忘年の友
お酒を楽しむには少し早い時間
お気に入りのお店に開店時間と同時に飛び込んだ。
もちろん店内には私以外のお客さんは誰もいない。
いつも明るい笑顔で迎えてくれるマスターに軽い食事といつものお酒を頼み、カウンターで一人ほっと一息をついた。
この店は居心地がいい。
マスターやシェフを筆頭にイケメンぞろいのこの店には、スタッフ目当てに通ってくる女性客が結構居るのだが、私はそれ以上にここの居心地のよさが気に入っていた。
カラン♪
扉のベルが鳴り、お客さんが入ってきたことを知らせる。
「よう、高杉!久しぶりじゃの」
店内に入ると同時に響く声に振りかえると、とても長身で意思の強そうな瞳が印象的な男性が立っていた。
(あれ?どこかでみたことのある顔だな…。)
「おぉ!久坂!どうした?久しぶりだな!」
嬉しそうに笑顔を向けるマスターの表情と口調から親しい人物だと推測できる。
そして、そのマスターの声に反応したもう一人、コックコート姿の彼が奥から顔を出す。
「ん?久坂?あぁ、久しぶりだね」
「桂さん!ご無沙汰しています。」
ペコリと礼儀正しくシェフに頭を下げるところを見ると親しいけれどこの二人には上下関係があるみたいだ。
「こっちで1件手術が入って一昨日からこっちにきてたんだよ。で、終わってやっと開放されたんだ!」
「相変わらずいそがしそうだな!」
「2足のわらじを履いてるからなぁ」
(久坂?手術?)
「あ!!!」
とっさに出てしまった声に驚いてばっと口を自らの手で覆った。
(この人、今日、外部から来てた外科の先生だ!)
つい数時間前に職場で手続きに必要な書類を渡したドクター。
ただ、着ている服が全然違うので、まるで別人のように感じていたみたいだ。
さっきの、手術着の時に比べて今の方がずっと若く見える。
とっさに出てしまった声は4人しかいない店内に当然ながら響き、マスターはニコニコしながら「おう、どうした?」と声をかけてくる。
「あ、いや、今日●●大学病院に来られてた久坂先生ですよね。先ほど病院でお会いしたので、つい。」
「なんだ!知り合いか!」
「い、いや、知り合いってわけでは・・・」
ちらっと久坂先生の方をみると、あぁと何か気付いた表情で
「あぁ、先ほど書類を渡してくださった事務の方ですね。服装が違うから一瞬わかりませんでした。失礼しました。」
爽やかに微笑む久坂先生。
さっきやり取りした際は表情も何もなかったから無愛想な人なのかと思ったのに。
(こんなに可愛く笑う人なんだ・・・)
その笑顔に少しの間目を奪われてしまった。
「なんだ?お前、俺の嫁にちょっかい出してるのか?」
ぷくっと頬を膨らまして不服そうにマスターがいうときょとんとした表情の久坂先生が
「ん?嫁?お前結婚したのか?」
「もぅ、マスターまたその冗談!」
反論しようとする私を微笑みを浮かべた桂さんが制した。
(あ、きっと訂正してくれるんだ。よかった。)
ほっと息をもらすと桂さんは一言
「彼女は晋作のお気に入りなんだよ」
と言い放った。
「ふぇ?」
思いもよらない発言に間の抜けた声が漏れた。そんな私を無視して三人は話をすすめていく。
「へぇ。めずらしいですね。」
「そうだぞ!だからちょっかいだすな!」
納得したような表情の久坂先生と楽しそうに笑うマスター、そしてにっこりと微笑む桂さん。
「えぇ????」
「こんな美人さんじゃったら気持ちは分かるのう」
「いや、こいつは可愛いんだ!」
目を剥く私を他所に楽しそうに笑う三人。
「みなさんで私をからかわないでください!!」
むきになって怒るとますます笑い声が広がった。
アトガキ→
[ 126/136 ][*prev] [next#]
[top]