走れ秘書官2

*引き続きアホしかいません。











加葉は悲憤した。
ああ、愛の為に死ねるなら本望。
確かに私はそう言った。心の中で。そして走った。
そう確かに走ったのだ。全力で。
だというのにこれは、一体どういう事なんだろうか。
どうして私より先にこの鬼が桃源郷にいるのだろうか。解せぬ。
そして私はまだ死にたくない。
だってこの鬼に殺されるのは早くとも明日だと思ってたんだもん。
メロスだって死刑まで3日の猶予を貰えたんだよ。
私にだってせめて1日くらいの猶予をくれ。
せめてこのアホヅラに一度癒されてから死にたい。

「考え事とは余裕ですねえ。」

「あ、あはは。余裕だなんてめっそうもない。」

大体何なんだこの状況は。
いつの間にこんな状況になったんだ。
気がつけば局面はすっかり詰みじゃないか。
いつの間に。
私が今どんな状況に置かれているのかというとそれはちょっと説明に難しい。
なぜなら私自身もうまく受け止められていないのだから。
ただまあ私の認識が残念ながら当たっているとするならば私はここ極楽満月の店内でこの鬼に目隠しをされて膝の上にのせられ、後ろから拘束されている。
ちょっと意味わかんなすぎてうまく受け止めきれないけど。

「時に補佐官様。この状況はどういった意図で。」

「大事な部下が害悪な淫獣の姿を見てしまわないためですよ。」

害悪なのはどこの誰だというのか。
私にとって害悪なのは今まさに後ろから腕を回しながら私の骨盤を軋ませるほど力を入れているこの腕ではないか。いてえよ。まじで。

「離せよクソ鬼神。女の子が嫌がってるだろ!」

ああ、愛しのアホヅラよ。
もっと言ってやってくれ。
どうかこの暴君からか弱き乙女を救って見せてくれ。
この鬼に刃向かえる程のアホはあの世広しといえどあんたくらいなんだ!頼むよ。

「いいからさっさと薬を作ったらどうなんですか。駄獣が。」

言うや否やドゴバキという音が聞こえて駄獣、いや愛しのアホの声は聞こえなくなった。
おい!もうちょっと頑張れよ。
しかしそのお陰で一瞬後ろの鬼の気がそれた。
今だ、と思い渾身の肘打ちを後ろにかますと意外な事にそれはきちんと直撃して私はかの腕という檻から抜け出す事ができた。
やった!脱獄成功だ!
しめた、と思いさっき声の聞こえてきたアホの元へ飛び込むと優しい腕が迎えてくれた。
ああ、愛しのアホ王子!私のメシア!

「おや、随分積極的ですねえ。」

…お前かよ!
どういう事だよさっきまであっちいただろ。
もうやだこのひとこわい。

「離せっつってんだろ。」

しかし私の体はその声と共に刹那解放されて今度は違う腕の中に収まった。嗅ぎ慣れない生薬の香り。
ああ、今度こそ!
私はその匂いの正体に腕を回して抱きついた。

「アホ神獣様会いたかったです。いい匂いです。その御アホヅラが見たいのでこの目隠しを外してくれませんか。」

「大分けなされた気がするけど可愛いから許すよ。ちょっと待っててね。」

そう言ってアホの王子もとい白澤さんは私の目隠しを解いてくれた。
そのお顔!今日もイケメン!これが見たかったんだ。なんて腑抜けてて可愛いのだろう。
横から舌打ちが聞こえた気がするけれど全く気にしない。

「ん、ほどけた。今日も可愛いね。加葉ちゃん。」

癒される。習い処を卒業して以来ずっと仕事だけを極めてきたこの身に甘い言葉なんてかけてくれるのは精々このちょっといかれたレベルの女好きくらいだ。
陥落するのはそれは必至というものだろう。
女癖の悪さに目を瞑るなら、というか単に癒されておく分には全く問題はない。
なにしろ、顔がタイプだ。

「白澤様の方が可愛いです。顔面もいでうちに置いときたくなるくらい。」

「ちょっと愛情表現が怖いけど嬉しいよ。ところでこの後予定は?ちなみに僕は今晩暇です。」

「ああ、今日は眠いので帰ります。あと何度も言いますが私はあなたの顔面を小一時間ほど眺めていられれば満足なのでそれ以上のにゃんにゃん的な展開はむしろいりません。」

「辛辣なところも可愛いよ!ツンデレかな。」

なんてアホなのか。頭がいいはずなのに発言の節々にひしひしとアホさを感じる。
しかしそこがいい。

「いいから早く薬を作りなさい。私も加葉さんもこんなところさっさと出たいんですからね。」

「あんたは早く帰ればいいでしょう。ていうかそもそもあんたの暴力によって需要の生まれた薬なんだけど。」

これでは埒があかないとしぶしぶ白澤さんから離れて椅子に座ると当然のようにひょいと持ち上げられて例の膝の上に乗せられる。
諦めるよりほかはないのだ。
幸いさっきと違って目隠しをされていないので愛しい顔を存分に眺める事ができる。
これでなんとか癒されて帰ってもう寝よう。



「さあ、できたよ。外傷の軟膏と疲労回復の薬。お前のせいなんだからお代はお前が払えよ。」

「ええもちろんですよ。これは私の持ち物ですからね。」

「え、いいですよ。私あんたの持ち物じゃないし。割と高給取りなんで自分で払います。」

「いいんだよ。こいつに払わせておけば。ところで本当に晩御飯でもどう?疲れてるみたいだしちょうど薬膳鍋あるよ。」

「え、薬膳鍋…!」

そそられる。あれはすごく美味しいんだ。しかも食べてる間この顔面見放題だし。

「いいんですかってうおお」

「それでは私達はこれから帰ってにゃんにゃんするので失礼します。」

おいおいおい。お腹が痛い!
そんな荷物を抱えるみたいな持ち方しないで。
肩に担ぐと私の腹にあなたの肩が刺さるんですよ。
ていうか私の薬膳鍋!にゃんにゃんしねえよ。薬膳鍋食べるんだよ私は。
おろしてくれ。白澤さんも仕方がないかみたいな顔で手ふるのやめて。傷付くから。

「なんでそんなに酷いんですか。あの人が嫌いなら直接あの人に嫌がらせしたらいいでしょう。私に構わないでくださいよ。ああもうお腹減ったのに。この鬼!」

「鬼です。あなたもね。それに別に私はあの獣に拘ってこうするわけではありませんよ。言ったでしょう。」

そう言って鬼は肩に刺さっている私の腹を更にグリグリした。

「私は貴方を虐めたいだけなので。」

ああもう。
やはりこのドSは必ずなんとかしなければ。
私の命がいくつあっても足りない。


.






あとがき
二度と続きません。
ギャグ書ける人ってすごいなって思います。
文面だけで人を笑わせられるってすごいです。
ギャグ好きなんですよ。読むのが。
とりあえずのこには書けないということがよくわかりました。
これは教訓と供養です。
深夜のひどいノリに付き合ってくださりありがとうございました。


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