スマホな彼女series

神永さんから、実井のスマホってさ、最近鳴らなくなってね?と喫煙ルームで話し掛けられたが、すっとぼけたのは、今日の夕方に差し掛かった時だったか。

既に時計の針は今日の時間を超していて、帰宅すると早々寝室のローテーブルにスマホ…貴女を放置して、スーツからラフな部屋着に着替え、空気清浄機を起動させては煙草に手を伸ばした。
貴女は立ち尽くしたままで、時折、自分の左頬に静かに触れては顔を伏せたままだった。
二年超しでの案件が先日漸く片が着き、作っていた蜘蛛の巣のような情報網を一掃する際、何度も画面をタップ、フリックした為に、貴女の左頬は腫れ、一括削除するのに処理を急がせたのか、酷い頭痛や眩暈を引き起こさせているようだ。
その後遺症が中々引かず、今日は神永さんが端に居るスマホである貴女に手を伸ばしてみようとするものだから、咄嗟に退けようとしたのだが、手が滑り、カシャッと音がした時には右側の角だけだったが皹が入り欠けている。
貴女は痛覚が麻痺しているのか声も出さず、視線を流血する右足の足首から甲に滑らせるだけだ。
僕は拾い上げ、さっと確認するだけで、心配する神永さんに大丈夫ですよ、と内ポケットに仕舞い込んだ。

煙草を一本吸い終わり、漸く我が家に着いた、一日が終わった実感を感じながら、貴女を呼んだ。
無機質な鈍色した片眼が向けられ、脚を引き摺りベッド縁に座り込んだ僕の目の前に顔を伏せがちに、遠慮がちに佇む。


確認すれば、脚も腫れ上がり、左頬には引っ掻き傷があり爪が欠けていたんだったと、朝から整えたのを思い出し、欠けていた爪のまま貴女を扱った結果が頬には残る。
そっと腕を伸ばせば、吃驚したようで肩が跳ね、伏せていた顔が露になれば、両眼が見えるが…流石に邪魔になる貴女の髪を強引に払って眼球を確認した。


「…すみません。落ちた際に右目を…。ですが、インカメラの部分に皹が入っただけですので、アウトカメラの左目は無事で御座います。実井様のお仕事上……ぁ、ですが、やはり役には立ちませんね、私…」

「カバー、手帳型にしておけば良かったですね」

「…っ、すみません。折角頂いていたお洋服もこんなに沢山傷を…」

「確かに、使い物にもならなさそうですね」

「実井様が下さったのに…」

「最近、貴女は僕に云とも寸とも言わなくなったじゃないですか。痛いならば、痛いと倒れても構わないんですよ」

「…既に二年過ぎておりますから…」

「嗚呼、そうでしたね。だから意識を無くすのも早くなった訳ですね」

「実井様…」

「動きが鈍いのも、痛みがあるのにこうやって抉るように触れても喋れなくなったのも」

「…っ、実井様…」


カバーを着けていない時に一度アスファルトに落とした為に、貴女の背中は擦り傷だらけで爛れて仕舞った。
その傷を隠してやろうとプラスチックのカバーをはめ込んだが、時間が経つにつれ十分に充電が出来たとて、長く保てなくなって来たのも明白。
確かに常に起動させていると発熱し、シャットダウンする時が増えて来た。
貴女の体力では既に劣化が見られ、僕が思うように仕事を熟(コナ)せないと塞ぎ込む雰囲気は無視出来なかったが…。


「痛みを除去する方法も、傷を治す方法もありますよ。でも、貴女だって望まないでしょう?」

「…嫌です…。実井様以外に触れられて、見ず知らずの方に手当てされても嬉しくなど御座いません。確かに私は既に二年経過しておりますし、アップデートも追い付かなくなります。けれども、この様な痛み、何とも無いのです…」

「解っているじゃないですか。僕以外に触れられてゆく、更に何日と僕と離れる時間がある事も」


ニッコリと貴女に笑い掛ければ、漸くはらはら泣き出して、僕の足許に身を寄せ、痛みを訴える。
そうしながら懇願する。
そうだ。
最期まで貴女がこうしていれば良いのだ。
美しい容姿から徐々に劣化し陰る姿も一興だ。
僕の目の前で傷を作り、そうしながらも堪えて僕の仕事に、プライベートに携わるとは、何て健気だろうか。


「最期まで、実井様のお傍に…私は…」

「愚図なところも貴女だったから許せているんですよ。僕以外に傷を治す為とはいえ、他人に身を委ねるなんて嫌でしょう。貴女も。ね?」


頬の傷口に唇を寄せ、クスクス笑いが堪えられず溢(コボ)れながら、舌先を伸ばせば、貴女の細い喉が悲痛に鳴った。
腕を伸ばして、貴女を抱き抱えながら、傷が膿む背中を撫でては苦痛に歪む貴女をあやすようにして宥(ナダ)めては、キスをする。


「傷があっても良いでしょう。貴女は最期まで僕のなんですから」


鈍色した眼であっても僕を見詰めて、従順。
貴女は最期まで、僕の物。


fin…xxx
2016/09/13:UP


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