「名無しちゃん大丈夫?」


「うん。もう大丈夫だよ。寝不足だっただけみたい」


「それならよかった。もう、心配したんだから」


「ごめんね。あ、ノートありがとね」
授業終わりに保健室にお見舞いに来てくれた友人から今日の授業でやったノートを貸してもらった。王逆くんはあの後すぐに戻ってきた先生と入れ替えに出て行ってそれ以降ここには来なかった。あんなことがあって顔を合わせずらかったからよかったと言えばよかったが、あんな別れ方をしてしまったものだから非常に気がかりだった。


「そういえば、王逆くんすごかったねー!」


「わかる!」


「えっ?」
突然目の前の友達が2人で顔を見合わせて何か王逆くんの情報を共有し始めたのを見て首を傾げれば、2人して「きゃー!」っと言って悶え始めた。一体どうしたんだ。


「「お姫様だっこ!」」


「あ・・・・・」
そのことについて触れる気か。触れる気なのか・・・・・!私は思わず視線を右へ左へとせわしなく動かしていれば、がしっと肩を掴まれた。


「キュンとしたでしょ!!」


「いくら名無しちゃんだってするに決まってるでしょ!だってあの王逆くんだよ!もう王子様かと思っちゃったー!」


「いやー・・・・・気絶してたから覚えてないかな・・・・」
正直意識を手放す直前だったためお姫様だっこをされたことは認識できたが、もう眠気がひどくてキュンとするどころではなかった。そのことを2人の友人に伝えれば2人して信じられないものを見る目で私を見つめて固まった。


「なんかごめん・・・・」
思わず固まった友人たちに謝罪をすれば、また2人してワナワナと震えだした。今日の2人のシンクロ率がすごい。


「みんなの憧れのお姫様だっこをせっかくしてもらったのに覚えてないだなんて!気絶しててもいっぱい触っておかなきゃ!!」


「私なら肺が壊れるぐらい王逆くんの匂い嗅ぐのにー!!もったいない!!」


触っちゃだめだし、匂いも嗅いじゃだめだ。絶対ダメだと思う。この二人は一体何を言っているのだろう。私はその後何も言わずに興奮し続ける2人のことをじっと見つめ続けた。



*



目を開ければもう空の色が赤くなっていた。いつの間にかこんなに寝てたのか。と体を起こせばアスファルトの上で長時間寝たせいで体がバキバキになっていた。いてぇな。今何時だ?ポケットに入れたままのスマホを手に取れば視界の端に人影が見えた。


「なんだよストーカー。まだ俺に何か用かよ」
その見覚えのある奴に声をかければ、影から姿を現して俺の近くに走り寄ってきた。


「その呼び方はやめて。せめてマスターって呼んでよ」


「誰が呼ぶかよ。お前なんかストーカーで十分だろ」


「もう、ほんとひどい人ね」


「なんとでも言え。だいたい、こんな誰も残ってない時間になんでお前がいるんだよ」
19:00とスマホに表示されている時間を見ながら奴に声をかければ、奴は何故か「えーっと」と言いながら視線を右往左往させ始めた。マジでなんなんだこいつは。めんどくせぇ。と思い「あ、ちょっと待って」と言うあいつを置いてさっさと屋上から出て行った。てっきりすぐに追いかけてくるかと思いながら下の階まで降りて行ったが、全然奴が追いかけてくる気配がしなかった。放っておけばよかったが、何故か気がかりで仕方なかった俺は屋上まで戻ってドアノブを回したがドアを押しても押しても開かなかった。


「おい、お前何してっ!」
また訳のわからねぇことしやがったな。とイラつきながら奴に声をかければ、「何でもないから来ないで」と焦った声が中から聞えてきた。


「っち!めんどくせぇな!」
俺は思い切りドアを蹴破り破壊すれば、目の前に右腕を押さえたあいつが床に片膝を付けた状態で座り込んでいた。よく見ればその右腕からは少量だが血が流れていた。


「おい、どうした!」
思わず奴に駆け寄りケガの具合を診ようとすれば、負傷してない方の手で制止された。


「来ちゃダメ!恐らくアーチャークラスのサーヴァントよ。貴方はまだサーヴァントだと気づかれてない。今、ここで目撃者になればそのことで貴方の命が!」


「何言ってんだよ!くだらねぇこと言ってんじゃねぇ」


「えっ?!」


「俺は、全員ぶっ潰して聖杯を手に入れる。あっちから来てくれたっつーんなら、好都合じゃねぇか。ここで殺してやるよ」


「赤くん・・・・・」


「おい、どこの方角から攻撃された」


「えっと、あっち!西の方角!」


「よし、あっちが姿を現さねぇならこっちから引きずりだしてやるよ!」
俺が宣言した瞬間西の方角から一瞬光が見えた。恐らくアーチャーが構えた矢だな。そう思って身構えれば、後ろから「あっ」という奴の声が聞えた。こっちは集中してんだから話かけんじゃねぇよ。と無視を決め込めば「名無さん・・・・」という声が聞えて思わず後ろを振り向けばちょうど玄関から出てきた名無しの姿が見えた。なんであいつこんな時間まで残ってんだよ!


「名無し!すぐに校内に戻れ!!」
俺はフェンスを掴んで下に見えた名無しに向かって叫んだがあいつはすぐに俺のほうを向いて「え、王逆くん?」と小首を傾げた。


「さっさと逃げろ!!って言ってんだよ!」
未だに突っ立ったままの名無しにイライラしながら叫んだが、状況をあまりにもわかっていない名無しは「逃げろってどこに?!」とウロウロし始めた。やべぇこのままじゃ間に合わねぇ。


「ちょ、ちょっと何してるのよ!」
フェンスをよじ登っている俺を見て奴が焦って声をかけてきたが、それに構わず登り続けてフェンスの上に立った。


「あ、危ないわよ!今貴方『ただの人間』なのよ?!」


「『ただの人間』?誰に言ってんだよ」


「えっ?」


「言っただろ『明日には治る』って」
ワイシャツの裾をめくり上げればその様子を見て奴は驚いた顔で固まった。


「えっ、傷が治ってる・・・・・まさか魔力が・・・・」


「赤雷よ!!」
手を上に上げれば赤い雷が俺に降り注ぎ手には剣が握られ体に鎧が纏われた。一昨日ぶりに感じるこの体に満足しながらその様子を驚いた顔で見続けている奴を見た。


「二度は言わねぇ。俺のマスターは名無しだけだ」
俺はそれだけ言うとフェンスを蹴り上げ地面へと真っ逆さまに降りていった。



*



放課後に友人が保健室にきて一緒に話していたせいかあんなにひどかった眠気もなくなり、明日には借りたノートを返せるようにと教室でノートを写していれば5教科もあったせいか全部移し終わった頃にはすっかり夕日も沈みかけている時間になっていた。今日は体育があったからまだ5教科で済んだが、あと1教科増えていれば間違いなく腱鞘炎で腕が死んでいたな。としみじみ感じながら、どの部活も終わったのか誰の気配もしない学校内を歩きながら玄関へと向かった。部活の方には今日の私の状態がすでに伝わっていたらしく、部長からキツク休みなさいという内容の連絡が入ってため、お言葉に甘えて今日は休ませていただくことにした。明日からまた頑張らなきゃな。と思いながら靴を履き替えて玄関を出て歩いていれば、突然「名無し!すぐに校内に戻れ!!」という王逆くんの声が頭上から聞えてきて思わず上を見上げれば屋上に王逆くんの姿を見つけた。


「え、王逆くん?」
誰も校内に残っていないと思っていたから声をかけられたことにとても驚き、そういえば今何か私に叫んでいたような。と首を傾げていれば、「さっさと逃げろ!!って言ってんだよ!」とイライラした声で再度叫んできた。


「逃げろってどこに?!」
急に逃げろと言われてもどこに?!と思いウロウロしながら完全に脳がパニックを起こして判断ができなくなってしまった。きっと王逆くんがあんなに必死に私に逃げろと言っているということは聖杯戦争関係に違いない。その内、何故か綾瀬さんの声も一緒に上から聞えてきて、王逆くんがこんな時間まで学校に残っていたのは綾瀬さんと一緒にいたからなのか。とぼーっと立って考えていれば、突然頭上からビリビリとした音が聞えてきたが、何かの気配を感じ後ろの方を向けば、急に小さな光が私にめがけて飛んできた。


「きゃあ!!」
あまりにも速いスピードで光が近づいてきたのを見て、当たる!と感じた私は自分を守るようにその場にしゃがみこめば、ガンっ!という金属音と一緒に強風が起きた。何も私に当たらなかったことに驚き顔を上げようとすれば、思い切り腕をひっぱられて立ち上がらせられた。


「え、なんで・・・・・」


「逃げるぞ!!」
その後何本かこちらに放たれてきた矢を全て切り落とし驚く私に構わず私の腕を掴んだまま校内へと入っていった。腕を引かれて一緒に走りながらもその一昨日ぶりに見た後ろ姿を見て色んなことを考えていた。もしかすると綾瀬さんから魔力をもらったのかもしれない・・・・・。それならよかった・・・・・。しばらくそのまま一緒に走っていれば、「ここならいいだろ」と一つの教室のドアを開けて中に入った。


「モードレっ!!」
今の姿の名前を口にしようとすれば何故か口を思い切り塞がれた。


「真名は口にするな。俺のことはこれからセイバーって呼べ」


「なんで?」


「真名がバレるとそこから弱点がばれたりすることがあるんだ。だからサーヴァントのことは基本的にクラス名で呼ぶんだよ」


「え、でも、一昨日は真名言ってたよね?」
一昨日のランサーとの戦いの中でお互いに真名を名乗りあっていたのを思い出してそのことを尋ねた。


「俺もあいつもお互いにその場で殺す気満々だったからな。実際俺はあいつを仕留めたしいいんだよ!」


「う、うん・・・」
なんて強引な言い訳なのだ。と思いながらも、実際にモードレッドの真名を唯一知ったランサーはいない状態だしいいのか。と納得した。


「えっと、じゃあ、セイバー・・・・」


「ん?どうした?」


「さっきのって他のサーヴァントからの襲撃だよね?」
先ほどセイバーの腕をひっぱられて顔を上げた時に半分に折れた矢があったのを思い出した。矢から連想するに恐らく・・・・えっと・・・・・アーチャー?だろう。


「あぁ。そうだ。アーチャークラスのサーヴァントがあいつ・・・・なんだっけ・・・・あの女・・・・・」


「ん?あの女?」
セイバーが一体どの人のことを言っているのかわからず首を傾げていれば、「あーあの・・・・あいつだよ。うっせぇ女」って身振り手振りを付け始めた。一体誰だ。


「ほら、あの頭悪そうなマスターだよ!」


「あー。綾瀬さんのこと?」
昨日綾瀬さんにそんなことを言っていたのを思い出して名前を口に出せばすぐに「そいつだ!」とセイバーは手を叩いた。あんなにしゃべってたのに未だに名前の一つも覚えてないだなんて・・・・と軽く唖然として見ていたら、「あいつが、アーチャーに狙われて右手撃たれたんだよ」と軽く話し始めた。


「えっ?!撃たれた?!綾瀬さんは?!綾瀬さんは大丈夫なの?!」
綾瀬さんが撃たれたと聞いて、セイバーに慌てて尋ねればセイバーは「たぶん大丈夫じゃねぇか」と何故か人事のように言い始めた。


「さっきまで一緒にいたんじゃないの?」


「なんでそのこと知ってんだよ」


「だって、綾瀬さんの声も一緒に屋上から聞えてきたから」


「あーなるほどな」


「それより、綾瀬さんはまだ屋上にいるの?ケガしてるなら早く助けに行かなきゃ!・・・・きゃっ!!」
そう言って教室から出ようとすれば後ろからすごい力で腕をひっぱられてそのままの勢いでセイバーの胸元にぶつかった。


「いたっ!え、なに?!」
急にひっぱられてセイバーの鎧に頭がぶつかり思わずセイバーを見つめれば、何故かセイバーは真剣な顔で私のことを見ていた。硬い鎧にぶつけたおでこが痛くてその視線から避けるように右手でおでこを押さえながら視線を外せば、その手に重ねてセイバーは手を置いた。王逆くんと比べるとずっとずっと小さいその手や身体を見て中身は同じなのに全然違う人と接しているような気分だった。


「痛かったか。悪いな」
そう言って鎧を消し赤い服へと一瞬で変わった様子を見ていれば、さっきまで私の右手を掴んでいた手は私の頭へと移動し、そのままぐっと引き寄せられてセイバーの肩に顔を埋めるような形になった。一体どうしたのだろう。とセイバーが何か言うのを待っていたが一向に何かをしゃべる気配も何かをする気配もなくただただどうしたらいいのかわからず戸惑った。


「あの、セイバー」


「なぁ、名無し。やっぱり俺はお前がマスターじゃなきゃ嫌だ」
呟くように優しく囁かれた言葉なのにその中に強い意志がこもっているのを感じて思わず考えてしまいそうになった。だけど、ここで流されちゃダメだ。


「ダメだよ。昨日ちゃんと話したじゃない。それに私じゃ魔力供給ができないし綾瀬さんの方が・・・・」


「この姿見てもわからねぇのか?お前は少しずつだがちゃんと俺に魔力供給できてんだよ」


「え、綾瀬さんから魔力もらったんじゃないの?」
てっきり綾瀬さんから魔力をもらってセイバーの姿になれたと思っていた私はとても驚いた。


「あんな奴からもらうわけねぇだろ。全部お前だ。さっき寝てる時に腹のケガが治ってるのに気づいてまさかとは思ったがな」


「そうなんだ・・・・」
ほんとに少しずつではあると思うがちゃんとセイバーに魔力供給ができていた事実を知り何故かほっとした自分がいた。


「だから俺はお前にマスターでいてもらいてぇ。お前とこの聖杯戦争を勝ちてぇ」
空いている左手を私の腰に添えて身体ごとぐっと引き寄せて抱きしめられた。そのせいで身体からセイバーの心臓の鼓動が伝わってきた。心臓が速い。緊張してるんだ。こんな何も役に立てない私のことを求めてくれて、緊張するぐらい一生懸命私に気持ちを伝えてくれるその姿に胸が苦しくなった。


「絶対に俺が死んでもお前のことを守る。オレの剣を預け、名誉を預け、命を捧げる。騎士としては三流かもしれねぇが……それでもいいか?」


「セイバー・・・・。私にはもったいないぐらいの言葉だよ。私こそ、この身を貴方に預けて命を捧げる。魔力も全然ないし戦闘の手助けもできないし魔力供給だって十分にできない、魔術師としては三流だけど、それでもいいの?」


「何度も言ってるじゃねぇかよ。俺はお前がいいんだよ」
そう言って私の肩を掴んで身体を離し顔を正面から見つめてくれたセイバーに笑いかければ、ドアがガラっと勢いよく開いた。敵襲かと思ったセイバーはすぐにまた鎧を身に纏い私を守るように前に立ったがドアから見慣れた人が中に入ってきた。


「信じられない。私が大変な目に合ってたっていうのにこんな所でイチャイチャしてるだなんて!」
勢いよくドアを開き完全に怒った顔をしている綾瀬さんはズカズカとそのまま教室の中へと入ってきた。


「あ、綾瀬さん?!」


「また覗きかよストーカー」


「ストーカーじゃないわよ!」


「綾瀬さん、腕ケガしたって聞いたけど」
先ほどセイバーから綾瀬さんが右腕を矢で撃たれた話を聞いた私は駆け寄って腕の様子を見ようとすれば振り払われた。


「そんなのただのかすり傷よ。魔力でなんとかなったわ。」


「アーチャーはどうした」


「貴方たちが校内に逃げた後に何発か私に矢を放ってきたけど、突然攻撃が止んでそのまま何も起きなかったわ。まぁ、あっちで何かあったんでしょ」


「別のサーヴァントが接触してきたのかもしれねぇな・・・・」


「あのね!ちょっとは労いの言葉とか心配の言葉とかないわけ?!」
何の心配の言葉もかけないセイバーに対してイライラした綾瀬さんは胸倉を掴む勢いでセイバーに近づいて言ったが、当のセイバーは何でそんなことしなきゃいけねぇんだよ。と口に出さなくてもわかるぐらい怪訝な表情をしていた。


「あ、綾瀬さん助けにいけなくてごめんなさい。あと、あの・・・・・セイバーのことなんだけど」


「いらないわよ!そんな他の女をすぐに助けに行っちゃうサーヴァントなんて!」


「えっ?」
綾瀬さんにセイバーとのことを話そうとしたが、私が話す前に綾瀬さんからいらないといわれてしまい驚きを隠しきれなかった。昨日はあんなに欲しいと言っていたのに今回の件でセイバーが綾瀬さんを放って私のことを助けにきてしまったことが原因で不要と判断したらしい。


「ふんっ!私はお先に失礼するわ!」


「あ、綾瀬さん!」
さっさと教室から出て行った綾瀬さんを追おうとしたが、勢いよくドアを閉められてしまい立ち止まってしまった。


「何か丸く収まったな」
立ち止まった私の肩を優しく掴みながらセイバーが声をかけてきた。なんだかケンカ別れのようになってしまったが、これでよかったのだろうか。


「セイバー」


「ん?どうした」


「たくさん傷つけてごめんね」


「んなこといちいち気にすんな。俺はお前を守ることが役目だからな。ほら、敵も来ねぇみたいだし帰るぞ」
そう言って王逆くんの姿に戻ったセイバーは私の手を握り締めた。いつだって貴方が差し伸べてくれた手を私は振り払ってきたけど、これからはちゃんと握り締めて共に歩んでいきたい。