罪と罰ゲーム



貴方の飢えを癒す為にも。
私という存在を確立する為にも。
それは必要なことだった。
たとえ背徳感に塗れようとも。
鈍い痛みを伴おうとも。
罪だと知りながら、自分から手を伸ばした。
自分の存在を否定してしまう貴方と、自分の存在が曖昧な私。
立場は全然違っていたけれど、ほんの少しだけ似ていた。
自分を否定しないでくれる、絶対的な味方が欲しいという部分が。
それがたまたま貴方には私で。
私には貴方だった。

こじつけかもしれない。
綺麗事かもしれない。
本当は間違っているのかもしれない。
それでも、お互いに手を伸ばして。
みっともなく縋り合って。

今夜も、二人で罪を塗り重ねる。


罪の報いは、罰ゲーム。



仄暗い部屋。
身を隠すように息を潜めた影がひとつ。
堪えきれなくなった吐息がこぼれる。
うごめいた影はふたつに別れ、よろめきながら離れた。

『ごめん、またお前を傷付けた…』

生きるための糧を嚥下した零は、いくらかマシになった顔色を俯かせて呟いた。
唇の端についた生々しい赤。
脈打ちながらジクジクと疼く優姫の首筋と同じ色をしていた。

『これくらい平気だよ、』

生きながらえる、と決めた以上、零には私が必要不可欠だ。
生きる糧、として。
そんな野蛮で本能的な欲求を敢えて受け入れたのには密かな理由があった。
私が私である為の、痛みを伴う利己的な儀式、とでも言えばいいだろうか。
零から血液を求められる時。
私という存在が必要とされている、と感じる。
罪の意識に苛まれて喘ぐ零とは対照的に、心は言いようのない悦びに高揚するのだ。
そうとも知らずに今日も零は私の首筋を食い破り、血を飲み下す。
そして、整った顔立ちを歪めて零は私に謝罪をする。
情けないほどに弱々しい瞳を揺らして。
そんな零を目の当たりにしても、優姫はいつもと変わらぬ笑顔を見せた。
その笑顔が零の抱える罪悪感をさらに助長させると知りながら。
優姫の穏やかな表情を見て露骨に唇を歪ませた零は、今にも泣き出してしまいそうな顔をしていた。

『俺は、お前から奪うことでしか、生きられない…』

虚ろな浅紫の双眸には、床に散らばった無数の血液タブレット。
零の本能的な飢えは、まがい物では癒せなかった。
優姫の血液しか受け入れない、とでも言うかのように身体はタブレットを拒絶した。
贅沢で、傲慢な舌。

『…いつまでも、こうしていればいいよ』

澄んだ声で呟いた優姫は、零の唇についた血を指先で拭った。
赤く染まったその指先。
優姫は躊躇いながらそれを舐めた。
口内に広がる鉄の味。

『…私にはただの血の味にしか感じられないけれど、零には…どんな味がするの?』

真っ直ぐに見上げてくる優姫の瞳。
その視線は醜い心まで見透かすように、凛と澄み切っていた。
どうせなら、責めてもらったほうが楽になるのに。
こんな行為を繰り返したところで、終りは変わりはしないのだ。
血を与え続ける優姫が先に果てるか。
自分が先に正気を失うか。
どちらにせよ、狂った末路に違いない。
零は首筋を血で濡らした優姫を見ていられなくて、視線をそらすと低く掠れた声で呟いた。

『…甘くて、少しだけ苦い』

『苦い?どうして?』

『きっと、お前が玖蘭枢を好きな気持ちが、俺には苦々しく感じるのかもしれない、』

血だけでは飽き足らず、優姫の心までも欲しがる、愚かな欲望。
両手で顔を覆って俯いた零に、優姫は穏やかな声で諭すように言う。

『違うよ…、苦いのは私の狡い気持ち。零は、私がいなきゃ生きられない。そう仕向けた、私の醜い下心』

それがきっとこの血を苦くしている。
優姫が口にした罪の告白に驚いた零は、浅紫の瞳を見開いて、違う、と首を横に振った。
けれど、優姫は口紅を引いたように赤く染まった零の唇に人差し指を押し合てて、妖艶な微笑みを浮かべる。
生き血を啜ってはもがいて嘆く貴方の罪と。
そんな貴方の弱味につけ込んで陥れた私の罪と。
その報いは、もう決まっている。
罪の意識に苛まれて、いつしか自ら求めるようになっていたのは…。

『…ねぇ、罰が欲しいでしょ?』

この身体に流れる血も、ネジ曲がってしまった心も、全部零にあげる。

だから、その手で醜い私の心を暴いて。
そして、一緒に堕ちていくの。
這い上がれないくらい、暗く深い淵まで。
蒼白い頬をなぞった手は、そのまま下降して首筋のタトゥーを滑る。
ビク、と震えた零の喉仏を見て、優姫は零が座り込んだ足の間ににじり寄った。
緩く結ばれはネクタイを片手でほどきながら。

『欲しいなら、あげる』

赦されるための罰も。
私の狡い心も。


新月の夜のような奈落の底で。
さあ、罰ゲームを始めよう。




おしまい
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