開けて家を出てきた。家を出る前にマップのアプリに綾瀬さんの住所を入れてきたのだが、肝心の住所が書かれた紙を家に忘れてきてしまった。


「あ、綾瀬って書いてある」
表札に「綾瀬」と書かれている家を見つけて横についている呼び鈴を鳴らせば、すぐに「はい。どなたでしょうか?」と聞かれて、「綾瀬さんと同じ学校に通っている名無と申します」と答え「少々お待ちください」と言われて、その場で待つこと5分。


「どうぞお入りください」
家の玄関から出てきた使用人さん?と思われる人が門の鍵を開けてくれて、「失礼します」と門をくぐった瞬間、体中が一瞬ぞわっとして周りの景色が一気にぐるぐると変わっていった。


「嘘・・・・でしょ?」
さっきまで一般的な2階建て一軒家だった建物が門をくぐった瞬間に、映画に出てくるような大豪邸に早変わりした。もしかして・・・・これも魔術?と驚きながらその場に固まっていれば、使用人さんは、「どうぞ中へ」と玄関のドアを開けながら私を呼んだ。


「おじゃまします」
中に入った瞬間目の前に大階段があり、外観だけではなく中もすごいということが一目でわかった。その事にまた驚いて固まっていれば、「名無さん」と階段の上から声をかけられた。


「あ、綾瀬さん」


「一体こんなところに何の用?」
訝しげな表情で私のことを見つめた綾瀬さんに鞄から取り出したプリントを見せた。


「先生からプリントを届けてくれって頼まれて」


「・・・・・そう。わざわざありがとう。お茶でも入れるから飲んでいって」


「うん。ありがとう」
すぐに奥に進んで行ってしまった綾瀬さんを追いかけるために階段を駆け上がれば、「あら、すみれのお友達かしら?」と声をかけられて振り向むいた。すると、2又に分かれた階段の反対側におばあさんが立っていた。


「おばあ様・・・・」
さっきまでいつもの強気な表情でいた綾瀬さんは何故かおばあさんを見た瞬間困ったような表情に変わった。何かあるのだろうか?とおばあさんの方を向いて「おじゃましています」と会釈をすれば、おばあさんは足先から舐めるように私のことを見た後に右手を見て「あら」と意味深な笑みを私に向けた。


「あなたも聖杯戦争に?」


「あ、はい・・・・」


「サーヴァントは何のクラスなの?」


「セイバーです」


「まぁ、セイバーだなんて。真名は?何ていうの?」


「え、それは・・・・」
階段を降りてきながら段々と私に近づいてくるおばあさんに何故か少し恐怖を感じて足を
少しずつ後ろへと下げていけば


「うわっ」
上へと続く階段の段差にかかとが躓き後ろへと倒れそうになった。痛みを覚悟をして目をつぶれば、両肩をがしっと掴まれた。


「おばあ様その位にしてくださいませんか?」
顔を上へと動かせば、おばあさんのことを真っ直ぐ見つめた綾瀬さんの顔が目に入った。相変わらずその表情は困ったままだった。


「すみれ、少し黙っていなさい」
そんな綾瀬さんに向かって少し怒った表情を見せたおばあさんはまた私へと視線を戻し、取ってつけたような笑顔を見せた。


「すみれも聖杯戦争に参加していたのだけど、この子は出来損ないですぐに自分のサーヴァントを消滅させてしまってね。一族として叶えて欲しい願いもあったのにそれも叶わなくなってしまったのよ」
綾瀬さんを出来損ないと言った言葉に対してすぐに「そんなことない」と否定したかったのに、私が口を開く隙を与える間もなくおばあさんは私に向かってしゃべり続けた。


「だから、こんなことを敵だった貴女にお願いするのも悪いのだけど、聖杯を勝ち取ったら私たちの願いを叶えてくれないかしら?」


「えっ?」


「おばあ様!そんなことをお願いするだなんて、一族の恥です!」
私の両肩を掴んでいたはずの綾瀬さんは私の前に立ちおばあさんに向かって怒鳴り声を上げた。


「誰のせいでこんなことしてると思ってるんだい!」


「っ!!」


「アインツベルンでも、遠坂でも、間桐でもなく、やっと綾瀬の一族に回ってきたチャンスをすぐにぶち壊して!お前こそ一族の恥だ!」


「そんな・・・・・おばあ様・・・・・」


「最初から私たちの言う事を大人しく聞いていればよかったのよ!なのにアンタが余計なことをしたからこんなことに!」


「ちょ、ちょっと待ってください!」
すごい剣幕で綾瀬さんに近づいてきたおばあさんを抑えようと綾瀬さんの前に出れば、おばあさんは綾瀬さんのことを、まるで親の敵を見るような目で睨みつけた。


「選ばれたのがアンタじゃなかったらよかったのよ!」


「そんな言い方はっ!」
おばあさんの言葉を聞いて思わず怒りがこみ上げた私は言い返そうとすれば、「行きましょう」と綾瀬さんは私の腕を掴んで階段を上り始めた。腕からは振るえが伝わってきて、ちらっと見えた表情は今にも泣き出しそうだった。広い屋敷の中をお互い無言のまま歩き続けたが、大きな扉の前で綾瀬さんは立ち止まった。こんな大きな扉・・・・人間の手で開けられるのだろうか?と疑問に思っていれば「ここが私の部屋よ」と言って綾瀬さんが扉の前に手をかざしながら何か呪文のようなものを唱えれば、大きな扉がゆっくりと開いた。


「綾瀬さんごめん。私たちがランサーに勝たなければこんなことには・・・・」
部屋に入った私は第一声で謝罪をした。きっとランサーが勝っていれば、綾瀬さんがあんなことを言われることもなかったのだろう。だけど、それは私たちの負け(死)を意味する。それを考えると勝ちを譲れなかった。


「やめて。もっと惨めな気持ちになるわ」


「ごめん」


「・・・・お茶を入れるから、そこに座って」


「うん」
さっきまで泣きそうだった表情は私にばれないように上手く隠そうと下唇を思い切り噛み締めて我慢をしていた。


「綾瀬さん。ずっと疑問に思ってたんだけど、どうして最初の戦いの時にランサーと一緒に行動してなかったの?」
きっとこの家族には何かがあると思い質問をすれば、ガンっという大きな音が聞えてきた。


「何?責めてるの?だから、負けたんだって言いたいの?!」
綾瀬さんはポットにお湯を注ごうと手に持っていたやかんを机の上に叩きつけるように置いてこちらを向き私をにらみつけた。私はそんな綾瀬さんに近づき、怒りで震えていた手を両手でそっと包んだ。


「違うよ。ただ、あの時綾瀬さんに何かあったんじゃないかと思って」
さっきのおばあさんの様子からこの家族が平穏じゃない気がしてその事が知りたくて思わず聞いてしまった。何があんなにこの人を一生懸命動かさせたのか、なんであんなにセイバーを欲しがったのか。それが知りたかった。


「ごめんなさい。取り乱したわ」
手の震えが止まった綾瀬さんは私に謝罪をしながらもう一度やかんを手にとりポットにお湯を注いだ。「どうぞ座って」と促されて私は椅子に座りカップに紅茶が注がれる光景をじっと見つめた。


「あいつはナルシストだったけど、優しい人だったわ」
綾瀬さんのその言葉を聞いてすぐにそれがランサーの話だと気づいた。


「召喚してすぐに一族のみんながランサーを寄こせと言ってきたわ。『お前はただマスターとして存在するだけでいい。命令するのは私たちだ。』ってね。もちろん、私もランサーも首を縦に振らなかったわ。けど、その代わりに私は地下牢に閉じ込められたの」


「閉じ込められた?」


「えぇ。それでランサーが『すぐにサーヴァントを倒して功績を上げ貴女をここから出して差し上げます』って言ってこの家を出て行ったの。それからの様子は魔術で見ていたわ。貴方たちとランサーが出会ったのも、ランサーが倒されたのも、セイバーの正体が王逆くんだったのも」
地下牢に閉じ込められた綾瀬さんを助けるためにランサーが私たちに戦いを挑んできたことを知り胸の奥が痛んだ。


「そうね。この先の話をするにはまず貴女に伝えておかなきゃいけないことがあるわね」


「なに?」
伝えておかなきゃいけないこと?と首を傾げながら綾瀬さんを見つめていれば、綾瀬さんは机を見つめながら軽く微笑んだ。


「私、王逆くんのこと1年生の時からずっと好きだったの」


「えっ?」
綾瀬さんの口から告げられた思いも寄らぬ言葉に私の思考は一瞬停止した。綾瀬さんが王逆くんのことを・・・・?でも、たしかに・・・・言われてみれば・・・・


「1年生の時に3年生の中で一番人気だった先輩に告白されて付き合うことになったんだけど、それが気に食わなかった先輩たちに呼び出されてリンチされそうになったのよ」


「えぇ?!大丈夫だったの?」
綾瀬さんがモテるという噂は1年生の時からずっと聞いてはいたが、まさか他の女子から恨みを買うほどだったとは・・・・・。やっぱり学校で人気の男子と一緒にいると少女マンガのようなことが起きるのか・・・・・私もまだ王逆くんとの関係を勘違いされたままだし気をつけなきゃ。


「えぇ。その時に助けてくれたのが、たまたまそこで昼寝をしていた王逆くんだったのよ。『うるせー!くだらねぇことしてんじゃねぇ!』ってね」


「そんな所で寝てたなんて・・・・」


「ほんとにね。そういう呼び出しをされたのはもちろん初めてじゃないし、大抵その場に出くわした男の人は見て見ぬフリしてどっかに消えていっちゃうのよ。たまに、私と付き合いたいと思ってる男がいい格好しようと助けにきたりしたけど・・・・。まぁ、その時の私は王逆くんも私のことが好きで助けてくれたと思って、先輩たちが去っていった後に『御礼に一日付き合うわ』って言ったのよ。そしたら彼なんて言ったと思う?!」
急に質問を投げかけられて私は首を傾げた。王逆くんなら・・・・・王逆くんなら・・・・


「メシおごってくれるならいいぞ!・・・・とか?」


「違うわよ!『あ?おめぇ誰だよ』ですって!ほんと信じられない!自分で言うのもなんだけど私学校で結構人気なのよ?!」
存じ上げております。存じ上げておりますとも。と心の中で何度も唱えながら、王逆くんはなんてことを・・・・と私は遠くを見つめた。


「そんな失礼なこと男の人から言われたことなんてなかったから、絶対にこの人振り向かせてやろうと思ってヤケになったの!幸い王逆くん顔はかっこいいし、スタイルもいいし、運動神経も抜群だし、頭は少しあれだけど、学校で一番人気だから私の彼氏にしても問題ないし、同じクラスで接点も多かったからすぐに落ちると思ったのよ!だけど、挨拶しても「おー」だけ返してくるし、話しかけても無視するしこの人なんなのよ!ってヤケになってる内に私がどんどん彼のことを好きになっていったの・・・・」
3秒前まで王逆くんに対する怒りで怒鳴り散らしていたのに、今は恋する乙女の表情に変わっていた。


「彼、乱暴者でガサツだし自分勝手だし人の好意とか無碍に扱うけど、困ってる人がいたらさりげなく助けてくれたり、男気があって頼りになるし、野良猫に優しかったり・・・・いい所結構あるし・・・・」


「綾瀬さん?」
急に黙ってしまった綾瀬さんを不思議に思い顔を覗き込めば、一瞬無表情になった後にまた笑顔に戻った。


「1年生の秋に付き合ってた先輩に別れ話をしたら逆上して殴りかかってきたのよ。もちろん私は魔術師だしそんなのなんともないけど、その時にまた王逆くんが助けてくれたの。その姿を見て、少し私に気があるんじゃないかと思って、裏庭に呼び出して好きって伝えたの」


「そしたら?」


「そしたら、『てめぇの顔も知らねぇ』ってあっさり言われて終わったわよ。ほんとあの時は人生で一番泣いたわ。あんなに一生懸命アプローチしてたのに全然何の効果もなかっただなんて」


「それはひどいね」
王逆くんの女子に対しての態度が冷めていることは知っていたけど、まさか、告白してきた女子に対してもだったとは・・・・


「でしょ?それ以降一切話しかけれなくなって2年生になってクラスが離れたけど、私はずっと彼が好きで・・・・・その時に聖杯戦争が起きて、ランサーを失って途方に暮れてた時にセイバーを自分のサーヴァントにしようと考えたのよ。

もちろん願いを叶えるためもあったけど、少しの下心・・・・・いえ、半分以上は下心だったわ」


「綾瀬さんはそんなに王逆くんが好きだったんだね」


「えぇ。好きよ。でも、絶対にこっちを振り向いてくれないってすぐにわかった。聖杯戦争のことがあれば少しだけでも私のこと見てくれると思ったけど、彼は一途だったわ」


「一途?」


「貴女は魔術師として半人前以下だったし、計画は上手くいったと思ったけど、感情はどうしようもできないものね」
そう言って苦笑いをした綾瀬さんの顔を見て、胸の奥が締め付けられた。でも、王逆くんは・・・・・

「そんなことないよ。王逆くんは綾瀬さんのこと考えてたよ」


「えっ?」


「アーチャーに襲われた次の日に、王逆くんが、学校に張った結界を潜って襲ってきたアーチャーに綾瀬さんが怯えて学校に来れずにいるだろうから倒しに行こうって私に言ったの」


「彼がそんなことを?」


「うん。それで、昨日アーチャーを倒しに行ったの・・・・・」
私はその後に昨日起きた出来事を事細かく綾瀬さんに説明すれば、アーチャーのマスターの呪いの件もあったため、「そう・・・・」と一言言ったあとに黙り込んでしまった。


「やっぱり今もうちの一族の呪いで傷ついてる人がいるのね」


「うん。綾瀬さんの一族はなんで呪いなんか・・・・」


「言ったでしょ?うちの一族は医療魔術に特化してるって。なんでかと言うとうちの家系は代々戦闘能力が他の魔術師の家系に比べて極端に低いのよ。それで自分たちを守るために呪術を編み出してきたってわけ。その人もきっとその呪術の実験に使われたのね」


「そんなのいくら魔術師だからって許されることじゃない」


「そう。許されることじゃないわ。だから、私は聖杯に一族がかけた呪いを全て解いてもらいたい。とお願いするつもりだったのよ」


「えっ」


「これが償いになるわけじゃないけど、せめて今も苦しんでいる人たちを私は救いたい」


「綾瀬さん・・・・」