「・・・・本気で言ってるのかよ」
いつもの怒鳴るような怒り方ではなく何かに耐えてるように王逆くんは怒っていた。その証拠に声は穏やかだけど、握っている拳が震えているのが見えた。


「王逆くん・・・・勝手にごめん・・・・でも、これしか方法が」


「何がだよ!他にも絶対方法があるだろ!」


「ないでしょ!無いからこんな選択しなきゃいけないんじゃない!」


「お前の気持ちはどうなんだよ。お前は俺のマスターやめたいのかよ」


「・・・・・・」
思わず言葉につまった。きっと今ここで私がマスターを続けたいと言えば、きっと王逆くんはどんなことがあっても私の手を離すことはないだろう。彼のことだ、無理だとわかっていてもこの姿のまま戦うと言い始めるに違いない。サーヴァントの原動力となっている魔力を私からでは十分に供給できないことは綾瀬さんの言葉からわかった。彼女は嘘なんてついていないだろう。魔術を使って戦いのサポートもしてあげられない私が唯一できることは魔力供給だというのに、それもできない体だったとはほんとに使い物にならない。足手まといもいい所だ。今、彼を生かすも殺すもできるのは私だ。私が自分の感情に流されて彼を殺しちゃいけない。


「名無しどうなんだよ」
ずっと黙ったままでいる私の肩を掴んで王逆くんは軽くゆすった。きっと王逆くんは私の口から『マスターを続けたい』と言うのを待っているに違いない。だけど・・・・・


「マスターなんてやめたい。こんないつ死ぬかわからない戦争になんて参加したくない」
王逆くんの目を見つめてまっすぐ気持ちを伝えれば、王逆くんの瞳は一瞬大きく見開いてから静かに閉じた。恐らくこのあと彼はきっと私を怒鳴って説得しようとするだろう。あぁ・・・・なんて言い返せそう・・・・。と床を見つめながら思考をこらしていれば、ふわっと頭に手が乗って思わず上を見上げた。


「そうか。巻き込んで悪かったな。今日は気をつけて帰れよ」


「えっ・・・・・」
頭に優しく手を乗せられたことだけでも驚きだったのに、王逆くんは何故か優しい言葉を私にかけて自分の荷物を持って道場からあっさり出て行った。てっきり怒鳴られて長期戦になると思ったのに・・・・。最良の締めくくりを迎えたはずなのに何故か私の心の中はとてつもなくもやもやしていた。


「ははっ・・・・」
もしかして、引き止められることを望んでいたのか?そんな自分勝手なことを一瞬でも考えていた自分に笑いがこみ上げた。人を振り回して傷つけておいて、なんてことを私は考えたのだろう。ひどい人間だ。


「名無さん。ほんとにマスターをやめていいの?」
ずっと私たちのことを見ていた綾瀬さんが恐る恐るといった感じで話しかけてきた。きっとこれから王逆くんは綾瀬さんと契約をしてサーヴァントになるだろう。これでよかったんだ。私みたいな何もできない奴よりも、綾瀬さんのような優秀な魔術師の方がいいに決まってる。


「うん。王逆くんのことよろしくね」
こんな状態では自主練習を続けられないな。私もさっさと帰ろうと着替えに奥へ行こうとすれば、綾瀬さんが何かボソボソと言っているのが聞えたが、この場から早く立ち去りたかった私は急いで着替える部屋へと入っていった。弓道着から制服へと着替え終え部屋から出れば綾瀬さんの姿はもうなかった。そういえば、マスターの権利を放棄するためには監督役に令呪を返すって言ってたけど、その人の居場所を聞き忘れてしまった。明日綾瀬さんに聞きに行かなきゃ。



*



昨日の出来事のせいでまた思うように眠れず、いつも規則正しい生活をしている私が珍しく2日連続で徹夜をしてしまった。何となく体がふらつく感じがするが、とりあえず学校にたどり着き、教室に入ってすぐ机に突っ伏して目を閉じた。おはよう。と何人かに話しかけられ反射的に返事をしたが、誰に声をかけられたかもよくわかっていない。完全に頭が働いていないな。と認識してせめて1限目が始まるまで眠ろうと本格的に眠る体制に入ろうとすれば、ふわっと頭に手を一瞬置かれて「おはよう」と声をかけられた。全然働いてない頭でもすぐにそれが誰かわかった。体を起こして今しがた挨拶をしてくれたその人を視界にとらえたが、王逆くんはすでに自分の席に座って阿部くんたちと談笑していた。あ、王逆くんはいつも通りだ。と安心している反面何故か少しだけ悲しい気持ちになり、そのまましばらく王逆くんを見つめていれば、教室のドアがものすごい勢いで開く音がして、ビックリしてドアの方をむいた。


「あ・・・・・」
ドアの所には綾瀬さんが立っていて、すぐに王逆くんを捉えたその瞳はにやりと細められた。


「赤くん!おはよ!」
ずがずかと教室の中に入ってきた綾瀬さんはそのまま王逆くんの席まで近づいていき、王逆くんの肩に手を回した。数秒前まで色んな人たちの話し声で騒がしかった教室は一瞬にして静まり返った。


「さわんじゃねぇ!あと、名前で呼ぶな!」
肩に置かれた手を乱暴に振り払いながら叫んだ王逆くんの声で時が止まっていた教室にみんなの「はぁ?!」という叫び声が響き渡った。あ、これは、めんどくさくなる予感。と、再び眠る体制に入ろうとすれば、突進してくる勢いでクラスの女子たちがやってきて眠ろうとしていた私の体を羽交い絞めにした。あぁ・・・・間に合わなかった・・・・


「名無しちゃんどういうことかな?」


「名無さん。この状況をちゃんと説明してもらいたいんだけど」


「ちょっと面かしてもらえるかな?」
周りを見渡せば、口角は上がっているのに目が全然笑っていない女子に囲まれていた。怖い。とにかく怖い。一刻も早くこの状況を抜け出したいけど、逃げる術が何もない。「特に私から説明できることは何も・・・・」と口を開けば、まるできゅるるん♪という音でも聞えてきそうなぐらい軽やかな足取りで綾瀬さんが近づいてきた。


「名無さんが赤くんのこといらない。って言ったから私が頂いただけよ」


「い、いらないなんてそんなこと!」
綾瀬さんの言葉をすぐに訂正しようとすれば、何故か私の周りを囲んでいた女の子たちが一斉に綾瀬さんと取り囲んだ。


「綾瀬!あんたね、王逆くんはあんたみたいなビッチが手ぇ出していいような人じゃないのよ!」


「そうよ!あんた、たしか一昨日までサッカー部のイケメンと付き合ってたじゃない!」


「あぁ、彼なら昨日別れたけど。ちなみに先週は野球部の部長とバスケ部の副部長と付き合って別れたわよ」
自分のことを取り囲んでいる般若のような顔をした女の子たちにまったく動じることなく、綾瀬さんは笑いながらあっけらかんと答えた。戦争だ。目の前で戦争が起きている。


「だからって王逆くんと名無さんの邪魔しなくたって!せっかくいい感じだったのに!」
いい感じではない。決して、いい感じではない。と口を挟みたかったが、ただ火に油を注ぐだけだ。と思い、聞えなかったことにした。


「そうかしら?お互い付き合っていないって言ったけど」


「今はゆっくりと愛を育んでる最中なのよ!周りが手を出して邪魔なんてしちゃいけないのよ!」
まったくもって育んでない。愛なんて生まれてもいない。と口を挟みたかったが、これもただ火に油を注ぐだけだ。と思い、聞えなかったことにした。


「あら、でも私に譲ってくださるのよね?名無さん」
今まで聞えないふりを決め込んでいた私を急に巻き込む問いかけをされて、綾瀬さんの方をみれば、綾瀬さんと一緒に女子たちも私を見つめた。


「えっ・・・・だって、私じゃ何もしてあげられないから・・・・」
聖杯戦争のことなどまったく知らない周囲にはわからない話だが、何も答えないわけにはいかない。と思い、言葉を搾り出した。


「王逆はこれでいいのかよ」
王逆くんの前に座っていた阿部くんが王逆くんに不満気な顔で問いかけた。


「あいつが決めたことだ。周りがギャーギャー騒ぐんじゃねぇよ」


「目障りだからさっさと散れ」としっしと王逆くんがやれば、みんなはしぶしぶ自分の席へと戻っていった。また、助けられてしまった。と王逆くんを見れば、一瞬だけ目が合ったあと、すぐに目をそらされた。


「赤くん。今日お昼一緒に食べましょ。お弁当作ってきたの」
「食わねぇよ!てめぇは一人で勝手に食ってろ」
「あら、つれないわね」
また機能しなくなった頭の中にそんな会話が聞えてきたが、私は脳を完全にシャットダウンして眠りについた。
それから先生が来るまで少しだけと思い眠りについていれば、突然体を揺さぶられて顔をゆっくりと起こせば「大丈夫?」と目の前に心配した顔をした友達がいた。何故そんな顔をされているのかがわからず首を傾げた。


「どうかした?」


「どうしたのってこっちのセリフだよ。名無しちゃん1限目も2限目もずっと起きないんだもん」


「えっ?」


「みんなが声をかけても先生が起こしても全然起きなかったんだよ?」


「一回あまりにも起きないから救急車呼ぼうってなったんだけど、規則正しい寝息は聞えるし、穏やかな顔で眠ってたからそのままにしておこうってなって」


「私そんなに眠ってたんだ・・・・」
体感では5分ほどしか寝ていないと思ってたがそんなに時間が経ってたなんて・・・・どうりで頭が重い感じがすると思った。


「名無しちゃん次の時間体育だよ早く行かなきゃ!」


「あ、うん!」
先にドアの方へ行った友達を追いかけようと机の横にかけてある体操着が入った鞄を手に取って立ち上がろうとすれば誰かに頭を軽く押された。


「おい、大丈夫かよ」


「う、うん。ちょっと眠りすぎたみたい」
後ろを振り向けば眉間に皺を寄せた王逆くんが立っていて、驚いたのとまだ頭が上手く機能していないせいで、ぎこちない笑顔を浮かべながら返事をしてしまった。とにかく早く体育館に行かなければ、と勢いよく立ち上がり歩きだそうとすれば、何故か膝からガクンっと崩れ落ちそうになり、それと同時に目の前が真っ暗になった。膝から崩れ落ちた瞬間に腕を強い力で掴まれて「おい、大丈夫かよ!」という王逆くんの声が聞えた。あ、王逆くんが助けてくれたんだ。というのが理解できたのに、まったくもって目が開かないし、体に力が入らなかった。周りからは心配する声がたくさん聞えてくる中、「こいつ保健室に連れてくからあとのこと頼んだ」という王逆くんの声が聞えて、膝裏と背中に腕の感触がしたと思えば、体全体がぬくもりに包まれた。そのぬくもりに安心して体を預けると次第に残っていた意識も無くなっていった。



*



「おい、ババアいるか!」
2年になってからまったく来ることがなくなっていた保健室のドアを開ければ、相変わらず暇そうにしてるババアが椅子に座って一人のん気に茶を飲んでた。


「あら、久しぶりね」


「相変わらず暇そうだな」


「どっかの誰かさんがサボりにこなくなったからね」


「あーそうかよ。それより、患者だ。奥のベット貸せよ」


「あら、名無さんじゃない。どうしたの?」


「こいつ朝からずっと寝てんだよ。起きても足腰立たなくなってる。だけど、熱もなさそうだし、苦しそうにもしてねぇから体は何ともなさそうなんだよ」


「貴方が誰かの心配をするなんて珍しいわね。それとも、2年生になってからサボりに来なくなったのは、この子のせいかしら?」


「はぁ?!くだらねぇこと言ってねぇでさっさと診ろよ」
1年の頃あまりにも授業が退屈すぎてしょっちゅうここにサボりにきていた。最初は、元気ならさっさと教室に戻れと怒っていたババアも、次第に何も言わなくなって好きなだけここでサボれるようにはなったが、サボりすぎたせいでさすがに出席数がやばくなって、そのうち教室で寝るようになった。2年になってからは名無しが同じクラスにいるし、なんだかんだ、阿部たちもうるさくかまってくるせいでここには来なくなっていた。


「はいはい。まず体温から測ってみようかしらね。ちょっと服のボタン開けるから君はあっちに行っててね」


「お、おう」
俺はババアに言われてドアの近くにあるソファーに腰掛けた。名無しが珍しく朝から寝ていたのは知っていたが、ただ珍しいと思っただけで、特に心配なんてしてなかった。昨日夜更かしでもしたんだろ。どうせ担任がくればすぐ起きるだろ。と思っていたが、1限目になっても2限目になっても名無しは起きなかった。周りが声をかけたり、2限目の英語の女教師があいつの肩をいくら叩いても目が覚めなかった。俺はすぐに立ち上がって名無しの顔を見に行ったが、まったく具合が悪そうな様子もなく、ただただ静かに眠ってるだけだった。はぁ・・・・・眠れねぇのは俺の方だっつーのによ・・・・。昨日名無しに言われた拒絶の言葉がずっと頭ん中で再生して眠れずに朝を迎えた。今後の聖杯戦争のことなんて何も考えられねぇし、まさかこんなことになるなんて思いもしてなかった。俺は名無しと聖杯戦争を勝ち残ることしか考えてなかったのに、あいつがあんな風に思ってたなんて考えてもみなかった。俺からしてみれば、魔力供給が十分にできなくたって戦力にならなくたってかまわなかった。あいつが俺のそばにさえいればそれだけでよかった。


「おーい、不良少年」


「なんだよ」


「一応診察してみたけど、体温も呼吸も問題なし。ほんとにただ眠ってるだけみたい。あとは、目覚めるまでこのまま寝かせておこうと思うんだけど、君はどうする?」


「・・・・・俺も具合悪いから寝てく」


「言うと思ったよ。名無さんの隣のベット空いてるから使っていいよ。気が済んだら戻りなさい」


「おー」と返事しながら靴を脱いでさっさと隣のベットに入り込めば、ババアがすぐにカーテンを閉めた。名無しが起きたらすぐわかるようにわざわざカーテンを閉めなかったのに何すんだよ。とババアを睨みつければババアは何故かにやっと笑った。気色悪ぃ。


「あんたたちの担任に名無さんのこと説明してくるから襲ったりしちゃダメだからね」


「っんなことしねぇよ!」
あのババアは俺をなんだと思ってんだ!名無しのこと襲うわけねぇだろ!思わずため息が出てそのままの勢いで布団を首までかけたが、隣から布のこすれる音が聞えてきて、名無しが起きたかと思って起き上がり靴を履いた。まぁ、チラ見するだけならいいだろ。とカーテンの端を少しずらして中を覗いた。


「あ・・・・」
ベットで寝ている名無しを見た瞬間、思わずここがカルデアかと錯覚しそうになった。生前は死ぬほど見慣れてたのに、今では懐かしい光景がそこにはあった。


「そういや、お前何故か寝てる時も幸せそうな顔してたよな」
口角が上がった表情で寝ている名無しの頬を軽く摘めば、少し眉間に皺が入ってむっとした表情になった。


「力入れんな」
その表情を見て少し笑いがこみ上げながら、吸い込まれるように近づいてその皺の入った眉間に唇を触れさせれば、すぐにその皺は綺麗に消えてまた穏やかな表情へと戻った。


「襲うなって言われてたのにな」
小さく呟いた独り言は俺たち2人しかいないこの部屋に響き渡った。