「っく!」
名無しの指から放たれた赤い光を神宮寺は手に持っていたモードレッドの剣で受け止めて弾いた。咄嗟に剣をかまえたせいで上手く握れていなかったのか、剣は弾かれて遠くに刺さった。受け止めた反動で震える自分の手を見て神宮寺は大きく目を見開いた。すると、「名無し!名無し!」とモードレッドの叫ぶような声が聞えた。


「大丈夫か?!名無し!しっかりしろ!」
今のガンドで2人を捕らえていた網が破け、地面に名無しとモードレッドは落ちていた。モードレッドは蹲ったまま一言も発さない名無しの顔を覗き込みながら懸命に呼びかけた。


「うっ・・・・っく・・・・」
ガンドを撃った際に皮膚が破け、血がボタボタと流れる指を名無しは懸命に握り締めながら痛みに耐えるように下唇を噛んだ。


「待ってろよ!すぐに止血してやるから!」
そう言ってモードレッドは自分が身に着けている赤い布をびっ!と破き、名無しの指に巻きつけたが、すぐにその布は名無しの血で染まった。


「全然止まらねぇ・・・・」
あまりの出血量の多さにモードレッドが焦っていると、激痛から逃れるためか、名無しはモードレッドが指の止血を行っている間、モードレッドのお腹にしがみつくように抱きつき続けていた。


「おい、大丈夫か?そんなにいてぇのか?」
まさぐるような動きをする手に違和感を覚えたモードレッドは、そんな縋りたい程痛いのか。と思い、心配そうに名無しに声をかけた。


「これは、ひどいな・・・・。早く手当てをした方がいい。最初に集まった所に救急箱がある。それで止血はなんとかなるだろう。すぐに行くといい」
名無しの目の前にしゃがみこんだ神宮寺を見て、モードレッドはすぐに名無しを自分の背に隠したが、名無しの傷を見た神宮寺は顔を歪めて自分が持ってきた救急箱の道具で応急処置をするようにすすめた。


「てめぇ、なんのつもりだ!それとも、別の罠か!」


「君のマスターは治癒魔術が使えないんだからこうするしかないだろ。それに俺の目的は君たちをここで倒すことじゃなくて、バーサーカーと戦うときに共闘してもらうことだ。だから、こんな所で何かあったら困るんだ。・・・・・まだ疑っているようだけど、君たちに選択肢はないから」
神宮寺を睨みつけていたモードレッドは冷静に答える神宮寺を見て盛大に舌打ちをした。


「モードレッド・・・私は大丈夫だから。神宮寺くん、ごめんね。使わせてもらっていいかな?」
今まで一言も発さなかった名無しが蒼白になっている顔を上げ、モードレッドと神宮寺の顔を見た。


「あぁ、かまわないよ。一人で行けるね?」


「うん・・・大丈夫」
貧血のせいか、体をふらつかせながら立ち上がる名無しをモードレッドは瞬時に支えた。


「おい、大丈夫かよ。俺もついていく!こんなお前を一人で行かせるわけには!」
こんな足元がおぼつかない名無しを一人で遠くまで歩かせてるなんて。と思ったモードレッドはそのままの気持ちを口にすると、後ろから、「ねぇ」という地を這うような低い声が聞えてきた。


「君舐めてるの?今、君が背を向ければ俺は確実に後ろから刺して鈴を奪うよ」
腰の刀を抜いた神宮寺はモードレッドの目の前にその切っ先を向けて睨みつけた。


「・・・・モードレッド」
名無しは自分の体を支えるように抱きしめているモードレッドに視線を向けた。


「名無し。一人で先に行けるか?こいつを倒したらすぐに追いかける」
モードレッドは、腕の中にいる名無しに確認するように問いかけ、名無しが「うん」と頷いたのを見てそっと手を離した。


「悪いが、今のは戦闘はおろか自己治癒もろくにできない無力な魔術師へのサービスだよ。これ以上甘やかすつもりはない」


「てめぇ、誰に口きいてやがる。殺すぞ」
名無しへの暴言を聞いたモードレッドは、瞳に怒りを灯しながら神宮寺を睨みつけた。


「モードレッド。あとはお願い」


「・・・・わかった。何かあったらすぐに叫んで俺を呼べ。いいな?」
神宮寺から目を離すことなく、後ろにいる名無しにモードレッドは声をかけた。


「わかった。約束する」
名無しがそう言って、もたつく足で走り出した瞬間、モードレッドは遠くに刺さっている自分の剣に向かって走り出した。それに反応した神宮寺は取らせるものか!と、モードレッドを追いながら刀を振るったが・・・・


「危なかったな」
寸での所で、剣を手に取ったモードレッドは、神宮寺の刀を自分の剣で受け止めた。剣を手にしたモードレッドは、神宮寺の首、肩、腰、足に向かって連続して攻撃を繰り出したが、それを全て神宮寺は刀で受け止めた。


「っは!ほんとにムカつく野郎だぜ」
まるで自分の攻撃を全て読んでるかのように全て受け止める神宮寺にいらついたモードレッドは悪態をついた。


「それはどうも」
神宮寺は、冷静な表情でモードレッドへ返事をした。ここからあの集合場所まで走っても片道5分はかかる。戦いが終わるまでにここに戻ってくるのは難しいだろう。これでセイバーのマスターは戦闘から離脱した。まぁ、いてもいなくても変わりはないが・・・・いや、あのガンドがまだ使えるなら多少は・・・・・どちらにせよ、鈴はさっきライダーに渡したし、回復もちゃんとさせた(まさか、あの短時間で負傷するとは思わなかったが・・・・)こちらの準備は万端だ。宝具をさっき使用したからセイバーはもう宝具を使用できないし、このままいけば彼の手に鈴が渡ることはない。後はセイバーが持っている鈴を奪えば勝ちだ。


「ただの魔術師ふぜいが、サーヴァントもなしに一人で戦おうってか!無謀にも程があんだろ!」
モードレッドは自分の顔めがけて振るわれた刀を後方に飛びながら避け、神宮寺の腹部に剣を振るったが・・・・


「それはどうかな!」
腰に刺さっている鞘を引き抜きモードレッドの剣を受け止めた。


その後もお互いに攻撃を受け止め合うばかりで、中々決定打を決めることができずにいると・・・・


「お遊びはここまでだ。そろそろ勝負を決めようか」
神宮寺は一度モードレッドと距離を取り、刀に自分の左手をかざすと刀身がオレンジ色に光った。その光に見覚えがあるモードレッドは、あれは、たしか、バーサーカーとの戦いの時にライダーにやってたやつか。と思い出した瞬間・・・・


「っく!!」
さっきよりも加速した神宮寺が一瞬の内にモードレッドの目の前に現れ、刀を振り下ろした。モードレッドが驚いたのは、神宮寺の速度にだけではなく、その刀の威力にもだった。このまま上から押され続ければ、地面に足が埋まるのではないか。と思ったモードレッドはすぐに刀を弾いて、後方へと下がった。しかし、後方に下がった位置にはたくさんの木が生えており、先程の弓矢が突然飛んできた攻撃のことも考え、開けた場所を求めてそのまま奥へと走り続けた。森の中なだけあって、中々開けたような場所が見つからず前へ前へ進んでいると、地面に血がぽたぽたと落ちているのが見え、名無しがこの先にいることを悟ったモードレッドはすぐに方向転換した。その瞬間、左腕に激痛が走った。


「うっ!」
激痛が走った左腕を見ると、一本傷ができており、そこから少量の血が重力に従って下に流れた。


「鬼ごっこは終わりかい?」


「くそっ!」


「・・・・彼女、ちゃんと行ったみたいだね」
地面に落ちた血に気づいた神宮寺は名無しがいる方向を見て少しだけ安心したように笑った。その表情を見てモードレッドの頭には疑問が生まれた。なんでお前がそんな表情をする必要があんだよ。と口から言葉がでかかったが、神宮寺の顔からはすぐに笑みが消え、睨みつけるようにモードレッドを見つめた。


「さて、終わりにしようか」
そう言って、神宮寺は刀の切っ先をモードレッドに向けた。すると・・・・・


「マスター!大丈夫?」
空からヒポクリフに乗ったライダーが近づいてきた。


「ライダー、遅かったな。魔力の方はどうだ?」


「うん!準備万端!いつでも宝具使えるよ!」
先程モードレッドと戦った際に受けた傷はすっかり消え、神宮寺がモードレッドと戦っている間に十分に魔力の補充も行ったライダーは武器を構え、いつでもいけると神宮寺に合図を送った。


「っち。まずいな」
正直、あのオレンジ色に光った刀の神宮寺を相手するだけでも大変だっつーのに、それに加えて、宝具が使えるあのポンコツサーヴァントも相手にすんのかよ。いけるか?いけるのか?この負傷した体で。宝具も使ったせいで魔力もほとんど残ってねぇんだぞ。ほんとにいけるのか?と、モードレッドの頭の中で思考が巡った。しかし、その瞬間、ふと、名無しの顔がモードレッドの頭をよぎった。


「っは。」


「「っ?!」」
突然吐き出すように笑ったモードレッドを見て、神宮寺もライダーも驚いたように目を見開いた。普通に考えれば、2対1の、ましてや誰がどう見ても劣勢の状態で、本当ならば負けを認めて降伏するなり、逃げ出すなり、悔しさや怯えの表情の一つでも見せていい状況なのに・・・・目の前のモードレッドは楽しそうに笑っていたのだった。まるで、自分の勝ちが確信したかのように・・・・


「ここで負けてらんねぇんだよ。名無しが待ってんだ。早く追いかけてやらねぇとな。さぁ、さっさと鈴を寄こせよ雑魚が!」


「・・・・君のその勇姿は賞賛に値する。だが、俺達の勝ちだ!」
刀身をまたオレンジ色に光らせた神宮寺が勢いよく地面を蹴り、その勢いのままモードレッドにぶつかっていった。


「っく!」
モードレッドは、神宮寺の刀をしっかりと受け止めたが、その腕からは、血がぽたぽたと垂れていた。その後ろから、ライダーが攻撃をしかけてくるのが見え、モードレッドは体を回転させてライダーの攻撃を受け止めた。


「てめぇみたいな。三下のサーヴァントにやられてたまるかよ」
モードレッドがライダーの剣をなぞるように剣をすべらせて体をずらすと、ライダーの剣が神宮寺の髪を掠めた・・・・


「っ?!」


「ごめん、マスター!」
神宮寺に当たりかけた剣を外へ振りながらライダーは神宮寺へ謝罪した。その間にモードレッドは奥に向かって走り出した。


「大丈夫だ。ライダー。上空で宝具使用の準備をしててくれ」


「うん。わかった」
逃げたモードレッドを追うように奥に向かって走った神宮寺にライダーは返事をした。


別に2人倒す必要はねぇ。ただ、神宮寺を倒して鈴を奪えばいいだけだ。その為に、なんとか1対1で戦える所はないか。と小道がないか探したが、行き着いた場所は、周りが崖にかこまれた空間だった・・・・


「っち!」
完全に逃げ道がなくなったその場所を見てモードレッドは盛大に舌打ちをした。


「ここまでのようだね。終わりにしよう」
また刀身をオレンジ色に光らせた神宮寺は、モードレッドに突っ込んでいき・・・・


「っぐ!」
負傷している腕に刀を突き刺した。モードレッドは近づいてきた神宮寺の腕を掴み、袴の部分に向かって剣をふるったがそれを阻止するように神宮寺は刀を深く突き刺した。


「ぐわぁっ!」
寸での所で届かなかった剣はそのまま重力に従って下に落ちた。


「くそっ。あともう少しだったのに」
乱れる呼吸で負傷した腕を抑えていると、目の前にいる神宮寺が、ふっ。と笑った。


「君はまだ俺が鈴を持っていると思ってるようだけど、残念ながらもう俺の手元に鈴はない」


「なにっ?!」
そういえば、名無しの元に向かう前まではたしかに神宮寺から聞えていたはずの鈴の音が一切聞えなくなっていることに、この時ようやくモードレッドは気がついた。


「まさか、用心深そうなお前があのポンコツサーヴァントに大事なもんまかせるとはな」
神宮寺が自ら口にしてたように、ライダーに鈴をまかせるとはモードレッドも思っていなかった。


「裏をかくのが戦闘の基本だろ。さぁ、これで終わりだ」
自分のわき腹をめがけて飛んできた刀を見て、モードレッドは思わず「しまった!」と口にした。次の瞬間、刀は鎧を突き破り、わき腹に突き刺さった。


「ぐはっ!」
口から血を吐き出したモードレッドは刺されたわき腹を押さえるために手を伸ばすと、そこにあるはずのものがなかった・・・・


「「っ?!鈴がねぇ/ない・・・・」」
たしかにそこに隠したはずの鈴がないことにモードレッドは驚き、先程、マスターを助けにいくために去っていったモードレッドのわき腹付近から鈴の音が聞えていた神宮寺も驚いて目を見開いた。たしかに、名無しを助けに行く前まではそこにあったはずだ。なのに、それがなぜ消えた・・・・?もしかして戦闘中に落としたか?いや、落とせば音が鳴って気づくし、何よりこいつがそれを見逃すはずがねぇ。じゃあ、いつ消えた?どこに消えた?思い出せ・・・・思い出せ・・・・と、モードレッドは自分の記憶を遡っていた。すると・・・指を負傷した名無しがやたらと自分の体をまさぐるように抱きしめていたことを思い出した。あの時か!と気づいた瞬間・・・・「セイバーのマスターか・・・!やってくれたな」と神宮寺が声を出した。


「マスター!大丈夫?」
急に動かなくなった神宮寺を不思議に思ったライダーは、上空から声をかけた。


「ライダー!すぐにセイバーのマスターを探してくれ!鈴を持っているのはセイバーのマスターだ!救急箱を使いに行ってるからこことは反対側にいるはず・・・っ?!」
名無しが鈴を持っていると確信した神宮寺はライダーへすぐに名無しを探すように声をかけたが、その瞬間、ヒポクリフが飛んでいる横の崖から何かが勢いよく姿を現した・・・・


「「「っ?!」」」
夕日が溶け込こみキラキラと輝く真っ白なドレスを身に纏い、飛んだことで風になびいてふわっと広がった裾からは白く美しい足が伸び、覚悟を決めた力強い目をした少女が体を反るようにして勢いよく崖から飛んだ姿にその場にいた全員が目を奪われた。


「うわぁっ!」
名無しは見事ヒポクリフの上に着地したものの、飛び乗ることに必死で位置の調整をする余裕はなく、まさかの頭に乗り上げてしまった。


「「「あっ」」」
突然、頭に飛び乗られたヒポクリフは衝撃に目を回し、「キュー」という悲鳴のような泣き声をあげながら急降下した。そのことに瞬時に気づいた3人は、すぐに行動した。ライダーは来るであろう衝撃にそなえ、名無しの体をぎゅっと抱きしめ、モードレッドと神宮寺は落下地点に向かって勢いよく走り出した。


「きゃあ!」
突然の急降下に驚きの声をあげた名無しは自分を強く抱きしめているライダーにしがみつき、迫り来る衝撃に備え目をつぶった。


ドンッ!!!


「いてててて・・・・」
落下の衝撃でヒポクリフから落ちた名無しを守るために、下敷きになり地面へと滑り落ちたライダーは、名無しを抱きしめたまま苦しそうに声を出した。


「名無し!大丈夫か?!」
名無したちに駆け寄ったモードレッドはすぐにライダーから名無しを引き剥がし体を抱き上げて、足先から頭のてっぺんまで確かめるように目を動かした。


「う、うん。ライダーが守ってくれたから大丈夫」
落ちた衝撃で軽く意識が朦朧としながらも笑顔でモードレッドの問いかけに答えた。


「本当にケガはないか?どこか、痛むところはないか?頭は打ってないか?」
モードレッドに抱き上げられた名無しを神宮寺は心配そうに見つめた。


「うん。大丈夫だよ!ありがとう神宮寺くん」
自分のことを心配する神宮寺に名無しは笑顔で答えた。


「・・・・何故君がここに?治療をしにいかなかったのか?」
今自分たちがいる場所とは真反対の場所に行っていたはずの彼女が今ここにいるはずがない。そう思った神宮寺は名無しに問いかけた。


「うん。行ってないし、最初から行くつもりもなかったよ」
神宮寺の問いかけに名無しは少し眉を下げながら笑みを浮かべた。


「えっ、なんで?・・・もしかして、罠か何かだと思ったのか?」
名無しの言葉を聞いて、警戒して取りに行かなかったのか。と思った神宮寺は首を傾げた。


「ううん、思ってないよ。あの時、場所を教えてくれた神宮寺くんの顔は、本当のことを言ってる顔だったから」


「じゃあ、なんで?」
ますます行かなかった理由がわからない神宮寺は怪訝そうな顔を名無しに向けた。


「だって、貴方から鈴の音がしなくなってたから」


「「っ?!」」
名無しの言葉を聞いて、モードレッドと神宮寺は目を見開いた。


「貴方が持ってないならきっとライダーが持ってるんじゃないかと思って。でも、ライダーはずっと空を飛んでるから下からだとどうしても捕まえられないじゃない。だから、あっちにある上り坂から上に登って崖から飛び乗ってみたの。そしたら、ちょっと失敗しちゃってこんなことに」
困ったように笑う名無しを見て、神宮寺は自分の胸の辺りを握りしめて、ふっ。と笑った。


「お前な!無事だったからよかったものの!なんて無茶すんだ!心臓が止まるかと思った・・・・って、おい!聞いてるのか!名無し!今俺は怒ってんだぞ!」


「守ってくれてありがとうね」
怒鳴っているモードレッドの言葉を無視して、名無しはヒポクリフの前にしゃがんだ。30m以上の高さから落下したというのに無傷だったのは、自分の下敷きになってくれたヒポクリフとライダーのおかげだ。と、名無しがヒポクリフの頭をよしよしと撫でると、「ゲポッ」とヒポクリフの口から何かが出た。


「「「っ?!」」」


「あっ、鈴!セイバー!あったよ鈴!これで私たちの勝ちだよね」
そう言ってヒポクリフの口から出てきた鈴を手に取り嬉しそうに満面の笑みを浮かべる名無しの顔を見て、モードレッドの怒った表情は驚きの表情に変わり、最後に、ふっ。笑った。


「やったな、マスター!」
地面に座っている名無しの目線に合わせてしゃがんだモードレッドはガシガシと名無しの頭を撫でた。そんな2人を見て神宮寺は眉を下げて笑った。


「あぁ。君たちの勝ちだよ」