「おー。王逆じゃねぇか。お前が説教される以外で職員室にくるなんて珍しいな」
職員室に入って早々、俺の姿を見た数学のじじいが驚いた顔をして声をかけてきた。てめぇのせいでノート回収することになったんだろうが。ぶっ殺すぞ。と眉間に皺を寄せながら睨みつけた。


「うっせ、ハゲジジイ!おら、ノート持ってきてやったぞ」


「あれ?てっきり名無が仕事押し付けられて持ってくると思ったが、読みが外れたか」


「最終的にあいつが頼まれるってわかってて生徒にやらせんじゃねぇよ!適当にここ置いとくからな」
そう言って俺は、教師の机の上にドンっ!とわざと音を立てながら乱暴にノートを置いた。


「中学でケンカばっかりしてた問題児がまさか高校でこんなに落ち着くとはな。人間どう変わるかわかったもんじゃねぇな。もしかして、誰かお前を変えてくれる奴とでも出会ったのか?」
ノートを置いた音に、「おぉ!」と大げさに驚いた後、俺の顔をにやにやと見つめてきた。なんだその顔は・・・・


「うるせぇ・・・・」
中学ではこの平和な世界で生きてくことに毎日イライラしていた俺は年上年下関係なく憂さ晴らしに色んなやつとケンカをしていた。転生して普通の人間の体にはなったが、多少は前世の身体のなごりが残っているのか、20人ぐらいの武器を持った集団に襲われた時以外はほぼ無傷で戦えたぐらいの戦闘力はあった。奇跡的に警察のやっかいになったことはねぇし、学内での揉め事は学校の名前に傷がつく。って理由で学外に情報が漏れる前に全てもみ消されてきた。この高校もそんな俺が入学してきたもんだから入学してからしばらくは色々とめんどくせぇことを厳しく言われたが、名無しがいる手前ケンカする気なんて起きなかったし、あいつを見てるだけであんなに毎日イライラしていたのが嘘みてぇに何も思わなくなった。幸い中学での噂が広まっているせいか、俺にケンカを売ってくるやつもいなかった。そんなもんだから、今こいつに言われた言葉を聞いて、まるで自分の心を見透かされてた気分になった俺は居心地が悪くなって早々に職員室を出た。

職員室を出て廊下を歩いていると、窓の外から楽しそうに話す女共の声が聞こえてきた。その中に知っている姿を見つけた俺は、足を止めて窓の外の光景をじっと見つめた。


「・・・・袴似合うな。あいつ」
この1年何度もその光景を見てきたはずだが、その度に同じことを思った。これはあれか?惚れた弱みってやつか?単なる贔屓目か?前世の俺は、あいつにそんな感情を持ったことは一度もなかった。どっちかっていうと兄弟のように思っていたし、好きとかよりも守ってやらなきゃいけねぇと思っていたからな。だから、今あいつにこんな感情を抱いていることが不思議で仕方ねぇ。
そのままじっと眺め続けていると、俺の視線に気づいたのか、笑顔で他の女共と話していた名無しがちらっとこっちを見た。そのことに驚いた俺の心臓は一瞬大きく高鳴って、すぐに視線を逸らそうとしたが、その前に名無しが俺に向かって大きく手を振った。そんな名無しに軽く手を上げて俺はその場を去った。



*


「王逆ー!今日はよくも名無さんの前で恥をかかせてくれたな!今日こそお前を叩きのめす!」


「うるせぇ!お前がくっだらねぇこと言ってるからだろ!大口叩くならまずは俺から一本でも取ってみろってんだ!」


「お前にはわかんねぇのか!あの困った時の名無さんの可愛い表情がぁ!!」


「可愛い表情だぁ?なら、別に困らせる必要ねぇじゃねぇかよ!」


「あ?お前もしかして名無さんのこと・・・・」


「はぁ?ちげぇよ!試合中だぞ!さっさと黙りやがれ!」


本気を出せばまともに俺の相手もできない奴らしかいねぇから、せっかく手加減までして模擬試合の相手をしてやってるっつーのにさっきから無駄口ばかり叩く阿部にイライラが頂点に達した俺は一刻も早くこの試合を終わらせる為に腕に力を込めた。


ドンっ


「うおっ!」
押し合いの状態で体当たりをして倒れこんだ阿部に俺は面の構えをした


「はっ!残念だったな今日も俺の勝ちだ!」
勝利を確信した俺は振り上げた竹刀をそのまま叩き下ろそうと力を入れた。その瞬間・・・・


「あ、王逆くん・・・・」


「っ!?」
道場のドアから突然に聞こえてきた名無しの声に意識を持ってかれて構えたまま俺は名無しを見た。そこには、制服を着た名無しが立っていて、何やら手に持っていた。


「隙あり!」
そんな阿部の声が聞えた瞬間、頭部に軽い衝撃を感じ視界が一瞬揺れた・・・・


「うおーー!初めて王逆から一本取れたーー!」


「マジか!!阿部すげぇじゃん!」


「うわああああ!俺泣きそう!」
今まで一度も俺から一本取れたことがねぇ阿部は相当嬉しかったのか、雄叫びのように喜びを露わにして天に向かって両手を上げ、周りにいた他の部員たちもそれに共鳴するように一緒になって喜んでいた。


「うるせぇ!勝手に泣いてろ!」


「うっ!」


「阿部ーーー!死ぬなーーー!」
俺が余所見してる隙をついて一本取ったことを喜んでいる阿部の横腹に蹴りを入れて名無しに近づいた


「ごめんね。練習の邪魔しちゃったね」
俺が一本取られた姿を見たせいか名無しは申し訳なさそうに眉尻を下げながら俺の顔を見つめた。


「いや、別に。かっこ悪ぃとこ見せちまったな」
名無しが道場に顔を出すことなんて今まで一度もなかったから、せめてカッコイイ姿を見せたかった。と内心少しテンションが下がった。


「そんなことないよ。とってもかっこよかったよ」
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、名無しはすぐに首を横に振って否定した。


「そ、そうか。で、なんでお前がここに?」


「あ、今日色々助けてもらったからお礼にと思って」
そう言って名無しは手に持っていたスポーツドリンクを俺に差し出した。


「別に礼なんていらねぇのに。・・・・・でも、ありがたくもらっとく」
ほんとこいつはこういう所律儀だな。と思う。わざわざ礼なんていらねぇし、あれは俺が勝手にやったことだってのに。


「いつも王逆くんのファンの子たちが剣道場の周りにたくさんいるから近づけなかったけど、中はこんな風になってたんだね」
エアコンなんて贅沢品がついていない剣道場では熱気がこもらないように、部活中は外に繋がっているドアを開けっ放しにしているが、そのせいでそこから毎日のように野次馬の女共が見に来て鬱陶しいったらありゃしねぇ。今日は早々に切り上げたのかこの時間はもう誰も外にはいなかった。


「あぁ。男しかいねぇからむさ苦しくて仕方ねぇ」


「でも、なんかみんな仲良くて楽しそうだね」


「楽しいわけあるか」
真剣さのかけらもない部員たちがただのおふざけでやっているような部活だ
1試合終わるたびにすぐに休憩し始めるし、どのクラスの女が可愛いだの色恋沙汰の話ばっかりしてやがるし、部室の隅にはもはや誰が持ってきたのかもわからねぇエロ本の山ができてる。好きでもねぇ女の体を見て何が楽しいのか俺にはさっぱり理解できねぇ。


「いつか私も一回ぐらい剣道してみたいな。その時は教えてくれる?」


「俺にけちょんけちょんにされてもいいなら教えてやるよ」


「う、ひどい・・・・・」


「ははっ、冗談だよ。いつでも教えてやるから来いよ。お前なら歓迎してやるから。」


「ありがとう。練習の邪魔しちゃってごめんね。私帰るね」


「おう。気をつけて帰れよ」


「うん。王逆くんもケガしないようにね」


「おう。また明日な」
俺は手を振りながら小走りをして帰って行った名無しの背中を見ていた。マスターになんてならねぇで、普通に生きていたら、きっと生前の名無しもこんな風に毎日過ごしていたんだろう。


こんな平和な世界でこのままずっと毎日お前と生きて行けたらよかったんだ。