体温計
ピピッ、と鳴った電子音。
自分で確認するより先に、体温計は腋の下から抜き去られてしまった。
『…39.4℃』
体温計が示す温度を険しい表情で読み上げた零は、ベッドの上で所在無さげに肩をすぼめた優姫を睨みつけた。
こんな高熱になるまで何故黙っていたのか。
問い詰めてやりたかったが、相手は病人だ。
『寝ろ』
零は抑揚のない端的な言葉を放つと、ベッドに優姫を押し込んだ。
優姫は大丈夫、たいしたことないから、元気だもん、と御託を並べて抵抗を測るが。
そんな真っ青な顔してよく言う。
往生際の悪い言い訳を無視して零は盛大に溜息をついた。
『早く寝ろ』
念を押すようにもう一度凄んで言えば、優姫は布団から膨れっ面を覗かせた。
『…寝ますよーだ』
ふん、と鼻息も荒々しくそっぽを向かれてしまった。
血色の悪い優姫の横顔に手を伸ばす。
いつもは桜色の頬も、今は白磁のように儚い色をしていた。
手の甲で撫でてやれば、その白さとは釣り合わないほど熱い頬。
頬に触れられた感触に、優姫はそろそろと顔の向きを戻した。
零の手の冷たさが気持ちいいのか、甘える子猫のように擦り寄る。
『…おまえが元気ないと調子狂うな、』
そっと屈んで自分の額と優姫の額をこつん、と合わせた。
額越しに感じる優姫の体温はやっぱり熱くて、零は目を細めた。
『ぜっ、ぜろ…?』
いきなり至近距離に迫った零に優姫は一瞬瞳を見開いたけれど、浅紫の瞳が心配そうにこちらを覗き込んでいる。
言葉とはいつも裏腹な零だ。
額越しに優しい気持ちが伝わってくるようで。
『…うん。急いで元気になるから、待っててね…』
力無く笑う優姫がひどく健気で、零は苦笑いをこぼした。
『急がなくていいから。ゆっくり寝ろ』
眠っても、ずっと傍にいるから。
─体温計─が指し示すのは
もどかしい熱
おしまい
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