は寂しくて死んだりしない

「おはようございます。白澤様。」

「おはようございます。」

「尓早〜……」

いつも通りの朝。いつも通りの二日酔い。
いつも通り朝の挨拶を欠伸を噛み殺しながら返した白澤ははたと気付いて目を瞬かせた。
いつもと違う。

「あれ君、誰?」

何が違うって1人多い。
まだ店も開けていない時間にもかかわらず桃太郎の横には当然のような顔をして朝食の準備を手伝う女の子がいた。
どんぐり眼に、緩く括った銀髪、透き通るような白い肌。中々の美少女だ。
少女と桃太郎を見据えた白澤はなるほどと思い、にやりと笑う。

「桃タローくん、君も隅に置けないね〜」

「はい?」

「いつの間にこんな可愛い女の子見つけたの?初めまして、僕白澤って言うんだ。」

白澤が少女に挨拶をすると桃太郎は心底呆れた目を向けた。

「はあ。白澤様、酔ってて覚えてないのかもしんないですけど自分で連れこんどいてそりゃないッスよ。」

『自分で連れこんどいて』?
白澤の頭には疑問が浮かんだ。
ひょっとして桃太郎は僕がこの子を連れ込んだと言いたいのだろうか。
そんなはずはない。確かに昨日は結構飲んできたけれど女の子は連れ帰っていないはずだ。
というよりも、正確には連れ込もうとしたけど連れ込めなかったのだから。
それに昨日口説いていたのは確か黒髪の女鬼の子だったはずだし、そもそもこの子には見覚えがない。

「僕?それはないよ。だって昨日は女の子に振られて帰ってきたんだよ?」

「でもこの子は白澤様にここに入れてもらったって…」

白澤が弁明をしても桃太郎は聞く耳を持たない。
当然と言えば当然だ。
こと女性関係に関して白澤はまるで信用がない。
自然と視線が集まるのは当の本人、謎の少女である。
白澤は少女の容姿を改めて確認した。
特徴的な膝丈ほどの巫女装束。
花街の女の子には見えないし、見たところ天女や鬼でもなさそうだ。
亡者か妖怪の類だろうか。
どっちにしろ昨日会ったと言うならば覚えがないことに疑問を持たざるをえない印象的な容姿だ。

視線に耐えかねたのか、それまで黙っていた少女は黒目がちな目を一度ぱちくりと瞬いてから口を開いた。

「白澤様、昨日は確かに少し酔ってたかもしれません。でも確かに私をここに置いてくれるって言いました。」

「ほらね…ん?置く?」

桃太郎は一度頷きかけてから驚いて、そしていかにもあちゃーといった顔をした。

「…………」

全く覚えていない。
白澤は思った。
連れ込んだだけならまだしもここに置くだなんて、
いくら酔っ払っていたとは言えそんな責任の持てないことを自分が言うだろうか。
しかし、目の前の少女がまるきり嘘を言っているようにも見えない。
ここから導き出される結論は。
酔っ払った自分が調子のいいことを言って、それを聞いた彼女が勘違いしてしまった。
それが自然な結論だろう。
そもそも似たような事が今までなかった訳でもない。

桃太郎がどうするんだこれという目を向けてくる。

誤解を解かなくては。
可愛い女の子がここに住んでくれるだなんて嬉しいけれど、自分はあくまで女の子とは遊びたいだけなのだ。
引っ叩かれても正直に遊びたい、と告げた上で関係を持つのが自分のやり方であって、騙したままのような状態は自分のポリシーに反する。

真面目なのか違うのかよくわからないような理論を頭で組み立てて白澤は目の前の少女に向き合った。

「あの、僕昨日なんて言ったかよく覚えてないんだけど君をここに置いてあげることはできないよ。ごめんね。」

心を鬼にして、言い切った。

「…そう、ですか。」

少女はしゅんという音が聞こえてきそうなくらいわかりやすく落ち込んだ。
この反応は予想外だった。てっきりいつもの子達のように頬でも叩いて出て行くと思ったのに。
だって我ながら最低だ。酔っ払って調子のいいことを言っておいて、朝になったら手の平を返す、なんて。
少女の反応は桃太郎にとっても予想外だったようで、わかりやすく狼狽えている。

「せっかく再就職先が見つかったと思ったのになあ」

「…ん?」

「…ん?」

桃太郎と白澤の声が重なった。
この修羅場と言って問題ないとも思える空間に似つかわしくない単語が聞こえてきたからだ。

「再就職先…?」

「やっぱりこれからの時代は手に職をつけるべきかなと思ったんですけど」

「んん?」

桃太郎が聞き返すもどうにも話がかみ合わない。
どこかで大きな行き違いが生じているのは必至だった。

「あのさ、僕達昨日どこで会ったの?僕君になんて言ったの?」

できるだけ優しい声を心がけて白澤は言った。
少女は少しの間手を顎に当てて考え、突然気付いたように手を打った。

「そっか。白澤様は私が昨日の姿と違うから混乱してるんですね。じゃあこうすれば思い出すかな。」

ぽんっと音がなって少女が煙に包まれたと思うと、煙が消える頃にはすっかり姿を消していた。
突然のことにぽかーんとしている白澤と桃太郎の耳に少し遠くなった少女の声が届く。

「白澤様、桃太郎さん、こっちです。」

足元から声が聞こえてきた声に白澤と桃太郎が目線を下げると、そこにはまさにちょこんという効果音でも聞こえそうな出で立ちで、真っ白な子兎がいた。

「思い出してもらえましたか。白澤様は昨日私がここで修行するのを認めて下さいました。」


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