beautiful Sunday
よく晴れた日曜日。
少し遅めだった朝食の片付けをしながら、理事長はふと声のする方へ目を向けた。
テレビの前に置かれた二人掛けのソファ。
ここからはソファの背しか見えないが、何気ない会話はその向こうで繰り広げられているようだ。
ひょっこり飛び出した銀色の頭と、その横でゆらゆらと揺れる黒い触角のようなもの(今日のユッキーの寝癖はすごいなぁ)
『私にも番組欄見せてー』
『…ん、』
『あ、8chにして!』
『………』
『だめ?……いいの?ありがと!』
肩を並べて座っているだろうソファーの背を見て、理事長は思わず微笑んだ。
平和だな、とても。
目に痛いような黄色いスポンジを手にして、シンクの蛇口を捻る。
洗剤を泡立てると、爽やかなオレンジの香りがした。
重ねられた三枚の皿と、三組のティーセットを洗いながら思う。
ありふれた幸せ。
始まりは、いつからだっただろうか。
穏やかな日々を幸せに思うようになったのは。
狂ったように吸血鬼を殺すのを辞め、学園を立ち上げた。
優姫を養女に迎え、零を引き取って。
きっと、その辺りから。
親を亡くした二人を守るために目覚めた父性とは素晴らしいものだ。
三つ並んだ泡まみれのカップが愛おしいと思えたり。
洗濯した義息子のシャツが自分のそれより大きくて驚いたり。
義娘が干した洗濯物に対して、あぁ、そんな近くに干したら乾きづらいよ、でも今日はよく晴れているから大丈夫かな、なんて言ったり。
この二人が幸せの始まりだった。
僕は、幸せの真っ只中のニ児の父です。
こんなこと声に出したら、照れ屋な息子は
『俺はあんたの息子じゃないんだけどな』
なんて仏頂面で言うだろう。
『理事長、また言ってるよー』
なんて飽きれるだろう娘には、お義父さんと呼びなさい!と言ってやろう。
妄想でニヤニヤしながら皿洗いを終えて、フリルで縁取りされたエプロンで手を拭う。
オレンジの香りをさせて漂う洗剤のシャボン玉。
積み重ねられた真っ白な食器。
テレビを見て無邪気に笑う義娘の声。
青空にはためく沢山の洗濯物。
これが、ありふれた僕の幸せ。
パタパタと風に煽られる洗濯物が心配で、理事長はサンダルをつっかけてベランダへ下りた。
『フン、フン、フーン、ビューティフルサーンデー』
調子外れのハミングと、まるで今日のことを歌ったような歌詞を口ずさむ。
学園指定の二枚のシャツ。
ひとつは大きくて。
もうひとつは小さい。
寄り添うように一瞬に風に揺れて、理事長はまた微笑んだ。
バスタオルの隙間から部屋の中を見ると、ソファーに掛けている二人の様子が斜め前から見えた。
クッションを抱えてテレビに夢中な優姫と。
優姫の頭にもたれてうたた寝をしている零。
これはチャンスとばかりに、エプロンのポケットからデジカメを取り出す。
すかさずシャッターを切って、撮影したばかりの写真を確認する。
『あ、理事長!今盗撮したでしょ!』
フラッシュの光で気付いた優姫が怒ったように声をあげた。
バスタオルを暖簾のようにかき分けて、理事長は満面の笑みを作る。
『ユッキー、お義父さんって呼びなさい!』
えぇー、と不満そうな優姫の声に、零がうっとおしそうに片目を開けた。
『ねぇ、今日は三人で写真を撮ろうよ』
えー、なんで?
なんで写真なんか…。
そうこぼす二人を笑顔でなんとか宥める。
理事長はデジカメのタイマーをセットして、調度良さそうな棚に置いた。
小走りで二人の座っているソファーの後ろに回り込む。
『そういえばお前、寝癖すげーな』
『えっ、嘘!』
優姫の激しく跳ねた前髪を見て零は笑った。
突如知らされた事実に優姫が慌てふためいたその瞬間、シャッター音が響いて、零はさらに声を出して笑った。
『ちょっとー!今言わなくてもいいのに…写真、絶対変な顔だった!』
『気にすんな、前髪めくれたヒョットコみたいな顔だから』
目の前で穏やかに笑う義息子と、頬を膨らませて怒る義娘。
そんな何気ない風景がかけがえのない幸せなんだって気付かせてくれたね。
『ありがとう』
理事長が小さな声で呟くと、二人は口をつぐんで首を傾げてた。
殺伐としていた僕の人生に、新しい光を与えてくれた君達と。
抜けるような青空と。
少し間抜けな家族写真。
ああ、なんて素晴らしい日曜日。
おしまい
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