Last


パシャン、と見えぬ水面の中で、僕達の手が温くも弛い水を掬う。
逃がさぬように捕らえたままの貴女の手は小さく、頬が緩む。


「これは親指だろ?」

「っ、三好さん…」

「これが人差し指。そして、中指」

「放し、て下さ…!」

「薬指に、小指…?」


小さな指だね、と肩に額を寄せたままで、感覚だけで指先を確認する。
鼻先で流れた髪を掻き分けて、耳朶を食む。
身体を剥がそうと僅かに捩るが、僕から水が溢れるよ、と牽制され、ピタリと動きを止めて仕舞う貴女は単純だ。


「甘い香りがする」

「ベンゾインは濃厚なバニラの様な香りが致しますから。喉の痛みにも良いのですよ?」

「成程。だから空気が甘ったるいのか、さっきから。でも、貴女からは柑橘系の香りがするけれど?」

「今夜はハニーレモンのボディークリームを…」

「まるでレモンパイでも食べた気分になるな」


指を結ったままで、貴女の声も堪能しつつ、美味しそうだな、と吐息を混ぜて耳に声を投げる。
その度にビクンと魚の様に跳ね上がる肩が面白い。
散々抱かれても耐性は身に付かないのは、何故なのか。
甘ったるい空気と重なり、レモンカードが隠し味とばかりのクリームたっぷりのパイを思えば、貴女は何処もかしこも上質な菓子の化身だ。


「もう…このアロマの意味が無いでしょう?三好さん」

「何故?」

「ベンゾインは安息香の別名があるように、鎮静作用が御座いますのよ?これでは私は…」

「僕に翻弄されて堪らない、か」

「……敵いませんね」


手を放せばタオルを掴み、僕の肩を押してタオルを広げて手を貸せと促すので、仕方無く濡れた手を貴女に伸ばす。
静かに包まれ、水気を取れば、まぁ、そこそこ満足したように微笑んで、後処理をしようと離れて仕舞うのだ。
詰まらないな…と姿を視線で追い掛けると、射し込む光が、窓枠からある事に気付く。

立ち上がり、光に誘われれば、はためくカーテンを掴み、正体を明かされる。


「あら?お月様、見えましたね」

「相変わらず雲が掛かっているけれど」

「けれど、仄かな光で三好さんのお顔が窺えますわ。険が取れてらっしゃいますね。…良かった」

「……悪い。昼間は八つ当たりしてた」

「内容は存じ上げませんし、私も知らない方が都合が良いので、言われない方が安心してられますから。原因は何でも構いません。命に関わるお仕事の準備を身に付けてらっしゃるのは重々承知しておりますわ。此方にいらっしゃる間は苛々されても、やるせなくとも、解消して差し上げれるだけで私は…」

朗らかに笑みを浮かべ、僕の頬に掌を滑らせたが、末尾の声は掠れて聞き取れない。
希望を孕む言葉は恐怖も滲ませるのか、貴女は大概濁して終わる。
唇を滑らせ、微かに甘い香りが漂う掌にキスを。
甲に僕の手を重ねてきつく握れば貴女の唇が僅かに震えている。
口許は笑うのに、哀しい瞳を揺らして拒否を示さないでくれ。
嗚呼…折角、和かな空気を引っ張り出した筈なのに。



2016/09/26:UP
fin…xxx
image song/Moon
by:A.H

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