「ちょっと待って神宮寺くん!聖杯はいいの?!」
色々とパニくっている私は、彼の両肩を全力で押して身を剥がし落ち着いて!と言わんばかりに両手を前に突き出しながら話した。


「あぁ、聖杯よりも君が欲しくなった」


「一族の繁栄はいいの?!どうしても叶えたかった願いじゃないの?」


「君と結婚して子供を産むことだって、繁栄に繋がることだろ?君の魔力とは相性がとても良いようだし、間違いなく優秀な魔術師が産まれるだろう」
そう言って神宮寺くんはにっこりと笑った。私の魔力と相性がいいってあの血液入りのカプセルの話だろうか。たしかにあれのおかげで随分戦いやすくなった。とは言っていたけど、そんな理由で結婚だなんてっ!


「はぁ?!てめぇ何言ってやがんだ!ふざけんな!」
自体が飲み込めなさすぎたのか、完全にフリーズしていたモードレッドは神宮寺くんの胸元を掴んで上に持ち上げた。


「ふざけてなんかいない。本気だ。運命の相手を見つけたんだ、求婚して何が悪い」
胸倉を掴まれた神宮寺くんはそんなことに臆することなく言いモードレッドを睨みつけた。


「っこのやろう!」


「セイバー!だめ!」
モードレッドが手に魔力を込めたのが見えて、私が慌てて止めに入ろうとした瞬間、モードレッドの身体は一瞬光って王逆くんの姿に戻った。恐らく、今ので魔力が尽きたのだろう。しかし、そんなことにも気がついていないのか、特に気にしていないだけなのか、王逆くんは、ぶんぶんと腕を振り回していた。


「やめて、王逆くん!」
ぶんぶんと振り回しているその手を掴んで彼を止めると、彼は、じっとこちらを私の顔を見つめた。そして・・・・・


「帰るぞ!」


「あっ、ちょっと待って!」
私の腕を強引に掴んだ王逆くんはそのまま部屋を出て玄関へと歩いていった。その間何度「王逆くん」と呼んでも振り向いてくれなかった・・・・なんでこんなに怒っているんだろう。いくつか理由は頭に思い浮かんだが、どれもそんなわけないと思うものばかりで私は首を横に振った。


「名無しさん!求婚の話、本気だから考えておいて欲しい!」
私たちが門を出る直前、追いかけてきた神宮寺くんは叫ぶようにそう言った。


「うるせぇ!共闘の話はなしだ!二度とこいつに近づくんじゃねぇ!」
神宮寺くんの言葉を聞いた王逆くんは、私が何か答えるよりも口を開き怒鳴った。


「ちょっと、王逆くん!」
神宮寺くんとライダーの協力なしではバーサーカーは倒せない。と何度も言っているのに何故またそんなことを言うのだろう。と彼のことを見つめた。


「またね、名無しさん」
王逆くんの言葉が聞えていなかったのか、はたまた聞えないふりをしたのか、神宮寺くんは、別れの挨拶を言いながら私に手を振った。


「王逆くん!痛いから離して!」
ずっと、ぎゅっ!と強く腕を握られていて痛かった私は振りほどくように、腕を引くと思ったよりもあっさり離してもらえた。


「ねぇ、なんで怒ってるの?」


「俺がなんで怒ってるのか本気でわからねぇのか?」


「わからないよ」
わからない。本当にわからない。もしかして、と思い浮かぶ理由はたくさんある。だけど、どれもありえないことなのだ。だから、私はわからない。


「俺は!お前がっ!・・・・・・いや、なんでもねぇ・・・・」
今にも噛みついてきそうな勢いで言葉を発したかと思えば、すぐにしゅんっ・・・・と小さな声になった。俺はお前が?その後は一体何?心配だった?危なっかしいと思った?それとも・・・・・
その後、先程までの勢いが嘘だったかのように足を止めた王逆くんは、口元を片手で押さえたまま、そっぽを向いた。きっとこのまま質問しても答えてもらないだろう。


「今日は色々とありがとうね・・・・私はまた何もできなかったけど、ライダーたちに勝ててよかった」
気まずい雰囲気を一変させるために話題を変えると、王逆くんはようやく口元から手を外して私のことを見た。


「何も。なわけねぇだろ。お前がいなかったら正直勝てなかった。でも、あんな危ねぇマネは二度とすんな。マジで心臓が止まるかと思ったんだからな!」


「ひ、ひひゃい」
突然両頬を掴まれて上下に揺らされた私は「痛い」と口にしたが、その手は中々離してもらえなかった。これは相当怒っている・・・・


「お前が怪我すると、自分が怪我する何十倍も何百倍も何億倍もいてぇんだよ」
怒った顔から一変して辛そうな顔になった王逆くんを見て、私の胸はきゅっと苦しくなった。


「だから、無茶すんな」
そう言って、頬を優しく撫でた。なんでそんな顔をするのだろう。なんで私が痛いと王逆くんも痛くなるのだろう・・・・・。


「・・・・ねぇ、王逆くん。もし、私が神宮寺くんのお母さんのように・・・・ううん、なんでもない」
ふと何気なく浮かんだ疑問をそのまま王逆くんに向かって口にしたが、すぐに口を閉ざした。私たちは恋仲ではない。ただのサーヴァントとマスターの関係だ。神宮寺くんのお母さんと婚約者のような関係ではない。なのに、こんなことを王逆くんに聞いてどうするんだ。困らせてしまうだけではないか。と自分が発言を後悔した。


「さぁ、帰ろう」
そう言って王逆くんの前を歩いて長い石段を降りていると、「そんなの決まってんだろ」という声が上から聞えてきて、私は上を向いた。


「お前の一族を全員殺してでも俺はお前と一緒に居続ける」


「っ?!」
まるで射抜くかのように真っ直ぐと私を見つめたまま言った言葉に私は身を固まらせた。


「俺はそれぐらいの覚悟がある」
私に近づくように石段を少しずつ降りてくる王逆くんのことを私はじっと見つめた。


「王逆くん・・・・」
思いもよらなかった王逆くんの返答に言葉を詰まらせていると、突然頭をがしっと掴まれた。


「だから、そんな『もしも』があったとしてもお前は心配するな。どこにいようとも、俺が必ずお前を迎えに行く」
そう言ってにこっと笑った王逆くんは私の返答も聞かないまま先に石段を降りて行ってしまった。ただサーヴァントとして言っただけの言葉かもしれないが、私の身体を熱くさせるには十分すぎた。


・・・・その2週間後、突然神宮寺くんから連絡が届いた。バーサーカーの居場所がわかった。と。


「おい、名無し離れんじゃねぇぞ」


「うん。むしろ不安だから離れないでね」


「わかってる。ほら、俺の腕でも掴んでおけ」
そう言って、腰に手をあてた王逆くんは私にぐっと腕を突き出した。私は「うん」と返事をしながらそこに腕を通して掴んだ。


「私パーティーって初めてきたから、どうしていいかわからなくて」


「適当に食べて飲んでればいいんだよ。俺達の目的はパーティーを楽しむことじゃねぇんだから」
そう言った王逆くんは手慣れた様子で、飲み物を運んでいるウェイターから私の分も飲み物を貰って一つ私に差し出した。


私と王逆くんは今とあるお屋敷で開かれたパーティーに参加している。何故そんな所にいるのかというと、話は1週間前に遡る。
1週間前に突然神宮寺くんからバーサーカーの居場所がわかった。と連絡が来て、私たちはその居場所を聞くために会うことになった。(その際、神宮寺くんと王逆くんは色々と・・・あったがそれはここでは割愛させていただく・・・)ライダーが毎日偵察のために日中ヒポクリフに乗って色んな所を探索していたらしいのだが、その時に、ある屋敷の庭にバーサーカーがいるのを見つけたらしい。遠くからではあるが、はっきりとその姿は見えたらしい。しかし、バーサーカーがどこにいるのかはわかったが、そのいる場所が問題であった。
場所は、都心から大きく離れた森の奥に建てられたお城のような大きな屋敷。そのお城に行くためには、一本の石橋を渡る必要があり、屋敷を取り囲むように周りには海が広がっていた・・・・バーサーカーの情報を集めるにしても攻めに行こうにも内部に入ることが困難だった。そんな時、このお屋敷でパーティーが開かれるという情報を知った。招待状を持っていないため入ることは困難だろう。と思っていたが、そのことを綾瀬さんに相談すると、次の日に招待状を2枚持ってきてくれた。一体これはどうしたのだろうか。と疑問に思っていると、「私の人脈を舐めないで」と得意げな顔で言われた。綾瀬さんの協力もあり、招待状を無事に手に入れた私と王逆くんは、無事屋敷の内部に潜入することに成功した。ライダーと神宮寺くんは空中からの偵察と私たちに何かあった時にすぐに拾えるように。と外で待ってくれている。


「でも、仮面舞踏会で助かったね。これなら顔がバレないし」
私は目にかかっている仮面を触りながら隣にいる王逆くんに声をかけた。


「たしかにな。あの時、バーサーカーの近くにマスターはいなかったが、どこで見てたかもわからねぇからな」
あの時というのは、アーチャーと対戦中にライダーとバーサーカーがやってきた時にことだ。あの時の衝撃は今でも忘れられない。


パーティーが中盤に差し掛かったところで、王逆くんは、手に持っていた空いたグラスをウェイターへと渡し、動き出した。


「名無し。俺は少しここを離れる。お前は大人しくここで待ってろ。30分経っても俺が戻って来なければ、お前は一人でここから脱出しろ。危険だと感じたら令呪を使ってすぐに俺を呼べ。礼装を着てるからって油断するなよ。いいな?」


「うん」
私の横で周りに背を向けるように立った王逆くんは私にだけ聞えるような小さな声で話しかけた。王逆くんが言うように、私は今礼装を着ている。普段パーティーになんて行くことがないから、ドレスなんて1着も持っておらず困り果てていたが、ドレスのような形をしている礼装で代用することができる!と思いつき、今、礼装を身にまとっている。前のように血を流さないで礼装を出せるように。とダヴィンチちゃんの所で魔力の込め方と練習したが、如何せんまだ不安定で魔力を込めただけで変化するかしないかは五分五分といったところである。


「気をつけてね」
行く準備が完了している王逆くんに私が声をかけると、王逆くんは「おう」と返事をし、ドアの影でモードレッドへと変身し、屋敷の奥へと走って行った。


彼を見送った後、邪魔にならないように。みんなの視界に入らないように。と端で王逆くんの帰りを待っていると・・・・


「おや、お連れの方はどうしたんです?」
突然仮面を付けた男の人に声をかけられた。ここは大人のふりをして答えた方がよさそうだ。幸い仮面と化粧のおかげで私が10代かどうかはわからないはず。


「仕事の電話が来たようで、今席を外しております」


「そうでしたか、それはさぞお寂しいでしょう。貴女のような美しい女性をただ壁の花にしておくのは勿体ない。よろしければ、一曲踊っていただいてもよろしいでしょうか?」
目の前の男の人は、私に向かって片膝をついて手のひらを差し出した。


「ごめんなさい。私、ダンスは踊れなくて・・・・」
あいにくパーティーに1度も来たことがない私がダンスなんて踊れるはずもないため、丁重にお断りをした。


「かまいませんよ。私がリードして差し上げます」
そう言って彼が私の腕を掴んだ瞬間、氷が触れたのではないか。と勘違いする程の冷たさに驚いた私は思わず手を引っ込めた。


「おや、どうしましたか?大丈夫ですよ。足を踏んだって怒りはしませんから」
条件反射で引っ込めてしまったその手を逆の手で温めるように握っていると、その手に向かって再度男の人が手を伸ばしてきた。


「あ、いえ、その・・・・ごめんなさい」
その手から・・・・男から逃れるために私は会場の外へと逃げた。何故かあの男の人に腕を掴まれてから、心臓がまるで警報を鳴らすかのようにバクバクと動き始めている。それを落ち着かせるように私は何度も深呼吸をした。一度、お手洗いに行こう。と、横を向いて歩き始めた瞬間・・・・


「おや、どこへ行くおつもりですか?マスターさん」
突然耳元で、低い声が聞えてきた・・・・先程私をダンスに誘った男の人だった・・・・


「えっ?」
今、私のことを「マスター」と呼んだ?なんでそのことを知っているの?令呪は手袋でちゃんと隠しているし、漏れ出るような魔力は怪我をしてない私は持っていない。なんで気づかれたの?とにかく逃げなきゃ!そう思って前に向かって走り出した瞬間、首に鈍器で殴られたような痛みを感じて気を失った。


「さて、どのサーヴァントのマスターかな?どこにネズミが隠れているのか探すのが楽しそうだ」