数年間同じ時間に起きているせいか目覚ましが鳴る前に起きられる体質になった。念のためにとセットしている目覚ましはいつも音が鳴る前に止めていたから、数年間一度もその鐘の音を聞くことはなかった。しかし、ふとした出来事により体内時計が狂うこともある。そして、今日がその時だった。ピピピッと聞きなれない軽快な電子音が耳に入り急に覚醒させられた脳は瞬時に反応することが出来ず、早く目覚まし時計を止めなければとわかっているのに動けずにいた。しかしその時布団がもぞりと動き、「うるせぇな」という声と共にガンっ!というとてつもない破壊音が聞えて、その音に驚き慌てて飛び起きた私は目覚ましが置いてある場所を見れば、そこには目覚ましだったものが色んな部品が飛び出ている状態で時を止めていた・・・・・そして、その目覚ましの横にある手を辿っていけば・・・・


「ひゃあ!王逆くん?!」
何故か私の隣で寝ている王逆くんに驚きの声をあげれば、私のその声を聞いて「うおっ!」と驚きながら目覚めた彼はすぐに飛び起きて隣にいる私のことを見つめた。


「な、なんでお前がここにいんだよ!」


「それはこっちのセリフだよ!なんで王逆くんが私のベットで寝てるのさ!」
飛び起きてすぐに私のことを信じられないものを見る目で見てきた王逆くんに私は思わず大きな声を出した。


「はぁ?!お前のベット・・・・・・っ?!」
私が間違えて王逆くんの寝床に来たと勘違いした彼は最初私に何故ここにいるのか問いかけてきたが、自分のいる場所を認識した王逆くんは顔を赤くして慌ててベットから飛び出た。そして、そのまま仁王立ちして私を見つめたまま固まった。


「お、王逆くん・・・・?」
そんな王逆くんに恐る恐る声をかければ、「何もしてねぇからな!」と急に叫びだした。


「へっ?」


「だから!俺はお前に何もしてねぇからな!」
未だに顔が赤いままの王逆くんは再度私を見つめながらそう叫んだ。何もしてない・・・・?何もって・・・・・・・・・あっ。ようやく王逆くんの言葉の意味を理解した私はじわじわと自分の顔に熱が集まっていくのがわかった。


「ね、寝ぼけて部屋間違っただけだよね!ちゃんとわかってるから大丈夫!お、落ち着いて!」
とにかく今は王逆くんを落ち着かせなければ、と慌てて身振り手振りをつけながら私は大丈夫だという事を伝えた。あぁ・・・・・嫁入り前の身で男の人と寝床を共にしてしまうなんて・・・・お母さん親不孝な私をお許しください。


そもそも何故こんなことになったかというと・・・・・


『赤子ちゃん。さっきの話だけど、君さえよければ名無しのことお願いできないかな』


『えっ、さっきのって・・・・・』


『名無しと一緒に住む話だよ』


『お、お父さん?!』


『空いてる部屋は好きなように使ってくれてかまわないから』


『ちょ、ちょっと!待ってお父さん』


『名無しも異論はないだろ?』


『え、いや、私は!』


『名無しの楽しそうな顔を久しぶりに見れて安心したよ。名無しも赤子ちゃんと一緒にいると楽しいだろ?』


『そ、それは楽しいけど。それとこれとは』


『お父さんも赤子ちゃんが名無しと一緒にいてくれるなら安心だ。赤子ちゃんには迷惑かけてしまうけど、名無しのことよろしくね』


『あぁ、まかせろ・・・・・です』


という流れから信じられない程トントン拍子で王逆くんがこの家で一緒に暮らすことが決まってしまい、決まったあとはあれほどずっと研究室に戻ることを拒んでいたお父さんも逃げるように去っていった。なんてことを・・・・と思いながらも決まってしまったからには仕方ない。と空き部屋を王逆くんに渡して布団を敷き、私は私室に戻って眠っていただけなのにまさかこんなことが初日から起こるなんて・・・・幸先が悪すぎる。


あの後、王逆くんは自分に宛がわれた部屋へと戻っていき、私は制服に着替えたあと洗面所で身支度を整え朝ごはんとお弁当を作るためにキッチンへと向かった。味噌汁をお椀によそっていると丁度身支度を整え終えた王逆くんがリビングに入ってきた。


「朝ごはんできてるよ。座ってー」
王逆くんの席に味噌汁の入ったお椀をおけば、「お、悪ぃな」と言いながら席に座ってご飯を食べ始めた。それを見て私はお弁当を作り始めれば、その様子が気になるのかご飯を食べながらちらちらと私の方を見ている。ん?と一度王逆くんの方を見て首を傾げた私に王逆くんは軽く笑った。


「いや、なんか朝に誰か人がいる光景って見慣れてなくてよ」


「居心地悪い?」


「悪くねぇ。むしろ、その逆だ。なんかお前の顔見ると安心する」


「それならよかった。こうなった以上、聖杯戦争が終わるまでは嫌でも毎朝私の顔見ることになるんだから覚悟しておいてね」
そう言って少し意地悪な笑みを王逆くんに見せれば、一瞬驚いた顔をしたあと、にやりと笑みを浮かべて私を見つめた。


「上等だ。お前こそ飽きるほど俺がそばにいてやるから覚悟しろよ?」



*



『さすがに同じ家で暮らしていることは学校の人たちに絶対にバレたくない!』という私の提案により別々の時間に家を出ることになった私たちは学校に着いてからも朝に挨拶を交わす程度でその後も昼食までの間は特に何も会話しない・・・・予定のはずが、何故か王逆くんは授業が終わる度にわざわざ私の前の席に座り、私の机に片肘をついてその上に顔を乗せて私のことをじっと見つめ続けた。最初の内は何か用があるのかと思い「どうしたの?」と声をかけていたが、その都度「なんでもねぇ」と嬉しそうに笑顔で答える彼に首を傾げ、ほんとに何も用はなくただただ私の顔を見ているだけだとわかった3度目はもはや彼が前の席に座っても何も声をかけなくなった。しかし、それはそれで不満だったようで、次の授業で行われる小テストのためにと開いた英単語本を何故か彼は閉じ始めた。


「俺が目の前にいるのに勉強なんかしてんじゃねぇよ・・・・・」
あからさまに目の前でぶすっとした顔をしている王逆くんに内心ため息をついたが、このまま放置して更に拗ねられても困ると判断した私は彼に話かけるために口を開いた。


「王逆くん『ざんげ』って漢字書ける?」


「は?んなの書けるわけねぇだろ」


「次の現国の授業の小テストでここの範囲でるよ」


「へー。でも俺は別に勉強なんて」


「この小テスト赤点とったら放課後追試だよ」


「追試なんて受けなれてるっつーの」


「現国の追試は合格点が出るまでずっと永遠に帰してもらえないからね」


「は?」


「もし、追試じゃなかったら夜ご飯いいことあるかもよー」
目の前にいる王逆くんに少し近づき小声でそう伝えれば、一瞬、かっ!と目を見開き、私の本を開いて読み始めた。


「・・・・・範囲どこだ?」


「ここからこのページまで。たぶん、私が○付けてる単語を覚えておけば合格点はいくかも」


「わかった。夜ご飯オムライスが食いてぇ」
本から目を離すことなく小声で私に呟いた王逆くんに「OK。エビフライも付ける」と応えれば、集中モードに入ったのかその後何も言わずに本を読み始めた。その珍しい光景を私以上に周りにいた人たちは驚いた顔で見ていて、たまたま早く教室に来てしまった先生の顔はもう感動で泣きそうになっていた。この短時間の勉強で合格点をとれるかはわからないが、この頑張りが少しでも先生に評価されれば嬉しいものだ。集中しすぎて鐘の音が鳴り始めても席から動かなかったり、私の本をそのまま持ち去ってしまったりと色々あったが、小テスト後に少しだけ満足気な顔をしている彼を見て上手くいったのかな?と思って見つめていた。この小テストは終わったあとすぐに先生が正解を黒板に書いていき自己採点をしていくシステムになっているのだが、なんでだろう・・・・・何故彼は絶望した顔でうな垂れているのだろう・・・・・。


「やっぱりあの短時間じゃ小テスト上手くいかなかった?」
今目の前で私の机に突っ伏している王逆くんに優しく声をかけたが、「オムライス・・・・オムライス・・・・」とずっと呟いていた・・・・・


「オムライスじゃないけど、お弁当ならあるよ。元気だして」
そう小声で伝えれば、「そうだった。俺には弁当があるじゃねぇか!」と勢いよく顔を上げて自分の席へと戻っていった。私は自分のお弁当を持ったまま一度綾瀬さんに会いに行こうと廊下に出て隣のクラスに行ったが、教室を見渡しても綾瀬さんの姿が見えなかった。


「あの、綾瀬さんってどこにいますか?」
近くにいた女の子を捕まえて綾瀬さんの居場所を聞こうとしたが、何故か声をかけたのが私だとわかった瞬間顔を強張らせて「ひっ!」と悲鳴をあげた。その光景に首を傾げれば、「あ、綾瀬さんは今日休みです!」と私に勢いよく伝えたあともうダッシュで廊下へと飛び出していった・・・・・私あの人に何かしてしまったのだろうか・・・・そういえば、ここの教室を見渡している時もひそひそと周りにいる人たちが何か話している声が聞えてきていた。「あの人たしか・・・・」「今、綾瀬がいるか聞いてたよ」「じゃあ、王逆くんに手を出された腹いせに殴りこみとかじゃない?」「でも、王逆くんの片思いってきいたけど」なんて会話が聞こえてきていた。私のクラスはありがたいことに、この連日騒ぎが立て続けに起きているにも関わらず、今日は私に王逆くんのことはおろか綾瀬さんのことを聞いてくる人もいなかった。


「ここで何してんだ?」


「あ、王逆くん」
いつの間にか私の背後にいた王逆くんに声をかけられて、振り向けばその手には私と同じようにお弁当が握られていた。お弁当箱の大きさはもちろん違うが、念のためお弁当袋も違うものを使った。さすがにおかずの種類までは全部変えられなかったが、配置を変えたり違うものに変えれるおかずは変えたりと、もし他人に見られたとしても私が作ったのがばれないようにと試行錯誤をこらした。


「綾瀬さんに会いに来たんだけど、今日来てないみたいで」


「だろうな」


「えっ?」


「んなことより、メシ食いにいくぞ」


「あ、ちょっと待って!」
王逆くんに片手をひっぱられてそのまま人目に付かない外のベンチへとやって来た。座ってすぐに王逆くんはお弁当の蓋を開いて、「おぉ!」と声を出していたが、私は綾瀬さんのことを考えて遠くを見つめていた。


「ん?食わねぇのか?」


「ねぇ。なんでさっき綾瀬さんが学校に来てないことを聞いて、『だろうな』って答えたの?」


「お前気づいてなかったのか?」
綾瀬さんに関する質問のせいか私の問いかけにまったく興味を見せないままずっとお弁当を食べ続けている王逆くんは口にご飯を運びながら口を開いた。


「何を?」


「この学校一帯に対サーヴァント用の結界がはられてんだよ」


「えっ?」
結界?いつの間にそんなものが・・・・やっぱり、魔力が少ないせいなのか私にはまったくそれを感じることはできなかった。


「はったのはもちろんあのクソマスターだ。わざわざ遅くまで学校に残って各箇所に仕掛けた結界の紋が消えてねぇか確認してたみてぇだが、それが昨日なんの効果もなく見事にアーチャーに破られたってわけだ。ざまぁみやがれ」


「綾瀬さんそんなことしてたんだ」


「まぁ、昨日の一戦で少なくともアーチャーに俺達がここの生徒だって面が割れてる。自分の命が狙われるってわかってんのに、わざわざ死ににくるような馬鹿はいねぇだろ」


「・・・・私も割れてるんだけど」


「お前は俺が死んでも守ってやるからいいんだよ。だけど、あいつには自分のことを守ってくれるサーヴァントはもういねぇ」


「セイバーが私たち2人を守ってくれるって選択肢は?」


「100%ねぇな。もし、お前とあいつが同時に狙われることがあれば俺は考えることなくお前しか助けねぇぞ」


「だよね・・・・。でも、これじゃあ綾瀬さんずっと学校に来れないよ・・・・・」


「それじゃあ、やるしかねぇだろ」


「何を?」


「決まってんだろ!今夜、アーチャーの首獲りに行くぞ!」