赤い糸
半分に割れた月の夜。
明かりの消えた街の路地をひた走る影が、ひとつ、ふたつ。
ヒールを鳴らしながらレンガ造りの階段を駆け降りる影は、白いワンピースの裾を翻えして闇をひらひらと惑う蝶のよう。
それを追いかけて、もうひとつの影は闇色のコートを蝙蝠のように羽ばたかせて階段を飛び降りた。
『…はっ、はぁ、』
跳ね上がる息が我慢できずに、唇から漏れる。
細い路地を曲がりながら、ちらりと後ろを振り返ってみる。
鈍色の銃と、浅紫の双眸。
その鋭い光に捉えられて、逃げ場なんか無いと知った。
それでも無駄な逃走を続けたらが、ついに袋小路に迷い込んだ優姫は、目の前の立ちはだかった壁に諦めたように笑った。
『…はぁ、私の負け…』
壁に背中を預けて呼吸を飲み込めば、追いかけてきた影がゆらりと揺れた。
『…追いかけっこは、おしまいだ』
月明かりを浴びた影は、まばゆい銀髪をなびかせて優姫と向かい合う。
『こんな夜更けに、ご苦労様』
『おまえらの監視も仕事だからな』
零は血薔薇の銃を構えながら、優姫に歩み寄った。
ちりちりと肌が焼け付くような、緊迫した気配。
殺す、ハンターと。
逃げる、吸血鬼。
『相変わらず、憎んでいるのね』
吸血鬼という生き物を。
実直で不器用だから。
頑なに憎むことしかできない零に、優姫は悲しげな瞳を向けた。
『…憎むことが、生きることになる無様な奴もいる』
カチリ、とトリガーに指をかけて零は笑った。
許せない存在なら、その抜け落ちた感情を別の感情で埋めればいい。
手っ取り早く、憎しみで埋め尽くして。
本当はもっと愛して、と叫びたいけれど。
口をついて出たのは真っ赤な嘘。
『それならもっと憎んで、憎んで、憎んで…』
まるで魔法の呪文みたいに繰り返した。
血色に染まった零の瞳。
優姫の言葉を肯定するかのようにそっと閉じられた。
真っ赤な嘘を紡いで。
私の小指と、貴方の小指を繋く、赤い糸にしましょ。
愛しい嘘で紡いだ
─赤い糸─
おしまい
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