トワレ




半月がユラリと傾きかけた真夜中。
夜間部のヴァンパイア達は授業を終え、思い思いの場所で朝までの僅かな時を過ごす。


拓麻はサロンで、紅茶を片手に雑誌を眺めていた。
ファッション雑誌というものだろう。
ヴァンパイアとは言え、普通の若者のファッションに興味が無いわけではない。
ガトーショコラを頬張ると、拓麻は鼻歌混じりにページをめくった。

『…あ、その雑誌…』

通りかかった莉磨は、ポッキンチョコをかじりながら拓麻に近付いた。

『おや、莉磨。さすがモデルさん、最新ファッションが気になるかい?』

拓麻は隣の椅子を少し引いて、莉磨に座るように促した。
膝を抱えるように椅子に座った莉磨は、雑誌と机の間を覗き込んだ。

『どうしたの?雑誌の下が気になる?』

拓麻は莉磨の不思議な行動に笑いながら、雑誌を持ち上げてみせた。

『裏表紙…』

莉磨は拓麻が持ち上げた雑誌を見上げて指差した。
言われるがまま雑誌を裏返すと、そこには見慣れた顔があった。

『これはこれは…支葵じゃないか』

雑誌の裏表紙には神秘的なメイクを施され、香水のボトルを持つ支葵が写っていた。
女性向けの新商品なのだろう。
華やかな色使い。
支葵の憂いを含んだ瞳が印象的だ。
女の子が手を伸ばしたくなるに違いない。

『へぇ、見違えるなぁ』

拓麻は感心するように、まじまじと眺めるばかりだった。
莉磨はポッキンチョコの箱を開けると、また一本口に運んだ。
どうやら着飾った支葵には興味がないらしい。
折り畳んだ足をスラリと伸ばすと、莉磨は椅子から立ち上がった。

『一条さん、雑誌見せてくれて、ありがと』

莉磨は小さくお辞儀をすると、足早に去っていった。
いつも言葉の少ない莉磨なりに、支葵の活動を宣伝しているのかな…と、拓麻は微笑んだ。

そんな莉磨と入れ替わりに、英が困り顔でサロンにやってきた。

『一条、僕のポッキンチョコしらない?枢様にあげようと思ってたのに…』

拓麻は、たしか莉磨が…と思いを巡らせて、笑顔になった。

『…さぁ、僕は、食べてないよ』

ニコニコと笑う拓麻に見送られながら、英は見つかりもしないポッキンチョコ探しを続けるべく去っていった。




ドアを3回ノックする。
一呼吸置いて、また2回。

『…莉磨?いーよ、入ってきて』

気怠げな支葵の声がくぐもって聞こえる。
莉磨はドアを開けながら、もう布団でも被って寝てるのか、と部屋を見渡した。
ベッドに腰掛ける支葵は、着替えの途中なのか、上着に頭を突っ込んだまま動かない。

『…なにやってんの?』

しばらく見守ってから、冷ややかな莉磨の声が響いた。
支葵は腕をパタパタと振って莉磨を呼ぶ。

『着替えようとしたらさ…首元のボタンがかけたままで、頭が入らないんだ。莉磨外して』

一度脱いでから外せ、と言いたくなったが、莉磨はそれを飲み込んだ。
支葵らしい、と小さく笑うと、莉磨はボタンに手をかけて外してやる。
2つ目のボタンを外した所で、支葵が顔を出した。

『顔赤いよ、いつからこんな事してたの?』

『んー、授業終わってから。莉磨が助けに来るまで待ってようと思って』

袖に手を通すと、そのまま莉磨の腰に抱きついた。
甘えるような支葵の行動に、莉磨は照れ隠しなのか乱暴に頭を撫でた。

『私がこなかったら、ずっと服を被ってたの?』

支葵は莉磨のお腹に頬をすり寄せるのを止めて、さぁ、どうしたかな…と笑った。

『あー、でも絶対来ると思ってたから』

莉磨の腰に左手を巻きつけたまま、支葵はベッドの上に置かれた鞄に手を伸ばす。
ゴソゴソと鞄を漁ると、さっき拓麻が読んでいた雑談の香水が転がり出てきた。

『はい、莉磨欲しいって言ってたから貰ってきた』

『…私、欲しいなんて言ってない』

莉磨は香水を受け取りながら、チラリと支葵を見た。

『あ、欲しそうだったから…に訂正』

支葵は香水の瓶を爪でつつくと、首を傾げて笑った。
支葵が新作の香水の撮影があると言った時、たしか『いいなぁ』とか言った気がしないでもない。
欲しそうにしてたことを覚えてくれていたのが、嬉しい。

『つけてみて、いい?』

莉磨は瓶の中で揺れる透明の液体を指でなぞった。
どんな香りなのか知りたい。

『どーぞ』

支葵は香水の蓋だけ手早く取ると、莉磨の手を握って、突然その首筋に吹きかけた。

『やっ!そんなに沢山つけたら…』

とっさに支葵の手を振り払ったが、吹き付けられた香水は大きな滴を作って首筋を流れた。
莉磨はその滴を拭ったが、何の香りもしない。

『…これ、もしかして』

訝しげに支葵を見つめると、支葵は莉磨が放り出した香水の瓶を弄びながら笑った。

『そ、中身はただの水』

支葵は空中にシュッと中身を吹き出すと、細かな霧で遊び始めた。
莉磨は訳が分からくて、怪訝な表情を隠せずにいた。
支葵は分かりづらい。
付き合いが長くても、近くにいても。
時々、こんな不思議な態度や行動で悩ませる。
莉磨は、またからかわれた…程度に思ったのか、溜め息をついた。

『このトワレ、臭かったよ。こんなのつけないで』

莉磨の髪に手を伸ばし、ね?と懇願するように瞳を覗き込んだ。
支葵はそのまま首を傾げて、莉磨の首筋に唇を寄せた。

『…臭かったって、商品のマスコットがそんなこと言って…。ってゆーか、血、吸うの?』

莉磨はもたれかかる支葵の頭に触れると、あぁ、またこいつのペースに巻き込まれた、と思った。
自分の方がお姉さんぶってるのに、最終的な主導権はいつも奪われる。
可愛くない奴。

『吸わないよ。莉磨の匂いってさ…』

『は?私の匂い嗅いでるの?何で…』

莉磨は驚いて体を引いたが、支葵にガッチリ抱きすくめられて動けない。

『俺、莉磨の匂いが一番好きだから。トワレなんかいらないよ』

支葵が話すと首筋に僅かに唇が触れた。
莉磨は自分の頬がみるみる熱を帯びていくのに気付いて、ギュッと目を瞑った。
その熱は徐々に広がり、首筋まで降りてきた。
支葵は唇に感じた莉磨の熱に気付くと、声を殺して笑った。
支葵の肩が小刻みに揺れてから、莉磨は笑われたのだと察したが、もう手遅れだった。

『本っ当、可愛くない…』

でも、こんなのも悪くはないかも、と莉磨は火照る顔を支葵の髪に隠すように埋めた。




おしまい
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