スマホな彼女series

最初は余裕を持ち、僕をゆったりと穏やかに、軽やかな声で呼び続ける。


「後、5分…」

「…未だ1時間は御座いますけれどね」


身嗜みに誰よりも時間を要する僕を毎日毎日、飽きもせずに時間ぴったりに起こす貴女が穏やかな内に起床出来れば良いのだが、如何せん、低血圧な自分は実際は朝が憎たらしい。
意識は揺蕩(タユタ)う水面に浮かぶのだが、覚醒するには時間が欲しい。
目は閉じたままで頭上の棚に腕だけ伸ばせば、これも毎度お馴染みで、静かに抱き寄せられてくれるので、抱き枕宜しく抱き締めては深く呼吸を繰り返す。
しかし、また呼び掛けられる。
30分が経過したらしい。


「三好様、本来起床されるべき定刻30分前ですわ」

「うん…」

「もう、髪のセットにお時間が掛かりますでしょう?私、次には2分毎に三好様を起こす事になりますけれど」

「うん…」

「いえ、うん、では無くて」


嗚呼、そろそろ貴女が痺れを切らす頃だ。
宣告通り、2分事に僕を呼び続け、リネン生地のカラーはネイビーとショコラのテープがアクセントであるパジャマの袖口を引っ張り、次には肩を揺する。


「起きて下さいませ!起きて下さい!」

「………」

「おーきーてー!」

「………」

「いや、ホントに起きてよ!マジで起きて!!私に仕事をさせて!!」


最終的には、散々僕の髪を撫でては夜は寝かし付けてくれる指を凶器にして、髪を引っ張り始める。
大事な髪を引き抜きますよ!と脅しまで含みながら。
まぁ、それを本気でするような貴女ではないと高を括り、それでも云とも寸とも言わずに居れば、最終的には涙声になって自ら乱してくれた髪を撫で付けて宥めかすように、優しさを含めた声音で必死だ。


「今日お仕事行かれたならば明日は漸く取れたお休みですよ?ね、三好様。…起きて下さいませ。お願い…起きて…ね?」


「………貴女は酷いな」



「…っ、寝ていたいのは解りますわ。けれどもお仕事に支障が出ます。命令の通りに、設定されたお時間の通りに私が起こさなければ三好様の元にいる意味が御座いません。起こすのが一日の最初の私のお仕事ですもの…」


とうとう唇を噛み締めて、悄々と涙を落とす貴女に取敢ずは降参して、上半身を起こす。
落とす涙を親指で払い、そしてホラ、起きたよ、と唇を寄せる。


「貴女はまるで解っちゃいない」

「…何をです」

「僕が態々起きねばならぬ定刻より、幾分も早くアラームの時間を設定している事をね」

「身嗜みにお時間が掛かりますからでしょう」

「いざとなれば数分で出来るさ。僕が起きて貴女を制止しない限り、貴女は僕を呼ぶじゃないか」

「お仕事ですもの」

「その声が聞きたいんだよ、僕は」


アラームもスヌーズもタップ一つで解除され、貴女の呼ぶ声さえ制止する。


電話があった時、メールが入った時、SNSの通知があった時…それ以外は中々話し掛けすらしない。
与えられた命令に忠実に仕事をしてくれるのは助かるが、些か腑に落ちない。
だったら嫌でも呼んで貰うには、アラームが一番だ。
愛しい声で何度も何度も呼ばれるのは、心地好い。


「三好様…」

「明日は確かに休みだけれど…。解除なんてしないから。明日もこの声で僕を起こしてよ」



fin…xxx
1016/09/13:UP



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