欲望のワルツ



『嫌よ、知らない男と踊るなんて』

瑠佳のはっきりとした拒絶に、うなだれて去っていくデイクラスの生徒。
その背中に哀れみを感じつつ、暁は瑠佳の不機嫌な横顔を見つめていた。
暁がうっかり黒主優姫に枢の居場所を教えてからというもの、瑠佳は虫の居所が悪い。
ダンスの誘いをを片っ端から断わり続けている。
親睦を兼ねた舞踏会だというのに。
暁は不機嫌の原因を作ってしまった自分を悔いた。
離れたテラスに見え隠れする2人を、瑠佳はしきりに気にしている。

しかし音楽は次々と流れ、ダンスホールは華やかに賑わっていた。

『今日は壁の花に徹するのか?』

暁の皮肉に瑠佳は睨みを利かせる。

『壁のシミに言われたくないわ!』

壁の花も、壁のシミも、ダンスを踊れない、または誘ってもらえないという皮肉だ。
素早く瑠佳に切り返されると、おどけたように肩を竦めた。
瑠佳は小さくため息を付くと、誰に言うわけでもなく呟いた。

『今年も踊れないわ…』

ハラリ、と落ちてきた後れ毛を耳にかけ直す。
多分、枢のことを思ってだろう。
その視線の先は、楽しげに踊るカップルなのか、テラスなのか、暁は見ない振りをした。

『…悪かった』

暁の声に瑠佳は振り返る。
詫びているのは、黒主優姫の件か、皮肉の件か。
気まずそうに床に視線を落とす暁に、ヒールを鳴らして近付く。

『悪かったと思うなら、一曲相手をしてくれてもいいんじゃなくて?』

すっ、と差し出された瑠佳の手を、暁の大きな手が包み込む。
跪いて、手袋越しにキスをする。

『壁のシミで良ければ、喜んで』

心臓が大きく跳ねた。
いつもは見上げてばかりの暁に、上目遣いで見つめられたからなのか。
それとも、お姫様のようなキスをされたからなのか。
瑠佳は分からないまま、ドレスを翻してダンスホールに向かった。

『わぁ、瑠佳さん…キレイ』

『架院先輩だわ』

『2人で踊るのかしら』

あちこちから歓声に似た声が上がる。
羨望の視線を受けながら、次の曲が始まるのを待つ。
僅かな小休止の後、華々しく始まったのはワルツ。
リズムに乗ってダンスホールの中心まで躍り出る。
ふと、繋いだ手をきつく握られて、瑠佳は暁の横顔を見上げた。

『どうしたの?』

軽やかにステップを踏みながら瑠佳は尋ねる。
暁は口元に小さな笑みを作ったまま、話し出した。

『ワルツは“欲望の踊り”だって知っているか?』

暁は瑠佳の背中に回した手に力を込める。
引き寄せられて、距離が縮まる。

『なぜ?』

なぜ、“欲望の踊り”なのか。
なぜ、強く引き寄せたのか。
なぜ、暁を意識して頬が紅潮するのか。

『触れ合いたい、って欲望だよ。今、こうして踊っている間は、俺だけを見て欲しい』

ワイルドだとか、クールだとか言われる暁らしくない発言。
瑠佳は驚いたように目を丸くする。
その視線から逃げるように暁は目を逸らした。
暁はいつも傍にいた。
自分の気持ちを押し付けることなく、瑠佳を静かに見守っていた。
そして、そんな暁の気持ちを知りながら、瑠佳は枢を思い続けている。

『欲望…という名の、ささやかな願いなら、叶えてあげるわ。暁、こっちを見て』

瑠佳の声に泳いでいた視線を戻す。
自分だけに向けられた、華やかな微笑み。
暁は眩しそうに目を細めた。

『あなたの欲望に甘えてるのは私のほうね。ありがとう』

暁は瑠佳からテラスが見えないようにステップを踏んでいた。
そんな優しい心遣いに気付いて、瑠佳は小さく笑った。

『あなただけを見てるわ』

見つめ合い、 微笑み合う2人のワルツは溜め息が出るほど美しい。
まるで一枚の絵画のようだ。
鳴り止まない演奏に酔いしれるように、夜はゆっくりと深くなっていった。



おしまい
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