「噂では聞いたことがあったけど、アンタみたいな子を見たのは初めてだよ」


「えっ?」
突然話しかけられて後ろを振り向けばそこにはアーチャーのマスターが立っており、咄嗟に弓と矢を手に取り少し距離を離れれば、「っふ」と鼻で笑われた。


「大丈夫よ。アンタに手出しはしない。なんなら、あたしの首に矢を突きつけながら話したってかまわないよ」
クスクスと笑いながら言われたその言葉を聞いて、ゆっくり矢と弓を下に下ろせば、安心したような笑顔を私に見せてくれた。


「さっきの攻撃は見事だったね。まさか私の作った罠が破られるとは思わなかったけど」
何故か嬉しそうな顔をして私のことを褒める言葉を聞きながらも、正直、私自身なんで急にあんな攻撃ができたのかがわかっていないため困惑した。最初は風に負けるような矢しか射ることができなかったのに、なんでさっきは・・・・・ん?『私の作った罠』?!


「あの罠は貴女が?!」
驚いて問いかければ「そうだよ」となんとも軽い返事が返ってきた。さっきセイバーを捕らえていたあの罠を作ったのがこの人だなんて・・・・。対サーヴァント用の罠を人間が?!やっぱり、一流の魔術師になるとここまでのことができるんだ。と考えていたら、「ちょいと失礼」と言いながらいつの間にか近づいてきていたアーチャーのマスターが私の手を掴み先程のセイバーと同じように舌を出して軽く傷を舐めた。その行為にまた私は悲鳴のような声をあげて信じられないものを見る目で目の前にいる女の人を見た。


「やっぱり思った通り。どうやら、アンタの魔力は全部体液に溶けちまってるみたいだね」


「えっ?」
私の傷を舐め取ったアーチャーのマスターはうんうん。と何か納得したように頷いたあと私の顔を見ながら信じられないことを言った。


「最初対峙した時はアンタから少ししか魔力を感じなかったけど、今はとてつもなく膨大な魔力を感じる。昔、祖父から聞いたことがあるんだ。魔力が全て体液に溶け出してしまう魔術師がいるとね」


「そんなことありえるんですか?」


「まぁ、元々魔力は体液に溶けやすいからありえなくはないさ。実際、マスターとサーヴァントの間で粘膜接触による魔力供給は行われているしね。だけど、アンタは桁が全然違う。全魔力が体液に溶け出していると考えた方がいいだろう。文献にもそんな魔術師が存在したなんて話は残っていないし、今まで噂でしか聞いたことはなくて、みんな都市伝説のように思っていたんだが、まさか、こんな所で出会えるなんてね」
マスターとサーヴァントの魔力供給の方法が他にもあったなんて・・・・てっきりパスを通してしか供給ができないと思っていたし、私の魔力が全部体液に溶け出していることも信じられなかったが、言葉が出てこないまま頭の中では色々と思いたあたることが頭を駆け巡った。


「そういえば、ランサーと戦った時にセイバーに魔力を送った時も、アーチャーと戦ってる最中に魔力を送った時も、私、どこかしらにケガしてた・・・・。でも、それは転んだ時に出来たかすり傷ばかりで特に血液が直接接触していたわけじゃないのに・・・・」


「恐らく、それは傷を負って血液が出た時に一時的に魔力が体外に放出されたのがセイバーに送られただけだろう。さっきみたいに手を握っただけでなんて何度も送ったりはできないと思うよ」
今までセイバーに満足に魔力を送ることができなかったけど、もしかしたらこの方法でならもっと魔力を送ってあげることができるんじゃ・・・・・。でも、そのためには毎回体外に血を出さなきゃいけないだなんて・・・・あぁ、私はなんて未熟者なんだろう。セイバーはあんなに一生懸命頑張ってくれているのに、私は何をしてあげられるんだろう。


「ふふっ。あたしと違ってまだアンタは若いんだからいっぱい悩みなさい」
悩んでる私を見てクスクス笑い続けるアーチャーのマスターに首を傾げた。


「あの、なんで親切に教えてくれるんですか?私は敵なのに」


「なんか、アンタは全然魔術師っぽくないから放って置けなくてね」
まるで母親のように優しい笑顔を向けながら私の頭に手を置きポンポンと撫でたその人のことをじっと見つめていれば、「マスター、ほどほどにしておけよ?」とアーチャーの声が近くから聞えてきた。


「まぁ、構ってやりたくなる気持ちもわかるがな」
そう言って私たちの近くに着地したアーチャーを見て、セイバーとの戦いは?!と思い、見渡しながらセイバーを探せば、剣を床に突き刺して苦しそうに両手で剣を握り締めて体を支えている姿が目に映った。


「セイバー!」
私は慌ててセイバーに駆け寄ろうとしたが、「危ねぇから来るなマスター!」と制止された。恐らく魔力切れだろう。さっきみたいに一時的に溢れた魔力をセイバーに注ぐ以外では、私がセイバーに送れる魔力の量はストローで吸い上げる程度のものだ。きっと使用量に供給量が追いつかなかったのだろう。来るなと止められたばかりだけど、私はセイバーの元に駆け寄った。


「来るなっつったのに、ほんとに言う事聞かねぇマスターだな」
剣に寄りかかりながら息切れをしているセイバーは困った顔で私を見つめた。そんなセイバーの腕に私が触れれば、「どうした?」と優しく声をかけられた。


「ねぇ、セイバー。私の腕を切って」


「はぁ?!」
私の突然のお願いにセイバーは目を見開いて眉間に皺を寄せた。


「さっきアーチャーのマスターが教えてくれたの。私の魔力は全部体液に溶け出してるんだって。だから、イヤかもしれないけど私の血を飲んでくれれば少しは魔力が回復するかもしれない」
さっき教えてもらったことをセイバーに伝えながら手を離して腕を差し出せば、セイバーはアーチャーのマスターのことを睨みつけた。


「てめぇ、俺のマスターに嘘でも教えやがったのか!」


「嘘じゃないさ。その子の魔力は間違いなく全部体液に溶け出してる。それは、さっきその子の傷口を舐めたアンタが一番わかってるんじゃないのかい?」
アーチャーのマスターの返答に何も言わず睨みつけたままでいるセイバーに「セイバー?」と声をかければ一度ため息をついた後に「ほんとにいいんだな?」と真剣な顔で私に問いかけてきた。


「うん。・・・・でも、なるべく痛くしないでね」
意を決して腕を差し出したもののうっかり紙で指を切ってしまった時ですらあんなに痛いのに剣でなんて・・・・と怖くなり目を閉じた。しかし、待っていても何故かセイバーの剣が抜ける音が聞えてこなかった。


「セイバー?」
目を閉じたまま声をかければ、何故か顎に手をおかれぐいっと引っ張られた。え、なんで?と思い目を開けば目と鼻の先にセイバーの整った顔があり、「きゃああ!」という悲鳴と共に思い切りセイバーの顔を平手打ちした。


「はぁ?!何しやがんだ!」


「それはこっちのセリフだよ!何してるのさ!」
叩かれた方の頬を手で押さえながら怒っているセイバーに向かって怒鳴り返せば、セイバーはむっとした顔で私を睨みつけた。


「お前が魔力供給してもいいって言うから!」


「腕を切ってもいいって言ったけど、キスしていいだなんて一言も言ってない!」


「俺が、お前を傷つけることなんてできるわけがねぇだろうが!大体、粘膜接触による魔力供給は!その、その・・・・き、キスが一般的なんだよ!」


「き、キス?!」
後半の部分は顔を赤くさせてやけくそ気味で叫んだセイバーの言葉に私は驚いたまま固まった。き、キスだなんて・・・・たしかに、粘膜接触とは言っていたけど・・・・そ、そんな・・・・そんな・・・・


「女の子同士でなんて絶対に無理!」


「あ、お前また俺のことを女って言ったな!」


「痛いっ!何するの!」
私のおでこにすごく痛いデコピンをしてきたセイバーを半泣きで睨みつければ、「今度俺のことを女って言ったらデコピンするって約束だったよな」と言われた。たしかにそんな約束をしていたような。


「とにかく、お前は目ぇ閉じて口開けてりゃいいから大人しくしてろ!」


「いや!絶対にいや!せめて王逆くんの姿に戻って!・・・・いや、それでもダメ!」


「はぁ?!」
いくら魔力供給だとしてもお付き合いもしていない者同士がキスだなんて絶対にダメだ!絶対にこれだけは譲れない。と、もしものことがあれば令呪を使う覚悟で睨みつければ、「アーチャー撤退するよ」という声が聞えてきた。


「「えっ?」」
アーチャーのマスターの言葉に私とアーチャーは驚きの声を挙げた。


「え、でもマスター!今ならセイバーを!」


「アーチャー。アンタももう限界のはずだ。あっちはあんな状態だけど、あのマスターの底が知れない以上これ以上戦って何が起きるかなんて予想も付かないし、こんな所で残り1画の令呪を使う気なんてサラサラないよ。それに・・・・宝具も使うわけにいかないしね」
アーチャーが限界だということをわかっているマスターはまだ戦い続けようするアーチャーを諭すように声をかけた。


「・・・・・わかった」
マスターの言葉を聞いて少し考えながらも納得したアーチャーは構えていた弓を下に降ろした。


「あの、さっきアーチャーから聞いたんですけど、呪いって」
私はずっと気になっていたことをアーチャーのマスターへと問いかけた。その呪いのせいで昨日綾瀬さんが命を狙われている。それほどの呪いだ。何がこの優しい人をそこまで苦しめ続けているのか知りたかった。


「あぁ。そのことかい。私はね、60歳までしか生きられないんだよ」
そう言って、タートルネックの首元をぐいっと下にひっぱれば、見えた肌の部分が真っ黒に染まっていた。


「えっ?」


「25歳の時に綾瀬の一族に呪いの実験台にさせられてね。その呪いのせいで私は60歳までしか生きられないんだよ。この痣はもう服で隠れてる部分全部にまで広がっててね、もう人生も残り少ないだろう」


「そんなことって・・・・」
あまりにも衝撃的な内容に思わず何て言っていいかわからず言葉を詰まらせた。


「魔術師の中では呪いなんてものはよくあることだよ」


「その呪いはとけないんですか?」


「よく術者が死ねばとける呪いはあるが、私がかけられた呪いは術者が死ぬことで成立する呪いでね。もう解く術が何もないのさ」


「それで聖杯戦争を・・・・・」


「年末に孫が生まれるんだ。だけど、私はあと6ヵ月後に60歳の誕生日を迎える。一目だけでも孫の顔が見たくてね」
悲しそうに笑う彼女の顔を見て私の胸はぐっと締め付けられて苦しくなった。呪いのせいで死んでしまうだなんて・・・・


「そのマスターの願いを叶えるために俺が戦ってるってことさ」
マスターの肩に腕を乗せて少し辛そうな顔で笑顔を作ったアーチャーを見た私の頭にある考えが思いついた。


「・・・・セイバー」
隣にいるセイバーを見つめれば、私が次になんて言うのかがわかったのか、眉間に皺を寄せた顔で私を見た。


「おい、マスター。まさか俺に願いを譲れっていうんじゃねぇだろうな」


「だって、人の命が!」


「お前は人の命が懸かってればいいのかよ。それなら俺は譲らねぇぞ!」


「えっ?」
セイバーのその言葉を聞いて、ようやく私はまだセイバーの叶えたい願いが何なのかを知らないことに気づいた。


「俺はあいつを助けるために今ここに生きてるんだ。絶対に聖杯は譲らねぇ!」
セイバーが床に刺さっている剣を抜きアーチャーに向かって剣を構えた。


「セイバー・・・・・」


「あぁ、こっちだって譲ってもらう気はないさ。堂々とお前に勝って俺らの願いを叶える!」
アーチャーもセイバーが剣を構えたのを見て再度弓を構えた。


「よく吼えた、じゃあ、死ぬ気でかかってきやがれ!!」


「アーチャー!」
撤退を考えていたアーチャーのマスターはアーチャーの肩に手をかけて制止しようとしたが、アーチャーはその手を優しく払いのけた。


「悪い。マスター。こいつとはやっぱここで決着付けなきゃいけねぇ」


「アーチャー・・・・わかった。勝っておいで」


「あぁ!」


「いくぞ!アーチャー!」


「来い!セイバー!」


「「っ!?」」
今まさにぶつかり合おうとしたアーチャーとセイバーの間に「うわぁっ!」という声と共に何か大きなものが滑り込むように落ちてきて、私たちは一斉に動きを止めた。