終業のチャイムが鳴り響く。
一斉にざわめき出す教室の片隅で、ひたすら机に突っ伏している銀髪。
その前の席で帰り支度を終えた優姫は、教科書の詰まった鞄を銀髪めがけて降り下ろした。

『おーい、こら!起きろっ』

ボコッ、と頭に衝撃を与えてやれば、癖のない銀髪をグシャグシャとかき混ぜながら零が顔を上げた。

『…ってぇな。起きてるっつーの』

起きていた、という割には随分と眠たげな瞼を擦りながら、零は優姫を睨み付けた。
明らかに寝てたくせに、なんて言ってやりたい衝動を飲み込んで、優姫は呆れたように溜め息をついた。

『昨日もまた遅くまでバイトだったんでしょ?』

『…あぁ、まぁな』

堪えきれなくなった欠伸をしながら零は机に散らばった筆記用具を片付け始めた。
教科書は二時間前の講義のものが広げてある。
午後の講義はずっと寝ていたらしい。

『体壊しちゃうよ。ほどほどにしなきゃ…』

鞄についた兎のキーホルダーを落ち着かない様子で弄びながら優姫は呟いた。
心配してるんだよ、って素直に言えない自分がもどかしい。
そんな優姫の気持ちを知ってか知らずか、零はまだ眠たそうな瞳のまま小さく笑った。

『お前と違って俺は授業中寝てても成績はいいから心配すんな。バイトも昨日でクビになったし…』

皮肉を言われてムッとした優姫の頭に、仕返しとばかりにデコピンをすると零は鞄を持って立ち上がった。

『痛っ!…ってバイトってコンビニだっけ?クビになったの?何で?』

優姫はおでこを擦りながら零の後を追いかける。
人も疎らになった廊下を並んで歩きながら零の顔を覗き込む。
無邪気に踏み込んでくる優姫に、零は若干面倒臭そうに眉を潜めたが、その真っ直ぐな瞳に諦めたように口を開いた。

『…バイト先の客に告白されて、迷惑だからって断ったら騒がれた。で、クビ』

まるで他人事みたいに簡潔に言い切ると、零はこれ見よがしに溜め息をついた。
優姫は一瞬ポカンと呆気にとられた表情をしたかと思うと、盛大に噴き出した。

『…あはは!零らしいね。どうせその仏頂面で素っ気ない言い方したんでしょ』

優姫の振り回した鞄が零の背中を直撃する。
遠心力で勢いを増した鞄の衝撃で、零は思わず前のめりになって呻いた。

『だから、鞄はやめろ!衝撃が半端ない!一体何が入ってんだ』

『え、辞書だよ』

『辞書は止めてくれ、辞書は…』

大袈裟に咳き込む零を横目に、優姫は駆け出した。
数歩前で立ち止まったかと思うと、くるりと零を振り返った。

『でもさ、そんな風に女の子をたぶらかしちゃうなら、ホストとか向いてるんじゃない?』

からかうように笑う優姫に、零は引き攣った笑いを返す。
仏頂面で素っ気ない物言いの奴には一番向いてない職業じゃないだろうか。
それを分かっていながら優姫は皮肉っているのだ。
冗談もほどほどにしてほしい。
こっちはバイトをクビになって死活問題だというのに。

『たぶらかすって…。おい、またデコピンしてほしいのかよ』

零は額に青筋を立てて無理やり笑ってみせた。
そんな零の沸き上がる怒りを察知した優姫は、とぼけた素振りで下駄箱から靴を出す。
結果的にクビになったけれど、これで零の睡眠不足は解消される訳だ。
優姫は密かにホッと胸を撫で下ろした。

『今日は早く寝なきゃ駄目だからね、零!』

びしっと指差されて窘めるように言われると、途端に調子が狂うようで。
なんやかんやと言い合っていた勢いも、どこかに消えてしまった。

『あぁ…まぁ、そうだな』

ぎこちなくも素直に頷いた零を見て、優姫は満足げに頷いて笑った。




優姫とは校舎の前で別れた零は、一人街へと向かう。
黒主学園は私立の全寮制高校だが、身寄りのない零は奨学金を貰って通っている。
幸い頭の出来は良いほうで、勉強は何ら問題ないのだが。
節約のために郊外のボロアパートで独り暮らしをしているのだ。
アルバイトでなんとか生計を立ててきたが、頼みの綱であった収入が断たれた今、零はぼんやりと来月の家賃の心配をし初めていた。

『…新しいバイト探さなきゃな、』

思わず大きな独り言がこぼれて、溜め息をついた。
接客業は前の二の舞になるんじゃなかろうか。
時給750円という薄給で、明け方まで働いて寝不足だった日々。
挙げ句の果てに理不尽な理由でクビにされた。
そんなトラウマから、次のバイトは人と接しない仕事がいい。
例えば、裏方でひたすら孤独に作業するような…。
それでいて高収入ならば尚良しだ。
しかし、そんな都合のいいアルバイトは思い浮かばない。
唸りながら険しい顔で思いあぐねていると、雑踏を縫うように風が紙切れを運んできた。
足下には一枚のチラシ。


急募!アルバイト。
時給1500円!!


埃まみれの歩道をヒラヒラとさ迷うチラシを、零は咄嗟に靴で踏みつけた。
この世知辛いご時世、滅多にお目にかかれない高額時給に目が奪われたのだ。
それを素早く拾いあげて、しげしげと見つめると零は一人小さく頷いた。

『…これなら俺にも出来るかもしれない…しかもコンビニの時給の倍だ!』

興奮のあまりチラシを握りつぶした零は踵を返すと、繁華街へ足早に歩き始めた。
思い立ったら吉日。
この足で面接へ出向いてみることにしたのだ。

この求人が吉と出るか。
はたまた凶と出るか。
零はまだ知る良しもないのであった。





つづく

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