復讐の果てのジュリエット



『あなたも零のほうがいいんですか』

憮然とした表情でぽつり、と言ったハンターの双子の片割れ。
その瞳は憎い憎いと殺意を剥き出しにしていた兄の方とは違う。
愛して愛してと揺らめいて懇願する浅紫。

『可愛らしいやつよ』

そう笑うと、顔を真っ赤にして部屋を飛び出してしまった。
狂咲姫と恐れられた純血の吸血鬼に、好き好んで付き従う人間。
両親の敵である閑と行動を共にすると自ら言い放ち、数年が過ぎた。
その心中を計り知ることは出来ないまま。
最初は、吸血鬼にしたてあげた兄のように、復讐の炎を内に秘め、寝首を掻こうとしているのではあるまいか。
そんな猜疑心はあっという間に消え去った。
怖いほどに従順で、優秀な配下。
興味本意で傍においてみたが、今となっては信頼をおくべき存在になった。
閑は柱時計の時を告げるベルで我に返ると、小さく息をついた。
テーブルの上に置かれたお茶が冷めきっても、壱縷は戻ってこない。
少々からかいすぎたか、と苦笑いをすると、閑は菫色のショールを手に立ち上がった。



夜明けを待つ薄明かり。
それからも逃げるように、壱縷は薄暗い階段に座り込み、膝を抱えていた。
物心がついてからは、零が羨ましくて、妬ましかった。
健康な身体。
ハンターの才能。
両親の期待。
欲しくても、手に入らないもの、全部。
全部、零のものだった。
閑に牙を突き立てられて、吸血鬼に成り果てたことすら羨ましく思う自分は可笑しいだろうか。
閑と離れがたい絆で結ばれた関係を。
壱縷は前髪をグシャグシャと掻き乱して唇を噛み締めた。

『こんな所にいたのか』

階上から降ってきた声に振り向きたくなるのを抑える。
ゆっくり降下してくる足音に壱縷は顔を背けた。
先程、臍を曲げて逃げ出した手前、顔を合わせづらい。
閑の冷たい手が髪に触れても、壱縷は頑なに俯いたままだった。

『なんで、零だけ吸血鬼にしたんですか?俺は吸血鬼にしてくれないんですか?』

顔は上げずに壱縷は抗議の声をあげた。

『嫉妬か?』

小さく笑った閑の問いに、白銀の髪の隙間から睨みつけてくる浅紫の瞳が見えた。

『答えてくれるなら、そう取ってもらっても構いません』

赤い顔をして、ふいっとそっぽを向いてしまった。
閑は壱縷に菫色のショールを掛けると、同じように階段に座り込んだ。

『壱縷。私の血を飲むがいい』

壱縷は閑の言葉に眉を潜め振り向いた。
閑は白い手首に桜色の爪を食い込ませた。
皮膚が破れて赤い雫がひとすじ零れる。

『閑さま?なにを…』

『純血主の血には特別な力がある。お前の身体の糧になるはず。壱縷、さぁ』

突然、血の滴る手首を差し出す閑に一瞬たじろいだが、壱縷はすぐに本題から反らされたと気付いた。

『そんなの、俺の質問の答えになってないです…』

壱縷は反発するように、閑から瞳を反らした。
視界の端に、自らの手首の血を啜る閑の姿がちらりと見えた。
かと思うと、シャツの襟をグイッと引かれ、強引に閑の鼻先に向き直される。

『しず、か…、』

乱暴に胸倉を捕まれて抗議の声をあげようとしたが、閑の唇に塞がれて言葉が続かない。
口内に生々しい血の味が広がって、壱縷は顔をしかめた。
唇を重ねたまま閑は、ふふっと笑うと壱縷からゆっくりと離れた。
茫然とする壱縷の唇についた血を、細く長い閑の指が拭う。

『お前だけは吸血鬼にしてやらない。特別にな』

さらり、と愛おしむように銀髪を撫でる手は、苦しいほど優しい。
壱縷は閑の唇の端についた血色を見つけると、我に返ったかのように赤面して俯いた。

『さぁ、もっと血を飲んで』

俯いたままの壱縷は、その声に素直に従うように閑の白い腕に唇を寄せた。
復讐など、すでに終わっている。
憎しみ貫いて、恨み貫いて、その果てに残ったのは。
壱縷、お前だけ。
お前だけが、私の居場所。
でも、別離の時が近付いている。
お前が悲しまないように、お前の気持ちには知らないふりをしよう。
手首から滲む血を舐める壱縷の頭を撫でながら、閑はいつになく柔らかく微笑んだ。




おしまい
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