チョコレイト・ジャンキー



疲れている時、無性に甘いものが欲しくなる。
きっと、それと同じようなもの。
吸血鬼にとっての【渇く】という感覚は。
好き。
欲しい。
この身体に取り込みたい。
沸き上がる欲求はやっぱり甘いお菓子を欲するのとよく似ていた。
いっそのこと、チョコレートでこの喉の渇きが癒えたらいいのに。
味気ない血液タブレットよりも、甘いチョコレートの方がいい。
漂い誘う香りも、口内に広がる風味も違えど、似たようなものだから。
渇望して、取り込んで、満たされる、その流れなんかは特に。
そんな不毛な空想から我に返ると、莉磨は小さな溜息をついた。

『えーと、次は…チョコと生クリームを混ぜて…』

寮にあるキッチンの片隅。
人形みたいに澄んだ青の瞳は、手作りチョコのレシピを睨みつける。
手作りチョコなんてガラでもない、と自分でも思ったけれど。
浮足立ったショコラトルデーの雰囲気に毒されてしまったのか。
はたまた、毎年数えきれないほどのチョコレートを貰っては『一緒に食べる?』なんて無神経に聞いてくるあいつに一泡噴かせてやりたいのか。

『…めんどくさ、』

莉磨は鍋の中で蕩けたチョコレートを見下ろして、不機嫌そうに呟いた。
市販のチョコレートをわざわざ溶かして、生クリームなんか混ぜて、また固めて。
この無意味な作業に何の意味があるんだろうか。
大して味が変わるわけでもなし。
それでも、その面倒臭い手間に愛情とやらが込められている、と誰もが錯覚している。
馬鹿みたい。
そんなの欺瞞だわ。
そう冷めた感情を向けながらも、鍋の底にチョコレートが焦げ付かないように火加減を弱めた。




薄暗い部屋の中は甘ったるい香りが充満していた。
部屋の奥のベッド。
靴を履いたまま投げ出された長い足がプラプラと揺れている。
ベッドの上に仰向けになって、口の中でチョコのかけらを転がしているのはこの部屋の主。

『…支葵、』

そう声をかけて、ノックもなしに部屋へと入ってみれば、この有様とは…。
莉磨は支葵の寝転がったベッドの上に散乱するチョコの食べかすを見つけて、これみよがしに溜息をついた。

『あ、莉磨。チョコ食べる?』

ベッドサイドに棒立ちしている莉磨に気付いた支葵は、ごろりと寝返りを打ってベッドの下に手を伸ばした。
大きな紙袋の中から綺麗にラッピングされた箱を出して、莉磨に見せるように持ち上げた。

『今年もいっぱい貰ったから、当分はチョコ三昧だね』

凝った結び方をされたリボンは無頓着に引き解かれて。
ラッピングは派手な音を立てて破り捨られた。
その拍子に、ひらりと剥がれたメッセージカード。
支葵はまるで気付かないのか、箱の中のチョコに夢中だ。

『…まったく、』

莉磨は床に落ちたメッセージカードを拾い上げると、綴られた文字に視線を奪われた。

『好きです』

思わず音読してしまったメッセージ。
支葵はナッツの入ったチョコをかみ砕きながら、莉磨のほうを振り返った。

『…あ、手紙かなんかついてたんだ?』

チョコと共に贈られた愛の告白さえ、さして気にも留めない。
支葵は、ふーん、と興味なさ気に鼻をならしただけで、またチョコを口に放り込んだ。
なんなの、その態度は。
胸の中がチリチリと燻るような感覚。
支葵の無関心はいつものことだ。
けれど、チョコを渡した女の子の気持ちまでいい加減に扱ってるように思えてしまう。
莉磨は制服のポケットを握り締めた。
その中にはさっき不満を並べながらも作ったチョコ。
私が作ったチョコも、支葵は無造作にかみ砕いて終わりなんだろうか。
途端に悲しいような、虚しいような気持ちが沸き上がってくる。
莉磨はメッセージカードを持ったまま、寝転る支葵の隣に腰掛けた。

『あんたのこと好きなんだって。このチョコくれた子が』

『へぇ…好き、ねぇ。俺そういうの分からないや』

唇の端についたチョコを拭いながら、まるで他人事みたいに言う。
支葵の言葉に片眉を吊り上げて不快な表情をした莉磨は、敢えて黙ったまま次の言葉を待った。

『好きって、一体なんだろうね』

突然、思いもよらぬ謎掛けを振られて、莉磨は首を傾げた。
そんなの、好きは好きという言葉でしか説明できないし。
そもそも好きの何たるかを語れるほどの雄弁さは持ち合わせていなかった。
それでも問いの答えを待つように、支葵はベッドに顔を半分埋めたまま莉磨の横顔をじっと見上げている。
その期待した視線に答えられるか分からないけど。
莉磨はおもむろに口を開いた。

『…私も、よく分かんないけど…、キラキラしたネイルとか、可愛い洋服とか、甘いお菓子とか、そういう…自分の世界に必要不可欠なもの。それが《好き》ってことなんじゃないの?』

やっぱり、よくわかんないけどね。
そう自信なさ気に付け足して、メッセージカードを支葵に見えるように置いてみせた。

『…必要不可欠なもの、か』

莉磨の言葉を反芻して、支葵は横たえていた身体を起こした。
二人、ベッドに腰掛けて向き合うような体制。
支葵は物憂げな表情のまま、甘える子猫がするように莉磨の肩に額をこすりつけた。

『莉磨の世界に、俺はいるの?』

布越しに伝導する体温と、熱を孕んだ声。
ふいに、どきりと跳ねた心臓が痛い。
きりきり、締め付られて酸欠になりそう。
それでも、どこか悲しげな色をした瞳が縋るように見つめてくるから。
ここは真摯に、素直に伝えなければ。
青く澄んだ瞳にかかる金の睫毛越しに、支葵の視線を捉える。

『…ちゃんと、いるわ。私の世界の真ん中に、図々しいくらい、一番大きく…』

口下手な莉磨の決死の告白。
告白というには甘くはなくて、決定的な言葉は無いけれど。
頬を赤く染めて、ふい、と視線をそらす莉磨に、支葵は満足したように仄暗い色をした瞳を細めた。

『俺も莉磨が好き。チョコレートと同じくらい』

ぺろ、と赤くなった耳たぶを舐めてやると、驚いて跳ね上がったツインテイル。
クールな癖して、ウブで可愛いよね。
耳元でそっと囁くと、勝ち気な瞳で睨みつけられてしまった。

『…たかがチョコレートと私を一緒にしないでよ』

せっかくゼロ距離まで詰め寄っていたのに、莉磨に体を押しのけられてしまった。
目の前でブスッと拗ねて唇を尖らせた莉磨からは、微かにチョコレートの香がして支葵はまた吸い寄せられるように肩に触れた。

『チョコレートがないと生きていけない、それくらい大好きなんだ…』

とどのつまり、チョコレートと君は同等であるからして。
君がいないと生きていけない。
そのくらい好きだということ。
莉磨の顔は一層真っ赤に染まって、この言葉の意味を理解してくれたんだ、と分かった。
綺麗に弧を描いた唇が近づいて、引き寄せられて。
少し強引に重ねられた支葵の唇からは甘ったるいチョコレートの味がした。
ふと、甘いキスの最中に気付いてしまった。
肝心の手作りチョコをまだ渡していなかったこと。
このチョコレートみたいなキスから解放されたら、渡さなくちゃ。
蕩ける思考の中。
あっという間に波に飲まれて消えていく。
ひたすら甘くて。
いい香りに酔いしれて。
チョコレートのキスに夢中になる。
ちょっぴり危険な中毒性もあることを忘れずに。



おしまい
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