trouble on Monday





『…最悪…』

今日はツイてない。
優姫はびしょ濡れの制服の裾をつまみ上げて、大きな溜息をついた。
思わず口をついて出た最悪っぷりを振り返ってみよう。
寝坊して朝ご飯は食べ損ねたことから始まり、寮の階段から転げ落ちてお尻を強打。
で、お約束のように遅刻。

『いつもそんなもんだろ?』

そう嘲笑う銀色の髪をした相棒の挑発にまんまと乗っかって、授業中だという事を忘れ喧嘩越しに怒鳴ってみれば先生から特別に補習を言い渡された。
しかも私だけ!
さも自分は関係ありません、と澄まし顔でノートを取る零を睨みつけながら、立たされ坊主。
余計にイライラしたからお腹がグーグー鳴りっぱなし。
こっそり隠れ食いしようとしたチョコレートは、焦った指先に弾かれて床を転がって台なしになるし。
耐えに耐えて昼休みに購買へ走れば、ランチどころかパンも売り切れ。
泣く泣く自動販売機へ縋り付くも、お決まりのミルクティーは無情にも[売切れ]の赤ランプが点灯していた。
えーい、こうなったら校外へ買い出しに行ってやる、と意気込んで窓から飛び降りた所。
散水のスプリンクラーが盛大に稼動している真っ只中に着地してしまったのだ。
ここまでくると…呪われてるんじゃないか、とさえ思えてくる。
はた、と気付いて立ち止まると、突如沸き上がる悪寒に身体をぶるりと震わせた。

『……ふ…ふ、ふぇっくしょい!』

呪いなんて否科学的な推測よりも、素直に風邪を引く心配をしたほうが良さそうだ。




『錐生、ちょっと』

退屈な授業から解放された昼休み。
日頃の寝不足を少しでも解消したくて、昼寝の出来る場所を求め教室を出たところ担任に呼び止められた。

『黒主の体操服を持って保健室に行ってくれ』

『…は?なんで、ですか?』

保健室に、体操服?
予期せぬ担任からの頼みに、思わず聞き返して目を丸くする。

『どうやら黒主は制服を濡らしたらしい。お前、同じ風紀委員だろ。保健室で待ってるらしいから、頼んだぞ』

同じ風紀委員、だから何だろう。
それなら若葉沙頼にでも頼んでください。
そう言おうとしたが背後から大声で呼ばれた担任は、零の承諾も待たずに行ってしまった。
開きかけた唇を真一文字に引き結んで、不機嫌そうに眉をひそめた。
朝から馬鹿ばっかやらかして、昼休みに消えたと思えば。
何やってんだ、あいつは。
呆れるどころか心配になる。

『…チッ、めんどくせー』

銀髪をガシガシと掻き乱して、くるりと踵を返す。
面倒なことはさっさと済ませて、昼寝をしなければ。
教室の向かいにあるロッカーの中から、優姫の名前を探すとすぐに見つかった。
視線よりも少し低い位置にあったロッカーの扉を開けて、遠慮無しに手を突っ込んで中をガサガサと漁る。
ったく、教科書とか辞書とか入ってねーし、勉強する気あんのかよ。
脳内で文句を並べて奥から体操服を引っ張り出すと、半ば乱暴にロッカーを閉めた。

『…錐生くん。それは優姫の体操服だし、次の授業は数学よ…?』

穏やかな声がして、くるりと首だけ回す。
そこには少し戸惑った顔をした若葉沙頼と、一歩後ろに脅えるように固まった数人の女子生徒。

『……知ってる、』

そう素っ気なく言って優姫の体操服を丸めて小脇に抱えると、大股でスタスタと歩き出した。

『女子のロッカーを勝手に開けるなんて最低』

『しかも体操服って…』

『持ち出す理由言いなさいよ!』

沙頼の後で固まってた女子生徒達が次々と口を開いて突っ掛かってくるが、零はまるで聞こえないかのように足を進める。
廊下の角を曲がって、その姿が見えなくなると騒ぎ立てていた女子生徒達が沙頼に近づいてきた。

『ちょっと、錐生って感じ悪いよね』

『しかも優姫の体操服を勝手に持ち出して…』

『なんか、やらしー』

あまりにも言いすぎじゃないかしら。
さすがの沙頼も我慢ならなくて、口々に言いたい放題な言葉を並べる女子生徒達を窘めるように口を開いた。

『二人はああ見えて、とっても仲良しなのよ。ロッカーを勝手に開けたとか、開けないとか細かい事なんか気にする関係じゃないし…』

いわば兄妹のような、そんな親しい関係。
沙頼は半開きになった優姫のロッカーを閉めてやると、にこりと笑った。
女子生徒達はしばし沈黙すると、目配せをして瞳を輝かせた。

『…それって、優姫と錐生が付き合ってるってこと?!』

『うそー!あの錐生が優姫と!?』

『優姫が戻ってきたら尋問よ!』

一気に盛り上がる女子生徒達を見ながら沙頼は否定の意味を込めて手を振ってみたが、彼女達には見えてならしい。
騒ぎを聞き付けて教室の中から生徒がわらわらと出てきた。
目の前で謂れのないガセネタが広まっていくのを傍観する沙頼。
あぁ、どうしたものかしら。
沙頼は困ったように小首を傾げて溜息をついた。

ごめんね、優姫、錐生くん。
なんか大変なことになってきちゃったかもしれない。
でも、当たらずも遠からず?
だって二人はとっても仲良しなんだもの。
兄妹よりも、もっと違う意味で。
沙頼は自分のロッカーを開けると、取り出した数学の教科書で口元を隠して小さく笑った。




おしまい
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