歩き始めた神宮寺の後ろを付いて歩くこと30分。
森の奥から突然大きな神社が現れた・・・・・


「おかえりなさいませ。ユキナリ様」
100段以上ある長い石段を登りきると、門の奥から着物や巫女装束を着た女性が何人も現れて頭を下げた。


「ただいま。けが人がいるんだ、すぐに部屋と布団と治療道具を準備してくれ」


「かしこまりました」
神宮寺の言葉を聞いて、女性たちは一斉に建物の中へと入っていった。


「へぇ。随分と立派なところに住んでんじゃねぇか。もしかして、ここら辺一帯お前んとこの土地か?」
さっきまで戦闘で使っていた森も神宮寺のところの土地なのではと思ったモードレッドはそう口にすれば、「あぁ、そうだよ」と神宮寺は答えた。


「こんな大層立派なところで育って、ユキナリ様はさぞ幸せだろ」
モードレッドはからかうように、にやっと笑いながらそう口にしたが、言われた神宮寺は「はっ」と自嘲気味に笑った。


「こんなとこただの大きな檻だ」
光のない瞳で地面を見つめた神宮寺は、地を這うような低い声でそう言った後、建物の中へと入っていった。


「マスターは色々と家族のことで苦労してるんだ。今回聖杯戦争に参加したのもそれが理由だよ」
急に雰囲気が変わった神宮寺の様子に少し驚いていたモードレッドにライダーはそっと近づき声をかけた。


「なるほどな」
神宮寺とライダーの後を追うようにモードレッドも名無しを背負い建物の中へと入っていった。


今準備しろと言ったばかりなのに、部屋につくと、すでに布団や救急箱、飲み物から食べ物まで至れり尽くせりで用意されていた。


「医者はどういたしましょうか?」


「いや、あとの治療は俺ができるからもう下がっていい」


「かしこまりました。あと、みやこ様がまた・・・・」
神宮寺の言葉を聞いて頭を下げていた女が少し言いづらいことを話すかのように、声を小さくさせて神宮寺に言葉を伝えると、神宮寺は一瞬顔を歪ませたあと小さく息を吐いた。


「悪いが引き続き捜索を頼む」


「かしこまりました」
不思議なやり取りにモードレッドは内心首を傾げながらも背負っている名無しを布団の上に降ろした。女達がそそくさと部屋から出て行くと、神宮寺は救急箱を持って名無しの横に腰を下ろした。


「治療をするから少し彼女に触るよ」
そう言って神宮寺が名無しの腕を掴もうとしたが、その手をモードレッドが掴んだ。


「治療なら俺がやる。触んな」


「はぁ・・・・君じゃ傷口を綺麗にすることまではできないだろ?下手に治療をすれば、この傷は痕になって一生残ってしまうぞ」
傷に軟膏を塗ってガーゼや包帯を巻くなら自分でもできると思っていたモードレッドだったが、さすがにこの傷を綺麗に治すことまではできない。と悟り、ちっ!と盛大な舌打ちをしながら、神宮寺の腕を掴んでいた手を離した。


「マスターはこういうちょっとした傷の治療は得意なんだ。綺麗にちゃちゃっと治してくれるからまぁ見てなよ」
いつの間にか用意された夕飯を食べているライダーは箸が使えないのか、スプーンでご飯を掬いながら口に運びながらモードレッドに声をかけた。


「治せるならあの時に治せばよかったじゃねぇか」
治療箱を取りに行かせて自分で治療なんかさせずにあの場で治療をすればよかったのに。と、モードレッドが口にすれば、神宮寺は困ったような表情でため息をついた。


「ガントなんて使えず何もできないままの魔術師だったら治療してたさ。だが、そうじゃなかったから、あの場から戦線離脱させたんだ。まぁ、失敗だったけど」
あの時名無しがガントを使用したことで、神宮寺の中で完全に非戦闘員から戦闘員に認識が変わってしまったため、底知れぬ力を警戒してあの場から離れさせる以外の選択肢はなかった。


「・・・・・変なことしたら承知しねぇからな」
悪態をついたモードレッドは、神宮寺の横で胡坐をかきながら治療の様子を見つめていた。
本人から指から血が止まったとは聞いていたが、本当にただ血が止まっているだけで、ダラダラと血が垂れ流れていたあの時と傷の様子は全く変わっていなかった。かさぶたができた感じでもないのに血が止まっているのが不思議なぐらいだ。これをどうするのだろうか。と見つめていると、神宮寺は「君も自分の手当てをするといいよ」と言って、救急箱をそのまま俺に渡してきた。いや、今お前が名無しの治療に使うだろうが。と眉間に皺を寄せた瞬間、神宮寺は名無しの手を自分の顔の前に持っていくと、なんの迷いもなく、傷を負った指を口に含んだ。


「はぁ?!」


「ひぅっ!」
その様子を見たモードレッドが目玉が飛び出そうなぐらい目を見開きながら大きな声をだすと、それに反応したのか、指に違和感を覚えたからか、はたまた両方か、名無しが目を覚ました。


「てめぇ!何してんだ!」
神宮寺の胸倉を掴む勢いで、立ち上がったモードレッドに神宮寺は口から出した名無しの指を見せた。


「治った・・・・?!」
綺麗に傷が塞がっている指を見て、モードレッドは戸惑いの声をあげた。


「魔力を使わないとこんなに綺麗に縫合するなんて不可能だ。それを効率的にやる方法がこれだっただけだ」
神宮寺は濡れタオルで丁寧に名無しの指を拭きながら、「突然驚いただろ。説明もなしにごめん」と名無しに謝罪した。


「ううん・・・・。ありがとう」
突然の出来事に驚きながらも綺麗に治った指を見て、名無しは神宮寺に感謝の言葉を伝えた。すると、障子戸の奥から、「ユキナリ様」という声が聞えた。


「どうした」


「失礼いたします。みやこ様が見つかりました」
そう言って開いた障子戸の隙間から着物でもなく巫女装束でもない普通の服を着て、髪が少し乱れた青白い顔をした女性がたどたどしく廊下を歩いている姿が見えた。立っているのもやっとなその女性は虚ろな目でこちらを一瞥したあと、そのままふらふらと廊下の先を歩いて行った。


「・・・・・そうか。部屋まで無事送り届けてくれ」
一瞬言葉を詰まらせながらも、神宮寺は報告をしにきた女性に声をかけた。


「かしこまりました」
神宮寺の言葉を聞いて、着物を着た女性は、ゆっくりと障子戸を閉めた後、すっと立ち上がってふらふらと歩いている女性を追いかけたのがシルエットで映った。


「なんだあの女。死にそうな顔してたぞ」


「ちょっとモードレッド」
失礼なことを言ったモードレッドを咎めるように名無しは声をかけた。


「あれは・・・・俺の母親だ」


「えっ?」「っ?!」


「そして、俺が聖杯戦争に参加した理由だ」
淡々と口にした神宮寺はじっと名無しの顔を見つめた。


「俺の願いは、魔術師の家系として一生途絶えることのない一族の繁栄だ」


「その願いとお母さんはどう結びつくの?」
どうしても先程ふらふらと足取り悪く歩いていた神宮寺の母親とその願いの繋がりがわからなかった名無しは神宮寺に問いかけた。


「話せば長くなるんだが・・・・・」
そう前置きした神宮寺は自分の一族の話を名無したちに話し始めた。


「神宮寺の一族は、たった500年だが、魔術師の家系としてずっと魔術師が産まれ続けていたんだ。だけど、それが、祖母の代で突然途絶えたんだ。祖父が魔術師じゃない人だったから、途絶えた原因はそれだと言われている。曾祖母と曾祖父は祖母以外に子供に恵まれず、祖母は一人娘だった。他に兄弟はいなかったんだ」


「でも、神宮寺くんの家の方で途絶えたとしても親戚の方では残ってたんじゃないの?」


「分家は元々魔力の血筋が弱くて、というか、魔力が弱い人間が分家になったというか・・・・。とっくの昔に魔術師としては途絶えていたから、本家で途絶えたのが最後だったんだ。自分たちで500年続いた家系を途絶えさせてしまったことを心底嘆いた2人は、そのまま1人の娘を置いて心中した」


「っ?!」
名無しは神宮寺の言葉を聞いて驚きのあまり息が止まった。


「っは。たかがそれぐらいで心中するなんて馬鹿馬鹿しい」
モードレッドは吐き捨てるように笑いながらそう口にすれば、名無しから無言で睨まれた。


「んだよ・・・・。いくらよそから来た男が魔術師じゃなかったとしても、突然途絶えたってことは、元々魔術師としての力が弱い家系だったって話じゃねぇか。そいつらが気負って死ぬことなんざなかったって話だよ」
名無しからの鋭い視線があまりにも痛かったのか、モードレッドは、自分の発言に対する説明を話した。


「あぁ、君の言うとおりだ。心中なんてする必要はなかったんだ・・・・。そしてその残された一人娘が、俺の母親だ。本家の人間が途絶えたから、母は分家の家に預けられたんだ、そして、魔力なんてなかったから魔術師の学校ではなく普通の学校に通って、普通の会社に就職して幸せに生きてたんだ・・・・だが、ある日、別の分家の者たちがやってきて母に魔術師としての家系を再び取り戻せ。と言ってきたんだ」
段々と顔がうつむいていく神宮寺に目に名無しは心配そうに目を向けたが、彼はその視線に気づきながらも彼は話し続けた。


「そして母は分家の人間がよそから連れてきた魔術師の男と結婚して俺が産まれた。本来なら男の方の一族になるけど、母が唯一の一族の本筋だから姓も戸籍も神宮寺の一族として残したんだ」


「そっか。それで神宮寺くんには魔力があるんだね」
一度一族の魔力が途絶えかけたが、違う魔術師の家系の人と結婚したことでまた魔力が復活したということか。


「あぁ。魔術回路自体はほぼ父親の家系のものだけど、それでも、神宮寺の家系のものもわずかに残っている」


「で、お前の母親はなんであんなに死にそうになってんだ。無事に一族を守れたならよかったじゃねぇか」
一見、一族に魔術師がまた誕生したのなら一件落着だったのでは。と思えたその話だけど、それだと、神宮寺の母があぁなってしまった理由がわからない。とモードレッドも名無しも首をかしげた。


「母には結婚を約束した相手がいたそうなんだ。だけど、その人は魔術師じゃない普通の人間で分家の人間に邪魔されて2人は結ばれなかったそうだ」


「結婚の約束までしていたのに、一族の為に別れなきゃいけないだなんて・・・・」


「そんな純愛の話でもないけどね。その男は手切れ金ですぐに身を引いたそうだし、本当に母のことを好きだったのか甚だ疑問だ」


「そうなんだ・・・・」
結婚の約束までしていたのに、追いかけて来てもらえなかった神宮寺くんのお母さんはどんなに思いだったのだろう。きっと辛かっただろうな。と、名無しが彼女の気持ちを考えていると、ふと、横から視線を感じてそちらに目を向けた。すると、どんな心情なのか、心配そうとも不安そうともとれるような複雑な表情をしながら、何も言わずにモードレッドが名無しの顔を見つめていた。


「分家の人間が連れてきた男・・・・俺の父さんも俺が産まれてすぐにこの家から姿を消したらしい。そのせいで俺を産んだ後に母があんな風になったと聞いている。」
自嘲気味に笑いながら神宮寺のその言葉を聞いて、名無しは心が苦しくなっていた。母があんな状態で、父も行方不明・・・・きっと彼は一人でここまで頑張ってきたのだろう。


「だから、俺は聖杯に一族の繁栄を願おうとしたんだ。俺の代でまた途絶えさせるわけにはいかないからね」


「別に、聖杯にわざわざ願わなくたって、そこら辺の魔術師の女でも見つけてこりゃ、そうそう途絶えることなんてねぇだろ」
モードレッドは神宮寺の家の話を聞いても特に同情するわけでもなく哀れんだ様子もなく淡々と思ったことを伝えた。


「魔術師の女なんてプライドが高くて、性格が悪い女ばかりだろ。間違えて、自分の一族よりも長い歴史を持っている魔術師の家系の女なんて捕まえた日には、死ぬまで一生マウントを取られ続ける。そんなのごめんだ」
モードレッドの言葉を聞いた神宮寺は怖いぐらいにっこりと笑いながら、いくら周りに魔術師がたくさんいたとしてもその中から最良を選ぶのは大変なのだと伝えると、何か思い出したのか「あー。まぁ、そうだな」とモードレッドはげんなりとした顔をした。


「花嫁探しだって楽ではないってことさ。不幸な人生で終わるのは母さんで終わらせたい」
神宮寺は床を見つめたまま口元だけ笑って名無したちにそう告げた。だけど、名無しはその言葉にひっかかりを覚えてすぐに口を開いた。


「なんでお母さんが不幸な人生だったと諦めるの?」


「えっ?」
名無しが突然発した言葉を聞いて神宮寺は名無しのことを見つめた。今まで同情するような悲しげな表情を神宮寺に向けていたはずなのに、今は、その表情とは打って変わり、少し怒ったような表情をしていた。


「お母さんはまだ生きているのに、なんでこのまま人生が終わるような言い方をするの?」
息子を見つめることもできない。ふらふらと足元がおぼつくような歩き方しかできない。いつ倒れてしまうかもわからない。そんな状態だったとしてもお母さんは今ちゃんと生きている。なのに・・・・


「なんで、これから幸せにしてあげようと思わないの?」


「っ?!」
一瞬大きく目を見開いた神宮寺の身体はまるで固まったかのように動かなくなった。名無しはずっと気がかりだったのだ、先程、神宮寺の母が部屋の前を通った時に神宮寺が一度も母の方を見なかったことが。目をそらすかのように床を室内の床を見つめていたことが。


「お母さんから、目をそらさないで。神宮寺くんがお母さんの唯一の家族なんだから」
向き合うのはツライかもしれない。苦しいかもしれない。どうしていいかわからないかもしれない。それでも、これは彼にしかできないことだ。だから、逃げないで、目を背けないで、ちゃんとお母さんと向き合って欲しい。と願い名無しは言葉を続けた。


「もう、17年もまともに接してないんだ。声だって覚えてない・・・今更何をすれば・・・・」
一言に「向き合え」と言うのは簡単だが、会ってない期間があまりにも長すぎたため、神宮寺はなにをどうすればいいのか全くわからなかった。不安からか段々とうつむいていく神宮寺の手を名無しはぎゅっと握った。


「まずが挨拶からでいいんじゃない?おはよう。おやすみ。それだけでも十分会話だと思うけど」
そう言いながら、なんでもないように笑う名無しの顔を見て神宮寺は、はっと息を飲んだ。


「あとは・・・・何か共通の話題とかないかな?2人共知ってること・・・・。あ、神宮寺くんの名前って誰が決めたの?」


「えっ?俺の名前?一応、母さんがつけてくれたって聞いたけど・・・・」
急に名前のことを聞かれた神宮寺は戸惑いながらも、昔、世話係の従者がそう言っていたはずだ。と、幼い記憶を辿って答えを導き出した。


「そうなんだ。じゃあ、その話とかいいんじゃない?名前って親から初めてもらうプレゼントっていうし!下の名前はなんていうの?」
戸惑いながらも答え続ける神宮寺とは違い、名無しはわくわくしている様子で神宮寺に問いかけ続けた。


「ゆきなり。字は、幸(さち)に成(なる)。『幸せになって欲しい』と願って母さんがつけたそうだ」
母の願い通りに生きられているだろうか?と。不安げに瞳を揺らしながら、口元だけ力なく笑う神宮寺を見て、名無しはその頭に優しく手を乗せた。


「幸成くんか。素敵な名前だね!じゃあ、私は神宮寺くんとお母さん2人で幸せになって欲しい。大丈夫。過去は変えられないけど、未来は自分でいくらでも変えていけるよ。神宮寺くんのお母さんはちゃんとここにいるよ」
そう言って名無しは神宮寺に笑いかけながら数度頭をワシャワシャと撫でた。その行動に驚いた神宮寺は一瞬大きく目を見開いたあと、真顔で名無しの顔をじっと見つめた。そして・・・・


「わあっ!」
神宮寺は名無しが頭に伸ばしていた手を引いて、ぎゅっと抱きしめた。驚きのあまり身体を固まらせた名無しの視界の端ではモードレッドが「おい!てめぇ!なにしてやがんだ!」と今にも飛び掛りそうな勢いで立ち上がっているのが見えた。


「聖杯は諦めるよ」


「えっ?」「はぁ?」
神宮寺が名無しを抱きしめながら突然言った言葉に名無しもセイバーも驚きの声をあげた。


「その代わり、セイバーのマスター・・・・いや、名無しさん。お願いがあるんだ」
戸惑っている名無しをよそに神宮寺は淡々と言葉を続けた。


「お願い?」


「俺と結婚して、俺の子供を産んで欲しい」