初めて見たそいつの姿は、数人の男に頭を押さえつけられて床に押し倒されてる姿だった。1人の男の手にはナイフが握られていて、女の指すれすれの位置に構えられていた。もう1人の男は女の片腕を掴んで背中の位置で抑えていて、3人目の男は、女の頭を床に押し付けていた。そのあまりにインパクトのある光景のせいで、自分の名を伝えようと開いていた口は瞬時に閉じた。俺の直感は瞬時に察した。あぁ、めんどくせぇところに召喚されたな。と。
俺の姿を見て、男たちは「やった!成功だ!」「すぐに所長に報告しないと!」と嬉しそうにはしゃいで、部屋から去っていった。
召喚された俺を一瞬驚いた表情で見た後、すぐに解放された両腕を顔の下に敷いて下を向いた女の手に令呪があるのが見えた。こいつが俺のマスターかよ。勘弁してくれ。しゃあねぇな。とりあえず、名前ぐらいは名乗るか。と、一つため息をついたあとに、未だに床に倒されたまま顔を上げない女の元に近づいた。「おい」と声をかけてもそいつが顔を上げることはなかった。
返事をしないその女に俺はもう一度「おい」と声をかけた。その時、何かボソボソと小さい声が聞えて、思わず「は?もっとでけぇ声でしゃべれよ」と言いながらしゃがみこめば、はっきりとした声で「帰って」と聞えてきた。
「は?」意味が分からなかった俺の口からはその言葉しかでてこなった。『帰って』だぁ?確実の俺に向かって投げかけられた言葉だ。勝手にこんなめんどくせぇとこに召喚したくせにこの女は何言ってやがんだ。「てめぇ、ふざけてんのか」一応俺のマスターだが、舐めた口をきくそいつを一瞬で殴り飛ばしたくなった。
「もう一度言う。帰って」そう言いながら、女はゆっくりと立ち上がり服に付いたほこりを払った。「はっ!勝手に喚びだしておいて、随分身勝手なこと言うじゃねぇか」俺が目の前の女にそう言うと、その女は、「脅されて呼び出しただけ。もう用は済んだからすぐに帰って。これは最終通告よ」そう言って何でもなかったかのように部屋から出て行った。なんだあの女は。感じ悪ぃな。あんなのが今回のマスターなのかよ。最悪だ。帰れって言われたが、そう簡単に帰ってやるか。ばーか。このまま居座ってやるよ!
そう思った俺は、女の言葉を聞かずにその部屋から出ると、すぐに白い服をきた男たちが近づいてきて、早速部屋を与えられた。ここでは聖杯戦争は起きてねぇらしい。じゃあ、何のために俺を喚んだんだよあいつ。その後、白い服をきた奴が俺の所に来ることはあってもあの女が俺の所へ来ることはなかった。そうして数日が過ぎた。
ずっと部屋にいるのも退屈だと思った俺は、何気なく廊下へ出ると、前からあの女が歩いてくるのが見えた。前髪が後ろ髪と一体化していて、前から歩いてくるその様子はまるで・・・・「よう。お前バケモノみてぇだな」そう言って、前髪を持ち上げて顔を拝めば、そいつは驚いた顔をしていたが、一瞬で怒りの表情へと変わり俺の手を払った。「帰ってって言ったじゃない!」怒鳴るようにそう言われた俺の頭はすぐに血が昇った。「んなこと聞くわけねぇだろ、ばーか!」「貴女がここにいたら邪魔なのよ」「は?てめぇが勝手に喚んだくせに何言ってんだよ!」「だからそれは・・・・」言葉を詰まらせた女のことを見ていると、廊下の奥から足音が聞えてきた。「騒がしいな。名無し、そこで何をしている。さっさと実験室へ行け」「・・・・はい」奥から来た男の言葉に素直に返事をした女は俺の顔を一瞬見たあとすぐに前に進んでいった。なんだあいつは。勝手に喚びだしておいて、召喚に応じたらすぐに帰れってマジでアイツ何様だ!くそ!サーヴァントをなんだと思ってんだ。それともあれか?喚びたかったサーヴァントじゃないからいらねぇってことかよ!気に食わねぇ!そう思って、遠く離れていく背中をずっと睨みつけていた。
だけど、気に食わないだけのその女のことが俺はどうしても放っておくことができなかった。その後も、度々廊下ですれ違ったが、女は俺に気づいても声をかけることなく無視して横を通り過ぎていっていた。ある日、相変わらず何もすることはねぇし、退屈だった俺は、廊下に出ると奥から歩いてくる女を見つけた。どうせ今日も何にも声なんてかけてこねぇんだろ。と、俺も無視する気満々で横を通り過ぎようとしたが、一瞬だけふらついたそいつの姿を見て、思わず「おい、どうした」と声をかけた。そんな俺に一瞬視線を向けたが、そのまま何もなかったように歩き始めようとした女を見て、俺はかっ、っとなり、「おい、無視すんじゃねぇよ」と思い切り肩を掴んで振り向かせようとした。だが、「痛い!」俺が掴んだ肩を押さえてその場にうずくまった女を見て、俺はすぐに「大丈夫かよ?!」としゃがみこんだ。何も言わずに自分の肩を押さえたまま震えている女の手に自分の手を重ねようと伸ばした。俺が触れた瞬間、一瞬びくっと震えて俺の手を振り払うように押してきたが、俺はその手を引っ張り女を立ち上がらせて、ぐんぐん奥へと歩いていった。後ろからは「ちょっと、どこに行くのよ!」という声が聞えてきたが、そんなのお構いなしに俺は女を連れて歩き続けた。自室に辿り着いた俺は、部屋の中に女を入れた瞬間すぐに服に手をかけた。「何するの!やめて!」抵抗するように手をぶんぶん振り回してくる女のその手を「うるせぇ。大人しくしろ」と言って掴みながら、前開きの服を開けてひっぱれば、「なんだよ・・・・これ・・・・」服の下には無数の痣が広がり、所々に肉が見えそうなぐらいの切り傷があった。さっき痛がっていた肩には恐らくできたばかりの大きな痣があり、俺は驚いたまま一瞬固まった。「関係ないでしょ!お願いだから帰って!もう二度と顔を見せないで!」そう言った女はすぐに服のボタンを閉めて逃げるように部屋から出て行った。あの痣や傷は最近できたばかりのものだけじゃなかった。気に食わないと思っている女がケガしているだけだ。本当は放っておけばよかったんだ。だけど、俺にはそれができなかった。俺にはどうしてもあの女を放っておくことができなかった。
いつもあいつとすれ違う時間よりも前に俺は部屋を出て奥の道へ進み、以前から気になっていた部屋のドアをいくつも開けていった。薬品庫や物品庫がいくつもあり、やっぱりここにはいねぇか。と半ば諦めて一番奥のドアを開いた。その瞬間中から「ぐあああ!」というあいつの声が聞えてきて、俺は迷わず奥へと足を進めた。数えきれない機械の前には大きなガラスが張ってあり、その奥にあいつがいた。四肢に変な機械を付けられて、身動きが取れないように拘束されていた。
「どうしましたか、名無し。魔力で防がないと死んでしまいますよ?」機械を操作している男が苦しんでいるあいつに向かって無慈悲にそう伝えた。息が上がったまま呼吸もまともにできてないあいつは、「すみません」と言いながら顔を上げることができなかった。何だこれは・・・・・なんであいつがこんな目に・・・・「胸くそ悪ぃ!」引き抜いた剣でそこ一帯にあった機械をぶち壊した。「実験体1号!なぜここに!」暴れる俺を見てそこにいた白い服をきた男たちは慌てふためいていた。「あぁ?実験体だぁ?!誰に向かって言ってやがる!今すぐそいつを放せ。さもなくば、お前ら全員ここで殺す!」そう言って、一番近くにいた男に剣を向ければ、慌てた様子であいつの元に白い服の男たちが駆け寄っていき、あいつを拘束していた変な機械を取り外した。俺もあいつの元へと歩いて行くと、「なんでここに?」と驚いた顔で聞いてきた。「決まってんだろ。お前が俺のマスターだからだ」俺がそう告げると、女は一瞬泣きそうな顔で俺を見たが、すぐに下を向いた。そんな女を俺は抱きかかえて、「大変なことが起きた!」「すぐにマリスビリー所長に報告しろ!」と慌てふためいている白い服の奴らの中を通って自室へと戻った。
「おい、お前大丈夫か?」ベットの上に降ろした女の顔を覗き込みながら声をかけると、「ありがとう」と言うか細い声が聞えてきた。「お前なんであんなことされてんだよ。罪人か?」「罪人なわけないじゃない・・・・・仕方ないのよ」「俺を喚びだした理由もそう言っていたが、何が仕方ねぇんだよ」何か諦めたように仕方ないと口にする女に俺は理由を聞いた。すると、あっ。と口を開いては閉じる動作を繰り返し始めた。中々しゃべり始めない女に痺れを斬らせた俺は、がしがしと頭を掻いた後、女の前にしゃがみこみ、視界を遮るように顔を覆っている前髪を一掴みして上に持ち上げた。さっきまで前髪の隙間から見えていた表情が現れた。一瞬驚いてすぐに前髪を元に戻そうと額の部分をわしゃわしゃとしていたが、元に戻せないように俺は髪を後ろに流した。「何怖がってんだよ。俺はお前のものだ。お前の味方だ!」怯えたような表情をする女にそう伝えた瞬間、女の目から溢れるように涙がこぼれた。「おい、泣くなよ・・・・痛かったか?悪かったな」俺は慌てて女の髪を押さえていた手を離した。すると、女は手で目を覆いながら首を横に振った。「違うの」「あ?」「ずっと誰かに助けて欲しかったの・・・・でも私を助けると殺されちゃうから・・・・誰にも助けてって言えなくて・・・・貴方が私を助けてくれたことが嬉しくて・・・・」「なんでお前を助けると殺されんだよ」「おとうさんが殺されたから」そう泣きながら言った女は俺に今までの経緯を話した。両親が死んで、ここの施設で働く職員に拾われた女は、マスターの適正がありすぐにこの施設で働き始めたが、すぐに義父と共に研究部署に異動になった。女はその部署で対サーヴァント用に作成された武器の実験体になることになった。最初は、軽い威力があるものしか作成されていなかったらしいが、段々研究者たちが過激化していき、魔力で防ぎきれないものばかり作り女に使用するようになっていった。日に日に傷が増えていく女を見るに見かねた義父が止めに入り、ここの所長だとかいう男に抗議しに行った翌日、その義父は謎の死をとげたらしい。その後、この女は誰にも助けを求めるとこができないまま実験体として毎日過ごしていた。そして、ある日、サーヴァントにも自分たちが作り上げた武器が通用するのか試したくなった研究者たちは、こいつを脅してサーヴァントを召喚するように命じた。だけど、こいつは拒み続けた。自分が実験体として頑張るからそんなことをしないで欲しい。と。だけど、そんな女を引きずって無理矢理サーヴァントを召喚させた。そして、今ここに俺がいる。それが今までの経緯だった。想像していたよりもずっと胸クソ悪い話だった。「だから、お前はずっと俺に帰れって言い続けてたのか。俺が実験体として使われねぇように」俺の言葉に女は流れる涙を拭いながら、うんうん。と頷いた。俺がずっと気に食わないだけの女だと思っていた奴は、ここでずっと一人で戦い続けていたんだ。「我が名はモードレッド。今はお前だけの騎士になってやるよ」片膝を付いた俺は未だに涙を拭い続けている、女の手を取り口付けた。女は、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑い「私は名無名無しよろしくね」と言って俺の手を握り返した。
その後、名無しは実験エリアから他のマスターたちがいるエリアへと移動になり、俺は、名無しに今後手を出さないことを条件に、対サーヴァント用の武器制作の実験に協力をすることになった。名無しは相当嫌がったが、俺がいつでも宝具を開放できる状況下でしか実験を行わないことを条件に了承した。
バケモノみたいに顔を隠していた前髪を切ってやり(切りすぎて眉よりも上になり、部屋から出るときはしばらく俺の後ろに隠れていた。)身体中にできていた傷も段々治り(最初の頃は、俺の消毒の仕方が雑だとかで揉めたり、包帯を強く巻きすぎて危うく殺しかけたり色々あった)あいつに平穏な日々が戻っていった。1日のほとんどを毎日名無しと過ごした。そんなある日事件は起きた。マリスビリー・アニムスフィアと対サーヴァント用の武器制作を行なっていた研究者数名が何者かによって殺害された。疑いの目はすぐに俺へと向いた。俺も名無しも殺害を否認し続けたが信じてもらえず、挙句の果てには名無しの共犯も疑われ、俺達はカルデア内にある独房のような部屋に閉じ込められて生活することになった。何度も脱出を試みたが、完成した対サーヴァント用の武器で攻撃され、宝具を奪われ、次に何か問題を起こせば名無しと引き離す。と言われた俺は、何もすることができなかった。そして、あの事件が起きた。あの事件前日、レフという胡散臭い男が俺達のいる部屋に顔を出していた。(俺達への面会は基本的には、ドアについている小窓だけだ。)その時から怪しいとは思っていた。だが、気づくことができなかった。俺達の部屋のドアに爆弾が仕掛けられていたことに。
爆発に巻き込まれた俺達は、意識不明のまま月日が過ぎていった。そして、俺が目を覚ました時にはカルデアの環境が大きく変わっていた。
あの二度と顔を見たくないと思った女は死に、俺達の所に来てよく菓子を置いていっていた男が新しく所長になっていた。そして、マスター候補生がほぼ全員使い物にならなくなった中、唯一生き残った男が人類最後のマスターとして奮闘していた。俺が目覚めた数日後に目を覚ました名無しと一緒にレイシフトに参加して、特異点を消滅させ人類史を救った。そして平穏な日々がまた戻ってきたと思ってたある日また事件は起き俺はあいつの手を離してしまった。