真夜中の騎士宣誓



『…とりあえず、僕はもう一度見回りしてくるから。その間に傷の手当をするんだよ』

理事長はコートを羽織りながら、部屋の入口に立ち尽くしている二人を振り返った。
困惑した表情の優姫は、左手に幾重にも巻かれたネクタイ。
その端から赤い血が覗く。
いつにも増して殺気立ったままの零の拳には、血が滲んでいた。

『まだガーディアンになって一週間だもの、気落ちしないで…ね』

微笑みかけてみたものの、二人とはどうしても視線が合わさらなかった。
コートの前を合わせると、理事長は足早に部屋を出て行った。


高校生活の裏側で、ガーディアンという特殊な役目が二人に与えられて一週間。
寝不足になりながらも、どうにかその役目を果たしていた。
学園の秘密を守りながら、吸血鬼であるナイトクラスの生徒達に太刀打ち出来る人材。
理事長の義理の娘である優姫と、ハンターである零が適任だった。
多少なりとも危険が伴うだろう、と武器の使用を許可された時。
零はブラッディローズを握りしめて…。

『これは…自分の身を守るものなのか、吸血鬼を傷付けるものか、どちらの意味で使えばいいんですか?』

と無表情のまま聞いた。
返答に迷ったような理事長は曖昧に笑って、君が思うように使えば間違えないよ…、とだけ言った。
今思うと、きっと両方だ。
零は握っていた拳を解くと、肺に溜め込んでいた息を吐き出した。

『零、手当するから…座って』

顔色を伺うように、遠慮がちに発せられた優姫の声。
あぁ、と返事をしたつもりだったが、喉からは声が出てこなかった。
優姫は零の手にそっと触れると小さな声で、ごめんね、と呟いた。

『なんか、私のせいでゴタゴタしちゃって。本当ごめんね』

『…別に。俺がナイトクラスの奴をぶっ飛ばしただけだろ。俺はいいから、お前が先に手当てしろよ』

ナイトクラスの生徒を殴ったという零の右手の拳は、皮がめくれ出血していたが血は乾きかけていた。
その手で優姫の手首を捕まえると、血の滲んだネクタイを巻きとっていく。

『ごめんね、零のネクタイ駄目にしちゃって』

ネクタイに染み込んだ赤い血。
鮮やかなコントラストに一瞬喉の奥が焼け付く。
零はそれを隠すように無理矢理飲み込んだ。

『今日は謝ってばっかで気持ち悪いな』

零が無理に冗談めかして笑うと、優姫もつられてぎこちなく笑った。
解けたネクタイの下には大きな擦り傷。
自分の傷が痛んだかのように、零は眉をしかめた。

『俺も、ごめんな』

優姫の手首を握ったまま掠れた声で言う。
伏せた瞳に銀糸の髪がかかる。
それを払うように零の頭をなでた優姫は、困ったように肩を竦めた。

『なんで零が謝っちゃうわけ?これは私が勝手に転んで怪我したのに』


先刻、夜の見回り中に起きた騒ぎ。
ナイトクラスの生徒が新米ガーディアンをからかったのが事の始まりだった。
冗談で優姫を吸血するそぶりを見せたナイトクラスの生徒。
それに激昂した零は、ブラッディローズを発砲したあげく、ナイトクラスの生徒に掴みかかった。
仲裁に入ろうとした優姫は、石に躓き転倒。
そこで我に返った零は我に返ったが、腹の虫が収まらずナイトクラスの生徒を殴り飛ばしたのだ。
殴った拍子に生徒の牙が拳に触れたのだろう。
血の滲んだ手で優姫を引きずって戻り、今に至る。

『あぁ、お前の怪我は自爆だったな…』

殺気立っていた零もようやく気持ちが落ち着いたのか、柔らかな表情で笑った。
優姫も部屋に戻ってから初めて小さく息をついた。
自覚はなかったが、体は思いの外緊張していたようだ。
手際よく自分の傷の手当をしていく零を眺める。
さっきは、怖かった。
ナイトクラスの生徒に吸血されそうになった事より、零のことが。
躊躇いなく銃を撃つ姿は優姫の知る零ではなかった。
それは吸血鬼を狩る、冷酷無慈悲なハンター。
愛想が悪く無口な零は怖く見られがちだが、本当は穏やかで優しい。
一瞬、垣間見た一面とのギャップが衝撃的だった。

『零は、ハンターだもんね…』

無意識のうちに口からこぼれ出た言葉に、零は浅紫の瞳を向けた。
何をいまさら、と呆れた表情で傷テープを切るとまた優姫の傷口に視線を戻す。
手の平に乗せられた真っ白なガーゼが貼り付けられていく。

『…守るよ』

優姫の手首を掴んだ零の指に力が入る。
小さいけど、意志のある零の声。

『ハンターだとか…関係なく、お前は護るよ』

伏し目がちな瞳から表情は読み取れなかったけれど、銀のピアスが覗く耳たぶがほんのり色付いている。

『じゃあ、私も!私も零のことを護るよ』

黒目がちな瞳を輝かせて優姫はニコリと笑った。
零が護ってくれるなら、強くなれる。
強くなれたら、私だって大切な人は護りたい。
全くもって単純な思考。

『バーカ。お前にできんのかよ』

大人しく護られていればいいのに、と思ったが優姫はそんなタイプじゃないな…と思い直す。
優姫は自信たっぷりに手を掲げた。

『宣誓。私、黒主優姫は錐生零を護ることを誓います!』

優姫のふざけた行動に零は笑いをこらえている。
でも、あながち有り得ない話でもない。
優姫がいなければ何かに必死になるなんて事ないだろうから。
優姫がいることが、力になる。

『じゃあ、何に誓うんだよ』

こんな質問をするなんて、我ながらロマンチストだな、と含み笑いをする。
純粋に零が微笑んだように見えた優姫は、心臓が小さく跳ねた。
気恥ずかしくて、ふい、と視線をそらす。
いつもの零なのに、変なの。
どぎまぎする心中を落ち着かせながら、優姫は零の問いの答えを探す。
護ってもらうのも嬉しいけど、私だって護りたい。
あなたの存在が大切だから…。
それは、揺るぎない。
ふと、思い浮かんだのは、幼い頃に憧れたお伽話のワンシーン。
可憐なお姫様に傅いて、その手の甲に誓いのキスを落とす勇敢な騎士の姿。
お姫様に憧れていたのは、遠い昔のこと。
私は今、大切な人を護る騎士になろう。
優姫は両手で零の右手を持ち上げて、零と瞳を合わせた。

『絶対に護るって、誓います』

そう言い切ると、零の拳の傷口にそっとキスをした。
まるでお姫様が受けるようなキスに、零は目を見開いて硬直している。
そんな零を見て、優姫は思い付きで行動したことに後から照れて赤面した。

『ち、誓ったからね!』

そっぽを向いて零の手を離すと、近かった距離から逃げるようにソファーに体を預けた。
逆上せた頬が熱い。
ちらりと零の表情を確かめると、呆れたように柔らかく笑っていた。
あぁ、零のその表情、とても好き。

『しかたねぇな…俺も、誓うよ』

惚けている間に膝の上の手を取られる。
浅紫の瞳がゆっくりと閉じられると、微笑んだ形のままの唇がガーゼの上に降りた。
痛みが引いたはずの擦り傷が疼く。
鼓動と同じリズムを刻んで。
まるで心臓が移動してきてしまったみたいに。
お伽話のお姫様は、きっとこんな風にドキドキしたのかも。
騎士宣誓をしたばかりなのに、お姫様に逆戻り。
それでもキスの間だけは、お姫様でもいいよね…。

小さな誓いの下、二人の騎士がここに誕生した。



おしまい
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