be defeated again Saturday



なんてことない、土曜日の昼下がり。

本来ならば今日は休日なのだが、度重なる居眠りのペナルティで補習を言い渡されたいつもの二人。
教師の居ない間に息苦しい教室から抜け出して、中庭の真ん中でしばし休憩を決め込んだ。
別名、サボリとも言うが。
零は飲み物片手に芝生の上に直に座ると、小さな溜息をついた。
遅れて駆けてきた優姫も、躊躇うことなく芝生の上に足を投げ出して、同じように溜息をついた。
しばしの沈黙。
いつもは口数の多い優姫が珍しく口を閉ざしたまま零の横顔を凝視している。
補習で疲れたのか?
それとも、具合でも悪いのか?
ビー玉みたいに円い瞳。
その視線があまりにも真っ直ぐすぎて。
何故か不安感を掻き立てられて、零は居心地が悪くなって目を反らした。
それでも、優姫の視線は責めるみたいにチクチクと零の横顔に注がれ続けた。
ついにいたたまれなくなった零が口火を切った。

『なんだよ?』

手持ちぶたさを隠すように、パックのウーロン茶にストローを挿しながら零は優姫を睨んだ。
眉間の皺がぐっと濃くなる。
怒ってるわけじゃないのに、零の悪い癖だ。
これが原因で女子からは怖いとか、殺されそうとか、言われのない評判が立っているという始末。
優姫は缶のミルクティーの蓋を引っ掻きながら、小さく首を横に振った。

『別に…』

ふい、と目を反らして缶に視線を落とす。
昨日切ったばかりの爪は、プルトップに引っ掛からずにカチカチと鳴るだけだった。
零は優姫の指先を一瞥すると、無言で缶を奪い取り、手早く缶を空けた。

『…、人の顔見て何考えてたんだよ』

ミルクティーを突きつけながら仏頂面で問いただすように聞かれたら、なんだか答えなきゃならないような気がして。
優姫は気まずそうに口を開いた。

『零ってさ…眉間の皺と無口で損してるな、って思ったの。なんかもっと…一条先輩みたいににこやかーに、枢先輩みたいに優しい言葉遣いしてみたらどうかな?』

剥き出しの膝小僧にポタリ、と滴が落ちる。
するするとこぼれ落ちる水滴を制服の袖で拭って、零の顔色をうかがう。
よりにもよって大嫌いな吸血鬼を引き合いに出されて、零は思い切り眉をしかめた。
優姫は一瞬たじろいだが、負けじと上目遣いで応戦する。

『はっ、小難しい顔してると思ったら…くだらねー』

『なによ!零のこと考えてあげてるのに』

『悪いけど、お前にそんなこと頼んでないから』

零は踏ん反り返って、長い足を組んだ。
威圧感な態度にも引き下がるものか。
優姫はミルクティーを芝生に置くと、零ににじり寄るった。
人差し指で零の眉間の皺を伸ばすようにグリグリと擦る。

『零だって普通に笑えば格好いいんだから!この頑固な皺め、消えろ!』

しばらく優姫の勝手にさせておいたが、零は思い付いたように片眉だけピクリと動かした。
遠慮なく眉間を押す手を捕まえて、優姫に鼻先が触れるほど近付いた。
近すぎる距離に優姫は驚いて身体を引いたが、反対側の腕も捕らえられて、逃げられない。

『ちょ、ななななに?!』

狼狽する優姫を余所に、零はニコリと笑った。
やってやろう。
どこぞの吸血鬼みたいに甘ったるいのがお望みなら。
きゅっと上がった口角と、浅紫に輝く三日月の瞳。
貼付けたようにわざとらしい笑顔だったけれど、優姫の心を波立たせるには充分だった。
胸がギュウギュウ締め付けられる。
真っ赤な顔で下唇を噛んで、零の視線に堪える。
その健気な姿に悪戯心はますます掻き立てられて、零は綺麗な弧を描いた唇を開いた。

『…真っ赤な顔して、どうした。何が恥ずかしいのか…ほら、言ってみろよ?』

普段の零からは想像出来ないくらい優しい声音。
ぞくり、と背中を駆け上がる痺れに優姫は小さく震えた。
なぁ、教えろよ優姫。
優しく責めるように名前を呼ばれたら、脆くも本音がこぼれ落ちていく。

『…いつもの零じゃないみたいで、その…なんだか恥ずかしい、の…』

羞恥に耐え切れなくなって、ぎゅっと閉じた瞳。
その際までもがほんのり朱をさしたように染まっている。
そんな姿が愛おしい。
不覚にも、からかっておきながら可愛いと思ってしまった。
これは、やられた。
あまりにも素直に答えてくれた茹蛸のような優姫に煽られて、零もみるみる顔を赤くさせた。

『ね、優しいの好きだから、もっと何か言って?』

可愛らしいおねだりに零は一層頬を赤らめると、咄嗟に優姫を押しのけて距離を作った。

『…ばーか、冗談だ』

つん、とそっぽを向けば縋るように制服の袖を引っ張られて。
ちらり、と優姫を見れば、真っ赤な顔のまま上目遣い。
あぁ、見なければよかった。
心臓が痛いくらい跳ねた。

返り討ちに合うって、きっとこのことだと思う。

そう確信した、土曜日の昼下がり。





おしまい
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