「セイバー、血だらけ!」
腕からもわき腹からも血を流しているセイバーを見て名無しは驚きの声をあげた。


「こんなもん別に大したことねぇよ」
心配する名無しをよそにモードレッドは落ち着いた声で自分の傷はどうでもいい。と言った。


「よくないよ!すぐに治療しなきゃ!」


「それは後でいい。それよりお前、指は大丈夫なのか?」
モードレッドは名無しの指を確認するために、名無しの右手を優しく掴んで確認した。


「うん。礼装を着たらすぐに血が止まったから大丈夫だよ」
そう言って名無しは自分が着ている真っ白な礼装の裾を掴んでセイバーに見せた。すると・・・・


「へぇ。これ礼装なのか」
神宮寺は興味津々で覗き込み名無しの着ている礼装の裾に手を伸ばそうとしたが・・・・


バシッ!


「気安く触んじゃねぇ!」
神宮寺の手は瞬時にモードレッドに払いのけられた。


「可愛いね!まるでお姫様みたいだ!」
いつの間に復活したのか、ライダーは名無しの着ている礼装を笑顔で見つめながら周りを元気にぴょんぴょんと飛び跳ねていた。


「足元がふらついて木に寄りかかってたら突然服がこれに変わってビックリ・・・・」
モードレッドと分かれた後、崖に行くためにもたつく足で必死に歩いていると、足がもつれて近くにあった木に軽く体を叩きつけるように倒れた。その瞬間、腕時計(*ダヴィンチ特注)の中に入れていた宝石の形をした礼装が急に白く光あっという間にこの服に着替えていたのだった。礼装に着替えると、不思議と指の血が止まり、それまで激痛が走っていた痛みはまったく感じず、もたついていた足も不思議な程軽やかになった。


「名無しの魔力に反応したのか?」
名無しの説明を聞いたモードレッドは前回礼装が切り替わった時のことを思い出した。


「たぶんそうだと思う。前も、私の血に反応してたみたいだったし」
前回も指を刃物で切った時に宝石の礼装が変化したことを思い出した名無しは、恐らく発動条件が自分の魔力だという予想を立てた。


「へぇ、興味深いな。この礼装について後で詳しく教えて欲しい」
顎に手を当てながら真剣な表情で神宮寺は名無しのことを見つめた。それに対し、名無しはすぐに首を縦に振ろうとしたが、そんな名無しの前にモードレッドが体を滑り込ませた。


「っは!誰がてめぇになんか教えるかよ!」


「これから共闘するんだ。味方の情報は一つでも多く知っておいた方がいい」


「勘違いすんじゃねぇ。共闘する気はさらさらねぇよ!てめぇらはバーサーカーと戦う時の囮に使うだけだ」


「君、本気で言ってるのか?俺相手にあれだけ苦戦していた癖にバーサーカーに一人で勝とうなんて無謀にも程がある」
やれやれ。と呆れたように首を振りながら神宮寺は頭を抱えた。


「あれはてめぇが汚ねぇ手ばっかり使ってたからだろ!」
正々堂々と戦っていれば今頃神宮寺もライダーもボコボコにしていた。と、モードレッドは思っている。その言葉を聞いて、神宮寺は、「まぁたしかに」と答えた。


「それは否めない。実際こっちは罠をたくさん用意したし、『これ』も結構使わせてもらったしね」
そう言って神宮寺が懐から取り出したのは名無しの血液入りカプセルが入った小瓶だった。


「てめぇ!まさか、それ飲みやがったのか!」


「あぁ。これがなかったらあんなに持続して何度も瞬間強化はできなかったし、君と互角に戦うなんて難しかったよ。ライダーのケガがあんな短時間で回復したのも納得した。本当に助かったよ、ありがとう」
感謝の言葉を伝えながら、神宮寺はしゃがんで名無しの手に小瓶を返した。


「そういえば、あの時、君から鈴の音はしなかったけど、一体どうやってやったんだい?」
神宮寺の言う『あの時』とは、名無しが回復薬と取りに行くと言ってその場から立ち去った時にことである。よたよたと歩いてはいたが、だからと言って鈴の音が鳴らないのはおかしい。一体どうやって隠し持っていたのだろうか。と神宮寺はずっと気になっていた。


「あぁ、それはこうやったの」
そう言って名無しは服の中から取り出した鈴を目の前に出して見せた。


「布?」


「そう。この中に布を詰めると音が鳴らなくなるんだよ」
名無しが見せた鈴には隙間に赤い布が挟まっていた。それを見てモードレッドは、あの短時間で自分の体から鈴を探し出して音が鳴らないように細工までしたのか。と感心していた。


「お前、その布」


「うん。モードレッドが止血に使ってた布だよ。丁度いい所にあったから使っちゃった」


「まさか、そんな方法で欺かれたなんて・・・・」
非戦闘員だと思い完全に油断していた名無しにしてやられた神宮寺は少し悔しく思ったが、何故か気持ちは不思議と晴れやかだった。自分が無力だと勝手に判断していた名無しは、たしかに魔力もろくに使用できない半人前以下の魔術師だが、それを補うだけの別の力を持っていた。


「ほんと、完敗だよ・・・・・」
あのセイバーの過保護ぶりから最初から名無しを戦闘に参加させる気がないことはわかりきっていた。だから、名無しに神宮寺が近づいたのはただの囮として使う為だった。案の定、何の力も使えない名無しはあっさりと捕まり、思いがけず、名無しの魔力が入っているカプセルまで手に入れた。魔力が入っているとはいえ大したものではないだろう。と思っていたが、効果は神宮寺の想像を遥かに上回るものだった。通常1分程度しか持続させられない瞬間強化の魔術をその倍以上の時間持続させることができ、尚且つ、あの短時間で数回も使用することができた。恐らく、直で名無しの魔力が入っているわけではなく、なにかしらの細工がしてあるだろうが、それでもあれは素晴らしいものだった。と実際に使用した神宮寺は感心した。しかし、囮として役立つことまでは想定内だったが、まさか、名無しがガンドを使えることまでは予想していなかった。ケガをした指の代償は大きかったが、あれほどまでの魔術が使用できることにも驚いていた。
今回の敗北は、完全に自分の油断が原因だ。と神宮寺は思った。最初から名無しを戦闘員としてカウントしていれば、上空からライダーに常に名無しの監視させるなり、もっと色々と対策ができたはずだ。負けたのは全て自分のせいだ。と、拳を握りながら自分の考えの甘さを呪っていた。
そんなことを神宮寺が考えていると、さっきまで笑顔で笑っていた彼女の顔から急に笑顔が消え、目を閉じながらふらっと後ろに倒れていくのが見えた。咄嗟に神宮寺は手を伸ばして支えようとしたが、名無しの目の前にいたモードレッドがすぐにがしっと抱きしめるように支えた。


「名無し!大丈夫か?!」
モードレッドは意識を失った名無しの安否を確かめるために頬に手を添えて呼吸しているかどうか確かめるために口元に耳を近づけた時、白く発光し始めた名無しの体を見て、何か悟ったように、急に、「うわぁー!!見るんじゃねぇー!!」と叫びだした。その声に神宮寺もライダーも驚き、首をかしげたが、徐々に名無しの体の肌色の面積が増えていくことに気づいた神宮寺はすぐに「えっ?何、何?」と状況を理解していないライダーの目を両手で覆い、自分も明後日の方向に顔を背けた。


「っ?!」
モードレッドは自分の身を呈して名無しの体を抱きしめる形で必死に隠した。一瞬自分の腕に感じた感触に体を強張らせたが、着ていた鎧のおかげで死ぬような状況はまぬがれた。


「・・・・セイバー。まさかとは思うが、彼女は今服を着ていないのだろうか」
たどたどしく質問する神宮寺に「ちゃんと着てるつーの!」とモードレッドは大声で答えた。


「その・・・・礼装が切り替わる時に一瞬だけ・・・・なるんだよ!」
色々と必死なモードレッドは叫ぶように、もうこれ以上何も聞くな!という勢いで声を出した。それを聞いて察しのよい神宮寺は口を閉ざしたが・・・・


「えー!セイバーのマスター裸なの?!どこまで裸なの?下着は着てるの?いいなー。僕も見たかったなー。ねぇねぇねぇ、もしかして今エッチなことしてるのー?」
空気を一切読まないライダーは間延びした声でセイバーを質問攻めした。


「するわけねぇだろ!死ね!雑魚サーヴァント!」
上半身の鎧を脱ぎ去ったセイバーは背中に名無しを背負いライダーに蹴りを入れた。


「いったぁ!ほんと君は乱暴だなぁ・・・・・」
蹴られたお尻を撫でながら痛みからか少し目に涙を浮かべたライダーはセイバーを睨んだ。


「近くに俺の家があるからそこで休ませよう。ついて来てくれ」