こちらに向かって勢いよく突っ込んでくるバーサーカーに向かって再度弓と矢を構えた。先程腕を斬ったせいで弓を持つ腕が震えるがそんなの気にしていられない。お願い当たって。そう願いを込めて射った矢は心臓辺りを狙ったはずなのに大きく外れて左目の上に当たった。そのことで一瞬バーサーカーは失速したがこちらに向かってくる足は止まらずあと2mの距離まで近づいてきた。殺される!と死を感じた私は後ろで倒れたままのセイバーをなんとかしなきゃと振り返ろうとすれば、「下がれ!」という声と共に肩を後ろに思い切りひっぱられて尻餅をついた。
「うっ!!」
「セイバー!」
床に倒れた私は目の前でバーサーカーの攻撃を剣で受け止めているセイバーの姿を見て驚きの声を上げた。そのわき腹からはボタボタと溢れ出した血が床に止めどなく落ちている。傷が塞がってないのにこんなっ!
「うらあああああ!!」
弾き飛ばされることなくバーサーカーの攻撃を弾き飛ばしたセイバーは今にも倒れてしまいそうなほどふらつき荒い呼吸を繰り返していた。私はすぐに立ち上がりその倒れてしまいそうな体を抱きしめて支えた。こんな状態でこれ以上バーサーカーと交戦なんて無理だ。私が守らなきゃ!と、バーサーカーに向かって弓を構えれば、「ライダー行け!」という声が聞えてきた。
「行くよ!ヒポクリフ!」
セイバーが攻撃を受け止めたことで体制を崩したバーサーカーに向かって後ろからライダーが鳥に乗ってバーサーカーに突っ込んで行った。体がオレンジ色に光っているのを見て、さっきと同じようにマスターが魔術を使っていることがすぐにわかった。この間にせめてわき腹の傷だけでも塞がなきゃと思いセイバーの足元にしゃがんで傷を見たが、あまりにもグロテスクな光景に思わず胃から何かがこみ上げてきた。こんなひどい怪我をしているのに・・・・・
「どうして・・・・・」
さっきまで倒れて目も開けられない状態だったのになんで立ち上がって戦えてるの?その気持ちを込めて問いかければ、セイバーは剣で自分の体を支えながらこちらを向いて少し笑った。
「約束しただろ・・・・。『絶対に俺が死んでもお前のことを守る。』って」
「セイバー・・・・・」
私は目から流れる涙をゴシゴシと手で乱暴に拭いながら立ち上がりセイバーを抱きしめた。ごめん。こんなに傷つけて。ごめん。傷ついている貴女をこんなに頑張らせて・・・・・
「泣くんじゃねぇよ・・・・。俺は大丈夫だから。今日はかっこ悪い姿ばっか見せて悪ぃな」
私をあやすように頭をポンポンと撫でてくれるセイバーに一生懸命首を横に振って否定した。かっこ悪くなんかない。貴女は誰よりも一番かっこいい。
「お前も随分ケガだらけになっちまったな・・・・・・。まぁ、これのおかげで俺はまた立ち上がれたんだけどよ」
そう言って私が先程セイバーの剣で切りつけた腕を目線の高さに持ち上げた。あぁ、これのおかげで少し魔力がセイバーに供給されたのか。と納得した。
「汚いかもしれないけど、私の血飲める?」
セイバーが上に上げたせいで肘に向かって血がツーっと伝っていっている腕をセイバーに見せればセイバーが首を横に振った。
「いや、これ以上お前を傷つけさせねぇ」
「えっ」
私たちのパスを通しての魔力供給じゃ到底回復なんて間に合わない。一体どうする気なのだろう。と体がふらふらしているセイバーを支えながら見つめていれば、セイバーは私のことをじっと見つめた。
「・・・・お前だけは俺が死んでもぜってぇ助けてやるからな」
その瞳からは私を守るという強い意志が感じられて、その勢いに圧倒された私はただただその瞳を見つめ続けた。マスターとサーヴァントの関係になってから幾度となく言われ続けた言葉なのに未だにその言葉を言われると胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
「マスター決着つけるぞ!令呪をくれ!」
私から手を離したセイバーは再び剣を構えてライダーと交戦中のバーサーカーを睨みつけた。
「っ!!・・・・うん!
令呪を持って命ずる!セイバー、バーサーカーを倒して!」
右手を大きく頭上に掲げながらセイバーに向かって『命令』をした瞬間、セイバーの体を突風が包み込み赤い雷が頭上からバチバチと落雷してきた。
「きゃあ!」
その風の勢いに体が飛ばされて、床へとお尻から勢いよく転んだ。
「いたた・・・・・」
痛むお尻を擦りながらセイバーを見れば、突風が止み鎧を身に纏ったセイバーの姿が目の前にあった。先程まであったわき腹の傷は消え戦いが始まる前の無傷の状態に戻っていた。
「これが・・・・・令呪の力・・・・・」
目の前の信じられない光景に思わず驚いていれば、セイバーがこっちを見た。
「驚くのはまだ早いぜマスター。真骨頂はここからだ!ライダー!てめぇのマスターを連れてさっさとここから離れろ!」
「えっ?!」
バーサーカーとの交戦中にいきなりセイバーに声をかけられたライダーは驚きの声を上げた。
「そこのババアも魔術でも何でも使って自分のサーヴァントを守れよ!」
にやっと笑いながらそう告げたセイバーをみてアーチャーのマスターはセイバーが何をしようとしてるのかをすぐに察して治癒魔術から防衛魔術に変換した。ライダーも「マスター離れるよ!」と言って、鳥にマスターを乗せて空高く飛び立った。
「よしっ!マスターも下がってろよ!」
「うん!」
兜を取り払ったセイバーの言葉に大きく頷いた私は後ろに大きく下がってセイバーのことを見守った。ランサーを倒したあの技さえ使えればバーサーカーも倒せるはず!
「くらえ!『我が麗しき父への叛逆』(クラレント・ブラッドアーサー)!」
剣の切っ先にバチバチと赤雷が集まり赤く染まった剣を勢いよくバーサーカーに向かって振り下ろした。バーサーカーはセイバーの攻撃を跳ね返そうと斧を構えたが、セイバーの宝具の威力に押し負けて苦しそうな悲鳴を上げながら後ろに吹き飛ばされ、大きな音を立てながら倒れた。
「はっ!大したことなかったな!」
倒れたまま微動だにしないバーサーカーを見て勝利を確信したセイバーは剣を肩に担いで後ろにいる私の方に向かって歩いてきた。
「勝った・・・・の?」
「あぁ、倒したぜマスター!」
不安気に問いかけた私の言葉にセイバーは笑顔で答えた。よかった・・・・・ランサーの時のように宝具の打ち合いになったらどうしようかと思ったけど、バーサーカーは宝具を使う前に倒されてくれた・・・・・・。待って、ランサーが倒された時は確か・・・・
「セイバー!バーサーカーはまだ!「■■■■■ーーー!!」」
私の言葉と重なるようにバーサーカーの雄叫びが響き渡った。その声を聞いて私とセイバーはバーサーカーへと目を向ければ、無傷な状態のバーサーカーが立っており、こちらに向かって大きく飛びかかってきた。
「「っ!?」」
驚きで完全に体が固まってしまった私を守るように前に出たセイバーは斧を振り下ろしてきたバーサーカーの攻撃を頭上に構えた剣で受け止めたが
「う゛ぅ!!」
あまりの攻撃の重さに苦しそうな声を上げた。剣を持っている腕が震えているのが見えて、やばい!と思った瞬間にセイバーの足元の床が大きく下に沈んだ。
「セイバー!」
このままじゃバーサーカーにセイバーが押しつぶされてしまう!どうしよう。と私が悩んでいる間にも「ぐあああぁぁ!」というセイバーの苦しげな声が聞えてきた。悩んでる時間なんてない!
「令呪を持って命ず「こっちだ!」」
セイバーに右手を向けて令呪を使用しようとしたら、バーサーカーの後ろから何かが飛んで現れた。あれは・・・・・・
「俺が戻った以上好き勝手はさせねぇぞ!バーサーカー!」
その言葉と同時にその手に持った弓から何本もの矢が飛んできた。その矢は全てバーサーカーの背中に刺さり「■■■■■ーーー!!」と苦しげな声を上げながら後ろを振り向いた。
「アーチャー!」
「遅せぇんだよ・・・・・」
「随分待たせちまったな。マスターのおかげでようやくここまで回復できたぜ」
私たちの横に着地したアーチャーはセイバーと同様に外見は無傷の状態に戻っていた。アーチャーのマスターの方を見れば、魔力を使いすぎたのか床に座ったまま動けずにいた。
「休んでた分きっちり働いてもらうぞ!」
「あぁ!」
セイバーは剣を握り直し、アーチャーも弓を構えたが、何故かすぐにすっとその弓を下げた。私とセイバーはその様子を見て首を傾げると、アーチャーは私とセイバーの顔を交互に見て、にこっと爽やかな笑顔を見せた。
「んだよ。急に」
その様子を訝しげに見たセイバーは剣を構えたままアーチャーを睨みつけた。
「・・・・・・マスターのこと守ってくれてありがとうな」
「つ、ついでだ!ついで!さっさとそいつを倒すぞ!お前と戦わなきゃいけねぇんだから!」
突然感謝の言葉を言われて少し照れたのか早口でアーチャーに返事をして剣を構え直したセイバーを見て少し笑った。
「あぁ!行くぞセイバー!」
よかった。アーチャーもいればきっとこのままバーサーカーを倒せる。安心したらなんだか急に目が霞んで頭がクラクラしてきた。さっきまで全然気にしてなかった腕の傷もまるでそこに心臓があるかのようにドクドクと血が集まっていってるのがわかった。あぁ・・・・・頭が真っ白だ。もう体に力が入らないや・・・・。
*
バタッ!!
「「っ!!」」
バーサーカーに向かって武器を向けていた俺達は後ろから聞えてきた何かが床に落ちた音を聞いてすぐに後ろを向けばアーチャーのマスターに抱きかかえられた名無しの姿が目に入った。
「マスター!」
俺はすぐに名無しの所に走って倒れたその体を覗き込めば、額に大量の汗をかいていて、腕の傷からはさっきよりも多く血が流れていた。顔面が蒼白で呼吸がやけに浅いのが気になる。
「貧血と魔力の使いすぎだろうね。こんだけ大量に血を流してれば無理もないさ」
ババアは血が流れたままの腕を掴みながらため息をついた。「待ってなさい。今傷を塞いであげるから」と目を閉じて何かぶつぶつと呪文を唱えながら名無しの腕に手をかざせばそこから光が溢れ出した。
「マスター・・・・・」
俺は汗で額にくっついている前髪をどかしながら顔に手を置けばすごく冷たくなっていた。
「やべぇな。早くここから抜けださねぇと・・・・。マスターのこと頼んだぞババア!」
「それが人にものを頼む時の態度かい?!」
後ろからババアの怒った声が聞えてきたがそんなの気にせず俺は剣を握ってバーサーカーに向かって走り出した。
「行くぞ!アーチャー!」
遠距離から攻撃をしてバーサーカーを牽制し続けてたアーチャーと合流しバーサーカーに剣を振りかざした。
「■■■■■ーーー!!」
「くっそ!」
長時間サーヴァントを3騎も相手にしているくせにまったく攻撃の威力が落ちねぇ!こいつマジでバケモノかよ!加えてさっきよりも剣が重く感じて上手く振るうことができねぇ。なんだこれは・・・・・。俺が正面からバーサーカーの攻撃を受け止めてアーチャーが背後から攻撃するのを繰り返しているが、まったく攻撃が通らねぇ。俺の宝具を受けてもまったくダメージを受けてた感じもなかったしどうすりゃいいんだよ。
「セイバー避けろ!」
「っ?!うおっ!」
アーチャーの声が聞えてきたのと同時にバーサーカーの攻撃に備えて剣を構えたが、体が軽く吹き飛ばされた。
「かはっ!」
吹き飛ばされた俺はゴロゴロと転がり屋上を囲っているフェンスにぶつかった。口から血の味がする。くっそ・・・・・。体の痛みを耐えながら床に落ちている剣を握り締めれば違和感を感じた。
「剣が重めぇ・・・・」
さっきまで軽々と振るえていた剣が、持ち上げるのもやっとなぐらいの重さが変わっていた。なんでだ・・・・と疑問に思ったがそれはすぐに解決した。
「っち。魔力切れかよ・・・・」
体の違和感に気づいて自分の体をよくみれば元の姿に戻っていた。前にあのアホ女が言っていた言葉を思い出してこれが魔力切れのせいだとわかった。サーヴァントの姿の時には鈍くなっていた体の痛みもダイレクトに伝わってきて立ち上がるのもつらかった。
「セイバー・・・・その姿は・・・・」
俺の異変に気づいたアーチャーがすぐに俺の元へと飛んできたが、俺の姿を見て何か察したようだった。
「悪い。魔力切れだ」
だんだん痛みだけではなく体の痺れまで出てきて、手に持っている剣すら握れずにいた。このままじゃここから名無しを逃がすどころか立ち上がれるかどうかもわからねぇ。
「・・・・・セイバー。悪いがここは俺にまかせてくれねぇか?」
「何言ってんだよ。お前一人であいつの相手なんて!」
あんなバケモノ一人で相手できるわけねぇだろ!サーヴァント3騎がかりでも無理だったんだぞ!いくら、動けるぐらいまで傷が回復してたって全快ではねぇ・・・・なのに・・・・
「やってみせるさ。俺の役目はマスターを守ることだ」
そんなことアーチャーもわかっているはずだが、目の前のこいつは恐怖や不安なんか1ミリも感じていないかのように笑顔を俺に向けた。
「アーチャーお前・・・・・」
「おい、ライダー聞えるか?」
アーチャーは頭上にいるライダーに向かって声をかけた。
「なぁに?」
「お前の鳥に何人乗れる?」
「うーん。5人は乗れると思うけど」
「十分だ。こいつらのこと頼んだぞ!」
「アーチャー!あんた一体何を言って!」
名無しの傷を塞ぎ終わったババアは目を覚ました名無しの体を起こしながらアーチャーの発言に怒りをぶつけた。
「なぁ、マスター。俺さ、アンタには1秒でも長く生きててもらいてぇんだよ。こんなとこで死んで欲しくねぇ」
アーチャーはババアに近づいてその手を握りしめて祈りをこめるように額に手を当てた。
「アーチャー・・・・」
ババアはアーチャーの気持ちが痛いほど伝わったのか苦しそうな顔でアーチャーのことを見つめていた。
「なぁ、セイバーのマスター。俺の願い事を聞いちゃくれねぇか?」
「願い事・・・・?」
「あぁ。もし、アンタが最後まで勝ち残って聖杯を手に入れたら、その時は俺のマスターの呪いを解いて欲しい」
「っ?!・・・・それって」
「俺は、マスターの『今』を守りてぇんだ。だから、お前さんにはマスターの『未来』を守ってもらいてぇんだ」
「アーチャーさん・・・・」
名無しの頭に手を乗せながら優しく笑ったアーチャーは辛そうな顔をしている名無しに気を使ってガシガシと乱暴に頭を撫で回した。
「なぁ、マスター。
俺は、どうやらマスター運ってのが毎回いいらしい。その中でも、今回が一番良いマスターだったぜ」
「・・・・・私もサーヴァント運がよかったようだ。守ってくれてありがとう。アーラシュ」
「あぁ・・・・。
さぁ!もう行ってくれ!流星を見せてやるぜ!」
立ち上がったアーチャーはもう一度バーサーカーに向かって弓を構えた。あれは全ての覚悟ができてる顔だ。ここはもうあいつに任せるしかねぇ。
「令呪を持って命ずる!アーチャーに力を!」
ババアは令呪をアーチャーにかざして最後の一画に全ての願いをこめた。
「アーチャーほんとに一人でいけるのか?」
今まで空中からガンドでバーサーカーの動きを封じていたライダーのマスターがアーチャーの横に降り立ち声をかけた。
「いける!俺にまかせろ!」
「すまない。後はまかせた」
そう言って俺の方に向かって走ってきたライダーのマスターは座ったままの俺の腕を自分の肩に回した。
「立てるか?・・・・セイバーでいいんだよな?」
「あぁ。今は説明するのもめんどくせぇからとにかく行くぞ」
「あぁ。ライダー!ヒポクリフを!」
「わかったよ!」
先にババアと名無しを乗せた鳥が俺らに向かって飛んできて、ライダーのマスターは俺のことを投げるように鳥の上に乗せた。
「いってぇな」
「悪い。ライダー行くぞ」
「よし!いっくぞー!」
「セイバー・・・・・。魔力が・・・・ごめんね」
「お前のせいなんかじゃねぇよ。そんな顔すんな」
元の姿に戻った俺を見て、自分の力不足だと嘆いている名無しの頬に手を添えて、今にも泣き出しそうな目元を優しく擦った。
「さっきアーチャーのことを『アーラシュ』って呼んでたけど、アーラシュってあの?」
アーチャーの真名を聞いて何か気づいたライダーのマスターはババアに問いかけた。
「そうさ。私のサーヴァントの真名は『アーラシュ』古代ペルシャにおける伝説の大英雄。
西アジアでの神代最後の王とも呼ばれるマヌーチェフル王の戦士として、六十年に渡るペルシャ・トゥルク間の戦争を終結させ、両国の民に平穏と安寧を与えた救世の勇者」
「んだよ。自分のサーヴァントの英雄伝でも語る気か?」
サーヴァントのほとんどがこの世に今だに語り継がれる英雄としての有名なエピソードを持っているが、俺には反逆者としての歴史しか残っていない。急に始まった耳障りな話に思わず耳を塞ごうとしたが、すぐに様子がおかしいことに気づいた。
「アーラシュは、何十年も続いた戦争を終わらせるために、ダマーヴァンド山の頂上に立ち、究極の一矢によってペルシャとトゥランの両国に「国境」を作り、大地を割った。
その矢は最も速き流星より疾く、その射程距離、実に2500km。人ならざる絶技と引き換えに・・・・・」
「彼は五体四散して命を失った・・・・・」
「「「「っ!!」」」」
一息置いて告げたその言葉に俺達の思考は一瞬停止した。宝具は俺らが生前に築き上げた伝説逸話や伝説を基盤としている。現に俺の『我が麗しき父への叛逆』(クラレント・ブラッドアーサー)は生前父上の武器庫から燦然と輝く王剣(クラレント)を奪ったことや、父上を害したことから成っている。それと同様アーチャーの宝具も恐らく・・・・
「まさか!アーラシュさんは!」
「宝具の使用と引き換えに命を落とす」
「止めなきゃ!今すぐ止めればまだ間に合うっ!」
「マスターやめろ」
ババアの話を聞いて宝具を使えばアーチャーが死ぬこと知った名無しがすぐに止めに戻ろうと提案したがその提案を却下した。
「セイバー・・・・」
「一番それをわかってるのはこいつだ。だから、これ以上何も言うな」
「・・・・・ごめんなさい」
「ついさっき出会ったばっかりの・・・・しかも、敵の私たちのことをこんなに想ってくれるなんてありがとね。アンタはほんとに優しい子だ。
アンタたちは私とアーチャーをたくさん助けてくれた。だから、これから何が起きたとしてもアンタたちは何も背負わなくていいからね。
・・・・良いマスターに選ばれたね。大事にしなさいよ」
名無しの頭を優しく撫でたババアはさっき名無しがアーチャーから頼まれたことをやらなくていいと言った。聖杯がなけりゃもうすぐ自分が死ぬっつーのに、こいつはアーチャーがあの時あの場に残ると決めた時点で一緒に全て覚悟していたんだ。
「・・・・うるせぇババア。言われなくてもそうする」
サーヴァントはマスターを聖杯戦争が終わるまで守り続けるのが役目だ。だから、自分から死を選びにいったあいつは『サーヴァント』としてはダメダメだったが、『英雄』としては・・・・・
―――――――――――――――――――
「あそこまで離れれば大丈夫だな・・・・。さて、バーサーカー。終わりにしようぜ」
マスターたちがある程度離れるまで一人で足止めをしていたアーラシュは自分の目視で確認できないぐらいまで離れたのを確認すると、目の前にいるまったく無傷のままのサーヴァントに一本の矢を番えた。
「■■■■■ーーー!!」
「―――陽のいと聖なる主よ。あらゆる叡智、尊厳、力をあたえたもう輝きの主よ。
我が心を、我が考えを、我が成しうることをご照覧あれ
さあ、月と星を創りしものよ。我が行い、我が最期、我が成しうる聖なる献身スプンタ・アールマティを見よ。
この渾身の一射を放ちし後に―――
―――我が強靭の五体、即座に砕け散るであろう!
────流星一条(ステラ)!」
さっきまで俺たちがいた場所から数キロ離れた距離まで逃げてきたが、その叫びはここまで届いた。アーチャーがバーサーカーに放った一矢は流れ星のように速く光り輝き凄まじい爆発を引き起こした。その爆風はここまで伝わってライダーの鳥が大きく揺れた。ライダーのマスターがすぐにアーチャーのマスターの肩を支え、俺は落ちそうになった名無しの腰を掴みぐっと引き寄せて抱きしめた。
「マズい!ここで降りるぞ!ライダー、ヒポクリフを降下させろ」
「うん!わかったよ!」
「うっ!!」
「セイバー!」
床に倒れた私は目の前でバーサーカーの攻撃を剣で受け止めているセイバーの姿を見て驚きの声を上げた。そのわき腹からはボタボタと溢れ出した血が床に止めどなく落ちている。傷が塞がってないのにこんなっ!
「うらあああああ!!」
弾き飛ばされることなくバーサーカーの攻撃を弾き飛ばしたセイバーは今にも倒れてしまいそうなほどふらつき荒い呼吸を繰り返していた。私はすぐに立ち上がりその倒れてしまいそうな体を抱きしめて支えた。こんな状態でこれ以上バーサーカーと交戦なんて無理だ。私が守らなきゃ!と、バーサーカーに向かって弓を構えれば、「ライダー行け!」という声が聞えてきた。
「行くよ!ヒポクリフ!」
セイバーが攻撃を受け止めたことで体制を崩したバーサーカーに向かって後ろからライダーが鳥に乗ってバーサーカーに突っ込んで行った。体がオレンジ色に光っているのを見て、さっきと同じようにマスターが魔術を使っていることがすぐにわかった。この間にせめてわき腹の傷だけでも塞がなきゃと思いセイバーの足元にしゃがんで傷を見たが、あまりにもグロテスクな光景に思わず胃から何かがこみ上げてきた。こんなひどい怪我をしているのに・・・・・
「どうして・・・・・」
さっきまで倒れて目も開けられない状態だったのになんで立ち上がって戦えてるの?その気持ちを込めて問いかければ、セイバーは剣で自分の体を支えながらこちらを向いて少し笑った。
「約束しただろ・・・・。『絶対に俺が死んでもお前のことを守る。』って」
「セイバー・・・・・」
私は目から流れる涙をゴシゴシと手で乱暴に拭いながら立ち上がりセイバーを抱きしめた。ごめん。こんなに傷つけて。ごめん。傷ついている貴女をこんなに頑張らせて・・・・・
「泣くんじゃねぇよ・・・・。俺は大丈夫だから。今日はかっこ悪い姿ばっか見せて悪ぃな」
私をあやすように頭をポンポンと撫でてくれるセイバーに一生懸命首を横に振って否定した。かっこ悪くなんかない。貴女は誰よりも一番かっこいい。
「お前も随分ケガだらけになっちまったな・・・・・・。まぁ、これのおかげで俺はまた立ち上がれたんだけどよ」
そう言って私が先程セイバーの剣で切りつけた腕を目線の高さに持ち上げた。あぁ、これのおかげで少し魔力がセイバーに供給されたのか。と納得した。
「汚いかもしれないけど、私の血飲める?」
セイバーが上に上げたせいで肘に向かって血がツーっと伝っていっている腕をセイバーに見せればセイバーが首を横に振った。
「いや、これ以上お前を傷つけさせねぇ」
「えっ」
私たちのパスを通しての魔力供給じゃ到底回復なんて間に合わない。一体どうする気なのだろう。と体がふらふらしているセイバーを支えながら見つめていれば、セイバーは私のことをじっと見つめた。
「・・・・お前だけは俺が死んでもぜってぇ助けてやるからな」
その瞳からは私を守るという強い意志が感じられて、その勢いに圧倒された私はただただその瞳を見つめ続けた。マスターとサーヴァントの関係になってから幾度となく言われ続けた言葉なのに未だにその言葉を言われると胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
「マスター決着つけるぞ!令呪をくれ!」
私から手を離したセイバーは再び剣を構えてライダーと交戦中のバーサーカーを睨みつけた。
「っ!!・・・・うん!
令呪を持って命ずる!セイバー、バーサーカーを倒して!」
右手を大きく頭上に掲げながらセイバーに向かって『命令』をした瞬間、セイバーの体を突風が包み込み赤い雷が頭上からバチバチと落雷してきた。
「きゃあ!」
その風の勢いに体が飛ばされて、床へとお尻から勢いよく転んだ。
「いたた・・・・・」
痛むお尻を擦りながらセイバーを見れば、突風が止み鎧を身に纏ったセイバーの姿が目の前にあった。先程まであったわき腹の傷は消え戦いが始まる前の無傷の状態に戻っていた。
「これが・・・・・令呪の力・・・・・」
目の前の信じられない光景に思わず驚いていれば、セイバーがこっちを見た。
「驚くのはまだ早いぜマスター。真骨頂はここからだ!ライダー!てめぇのマスターを連れてさっさとここから離れろ!」
「えっ?!」
バーサーカーとの交戦中にいきなりセイバーに声をかけられたライダーは驚きの声を上げた。
「そこのババアも魔術でも何でも使って自分のサーヴァントを守れよ!」
にやっと笑いながらそう告げたセイバーをみてアーチャーのマスターはセイバーが何をしようとしてるのかをすぐに察して治癒魔術から防衛魔術に変換した。ライダーも「マスター離れるよ!」と言って、鳥にマスターを乗せて空高く飛び立った。
「よしっ!マスターも下がってろよ!」
「うん!」
兜を取り払ったセイバーの言葉に大きく頷いた私は後ろに大きく下がってセイバーのことを見守った。ランサーを倒したあの技さえ使えればバーサーカーも倒せるはず!
「くらえ!『我が麗しき父への叛逆』(クラレント・ブラッドアーサー)!」
剣の切っ先にバチバチと赤雷が集まり赤く染まった剣を勢いよくバーサーカーに向かって振り下ろした。バーサーカーはセイバーの攻撃を跳ね返そうと斧を構えたが、セイバーの宝具の威力に押し負けて苦しそうな悲鳴を上げながら後ろに吹き飛ばされ、大きな音を立てながら倒れた。
「はっ!大したことなかったな!」
倒れたまま微動だにしないバーサーカーを見て勝利を確信したセイバーは剣を肩に担いで後ろにいる私の方に向かって歩いてきた。
「勝った・・・・の?」
「あぁ、倒したぜマスター!」
不安気に問いかけた私の言葉にセイバーは笑顔で答えた。よかった・・・・・ランサーの時のように宝具の打ち合いになったらどうしようかと思ったけど、バーサーカーは宝具を使う前に倒されてくれた・・・・・・。待って、ランサーが倒された時は確か・・・・
「セイバー!バーサーカーはまだ!「■■■■■ーーー!!」」
私の言葉と重なるようにバーサーカーの雄叫びが響き渡った。その声を聞いて私とセイバーはバーサーカーへと目を向ければ、無傷な状態のバーサーカーが立っており、こちらに向かって大きく飛びかかってきた。
「「っ!?」」
驚きで完全に体が固まってしまった私を守るように前に出たセイバーは斧を振り下ろしてきたバーサーカーの攻撃を頭上に構えた剣で受け止めたが
「う゛ぅ!!」
あまりの攻撃の重さに苦しそうな声を上げた。剣を持っている腕が震えているのが見えて、やばい!と思った瞬間にセイバーの足元の床が大きく下に沈んだ。
「セイバー!」
このままじゃバーサーカーにセイバーが押しつぶされてしまう!どうしよう。と私が悩んでいる間にも「ぐあああぁぁ!」というセイバーの苦しげな声が聞えてきた。悩んでる時間なんてない!
「令呪を持って命ず「こっちだ!」」
セイバーに右手を向けて令呪を使用しようとしたら、バーサーカーの後ろから何かが飛んで現れた。あれは・・・・・・
「俺が戻った以上好き勝手はさせねぇぞ!バーサーカー!」
その言葉と同時にその手に持った弓から何本もの矢が飛んできた。その矢は全てバーサーカーの背中に刺さり「■■■■■ーーー!!」と苦しげな声を上げながら後ろを振り向いた。
「アーチャー!」
「遅せぇんだよ・・・・・」
「随分待たせちまったな。マスターのおかげでようやくここまで回復できたぜ」
私たちの横に着地したアーチャーはセイバーと同様に外見は無傷の状態に戻っていた。アーチャーのマスターの方を見れば、魔力を使いすぎたのか床に座ったまま動けずにいた。
「休んでた分きっちり働いてもらうぞ!」
「あぁ!」
セイバーは剣を握り直し、アーチャーも弓を構えたが、何故かすぐにすっとその弓を下げた。私とセイバーはその様子を見て首を傾げると、アーチャーは私とセイバーの顔を交互に見て、にこっと爽やかな笑顔を見せた。
「んだよ。急に」
その様子を訝しげに見たセイバーは剣を構えたままアーチャーを睨みつけた。
「・・・・・・マスターのこと守ってくれてありがとうな」
「つ、ついでだ!ついで!さっさとそいつを倒すぞ!お前と戦わなきゃいけねぇんだから!」
突然感謝の言葉を言われて少し照れたのか早口でアーチャーに返事をして剣を構え直したセイバーを見て少し笑った。
「あぁ!行くぞセイバー!」
よかった。アーチャーもいればきっとこのままバーサーカーを倒せる。安心したらなんだか急に目が霞んで頭がクラクラしてきた。さっきまで全然気にしてなかった腕の傷もまるでそこに心臓があるかのようにドクドクと血が集まっていってるのがわかった。あぁ・・・・・頭が真っ白だ。もう体に力が入らないや・・・・。
*
バタッ!!
「「っ!!」」
バーサーカーに向かって武器を向けていた俺達は後ろから聞えてきた何かが床に落ちた音を聞いてすぐに後ろを向けばアーチャーのマスターに抱きかかえられた名無しの姿が目に入った。
「マスター!」
俺はすぐに名無しの所に走って倒れたその体を覗き込めば、額に大量の汗をかいていて、腕の傷からはさっきよりも多く血が流れていた。顔面が蒼白で呼吸がやけに浅いのが気になる。
「貧血と魔力の使いすぎだろうね。こんだけ大量に血を流してれば無理もないさ」
ババアは血が流れたままの腕を掴みながらため息をついた。「待ってなさい。今傷を塞いであげるから」と目を閉じて何かぶつぶつと呪文を唱えながら名無しの腕に手をかざせばそこから光が溢れ出した。
「マスター・・・・・」
俺は汗で額にくっついている前髪をどかしながら顔に手を置けばすごく冷たくなっていた。
「やべぇな。早くここから抜けださねぇと・・・・。マスターのこと頼んだぞババア!」
「それが人にものを頼む時の態度かい?!」
後ろからババアの怒った声が聞えてきたがそんなの気にせず俺は剣を握ってバーサーカーに向かって走り出した。
「行くぞ!アーチャー!」
遠距離から攻撃をしてバーサーカーを牽制し続けてたアーチャーと合流しバーサーカーに剣を振りかざした。
「■■■■■ーーー!!」
「くっそ!」
長時間サーヴァントを3騎も相手にしているくせにまったく攻撃の威力が落ちねぇ!こいつマジでバケモノかよ!加えてさっきよりも剣が重く感じて上手く振るうことができねぇ。なんだこれは・・・・・。俺が正面からバーサーカーの攻撃を受け止めてアーチャーが背後から攻撃するのを繰り返しているが、まったく攻撃が通らねぇ。俺の宝具を受けてもまったくダメージを受けてた感じもなかったしどうすりゃいいんだよ。
「セイバー避けろ!」
「っ?!うおっ!」
アーチャーの声が聞えてきたのと同時にバーサーカーの攻撃に備えて剣を構えたが、体が軽く吹き飛ばされた。
「かはっ!」
吹き飛ばされた俺はゴロゴロと転がり屋上を囲っているフェンスにぶつかった。口から血の味がする。くっそ・・・・・。体の痛みを耐えながら床に落ちている剣を握り締めれば違和感を感じた。
「剣が重めぇ・・・・」
さっきまで軽々と振るえていた剣が、持ち上げるのもやっとなぐらいの重さが変わっていた。なんでだ・・・・と疑問に思ったがそれはすぐに解決した。
「っち。魔力切れかよ・・・・」
体の違和感に気づいて自分の体をよくみれば元の姿に戻っていた。前にあのアホ女が言っていた言葉を思い出してこれが魔力切れのせいだとわかった。サーヴァントの姿の時には鈍くなっていた体の痛みもダイレクトに伝わってきて立ち上がるのもつらかった。
「セイバー・・・・その姿は・・・・」
俺の異変に気づいたアーチャーがすぐに俺の元へと飛んできたが、俺の姿を見て何か察したようだった。
「悪い。魔力切れだ」
だんだん痛みだけではなく体の痺れまで出てきて、手に持っている剣すら握れずにいた。このままじゃここから名無しを逃がすどころか立ち上がれるかどうかもわからねぇ。
「・・・・・セイバー。悪いがここは俺にまかせてくれねぇか?」
「何言ってんだよ。お前一人であいつの相手なんて!」
あんなバケモノ一人で相手できるわけねぇだろ!サーヴァント3騎がかりでも無理だったんだぞ!いくら、動けるぐらいまで傷が回復してたって全快ではねぇ・・・・なのに・・・・
「やってみせるさ。俺の役目はマスターを守ることだ」
そんなことアーチャーもわかっているはずだが、目の前のこいつは恐怖や不安なんか1ミリも感じていないかのように笑顔を俺に向けた。
「アーチャーお前・・・・・」
「おい、ライダー聞えるか?」
アーチャーは頭上にいるライダーに向かって声をかけた。
「なぁに?」
「お前の鳥に何人乗れる?」
「うーん。5人は乗れると思うけど」
「十分だ。こいつらのこと頼んだぞ!」
「アーチャー!あんた一体何を言って!」
名無しの傷を塞ぎ終わったババアは目を覚ました名無しの体を起こしながらアーチャーの発言に怒りをぶつけた。
「なぁ、マスター。俺さ、アンタには1秒でも長く生きててもらいてぇんだよ。こんなとこで死んで欲しくねぇ」
アーチャーはババアに近づいてその手を握りしめて祈りをこめるように額に手を当てた。
「アーチャー・・・・」
ババアはアーチャーの気持ちが痛いほど伝わったのか苦しそうな顔でアーチャーのことを見つめていた。
「なぁ、セイバーのマスター。俺の願い事を聞いちゃくれねぇか?」
「願い事・・・・?」
「あぁ。もし、アンタが最後まで勝ち残って聖杯を手に入れたら、その時は俺のマスターの呪いを解いて欲しい」
「っ?!・・・・それって」
「俺は、マスターの『今』を守りてぇんだ。だから、お前さんにはマスターの『未来』を守ってもらいてぇんだ」
「アーチャーさん・・・・」
名無しの頭に手を乗せながら優しく笑ったアーチャーは辛そうな顔をしている名無しに気を使ってガシガシと乱暴に頭を撫で回した。
「なぁ、マスター。
俺は、どうやらマスター運ってのが毎回いいらしい。その中でも、今回が一番良いマスターだったぜ」
「・・・・・私もサーヴァント運がよかったようだ。守ってくれてありがとう。アーラシュ」
「あぁ・・・・。
さぁ!もう行ってくれ!流星を見せてやるぜ!」
立ち上がったアーチャーはもう一度バーサーカーに向かって弓を構えた。あれは全ての覚悟ができてる顔だ。ここはもうあいつに任せるしかねぇ。
「令呪を持って命ずる!アーチャーに力を!」
ババアは令呪をアーチャーにかざして最後の一画に全ての願いをこめた。
「アーチャーほんとに一人でいけるのか?」
今まで空中からガンドでバーサーカーの動きを封じていたライダーのマスターがアーチャーの横に降り立ち声をかけた。
「いける!俺にまかせろ!」
「すまない。後はまかせた」
そう言って俺の方に向かって走ってきたライダーのマスターは座ったままの俺の腕を自分の肩に回した。
「立てるか?・・・・セイバーでいいんだよな?」
「あぁ。今は説明するのもめんどくせぇからとにかく行くぞ」
「あぁ。ライダー!ヒポクリフを!」
「わかったよ!」
先にババアと名無しを乗せた鳥が俺らに向かって飛んできて、ライダーのマスターは俺のことを投げるように鳥の上に乗せた。
「いってぇな」
「悪い。ライダー行くぞ」
「よし!いっくぞー!」
「セイバー・・・・・。魔力が・・・・ごめんね」
「お前のせいなんかじゃねぇよ。そんな顔すんな」
元の姿に戻った俺を見て、自分の力不足だと嘆いている名無しの頬に手を添えて、今にも泣き出しそうな目元を優しく擦った。
「さっきアーチャーのことを『アーラシュ』って呼んでたけど、アーラシュってあの?」
アーチャーの真名を聞いて何か気づいたライダーのマスターはババアに問いかけた。
「そうさ。私のサーヴァントの真名は『アーラシュ』古代ペルシャにおける伝説の大英雄。
西アジアでの神代最後の王とも呼ばれるマヌーチェフル王の戦士として、六十年に渡るペルシャ・トゥルク間の戦争を終結させ、両国の民に平穏と安寧を与えた救世の勇者」
「んだよ。自分のサーヴァントの英雄伝でも語る気か?」
サーヴァントのほとんどがこの世に今だに語り継がれる英雄としての有名なエピソードを持っているが、俺には反逆者としての歴史しか残っていない。急に始まった耳障りな話に思わず耳を塞ごうとしたが、すぐに様子がおかしいことに気づいた。
「アーラシュは、何十年も続いた戦争を終わらせるために、ダマーヴァンド山の頂上に立ち、究極の一矢によってペルシャとトゥランの両国に「国境」を作り、大地を割った。
その矢は最も速き流星より疾く、その射程距離、実に2500km。人ならざる絶技と引き換えに・・・・・」
「彼は五体四散して命を失った・・・・・」
「「「「っ!!」」」」
一息置いて告げたその言葉に俺達の思考は一瞬停止した。宝具は俺らが生前に築き上げた伝説逸話や伝説を基盤としている。現に俺の『我が麗しき父への叛逆』(クラレント・ブラッドアーサー)は生前父上の武器庫から燦然と輝く王剣(クラレント)を奪ったことや、父上を害したことから成っている。それと同様アーチャーの宝具も恐らく・・・・
「まさか!アーラシュさんは!」
「宝具の使用と引き換えに命を落とす」
「止めなきゃ!今すぐ止めればまだ間に合うっ!」
「マスターやめろ」
ババアの話を聞いて宝具を使えばアーチャーが死ぬこと知った名無しがすぐに止めに戻ろうと提案したがその提案を却下した。
「セイバー・・・・」
「一番それをわかってるのはこいつだ。だから、これ以上何も言うな」
「・・・・・ごめんなさい」
「ついさっき出会ったばっかりの・・・・しかも、敵の私たちのことをこんなに想ってくれるなんてありがとね。アンタはほんとに優しい子だ。
アンタたちは私とアーチャーをたくさん助けてくれた。だから、これから何が起きたとしてもアンタたちは何も背負わなくていいからね。
・・・・良いマスターに選ばれたね。大事にしなさいよ」
名無しの頭を優しく撫でたババアはさっき名無しがアーチャーから頼まれたことをやらなくていいと言った。聖杯がなけりゃもうすぐ自分が死ぬっつーのに、こいつはアーチャーがあの時あの場に残ると決めた時点で一緒に全て覚悟していたんだ。
「・・・・うるせぇババア。言われなくてもそうする」
サーヴァントはマスターを聖杯戦争が終わるまで守り続けるのが役目だ。だから、自分から死を選びにいったあいつは『サーヴァント』としてはダメダメだったが、『英雄』としては・・・・・
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「あそこまで離れれば大丈夫だな・・・・。さて、バーサーカー。終わりにしようぜ」
マスターたちがある程度離れるまで一人で足止めをしていたアーラシュは自分の目視で確認できないぐらいまで離れたのを確認すると、目の前にいるまったく無傷のままのサーヴァントに一本の矢を番えた。
「■■■■■ーーー!!」
「―――陽のいと聖なる主よ。あらゆる叡智、尊厳、力をあたえたもう輝きの主よ。
我が心を、我が考えを、我が成しうることをご照覧あれ
さあ、月と星を創りしものよ。我が行い、我が最期、我が成しうる聖なる献身スプンタ・アールマティを見よ。
この渾身の一射を放ちし後に―――
―――我が強靭の五体、即座に砕け散るであろう!
────流星一条(ステラ)!」
さっきまで俺たちがいた場所から数キロ離れた距離まで逃げてきたが、その叫びはここまで届いた。アーチャーがバーサーカーに放った一矢は流れ星のように速く光り輝き凄まじい爆発を引き起こした。その爆風はここまで伝わってライダーの鳥が大きく揺れた。ライダーのマスターがすぐにアーチャーのマスターの肩を支え、俺は落ちそうになった名無しの腰を掴みぐっと引き寄せて抱きしめた。
「マズい!ここで降りるぞ!ライダー、ヒポクリフを降下させろ」
「うん!わかったよ!」